11月4日(月) 賽は投げられた

 しかし、考えてみれば葉月さんも随分な言われようである。

 もし葉月さんが本当に神様の一族だったとしても、願いを聞いてる暇なんてなかったんだろうな。

 だって働いてんだもん。神様がお医者さんやってんだもん。


 完全に話を流された純志麻はちょっと顔をしかめたが、

「……あんた達と会うのは今夜が最後だ。俺に答えられる事なら、話してやるよ」

 そう言った。


「あんたの親玉は今何処にいる」

 純志麻の返事を聞いた六条は、ここぞとばかりに問いかける。

 純志麻の親玉って事は、俺達の最終的なターゲット、ラスボス吸血鬼って事だろう。


 一方の純志麻は六条の質問を聞き、笑顔を浮かべながら答えた。

「本当に申し訳ないね。その質問にだけは答えられないや。約束してんだよ、ハンターに自分の事を聞かれても何も答えるなって」


「ふざけないで」

 と、苛立ちの色を見せ始める六条。普段の冷静さはどうした、落ち着け。


「ふざけちゃいないよ。約束は約束だからね。それに、もしそんな約束をしてなかったとしても、あの人が今どこに居るのかは俺にも判らない。答えようがないのさ」

 純志麻の答えを聞き、六条は奥歯を噛み締めた。


 そんな俺達に、純志麻は思い出したかのように言葉を付け加えた。

「そうそう。俺が殺人犯みたいな言いがかりつけられたけど、そこに横たわってる連中、殺したワケじゃないから」



 俺達がその意味を理解する前に、

「なっ――――」

 俺と六条は突如起き上がった死体達に取り囲まれた。

 さっきまで明らかに死体だった男達の目は、俺が良く知る吸血鬼のそれに変わっていた。

 死んでいなかったのか!?


 突然の出来事に動揺する俺達を見て、純志麻は笑った。

「殺すのもアレだから吸血鬼にしてやったのさ。

 でも、吸血鬼にされた人間って一度死ぬんだよね。それから暫く時間を置いて、新しい吸血鬼としての命がその体に宿る。

 これは殺人? いいや、結果としてはその人間は生きている。不思議なもんだね。

 知ってるかい? 吸血鬼ってのは新鮮な生き血を吸うと、古い血液を体外に出すんだ――――」


 俺と六条は、あの夜と同様に背中を合わせて構える。

 今はもう悠長に独り言のように言葉を並べる純志麻に構っている場合ではない。


「六条、これは一体どう言う事だ!?」

「話は後で良いかしら」

 と、背中越しに六条が言う。

 構わん。今はコイツらを倒すのが優先だ。



「はぁあああ!」

 六条が炎を吸血鬼に向かって放つ。

 俺も力を解放するタメ、頭の中で吸血鬼と同化するイメージをし、吸血鬼に飛びかかる。

「うぉりゃあああ!」



 所詮はザコ吸血鬼。

 今の俺達の敵ではなかった。しかし俺達がザコ吸血鬼と戦っている間、純志麻が一切手出しして来なかったのが引っかかる。

 俺達がザコ吸血鬼に気をとられているなんて、絶好のチャンスのハズだ。


「いやぁ、お見事。使い魔も戦えるようになったんだな。ハンターも、何か戦いのスタイルが変わったようだし。こりゃ少しは楽しめそうだ」

 と、一時戦線離脱していた純志麻は拍手なんてしながら、再び定位置の壁に背中を預けながら言った。


「お前は見てただけなんだな」

 いつも六条が言うような事を、今回は俺が言う。それも睨み付けながら。


 純志麻はズボンのポケットに両手を突っ込み、

「別に援軍が欲しくて奴らを吸血鬼にしたワケじゃないからね。それに、俺は無駄な殺人はしたくないし」


 無駄な殺人って、人を吸血鬼にした時点で殺人になるんじゃないのか。


「さっき言った通り、確かに吸血鬼にされた人間ってのは、吸血鬼としての命が宿るまでの間は死んでいる。仮死状態ってやつさ。

 で、新しい命が宿ると生き返るんだ。何事もなかったかのように。

 それに生き返った後、昼間は人間としての生活をちゃんと送れる。夜だって自我さえ保てれば普通の人間となんら変わりない生活が出来るよ。ま、自我に負けた奴らが、夜の街に出てあんた達に殺されるんだけど」


 ところでさ、と純志麻は言葉を続ける。


 俺はここぞとばかりに、さっきの戦闘で離れ離れになってしまった六条と合流した。


「さっき、あんた達は俺が人殺しみたいな事言ったけどさ、そう考えると……あんた達の方が人殺しだよね?」


 不意に矛先が俺達に向けられた。思わず六条と目を合わせる。

 いつの間にか六条は廃材に火を灯したモノを持っていた。

 恐らく、力を使い続けるのは疲れるからなのだろうが、

「俺達が人殺しって……」


「考えてごらんよ。俺達吸血鬼は確かに人間の血を吸って仲間を増やす生き物だ。でも、血を吸っただけじゃその人間は吸血鬼にはならない。

 俺達は血を吸った後、元々俺達の体内に通っていた血を、血を抜き取られ空っぽになった人間の中に流し込むんだよ。吸血鬼の血液をね。

 新鮮な生き血を吸うと、古い血液を体外に出すってのはそう言う事さ。要は血液を入れ替えているのさ。

 そうして吸血鬼の血を送り込まれた人間が吸血鬼になるってワケ。確かにその時はその人間を殺したって事になるけど、結局、数分後には生き返る。

 また人と同じ生活が送れるんだよ? 美味いご飯が食えて、温かい布団で眠れて、友達と話をしたり遊びに行ったり出来て。

 それを殺してるのは、あんた達じゃん」


 返す言葉がなかった。


 吸血鬼は夜に行動を起こすってのは知っていたが、昼間は普通の人間と同じ生活が送れるだと……?

 そんなの初めて知った。

 俺達は吸血鬼殲滅と称して数多くの吸血鬼達を倒して来たが……


「…………」

「シノブ、惑わされないで。吸血鬼は野放しにしてはいけないの。もし吸血鬼が人に危害を加える事のない生き物なら、最初から私達のようなハンターも、魔を滅ぼすタメの機関なんていうのも作られない」

 人殺しって言葉が重くのしかかる俺を、六条が必死に諭す。


 それに続き純志麻も、

「ハンターの言う通りだ。俺達が人間と共存出来る生き物なら、ハナっから滅ぼされる必要もなかっただろうね。

 元々この世界は人間のモノ。俺達吸血鬼は異端のモノでしかない。もしも最初からこの世界が吸血鬼のモノなら、人間が異端って事になるけど。この場合はイレギュラーな存在は俺達だ。

 惑わせちまったならごめんよ? これはあくまで俺個人の考えだから、真に受けてくれなくていい。あんたが正しいと思うなら、これからも続けなよ。

 もっとも、今夜生きて帰れればの話だけどね」

 言って、純志麻が立ち上がった。


 そのまま大きく息を吸い、伸びをする。

「さて、長くなっちまったが邪魔するヤツはもう居ない。そろそろ始めようか?」

 純志麻が構える。



「ま、待った!」

 それを俺は慌てて制した。まだ戦いは始まっていし、このタイミングでの質問ならまだセーフの筈だ。


 純志麻が何か、と俺の方を向く。

 突然のストップにびっくりした六条も、こっちを向いていた。

 さっきの純志麻の言動と言い、ずっと気にかかっている事があるのだ。


「今日は……この間みたいに吸血鬼を引き連れてないのか」

 俺はてっきり、こないだの様に沢山の吸血鬼を引き連れているもんだとばかり思っていた。

 が、純志麻は何て言った。

 援軍が欲しいワケじゃない? って事は、俺の仮説は見事にハズレた事になる。

 この質問に純志麻が正直に答えてくれるとも思わないが……


「……なんで?」

 それが、純志麻の返事だった。

「……え?」

 予想だにしない返答に、思わず俺も間の抜けた声を上げる。


「俺は死闘をするタメにあんた達を待っていた。それなのに何で他の吸血鬼がいるんだよ?」

「……?」

 何も答えられない。

 今日はいないって事で良いのか?


「こないだのはプレゼントだって言ったじゃん。今夜は俺とあんた達だけ。誰にも邪魔はさせないよ。

 何かぃ? あんた達に大量の吸血鬼の相手をさせて、その隙に俺が攻撃するとでも思った? そんなつまんない事しないよ。

 もしそう思われてたんなら……僕は心外だ」

 純志麻が俺を睨む。


 お……思ってたなんて言えない……


 今の質問が純志麻の神経を逆撫でするような質問になるなんて思いもしなかった。

 何されるか判ったもんじゃねぇ! 生きて帰れる気がしねぇよ!


「もう……良いかい?」

「水を差して申し訳ない」

 コイツはとことん俺の恐怖心を煽りやがる。本気で怖い。

 でも、他の吸血鬼が居ないのなら安心した。

 コイツ相手に、他の事に回す気なんて持ち合わせてないからな。


「シノブ、来るわよ!」

 六条が俺に呼びかける。

「お、おう!」

 俺もその声に反応し、俯いていた顔を上げた。

「それじゃあ、始めようか! 命を賭けたデス・マッチを!!」

 言って、純志麻は天を仰ぎ笑った。

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