11月4日(月) お前は俺を怒らせた

「…………っ」

 砂煙の中、ぐったりと横たわる俺の意識は朦朧としていた。


 全身が痛い。

 命があって何よりだが、普通なら今ので死んでもおかしくなかったんじゃなかろうか。

 自分でも生きているのが不思議なくらいだよ。不幸中の幸いにも、打ち所が良かったか或いはってところなんだろうが。


 しかし何故だ?

 全身でコンクリの壁をぶち破ったと言うのに、ケツだけが群を抜いて滅茶苦茶に痛い。

 いやね、確かに全身も痛いんだよ。でも、ケツだけ異常な痛みがあるって言うか。

 そう、ケツに何かが食い込んで、いや、刺さっているような――――


「き、きゃああああああ!」

 ソレを確認した俺の、まるで俺のモノとは思えない悲鳴。


 俺はソレを握り締めたまま、体中の痛みも忘れて飛び起きる。


 今の衝撃で、俺の尻ポケットの中に入っていたスマホがオシャカになっていたのだ。

 何かがケツに刺さったような痛みは、コイツのせいだったと言うワケだ。


 画面はべきべきにひび割れ、ホームボタンを押しても何の反応もない。


「嘘! まじかよ!? おい、スマホ! 返事をしてくれ! う、動け! 動け!! 動いてよ! 今動かないと……」

 持って来なきゃ良かったと思っても、時既に遅し。


 これでもう俺は誰とも連絡を取る事が出来なくなった。スマホ依存症の俺からすれば、それこそ死を意味する。

 俺に命があろうが関係ない。俺のもう一つの命が、ソレに宿っていたと言っても過言ではないのだから。

 故に、スマホが死んだ今、黒霧忍は本日この時間をもって死んだのだ。享年17才。



 ガシャアアアアアアアン!

 突如、魂の抜けた俺の耳に聞き覚えのある破壊音が届いた。


 多分六条が吹き飛ばされたのだろう。

 このままじゃ、俺達は殺される。このスマホと同じように、ボロボロにされ……



 ◇


「あぁらら、こりゃまた随分派手に吹き飛んだなぁ」

 巻き起こる砂煙の中に千尋は居た。

 目の前の壁に空いた巨大な穴を見つめながら、千尋はクックッと喉で笑う。


 忍がやられた後、れいんも同じ事をされたのだ。

 相手に避ける暇さえ与えずに繰り出される千尋の攻撃。

 目に見えないソレは、れいんと言えど避けようがなかった。


 辺り一面は崩壊。

 以前、れいんが初めて千尋と会った時に食らった攻撃が、どれだけ手加減されたモノだったかが伺える。


「この程度で終わりか、ハンター? まだだろ!? まだまだまだまだ足りねぇよ! 立ち上がって来いよ! こんなんじゃ満足出来ねぇっつーの!! ヒハハハハハハハハ!」

 千尋の叫声が建物に響いては吸い込まれるように消えて行く。

 やがて辺りは再び静寂を取り戻した。


「……」

 しばらく待ってはみたが、さっきの様に穴から炎が出て来る事もなければ、威勢の良い声も聞こえて来ない。


 ああ、終わってしまった。

 千尋はその場にしゃがみ込む。れいん達が再び立ち向かってくる気配はない。

 実に呆気ない戦いだった。

 と、千尋は壁に背中を預け、小さく丸まる様に膝を抱えた。彼女達が相手なら、自分の求めていた答えが見つけられるとすら思っていたのに。



 千尋を襲ったのは、今まで感じた事のない虚無感だった。

 そんな千尋の耳に聞こえて来る音は、まだガラスの張られていない吹き抜けの建物内に入ってくる夜風と、パラパラと壁の崩れる音。


 それと、


「う、うぉおおおおおお!」


 暗闇から響く、一人の少年の獣の雄叫びにも似た叫び声だけだった。


「……」

 叫び声が聞こえたのはさっき忍を吹き飛ばした通路から。

 千尋は怪訝な顔をし、声がした方へと振り向いた。


「ぬぉぉおあああ!」

 建物内に反響した叫び声が完全に消え去った時、再び暗がりから轟く雄叫び。

 それが千尋の鼓膜をビリビリと刺激する。


 誰かが……いや、ヤツが生きていたのだ。


「……こいつぁ一体どう言う事だ。さっきの攻撃は俺の全力だったんだぜ? ハンターならまだしも、何であいつの方が生きてんだよ?」

 千尋はその場で立ち上がり首を傾げた。

 そんな独り言を言う千尋の顔は、何とも複雑なモノだった。


 自分は明らかな殺意を持って彼らハンターと対峙していた。そこには微塵の躊躇いもなかった。

 ついさっき忍とれいんに放った一撃は、正に千尋なりの渾身の一撃だったのだ。


 計算通り、勢い良く吹き飛んだ忍の体は数枚のコンクリの壁を突き破った。

 打ち所が悪ければ死ぬ。仮に打ち所が良かったとしても、数ヶ所の骨折は免れない。


 それだけのモノをマトモに食らっておいて無傷で立ち上がって来るようなヤツは化け物くらいなもんであって、普通なら起き上がるのだって困難なくらいの致命傷になるハズだ。


 現に、忍と同じ威力で吹き飛ばされたれいんは再び立ち上がって来る事はなかった。

 彼女が死んだかどうかの確認はまだだが、あの様子だと仮に生きていたとしても全身を襲う激痛に呻いているだけだろう。


 故に千尋がさっき忍達に放った攻撃は、それ程のダメージを見込める一撃だったと言うワケだ。

 そんな一発を見舞うからには、あんなに楽しみにしていた死闘がモノの一撃で終わってしまう可能性があるという事も、千尋には判っていた。


 なのに、呆気なく終わってしまったと思った瞬間に自分の中に溢れ出したあの感情。


 何故自分は寂しさなんて感じたのだ。


 そして、何で俺は今、こんなにも喜んでいるんだろうか――――



 忍が生きていた事が嬉しくて仕方ない。


 まだ、この戦いが終わらないとわかったからか?

 ここまで誰かが面と向かって自分と接してくれたのは初めてだからか?


