11月4日(月) いざ、決戦の地へ

 ◇

「心の準備は良い? 40秒で支度して」

 一通りの洗濯物を畳み終わった後、部屋に戻り一人不安にぶちのめされていた俺の元に、六条はやって来た。

 時刻は夜の8時過ぎ。俺が部屋に戻ってから、実に2時間も後の事だ。


 例の如く、六条は俺の部屋の入り口に寄りかかるように立っている。

 その開口一番が上記のモノだった。


「おお、何かいつもの六条だ。何があったか知らんがいつもの六条に戻ってくれた! いいぞ、もっと喋れ! 上から目線でも良いから!」

 俺は心底喜んだ。


 あのままじゃ、純志麻の元に行くまでの道のりの会話すらなくなる恐れがあったのだ。

 それじゃ緊張も限界を突破するだろうし、志気も下がるに決まってる。


 あの後、薫と何を話たかは判らないが、今はいつもの六条に戻った事を心から喜ぼうじゃないか。


 六条はそんな笑顔の俺を見て、

「何?」

 と言った。

 そのまま俺に何の断りもなく部屋に入って来ると、定位置に静かに腰を下ろす。


「いや、何か今日の六条は元気なかったからよ。いつもの感じに戻ってくれて良かったよ」

 俺の笑顔の理由を知ると、六条はなるほど、と頷いた。

 そして、

「カオルと色々話して少し気持ちが落ち着いた。今夜は私達の持てる全ての力を発揮しましょ」

 そう言った。


 なんとも頼もしい言葉である。


「とりあえず、今日は雑魚吸血鬼はスルーでいいのか? 純志麻の元に行くまでにまた遭遇するかもしれんぞ」

 と、壁際の六条に俺は問う。


 六条はふむ、と少し考え込むと、直に口を開いた。

「遭遇したらその時はその時。あくまで、今日のターゲットは親玉だから」


 まぁ、今の俺達なら雑魚吸血鬼は瞬殺出来るだろうし、遭遇した所で障害にはならないだろう。とんだ愚問だったぜ。


 六条はヒョイと腰を上げると、窓際に移動した。

 そのまま徐に窓を開ける。夜風にでも当たる気かと思いきや、六条は突然屋根の上に登りだした。


「おい、何してんの! 落ちるぞ」

 俺も大急ぎで立ち上がり、窓から顔を出して屋根の上の六条に声を投げかける。

 返事はない。一体何をしてるんだ、六条は。



 数分と経たず、六条は降りて来た。

「いってぇ!!」

 ずっと窓辺から六条の様子を伺っていた俺は、急に降りて来た六条に顔面を踏まれた。

 危うく純志麻と戦う前に手負いになる所だったぜ。

 が、マジで屋根の上になんて登って、一体何をしてたんだ。


 六条は俺の顔面を足蹴にした事なんて謝りもせず、再び定位置まで歩くと腰を下ろす。

 そして、

「ヤツの波長を探してた」

 そう言った。


「波長を……? 今日は感じたのか」

 俺の言葉に六条は頷く。


 ってか、波長を探すって、別にこの部屋の中からでも良かったんじゃないか?

 六条が屋根になんて登らなけりゃ、俺も顔を踏まれないで済んだんだ。


「前にも言ったけど」

 と、六条が言った。俺の目をしっかり見ながら、六条は話を続ける。

「シノブの波長は強すぎて、他の吸血鬼の波長を感知出来なくなる。こう言う密室だと尚更。だから外に出た」

 と。


 ああ、確かに前に言ってた気がする。

 俺と六条が密閉された部屋に居たから、黒霧の家に襲来した女吸血鬼の存在に気付かなかった……とか何とか。

 要は六条が吸血鬼の波長を感知する上で、俺が近くに居ると邪魔って事か。


「それで、今日はこの街の中で純志麻の波長を見つけたんだろ? アイツは今どの辺に居るんだ」

 いよいよその時は近い。

 そう感じた俺は立ち上がり、ジャンパーを着たり、身支度を始める。


「波長は向こうの駅の方から」

 言い、その方角を指差す六条。

 一応六条が示した方角から推測するに、北楠木駅か本楠木駅だ。

 どっちにしろ、ここからは結構遠いな。



「もっと細かい位置はまた近くまで行かなきゃ判らないけど」

 そう言う六条は座ったままで、支度をする気配がない。

 部屋に来るなり、40秒で支度しろとか言っておきながら、コイツはまだ部屋着のまま(やっぱり勝手に着られた俺の私服)なのだ。

 六条こそ、いつもの戦闘衣装はどうした。


「ちなみに、昨日アイツの波長を感じなかったってのはどう言う事なんだ?」


 会話を続けながら、一応必要ないだろうがスマホと財布もズボンのポケットにねじ込む。


「私が吸血鬼の波長を感知出来る範囲外に居たか、範囲内でも感知出来ない場所に居たか。そのどっちか」

 六条は相変わらず支度する素振りも見せず、答える。

 しかし、ちゃんと会話が成立するのはマジで嬉しかった。さっきみたいな俺の一方的な会話は、もうゴメンである。

 何かマネキンに話かけてるみたいで虚しくなるしな。


「ふぅん。お前が感知出来る範囲ってのはどれぐらいよ?」

「このくらいの街なら、全域……かしらね」


 それ、かなり広域じゃないか。このくらいの街って言っても、俺達の住む楠木市は何だかんだで結構広いぞ?


「ちなみに、範囲内でも感知出来ない場所ってのは?」

「この家みたいに、結界が張られてる場所に居られたら、いくら範囲内だろうと私には感知出来ない」

 結界? なんだそりゃ。

 ってかこの家に張られてるって……どう言う事だ。


「吸血鬼が1日の中で長時間過ごす場所に、結界は張られる事が多い。要は拠点、家にね。下級の吸血鬼は殆ど結界を張る事なんてないけど、大ボスに直々に力を分け与えられた吸血鬼なら、結界を張ってる可能性は充分にある」

 なるほど。

 じゃあ昨日六条が純志麻の波長を感じないって言ったのは、アイツが街の外に居たか、自宅に居たからって事でいいのだろう。


「ちなみに、この家にも結界が張られてるってのは……?」

 すっかり話込むハメになってしまうが、一応こう言うワケの判らない事は今の内に聞いておきたかった。

 もう支度は出来たが、とりあえずもう一度腰を下ろす事にした。


 六条は壁に背中を預けたまま、しかし視線はしっかり俺に向け、

「言った通り。この家にも結界が張られている。それも、波長を感知させないだけで無く、魔を寄せ付けないかなり強力な結界が。恐らく、これはハヅキが張ったモノだと思う」


 葉月さんが?


「シノブから強い吸血鬼の波長が出ているのと同様に、カオルからもシノブに劣らない波長が出ている。だから、他の吸血鬼がこの家に来ないように、ハヅキが結界を張ったんだと思う。

 ここに居れば、私が外からシノブ達の波長を感知しようとしても、絶対にシノブ達の波長は感知出来ない。

 シノブが女吸血鬼と戦った夜以降、シノブの波長を探したけど見つからなかった。てっきりあの一戦で死んだかとすら思ったけど、ここに居たからだったのね」


 久しぶりに六条のモノとは思えぬ長ゼリフが発せられたワケだが、

「……要約すると?」

「この家に居る限り安全」

 と、何とも簡潔に六条は答えてくれた。

 しかしマジでか。それなら、昨日俺の中に生まれた不安の一つは見事に解決する。

 まぁ考えてみればそりゃそうか、とも思えた。


 元々この家に住んでいた薫からは、俺と同じく常に吸血鬼の波長が出ている。

 そして、薫の主治医にして新種の葉月さんは、組織、吸血鬼や浅葱の血の事、奇種だの新種だのの事情に詳しい。


 そんな魔の存在を知る葉月さんなら、元から体も弱く引きこもりがちな薫の住むこの家に結界を張っていてもおかしくなかった。

 葉月さんが仕事中とか、薫が一人の時に家に吸血鬼が襲来なんて事になったら、それこそ話にならないしな。


 結果として、その結界は俺達にとってもメリットになってるし、ラッキーだ。


「話はこんな所かしら」

 一人考え込んでいた俺に、六条が言った。

「……ああ、つい話込んじまったな」

 遂に、その時が来るのだ。

 成るように成る。今夜は掠り傷程度では済まないだろうが、もう腹を括るしかない。


 六条が立ち上がる。俺もそれに次いで立ち上がった。


 次の瞬間、俺の視界は強烈な光に支配された。

「――――っ」

 思わず手で目を覆う。

 直視してたら失明しかねない一瞬の閃光。

 直ぐに光は弱まり、目も開けられるようになった。

 まだ微かに残る光は六条を取り巻いていた。強烈な光は六条から発せられたモノだったのだ。


 そして、そのほんの一瞬の間に、六条の姿は見慣れた白い戦闘服に変わっていた。

「え、何お前。その服も奇術で出て来るの?」

 奇術ってのはすげぇ。俺も使いたくなっちまうぜ。


「あまり人に自慢出来るような事でもないけど。それじゃ、行きましょ」

 六条は驚嘆する俺を余所に、スタスタと歩き出す。

 俺ももう一度忘れ物がないかだけ確認し、直ぐに六条を追った。



 玄関で靴を履いていると、

「行くんだね」

 と、薫がやって来た。

 俺は靴紐を結びながら、

「ああ。直ぐ帰ってくるから、留守番よろしくな」


「れいんさん、お兄ちゃんをよろしくね」

 薫はまだ俺が戦力にならないと思っているのだろう。

 玄関先で俺を待つ六条の背中に、そんな事を言った。

「……任せて」

 六条は六条で頷きやがる。

 ったく、どいつもこいつも。

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