11月4日(月) 絶対防御と反射能力

「ヒヒ……ヒハハハ……ッ!」

 今までこんな風に、誰かが自分の命を賭してまで俺と向き合って接してくれた事があっただろうか。否、そんな事はなかった。


 なるほど。だから俺は嬉しかったんだ。

 こいつらは俺の目を見て会話をしてくれる。

 俺を一人の人として、いや……一人の敵として見てくれる。俺の存在を認識してくれている。何より、こんな俺と……遊んでくれる。


 それなら俺も、ちゃんとこいつらと正面からぶつかり、失礼のない戦いをしなくては。


 ラルヴァ。あんたが俺に力をくれたおかげで、またこうして誰かと向かい合う事が出来た。感謝しよう。

 だから俺もあんたの為に、世界を吸血鬼だけの世界に変えてみせる。

 そうする事で俺らの利害が一致すると言うのなら。


「ハンター……お遊びはここまでだ。ここからは俺もリミッターを外させてもらうぜ」

 千尋は不敵に微笑むと、大きく息を吸い込んだ。



 純志麻千尋がラルヴァと呼ぶ男から授かった能力は、自分の体の周りに無色透明な壁を形成し、その壁が外部からの衝撃を完全にシャットアウトすると言うモノだった。

 その強度は本物で、現にれいんの斬撃も、忍の打撃も効かない程。

 まだ実証はされていないが、下手をすればこの体には銃撃はおろか、核ミサイルが撃ち込まれても傷がつかないのではないだろうか。それが千尋の言う絶対防御の正体だった。


 皮肉にも、その能力は幼くして心を閉ざし、外部との接触を断った千尋にはピッタリの能力にも思える。


 その絶対防御に加え、千尋にはもう一つの能力があった。

 壁が受けた外部からの衝撃を全て体内に吸収し、その吸収した衝撃を再びそのままの力で体外へと放出する事が出来る――――

 と言うモノだ。


 この能力の真の強さは後者にあった。

 敵の攻撃によって吸収された衝撃は体内で消える事がなく、その時に放出さえしなければ、新たな衝撃が加えられた時その分だけ更に蓄積されていく。

 時間経過等によって、蓄積されていたモノが消滅する……と言う事がない。

 故に、溜めれば溜めた分だけ、強力な衝撃波を生む事が出来るのだ。


 そして、その衝撃波を体外に放つ場合、自分で放つ威力を操作出来るのも、応用を利かせやすい点である。

 例えば、10蓄積されているのなら、最初の放出に2、次の放出で8……と。


 さっき忍が何発も殴ってくれたのは、千尋にとって何とも好都合であった。

 結果的には生きていたとは言え、蓄積されていたほぼ全ての衝撃を忍達に見舞ったのだ。

 すっからかんとまではいかないが、あのままでは千尋に戦いを続ける事は困難だったのだから。

 今はおかげでかなりの衝撃が蓄積された状態である。


 千尋が戦いの場所をここにしたのも、それらの理由からだった。

 衝撃波を放つと言っても、中途半端な威力ではハンター達を倒す事が出来ない事は重々承知していた。

 故に、遮蔽物の多いこの場所を選んだのだ。


 微弱な衝撃波でも、相手の体を吹き飛ばすくらいの事は出来る。

 そのままコンクリの壁にでもぶつかれば、相当なダメージを与える事が可能なのだから。

 生憎、今相手にしている二人はぶつかるどころか、ソレを突き破ったと言うのにピンピンしてはいるが、普通の人間が相手なら一溜まりもないだろう。


 ここはまだ建築中と言う事もあり、余計なモノも無い。

 建物自体がぶち壊れて完成が先延ばしになろうが、建設が中止になろうが知ったこっちゃない。

 千尋の力で戦うにあたって、これ程思う存分、余す事なく力を使える場所は他になかったのだ。


「キヒヒ……随分慎重じゃねぇの。来ないなら俺から行くぜ?」

 構えるだけの忍達に痺れを切らし、千尋は前のめりの体制になる。

 そして、さっき蓄積されたばかりの衝撃を足の裏、靴底から放出した。