 ワカラナイ。


 自分の感情が大きく矛盾している事に気付いた時、千尋は奥歯を噛みしめた。



 気付けば、遠くで反響していた足音はどんどんこっちに近付いてくる。

 その足音は悠長に歩いている様な、優しいモノではない。明らかに全力疾走でもしているかの様な、暴力的な足音だった。


「純志麻ぁああああああッ!」

 さっきよりも近距離で発せられる叫び声。

 向こうの方からドタバタと反響する足音が、千尋の口元を緩めた。


「……まじかよ」

 次の瞬間には、漆黒の闇に包まれた通路の暗がりから、月明かりの元に黒霧忍が勢い良く飛び出して来た。


「……」

 千尋は黙ってその姿を見つめる。

 忍の服は所々がビリビリに破け、全身が擦り傷だらけ。額からも血が流れ、頭部を強打している様子だった。


 まんまと暗がりから再登場を果たした忍は千尋が思った通り、ここまで全力疾走して来たようで今は大きく体全体で息をしている。


 やはり、予感は的中。忍は擦り傷を負っただけで、致命傷なんか負っちゃいない。

 それともどこかしら骨折はしているが、その痛みすら忘れさせる他の要因があるのか。

 何であろうと、平然としているこいつは化け物か、と千尋は思った。


「よ……」

「おいおい、あんたが突き破ったのはコンクリの壁だぞ? 一体どんな体してんだよ」

 忍の言葉を遮り、千尋が問う。

 それはいつもの皮肉などではなく、純粋な疑問だった。


 ある程度場数を踏んでいるであろうハンターのれいんが再び目の前に現れるなら、いくらでも納得は行く。

 しかし、今自分の前に現れたのは、ついこの間までクソ程の役にも立たなかった使い魔なのだ。


「ょ、よくも……俺のスマホをぉおおお!」

 忍の耳には、千尋の皮肉にも聞こえる質問は届かなかったようだ。

 ただ怒れる狂戦士となった忍は今まで見せた事のない形相で、本日何度目かになる叫び声を上げる。


 そして、

「……あぁ? 何の話――――」

 千尋が次なる言葉を言い切る前に、忍は勢い任せに地面を蹴った。

 そのまま千尋の懐に飛び込むと、さっき以上のスピードでその憎き敵の横っ面を殴りつける。


「うぉおおお!」

 もう一発、殴りつける。

「てめぇのせいで……」

 更に殴りつける。

「俺のスマホが壊れちまったじゃねぇか! クソ! 死ね!」

 まだまだ殴りつける。


 が、

「冷静になれよ。クールにさ?」

 低レベルな罵声を浴びせかける忍の手を掴み、何事もなかったかの様に振り払う千尋。


「ちっ……くしょ」

「仲間がやられた事に対する怒りじゃなくて、スマホが壊された事に対する怒りだったのかよ? それが俺のせいになるってのもおかしな話だけど……ってか、ここは嘘でもハンターの身を案じてやれよ。スマホの方ばっか心配されちゃぁハンターが不憫過ぎやしねぇか?」


「……いいんだよ、あいつは」

「扱い酷ぇなぁ……結構コンビネーションは良いのに仲は悪いのか?」

 言って、千尋はケタケタと笑い出した。


 やはりとでも言うべきか、千尋にこれっぽっちもダメージを与えられない。

「クソッタレ! さっきからなんだってんだよ……何で俺のパンチが効かねぇんだ!?」

 思わず大声を上げる忍。


 それを聞いた千尋も、

「何で……か。俺もわからねぇんだ。不思議なもんだよなぁ、おい? 俺はあんた達を殺したい。殺したくてしょうがねぇ。でも、何故か死んで欲しくないとも思ってる。

 あんたが生きて俺の前にまた現れて、何でか嬉しくて、安心なんかしちまったりしてさぁ! この矛盾は一体なんだ?

 ああ、考えてもわからねぇ。わからねぇよ!」

 お互いがお互いに率直な疑問を叫び合う。


 一呼吸置くと、今度は俺の番と言わんばかりに千尋が忍の顔面に手を翳した。


「……くそっ」

 身の危険を察した忍は大きく舌打ちし、瞬時に千尋の背後へと周り込んだ。


 そのまま、

「くそったれ! このっ! このぉっ!!」

 再び、無防備な背中をがむしゃらに殴りつける。


 さっきからそうだが、確かに殴っている感触はあるのだ。

 なのに殴られる千尋は足に力を入れ踏ん張り、その場に踏みとどまろうとすらしない。直立不動。

 普通の吸血鬼が相手なら、間違いなくこのパンチ一つで殴り飛ばせているハズだ。


 もしや同化が出来てないんじゃないか――――

 今の忍にはそうとしか思えなかった。


 ただ殴られるだけのサンドバックと化した千尋は怯む事すらせず、ケタケタと笑ってみせる。

「使い魔よぅ。あんまり無駄な攻撃はしない方が良い」

「……あぁ?」

「ハンターから俺の力について何も話を聞かされてないのか? 俺を殴れば殴っただけ、あんたが次に食らうダメージは強力なもんになるんだぜ?」


 千尋の意味深な言葉に忍は殴る手を止め、眉根を寄せた。


 千尋は相変わらず、ニヤニヤと歪んだ笑顔を浮かべている。

「あんたが今俺に放った十数発のパンチだけど、それに込められていた力は全て俺に触れた瞬間に、俺の体内に吸収された。

 俺がダメージを食らわないのはそう言う事さ? そしてその吸収された力は何処に消えるワケでもなく、俺の体内を駆け巡る。今この瞬間もグルグルとね」


「……あ?」

 どう言う事だ―――と忍が口にしようとした瞬間、千尋の顔色が変わった。

 奥歯をギリリと鳴らし、千尋はゆっくりと横を向く。


 忍も何事かとその視線の先を追った。


「おいおい。マジで一体何がどうなってんだよ。こりゃぁ……振り出しに戻っちまったって事かぁ?」

 そう言う千尋の顔からは、さっきまでの笑顔は消え去っていた。

 むしろ、余裕を感じさせないモノへと変貌している。


 ポッカリと空いた穴の向こうからはゆっくりと、見覚えのある顔が歩いて来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます