脱落者

「ああ、あぁ! ああっ! もう……ッ! いちいちいちいち何なんですか、てめぇは!? えぇ? ハンターさんよぅ!」

 暗がりから、怒声が響いて来る。

 勿論その声の主は今の突風ごときで傷など負ってはいない。純志麻千尋は眉間にシワを作りながら、再びこの場に舞い戻った。


「そんなに相手して欲しいってか? そんなに殺されたいってか? ああ、ああ良いよ。お望みとあらばあんたから先に消してやるよ」

 言いながら、足早に歩く。途中に横たわる忍には脇目も振らず、千尋の目線は一点に集中する。


 視線の先、暗がりの中では目立つ白い戦闘服のハンターに、右手を大きく翳した。


 そして大きく歩みを進めながら、

「私を忘れるなってか? 忘れちまったよ。使い魔よりも弱いハンターの存在なんかよぅ! ヒハハハハ!」

 翳した右手から衝撃波を放出する。

「……っ!」

 横たわったままのれいんに命中した衝撃波は、その標的の小さな体を空中に弾き飛ばした。

 依然、千尋は歩みを進める。


 今度は左手を翳し、

「どう殺されたい? 見るも無惨な、誰が見てもあんただって判断出来ないくらいグチャグチャになりてぇか!?」

 空中に放り出されたれいんの小さな体が地面に叩きつけられるより先に、左手から衝撃波を放出した。


「……くぁ……ッ」

 立て続けにソレを食らったれいんの体は、地面との対面を果たす事もなく引き続き空中をさ迷う。

 苦痛に歪んだ呻き声だけが通路内に木霊した。


「……おい、やめ……ろよ」

 目の前の状況に忍が何とか起き上がり、声にする。


「キシハハハハ! それとも綺麗なままで死にたいってかぁ!? 女の子だもんなぁ!」

 忍の言葉など届く筈もなく、千尋は右手から衝撃波を。


「やめろよ……」

「だが残念だなぁ。俺の力じゃ体を綺麗なまま殺してやる事は出来ないよ。まぁさ、なるべく綺麗な感じにグチャグチャにしてやるからさ。って、矛盾してんじゃねぇか!? ヒヒヒヒ」

 次は左手から衝撃波を。


 左右交互に衝撃波を放つ千尋を前に、れいんは地上に戻る事が出来なかった。

 まるで格闘ゲームでずっと空中でコンボ技を決められ、成す術のないような状態だ。


「やめろって……」

 あまりの酷さに、忍が眉根をしかめる。


「ヒハ……」

 右手から衝撃波を。


「ハハハ……」

 左手から衝撃波を。


「ギャハハハハ!」

 右手から――――


「アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 左手――――――――――――


 機械的な笑い声を上げながら、千尋は追撃を止めない。


 そして、

 長い長い空中散歩経てドサッ……と、六条れいんの体は漸く地上へと帰ってくる事が出来た。


「……」

 しかし、久しぶりの地面との対面だと言うのに、れいんはピクリとも動かない。

「六条ぉおおおお!」

 その様から、忍もれいんの元に駆け寄ろうと試みる。が、体に力が入らず、結局這う形となった。


「死んだか? 返事をしてくださいよ、ハンターのお姉さん」

 今度は忍ではなく横たわるれいんの元で、千尋がゆっくりしゃがみ込む。

 そのまま、れいんの髪の毛を掴み、無理矢理に顔を上げさせた。


「うっ……」

 痛みから小さく呻くれいん。

「良い声だ。でもね、色気が足りないよ。そんなんじゃ、全然そそられない」

 れいんの髪の毛を掴み上げたまま、千尋は爽やかに言い放った。


「……っ、いい加減にしやがれ下っぱ吸血鬼!」

 地面を這いながら叫ぶ忍。

「何、使い魔。散々言ってたけど、結局はこいつが大事か? まさか好きとか? だから吸血鬼のあんたがハンターに肩入れしてたのかぁ。こりゃ傑作だ。吸血鬼とハンターの恋。うん、とんだB級ラブストーリーが始まる予感だ」

 漸く届いた忍の言葉は、千尋のおもちゃになったようだ。


「そんなんじゃねぇ……ただ……」

 確かにれいんも最初は敵だった奴だが、今となっては大事な仲間だと思ってる。ましてや一緒に暮らしてる家族みたいな人間だ。

 死なれたら誰だって嫌な気分になるに決まってるじゃないか。


 千尋は暫く考えた挙句、何かを思い付いたようで、

「あぁ、物凄ぇ愉快な事を思い付いた」

 今までにないくらい歪んだ笑顔を作って見せた。


 そして独り言のように、

「手の平から衝撃を放つって事はよぅ……手の面積分衝撃が分散されちまうって事なんだよな。

 いくら多くの力をそこにまとめて放出しても、結局は相手の体を吹き飛ばすくらいが関の山だ」


「……クソッタレ」

 何とかれいんから千尋を離れさせようと、忍も少しずつだが二人との距離を詰める。


「でも。その力を指一点に集中させて放出すると……一体どうなっちまうんだろうなぁ?

 あぁ、気になるなぁ。なぁ、ハンター?」

「……」

 れいんは答えない。ただ、視線だけで千尋を威圧する。

 それを見た千尋は、れいんの髪の毛を掴む手に力を込めながら、

「ああ、何て良い顔なんだ。もっともっと苦痛に歪んだ顔を見せておくれ。もっともっともっと、ゾクゾクとする様な顔を見せておくれよ」

 言って、千尋はれいんの髪の毛を掴む手を左手に持ち変えた。

 そのまま、れいんが何をするのかと考える間も与えず、右手の人差し指をれいんの口の中に突っ込んだ。


「かは……」

 奥にまで指を突っ込まれたれいんは噎せた。

「いいねいいね。あんたが忌み嫌う吸血鬼の指が口の中に入ってると思うと気持ち悪いだろう? でも俺はあんたのそんな表情が見たいんだ。もっと色んな顔で、色んな声で、苦痛を表現してくれ」


 千尋の指を噛み千切ろうと力を込めるが、指先にまでしっかり壁を構成した千尋には効くはずもなかった。


「とりあえず、あんたもうすぐで死ぬと思うけど。何か言いたい事とかあるかい?

 俺への罵倒でも良いし、使い魔への別れの言葉でも良い。生憎俺は気が短いんでね、どっかの誰かみたいに三分間待ってやる……なんて事は言えないけどさ」


「六条……っ」

 這いながら、忍が声を投げ掛ける。

 千尋が何かしようとしてるのは判る。

 もう少しで辿り着けるのだ。そうしたら二、三日は動けなくなっても良い。

 体の底から力を振り絞り、千尋に一発を見舞ってやる。

「純……志麻……ッ!!」


「キシハハハハ。あんたが死んだら、使い魔がどんな顔をするか楽しみだね」

 そう言って歪んだ笑顔を浮かべる千尋にれいんは、

「……この……サディストが」


「ありがとう、最高の褒め言葉だよ」

 千尋が笑った。


 そして、

「それじゃ、ばいばい」



「純志麻ぁああああああッ!」

 れいんの口に突っ込んだ人差し指から、残った全ての力を放出する勢いで――――


 グシャァァアアッ。


 ――――衝撃波を放った。


「……」

 忍の動きが反射的に止まった。

 びちゃびちゃと汚い音を立てながら、れいんの頭部から何かが噴射される。

 いや、最早頭部ではない。頭部が無い。


 れいんの体から、人として重要な部分が一瞬にして欠落した。


「ぉぃ……?」

 噴射される液体は、暗い建物内では黒い液体にしか見えない。

 しかし、噴射して飛び散ったそれが僅かに月明かりに照らされると、確かに赤い色をしている事に気が付いた。


 血が、頭部を失ったれいんの体が、首が、噴水の様に血を噴射させている。


「ろ……く……じょう?」

 忍の顔から表情が消えた。


 千尋の左手は髪の毛を掴んだ形のまま、止まっている。

 それにより、すっかり支えの無くなったれいんの体は、ドシャリと言う音を立てて、血だまりの中に倒れた。


 シャワーの様な返り血を浴びた千尋は、

「キシ……キシハハハハ……楽しい、楽しいなぁ。まるで水風船が割れたみたいだ。呆気ねぇ。ヒヒヒヒ……」

 しゃがんだ態勢のまま、高らかに笑った。



 ◇


「六条……?」

 やっとの思いで辿り着いたそこは、血の海だった。

 こんな小さな体の中にも、これ程の量の血が流れていたのかと、俺は不覚にも思ってしまった。


 マトモな判断力? そんなもん何処かに消えちまった。


「なぁ、六条……」

「れいん?」

「おい」

 何度呼びかけても、六条が動く事はない。


 死んだのだ。あの、マンションの屋上から落ちても生きていた六条が。


 俺の目の前で。綺麗に頭を吹き飛ばされて。


「……」

 動かない六条の首からは、未だに溢れんばかりの血が出ている。

 これは夢じゃないのか。


 そもそもなんでこんな事になった。


 もう何も判らない。

 薫。葉月さん。ユマっぺ。誰でも良いから俺に何か言葉をかけてくれ。



「悲しいかい?」

 突如問うてきた声は、酷く優しく爽やかな声だった。

 声は俺の左隣から聞こえて来る。


 声の主は一呼吸置くと、

「それが正しい。人間らしさを失ってはいないんだな。ちゃんとあんたがハンターの事を想い続けてる限り、ハンターも報われる事だろう。まぁ、あんたも直ぐに後を追えば、これからも一緒に居られるかも知れないねぇ? あの世でさ。

 もっとも、俺はあの世なんざ信じちゃないんだけど」

 と、優しい声とは裏腹に、酷く歪んだ顔で語りかけてきた。


「……てめぇ」

 俺の敵意を感じ取ったのか、目の前のソイツは軽やかに立ち上がった。


「んな怖い顔しないでょ? 俺達がしてたのは命を賭けた戦いだろう? 死者が出る事なんて、最初から判りきってた事じゃんか。それくらいの覚悟はして来てもらわないと」

 とりあえず、とソイツは言葉を付け足し、

「ハンターはリタイアって事で、良いんだよなぁ?」

 ニヤリと微笑んだ。

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