 衝撃波を利用し、空を駆ける戦闘機並みの速さで千尋の体は宙を舞い――――

「くっ……」

「速ぇっ……!」

 次の瞬間には忍達の背後に着地する。

 正に瞬間移動でもしたかのような、電光石火と呼ぶにふさわしいスピードだった。


 そのまま相手に息を吐く暇も与えず、もう一度足から衝撃波を放出する千尋は、一気に忍達の頭上へと飛んだ。


 そして、二人の頭上で手を翳す。

「……六条! 上だ!」

「ヒハハハハ! 防戦一方かぁ、おい!?」

 やっとの思いで千尋の姿を捕らえた忍だが、逃げる暇などなかった。

 それとほぼ同時に、千尋の手の平からは最大級の衝撃波が放たれていた。


 ドゴォオオオオオ――――


 衝撃から崩れる床。爆音だけが夜の闇に轟いた。


 ――――建物内には、さっきまでのモノとは比較にならない量の砂煙が舞っていた。


 空中に舞う浮遊感を感じた直後に体を襲った衝撃。

 忍達の体は、ついさっきまで居た五階から、四階の床へと叩きつけられたのだ。


 それよりも後に崩れてきた床が……いや、今となっては天井が、忍達に更なる追撃となって攻撃をしかけてくる。


「……っ!」

 背中全面を強打した忍は、その痛みから苦悶の声を上げる事しか出来ない。

 ましてや今の忍には、自分達の身に何が起きたのかすら未だ理解が出来なかった。



 ふと横を向くと、忍と同じようにうずくまり、動かない六条れいんの姿があった。

「お、おい、六条……」

 歯を食いしばり這うように起き上がると、忍はれいんの体を揺さぶる。


 そこで周りを見回し、上を見上げた時、漸くこの現状に理解が追いついた。


 ああ。純志麻が頭上で放った攻撃のせいで床が崩れ、自分達は上の階から落ちたのだ、と。

 ポッカリと口を開いた天井は、まるでその一画だけ大震災にでも見舞われたかのようだ。

 今も尚、パラパラと小さな瓦礫が落ちて来る。


「あんまり揺らさないでくれる? ちょっと……体が痛い」

「お前……」

 そんな忍に投げかけられる、最近となっては良く知った声。

 意識がある事に安心したのも束の間。まさかあのれいんがこんな事を言うなんて思いもしなかった。

 いつもみたいに「大丈夫」とか「余裕」とか言ってくれれば、こんな気持ちにはならなかったと思う。

 やはり、さっきこっちに戻って来た時点で相当なダメージを負っていたのだろう。

 立ってるのもやっとだってのに強がっていたのか、と忍は小さく舌打ちした。



 月明かりに照らされるこの階の通路も、外見だけを見ればさっきまで居た五階と何も変わっていなかった。

 恐らくこの様だと、一階から五階まで、全ての階の造りは同じなのだろうと推測出来た。


「ヒハハハハ! やっぱこれくらいじゃあ死なねぇかぁ!」

 静寂を切り裂いて、声は忍達の頭上から聞こえて来た。

 千尋は崩れ落ち吹き抜けとなった天井から、いや……床から、見下すように微笑んでいる。


 そして、

 次の瞬間には何とも軽快に、まるでその場でステップでも踏むように、千尋は忍達の目の前へと降り立った。

「まだおねんねの時間にしちゃあ早すぎるよなぁ! さぁさぁ起きろ。まだ俺は満たされちゃいねぇ!」


 距離にすると十数メートル。

 狂ったような千尋の叫び声に、身の危険を察知した忍は立ち上がる。

 足がガクガクと震えてる。しかし、それは恐怖から来るモノではなかった。

 恐怖なんて、気付いた時にはどこかに消えていた。この震えは、明らかにさっき食らったダメージによるモノだ。


 さっきまではスマホを壊された怒りやら何やらで冷静さを失い、痛みなんて未熟も感じなかったが、やはりコンクリの壁を突き破ったダメージは相当なモノだった。

