11月4日(月) 対峙

「さあ、心の準備は良い?」

 と、六条。

「まぁ、もう腹は括ったよ」

「油断してると、さっきの私みたいに敵の罠にかかるわよ」

 だからあれは罠じゃねぇって。ただのお前の不注意だから。


「それじゃ、一気に最上階まで行くわよ」

 言って、六条は手の内に発していた炎の火力を上げる。

 さっきより全然明るくなった。

 これで階段を踏み外して落ちるなんて事はなさそうだ。

 六条が先陣をきって階段を駆け上る。

「お、おうとも! やってやるぜ!」

 俺も六条に負けぬ速さで階段を上ってやる。


「うぉおおお!」

 二階を通過。


「はぁあああああ!」

 全力疾走のせいで脇腹が痛むも、歯を食いしばりながら三階を通過。


「はぇ……ぬぁあ……ふひぃ!」

 息が上がりながらも四階を物凄い勢いで通過!


 四階の階段を上がりきり、

「よっしゃああああ!」

 遂に最上階に辿り着いた。


 となった所で――――


 ズシャアアアアア!


「……」

 再び六条が顔から盛大に転んだ。


「だからお前は何してんだぁああああ!」

 今度は一体何に躓きやがったのか、六条が転んだ原因を見る。


「……え」

 それは人だった。

 ここの建設業者かと思ったが、作業服を来ている訳でもない、ただの私服の男。

 もしコイツが吸血鬼なら、ここで死んでいるワケがないのだ。

 そう、吸血鬼なら消滅するのだから。

 となれば一般人。葉月さん達の使う専門用語で言うのなら、亜種。


 俺はすぐさま抱きかかえ、男の生死を確認する。

「おい! おいって!?」

 男の体は腹部が裂け血だらけで、冷えきっていた。息もしていない。

 これはもう……


「へんじがない。ただのしかばねのようね」

 いつの間に起き上がったのか、六条は俺の腕の中で静かに眠る男を見て言った。


「ろ、六条……」

 そんな言い方は仏さんに向かって如何なモノか。

 何より、スクエア・エ○ックスから苦情が来かねない物言いじゃないか。

 ご丁寧に全部ひらがなで言いやがって。不謹慎だ。


「シノブ、あれ」

 俺は男を丁寧に床に起き、冥福を祈った。

 そして、立ち上がり六条の指差す方を見る。

「どうやら、一人だけじゃないみたい」

 六条が再び手の内に炎を発生させた。


 明かりが真っ暗な建物内を照らす。

 それで、六条の言った言葉の意味を理解した。

 あちこちに散らばる死体。

 2人、3人――――


 六条が躓いた男を入れると、4人だ。

 さっき抱きかかえた俺だから判るが、男の体はまだ硬くはなってなかった。

 死後硬直ってのになってなかったのだ。


 ってことは、まだ死んでからそんなに時間は経ってないって事になる。

 こんな事するのは、今、この建物の中に一人しか居ない。


 その瞬間――――


「やぁ、こんばんわ」

 暗がりから声がした。


 俺も六条も、反射的に声のした方を向く。

 同時に、暗闇から聞こえてくるクックッと言う笑い声。俺はこの笑い声を忘れやしない。


 声の主は軽やかな足取りで六条の炎が照らせる範囲まで歩いてくると、その場で大きく手を広げ、一人でギャハハハと下品な大笑いを始めた。

 そのまま暫く笑うと、腹を押さえ俯き、必死に笑いを押し殺す。


 漸く笑いが止まり、再び辺りが静寂に満ちた時、

「ハンター、使い魔。久方ぶりだね。この日を待ってたよ」

 ゆっくり顔を上げ、ソイツはそう言った。

 純志麻千尋。俺達の今夜の標的が姿を現した。



「俺としてはさぁ、いくらでも時間をくれてやるつもりだったんだけど……思っていたより早かったね。もっと待たされると思ってたよ」

 純志麻は相変わらずの憎たらしい笑顔を浮かべ、そう言った。


「随分な余裕ね」

 と、六条。

 それを聞いた純志麻はケタケタと笑いながら、

「まぁね、俺も次にあんた達と会う時がその時だと考えていた。ただ、あんまりにも早くその時が来ちまったから、俺としてもちょっとビックリしてる」


「あんたを野放しにはしておけないから」

 言って、六条は一度散乱した死体を見回した。


 そして、

「……こういった犠牲を出さないタメにも、あんたには消えてもらう」

 六条がキッと純志麻を睨み付ける。


 そんな六条と目が合うと純志麻は微笑んだ。まるで悪気が無いように。

「イヤだょ? 何でもかんでも俺が悪いみたいな言い方はしないで欲しい」


 俺が悪いみたいにって、どう考えても純志麻がやったとしか思えなかった。

 だってそうだろ?

 ここには純志麻以外いないんだ。でも本人がそう言うなら……

「じゃあ、お前がやったんじゃないのか?」



「おやおや? 前回は声も出ないくらいビビってた使い魔も喋れるようになったんだね。たった二日の間に随分勇ましくなったもんだ」

 と、純志麻は視線を六条から俺へと移した。


 俺と純志麻の視線が交じり合う。

 対峙しただけで伝わるこの威圧感。恐らく、今まで戦った吸血鬼なんかとは比較にならないくらいコイツは強い。

 正直怖いさ。けど腹は括ったのだ。もう物怖じするワケにはいかない。


 純志麻は俺がまだ内心ビビっているのを察したのか、喉で笑った。

 そして、再び視線を六条に戻す。

「まぁ……やったのは俺だよ。

 たまたま路地裏で一人の学生相手にコイツらが四人で絡んでいる所を見つけちまってね。俺が止めに入ったワケさ。

 そしたら今度は俺に絡んでくる始末。終いには金を貸してくれってさ。

 まったく、この類の連中のする事っていつの時代も変わらないもんだよ。

 刃物までちらつかせられたから……俺もちょっとムッと来てさ。ちょっとお灸を据えたんだ。

 俺が創る新世界に、こんなゴミはいらないからね」

 言って、純志麻は壁にもたれかかった。



「だからって殺して良いって事にはならない」

 と、間髪入れずに六条。

「そ、そうだそうだ! ヒーロー気取ってんなよ! 理由が何にせよお前がやってる事は人殺しじゃねぇか!」

 六条の後ろに隠れながら俺も六条に続く。


 いつ純志麻の野郎が飛びかかって来るかも判らない。

 一応、これで不意をついた攻撃にも、六条を盾にして回避する事は出来る。


 しかし、純志麻は飛びかかってくる事もせず、突然大笑いを始めた。

「はははは、ヒーロー……? おいおい、俺はこの世界の神になるんだ。俺の存在をそんな低俗なモノにしないでくれよ」

 必死に笑いを押し殺しながらそう言って、純志麻は遠い目をする。

 感情の起伏が激しいヤツだ。


 そのまま純志麻は一人で話を続けた。

「もしさぁ、この世に最初っから神様がいれば……世界は救われたんだよ。誰一人悲しむ事のない世界になってた。取り返しのつかない事にはならなかったんだよ!!」


 何の話だ。

 と、俺と六条が顔を見合わせる。

「俺の親は両親揃って宗教なんかにのめり込んでた。まだ幼かった俺は、別に悪い事とは思わなかった。むしろ当然の事なんだって。

 両親の影響で確かに俺も最初は信じていたさ。神様の存在をね。

 でも自分の頭で色々考えられるようになって、段々現実を見る事が出来るようになって……遂に俺は、姿形も判らない存在の不確かな神様ってヤツを信じる事が出来なくなった。

 神頼みすれば何かが変わるってのか? 違うだろ? 両親は事ある毎に神の御加護をなんて言ってやがったけど、現状は何一つ変わらなかった。

 何故か判るかぃ? 答えは簡単。神様なんて居やしなかったんだよ。人間達の願いは、結局誰にも届いてなんてなかったんだ」


 純志麻は俺達の様子を伺いながら、壁に背を預けたままズルズルと腰を下ろした。

 そして、またもやお得意の長ゼリフを口にしだした。

「俺の親父はさ……市外にある高校の教師をしてたんだ。大学も良い所を出てたみたいだけど、結局就いた道は高校教師。

 俺には同じ様な道は歩いて欲しくなかったんだろうね。俺に毎日の様に勉強させて、もっと良い職に就かせようって考えたんだろう。何をやるにも一番になれってのが口癖だった」

「御託は聞きたくない」

 と、話を遮り六条。


 しかし純志麻は話をやめず、まぁまぁ、と六条を制した。

「ある日、事件は起きたのさ。親父が一人の女子生徒に手を出したんだ。

 笑っちまうだろ? 何をやるにも一番になれって言ってたヤツが、一番やっちゃイケない事をやったんだ。

 親父はやってないって否認したみたいだけど、世間に貼られたレッテルってのはそう簡単に剥がせるもんじゃない。

 本人がやってないって言うんだ。俺も信じてやりたかった。でも、どうしても心の片隅には信じてやれない自分もいた。

 仮に本当にやってなかったとしても、疑いがかけられるのには理由がある筈だ。火のない所に煙は立たない。そう思われても仕方ない事を、していたって事だろぅ?

 母親は母親で、父親の無実の証明もしようとせず、毎日狂った様に神頼みだ。

 結局親父はレッテルを貼られたまま学校を去って、教師すら辞めた。

 それからさ。家庭が崩壊しだしたのも。自暴自棄になった親父は働きもせずに毎晩酒を飲んでは暴力、イカレた母親は親父の変わりに働き、仕事先の男と浮気。二人とも快楽主義に目覚めちまった。家庭崩壊の代表格さ。

 神の御加護とかほざいていた人間達の堕落っぷりったらなかったよ。

 もっとも、俺の不満はそれ以前からあったんだけど……

 なぁ。神様ってのに頼めば、俺達は救われたのか? 何度も母親は願ってた。あれじゃあ足りなかったのかぃ? じゃあ何をすれば良かったんだ? 居ねぇんだよ、神様は。

 だから俺がなるんだ。俺が信者の声を聞いてやる。救ってやる。吸血鬼だけの世界を……ユートピアを創ってやるんだ」


「ユート……ピア?」


「そう。俺は、俺の子に当たる吸血鬼の声が聞ける。だからこの世が俺の子吸血鬼だけの世界になれば、俺は全ての声を聞き、救ってやる事が出来る」

 全ての声を聞くだ?

 聖徳太子以上の事をしてのけようと言う純志麻はしゃがんだまま微笑み、俺達の方を見た。


 六条は答えない。多分、今の純志麻の話の半分も理解しちゃいないんじゃなかろうか。

 案の定、六条がやっと口を開いたかと思うと、

「長話に付き合ったんだから、私の質問にも答えなさい」


 別の質問に舵を切るつもりらしい。

 おいおい、今の話をサラッと流すとか、コイツマジで話聞いてなかったのか?

 俺ですら少しばかり純志麻の境遇に、危うく同情しちまいそうになったと言うのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます