11月4日(月) 偶然の産物

 千尋の顔から笑みは消え、如何にも不機嫌そうな顔をする。そして小さく舌打ちし、その全身から微弱な衝撃波を放出。

 それにより、凄まじい勢いで体を包んでいた炎は跡形もなく消え去った。

 確かに最初にやられた時はビックリしたが、今夜だけで三回も同じ事をされれば対処も簡単だ。


 千尋は視線を炎の発生源へと向けた。

 ボロボロのハンターが忍の脇に立ち、こちらを睨み付けていた。


「不意打ちするなら……それで息の根を止めねぇとなぁ? えぇ!? ハンターよぅ!」

 響き渡る千尋の叫び声。

 相変わらず無傷の千尋を見たれいんは、再びその場に膝をついた。


「おい、六条!」

 いつの間にか立ち上がっていたと思ったら、次の瞬間にはまた倒れる。そんな様を見せられては、さすがに忍も慌てた。

 そんな忍に、れいんは真っ直ぐ千尋を見たまま小さな声で言い放つ。


「私が時間を稼ぐから今すぐ逃げなさい。何とか家まで逃げれば命は保証される……」


「いやいやいやいや!?」

「あなたは死なない。私が守るもの」

 言って、れいんは微笑んだ。


「た、確かにそう言う約束だったが……綾波○イみたいな事言ってんじゃねぇよ!」

「残念ね。こんな時、どんな顔をすればイイか判らない」

「笑えば良いと思……いや思えねーよッ! 馬鹿かお前は」

 言って、忍は膝をつくれいんの頭をひっぱたく。


「いちいちツッコミはいいから、早く逃げなさい」

「だから良くねぇって!」


「この期に及んで途中退場なんて出来ねぇよ? そうだなぁ……リタイアは、ソイツが死んじまった時のみ認めようか」

 と、忍達の会話を遮って、千尋が笑いながら一歩、また一歩と歩みを進めた。


「クソッタレ! こんな状態のお前に時間なんて稼げるワケねぇだろが! それに、逃げ出した所で瞬間移動みてぇなので直ぐ追いつかれる……とにかくもう倒すしか道はねぇんだ!!」

「ちょっと……!」

 忍はれいんの言葉などに耳も貸さず、微塵も逃げ出す素振りを見せる事なく千尋の進路上に立ちはだかった。


「イイねぇ、あんたイイよ。やっぱあんただけは生かしてやっても良いかも知れない。俺の仲間になるならなぁ!」

 一歩、一歩と千尋が忍に歩み寄る。


「頼りにしてた六条がこのザマさ。もう命なんてあってねぇようなもんだ。それでも俺は死にたくねぇ! だから最後まで足掻く! 負け犬なら負け犬らしくな!」

 一歩、一歩と忍が千尋に歩み寄る。


 お互いに相手の体が射程圏内に入ると、千尋は手を翳し、忍は指の骨をポキポキと鳴らした。


 まず先に動いたのは千尋だった。

 目の前に迫り来る忍目掛けて手の平から衝撃波を放つ。


 しかし、瞬間的にそれを見切った忍が横に飛び退いた事により、千尋の放った衝撃波は虚しく空を切るだけだった。

 決して肉眼では見えないソレは、確かに風を切りながら建物内の暗闇に吸い込まれる様に消えて行く。


「……イイ、楽しい。楽しいよ、なぁ使い魔ぁああああッ!!?」

「にゃろぅ……」

 攻撃が外れても微塵も動揺しない千尋。

 その中でタイミングを見計らい、今度は忍なりの立ち回りで千尋の手の死角、背後へと回り込む。



「てめぇの手は危ないからな。絶対俺の方には向けさせねぇ!」

 言葉と共に、忍が千尋の背中にパンチをお見舞いした。

 人の形をしたモノを殴った感触が、忍の手を通じ衝撃として脳に伝達される。パンチはしっかり千尋の背中にヒットしたと言う事だ。


 ――――が、待っていたのは判りきった結果であった。


「……キシハハハ! 無駄無駄無駄無駄ぁ!? 何度やっても同じだっつーの!」

 パンチが打ち込まれるのとほぼ同時に振り向く千尋。

 そのまま、千尋は振り向き様に背後の忍へと、手の平から衝撃波を繰り出した。


「あ、ぶね……ッ!」

 間一髪でソレを避けた忍は、ひぃいいいと間の抜けた声を上げながら一度千尋と距離を置き、呼吸を整える。心臓が激しい16ビートを刻むような感覚。


 何はともあれ、今の攻撃を避けられたのは大きい。

 静かに佇む千尋を忍は僅かに離れた場所から、体全体で大きく息をしながら睨み付ける。そして、ゆっくりと額から滴り落ちて来た血を手の甲で拭った。



 未だに千尋の力の正体が何なのか、忍には判らなかった。

 思わずさっき千尋が言っていた事を思い出す。


『あんたが今俺に放った十数発のパンチだけど、それに込められていた力は全て俺に触れた瞬間に、俺の体内に吸収された。俺がダメージを食らわないのはそう言う事さ』


 打撃が効かないなんて事は、千尋がそれを言う前から最早判りきった事だった。ついでに斬撃も奇術もだ。


 しかし、それが判ったとしても肝心の攻撃方法が判らない。

 体ごと吹き飛ばされる事から考えるとエスパーみたいな感じだろうか? それとも、突風の様なモノを引き起こす感じか。


 どちらにしても、忍の知る吸血鬼の能力とは遠くかけ離れたモノだ。

 最近の吸血鬼はここまで戦い方がファンタジーアクションチックになったのか……とか、そんな考えも頭に浮かんで来たが今はどうでも良い。


 とにかく、千尋に手を向けられたらヤバい。

 それだけはこの戦いの中で身を持って知った。

 手を翳された次の瞬間には体ごと吹き飛ばされてしまうのだから。


 二度と手だけはこっちに向けさせないように、上手く立ち回らなければならない。

 もしまたソレを食らい、壁を突き破ったりでもしたら今度こそ立ち上がる事は出来ないだろう。さすがに次は死ぬかも知れない。

 今立って戦ってるのだって奇跡みたいなもので、次もまた立ち上がれる保証などないのだ。


 れいんが戦えなくなった今、頼れるのは自分のみ。

 自分とて力が使えるようになってまだ日も浅い。頼りない事この上ないが、今は自分の力を信じるしかない。

 実質、これがラストチャンスだ。


「……」

 六条れいんは床に横たわりながら、目の前で攻防戦を繰り広げる二人を見て下唇を噛んだ。

 忍を見守る事しか出来ない今の自分が、れいんには腹立たしくてならない。


 本当なら、自分が忍を守ってあの場に立っていたハズだ。


 それが気付けば守られてるのは自分の方。

 完全に蚊帳の外じゃないか。


 立ち上がろうにも力が入らない。動いて欲しいのに、体が全然言う事を聞いてくれない。血を流しすぎたか、視界が霞む。


 いくら場数を踏んだハンターと言えど、こうなってしまったら何の役にも立たない。

 ついこの間力を開眼させたばかりの希種に守られるようでは、ハンター失格である。

 不甲斐ない自分への怒り、守るべきモノを守れない情けなさ、絶対的な力を持つ悪意を前にした事による恐怖心。この一瞬の間で、様々な感情がれいんの中を駆け巡った。


 確かに忍の言った通り、自分達が生き延びる道は目の前の敵を倒すしかない。

 そんなのは当たり前だ。しかし、それすらも危うい場所に自分達は居るのではないかと、れいんには思えてならない。


 初めて千尋と対峙した時から感じていた得体の知れぬ違和感が、今夜正面から千尋とぶつかり合った事で少しずつだが確かなモノへと変わってきた気がするのだ。

 まだ定かではないが、もしかしたら今自分達が戦っている相手は――――



 次の瞬間。

 今この場に居る全員が自分の目と耳を疑う事となった。


「ヒハハハハ! グルグルグルグル……目が回るっつぅの!」


 それは再び千尋の手の死角、背後へと忍が回り込み、まるで馬鹿の一つ覚えみたいにパンチを見舞おうとした時の事だ。


「……っ!」

 突然忍の目の前がブラックアウトし、大きくバランスを崩した。

 忍自身それが出血多量によるモノだと理解したのはずっと後の事。


 バランスを崩し、大きくよろけながら放たれた忍のパンチは本人の意志とはかけ離れた場所、千尋の脇腹を掠めるだけのモノとなった。

 忍も何とか倒れまいとその場で足に力を込め踏みとどまる。


 それと同時に、

 ――――ピキピキ


 突如千尋の体から響いた形容し難い奇音。

 まるでガラスが割れるかの様な、シャープペンの芯が折れるかの様な――――


 パリィィン……


 ――――次ぐ軽快な音。


 それは虫の羽音程の小さな音だったが、がらんどうの建物内にはステレオスピーカーで流したかの如く大音量で忍達の耳へと届いた。確かに。確実に。


「……あぁ?」

 まるで未知との遭遇を果たしたかの様な表情を浮かべ、千尋は後退する。


 先刻の忍と同様に、今度は千尋が忍と距離を置く。

 そして、今、忍に掠められた脇腹から溢れる様に流れ出るそれを見て、千尋は大きく顔を歪めた。


「……」

 脇腹から流れ出るそれを、千尋は良く知っている。

 この世に生きる生物なら、ほぼ例外なく全身を流れる液体。


 自分が殺した人間から、絶えず流れ出ていたソレ。

 自分が吸っては排出してきた、吸血鬼を増やす上で、生きて行く上で重要なソレ。

 幼い頃、転んで擦りむいた膝から滲んで来た、赤い、赤い――――


 ああ、痛い。イタイ、痛い、いたい。

 血が。自分の体から血が出ているのだ。


 まさかの事態に、今この場に居る全員が目を丸くした。当然、千尋もその一人だ。

 全員が、目の前で起きた一瞬の出来事に言葉を失っている。

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