 当然と言えば当然だが、冷静さを取り戻した今、全身を襲う痛み以外の事を考える余裕がない。力を抜けば今にも倒れてしまいそうだ。


「結局、立ち上がるのは使い魔の方かぁ、おい? まぁ……それならそれで良いや。時間をくれてやった甲斐があったってもんだしなぁ」

 くっくっと喉で笑う千尋。

 そして一呼吸置くと、

「敬意を表してあんたから先に葬ってやろうか? ヒシハハハ!」

「……なんで、俺がてめぇに立ち向かえるか判るか。下っ端吸血鬼?」

 奥歯を噛み締め全身の痛みを押し殺しながら、忍はニヤリと微笑んだ。


「俺、気付いちまったんだよ。お前の弱点にさ」

「……あぁ?」

 忍の言葉に、千尋は眉根をしかめた。

 弱点に気付いたとかよりも、プライドの塊のような千尋には自分が下っ端吸血鬼と言われた事の方が腑に落ちない。


 しかし、どう考えても今の忍の言葉は、

「俺には苦し紛れのハッタリにしか聞こえねぇが?」


 忍は答えない。

 確かに今の忍の言葉は、千尋の言う通りハッタリだった。

 そうする事で千尋の動揺を誘えるかとも考えたが、千尋は動揺する素振りなど微塵も見せない。それどころか、自分の力に絶対的な自信を持っている。


 今のがハッタリにせよ何にせよ、とにかく千尋の力を攻略し、一発でもダメージを与えなければ忍達に生き残る術はない。

 意地でもそれを現実のモノにしなければ、勝機などないのだ。


 先日、れいんとどの様な作戦で行くかと話をしたが、今となっては下手に作戦を立てないで良かったとすら思えた。

 千尋は今まで忍が戦った吸血鬼とは、動きも攻撃方法も全てにおいて違う。

 こんなヤツが相手では、作戦もクソもなかったのだから。


「時によぅ、使い魔」

 不意に、千尋が忍に声を投げかけた。

「一つ気になってた事があるんだ。昔から気になった事はとことん気になっちまう性格でよぅ……冥土の土産に、ちょっくら答えちゃくれねぇか?」


「……?」


「一体、何で吸血鬼のあんたがハンターなんかに肩入れしてんだぃ? 弱みでも握られてんのか? 言う通りにすれば殺さないとでも言われてんのか? それだけが初めてあんたらと会った時から疑問でよ……

 何ならどうだ。そんなハンターなんかじゃなく、俺の方につかないか? 子吸血鬼達との間には会話もなくてつまらねぇんだ。

 時間はかかるだろうが、この世界はやがて吸――――」

「ああ、それは断る」

 千尋の言葉を、忍は見事にぶった切った。


 そして真っ直ぐな瞳で、

「俺がこいつに協力してるのは神様に願い事を叶えてもらうタメさ」

 言い放った。


「か……みさま? 願い……事?」

 それを聞いた千尋は一瞬目をパチクリさせ、

「おいおい、こりゃとんでもねぇ馬鹿が居たもんだッ! ひははは! 神様なんざ居やしねぇんだって!? こいつぁなんだ? サンタなんかも信じてるクチかぁ!?」

 千尋は手を腹に当て、大笑いを初めた。


 そんな千尋をずっと黙って見ていた忍は、

「信じる信じないはお前の勝手だよ。俺の言葉に嘘偽りはない。こいつに協力してる理由はそれが全てだ。それと、俺から吸血鬼の波長とやらが出てるらしいが、俺は吸血鬼じゃなくて希種だ。どいつもこいつも勘違いしやがって」

「ヒヒヒ……キシュ? 何だぁそりゃ?」

 聞いた事も無い単語に、千尋は笑いを抑え込み、考え込んだ。


 その刹那――――


 ゴォオオオオオ!


 と、忍の耳元を轟音と共に炎が横切った。

 猛スピードで放たれた炎は、三度千尋の体にまとわりついた。

「ちっ…………」

 燃え盛る炎を、千尋の体の回りに作られた見えない壁が遮断する。

 しかしそれを上回るスピードで体を包み込む炎。ジリジリと、千尋の体を強烈な熱気が襲った。

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