11月4日(月) 閑話休題

 俺が目覚めたのは午後3時過ぎだった。

 今日は大事な日だと言うのに、あの夢を見たのだ。


 時間にすれば、結構な時間眠れた筈だ。それなのに、俺の全身は疲労困憊。おまけに気持ち悪いし、頭も痛い。

 風邪を引いたワケじゃない。この体の倦怠感も体調不良も、全てあの夢のせいなのだ。最悪である。


 一階に降りた俺は、居間で本を読んでいた薫に頼み、頭痛薬やら吐き気止めやらをもらった。

 飲んだ所で気休め程度にしかならないとは思ったが、さすがにこんな状態じゃ話にならない。少しでも和らげばそれだけで充分だった。


「本当に大丈夫? 顔色悪いよ……?」

 と、俺の顔を覗き込みながら、薫が言った。

「まぁ慣れてるよ。ってか、お前も顔色悪いけど……大丈夫か?」

 俺も聞き返す。

 だって、そう言う薫の方が、よっぽど具合が悪そうだったのだから。


 明らかに顔面蒼白ながら薫は、

「食あたりみたいなもんだから大丈夫だよ♪」

 元気を装い、笑って見せた。


 食あたりって、明らかに昨日の夕飯が原因だよね?

 どんだけ殺傷力があるんだよ。それとも薫の体が弱すぎるのか。

 どっちにしろ、六条に料理は二度と任せられないと、改めて思った。

 その六条の姿が、この居間に見られないのだが……

「そう言えば、六条はどうした?」

「まだ寝てるんじゃないかな? 全然降りて来る気配もないし」

 まじか。俺ならまだしも、アイツいつまで寝てるんだよ。

 まさか死んじゃいないよな?

「そろそろ起こすか。時間も時間だし」

 よっこらせ、と立ち上がる。

 そんな俺を、待ってと薫が制した。


 何故止めるのか、と俺が薫を見ると、

「私が起きた時、れいんさん庭で一人で手から火を出したり何かしてたの。多分、練習……じゃないかな? だから、もう少し寝かせてあげようよ」

 俺を見上げながら言ってきた。


 六条が一人で?

 純志麻戦を控え、アイツはアイツなりに必死って事か。しかし、影で特訓するなんて水くさい。

 やっぱりいつも通りの無表情でやってるのだろうか。ちょっと気になる。


「むぅ……そう言う事なら、もう少し寝かせておくか」

 そんな話を聞かされちゃ起こすのも憚られ、俺は再び腰を下ろした。


 そんな俺をニコニコと見ていた薫は思い出したように、

「お兄ちゃん、お腹空いてない!?」

 と、言い出した。


 頭が痛かろうが気分が悪かろうが、そんなの関係なしに俺の腹は減っていた。

 昨日は誰かさんのおかげで食欲も無くなり、今の今まで殆ど飲まず食わずだったからな。


 ちょっと待ってね、とだけ言うと、薫は何やらドタバタと台所へと向かって行く。


 まさか昨日の残飯が持って来られるんじゃないよな、とも思ったが、アレなら昨日葉月さんが完食してるから、もう無いハズだ。って事は薫が作っといてくれたのか?


 数分後、何やら色々と乗せられたトレーを両手に、薫が戻って来た。

 そのトレーを俺の目の前に置き、薫は俺の湯飲みにお茶を注ぐ。


「今朝、友真が来て作ってってくれたの♪」

「ユマっぺが? 神かよ」

「うん。この後バスケ部の試合があるからって、作ってすぐ帰っちゃったけど」


 俺は薫と話ながら、ご飯を口に運ぶ。パクリとな。

 やはり、ご飯はそのままに限る。ミント菓子なんて入れるもんじゃないぜ。


「ふぅん、ユマっぺはバスケ部だったのか。ってか、今日は普通に平日だし、ユマっぺは学校じゃないのか? 振替で休みなのは土曜日が文化祭だった俺らくらいなもんだ」


 すると、薫は頷き、

「今日は普通に学校はあるよ。ただ、うちのバスケ部は大会があって、バスケ部の人は皆公欠するみたい。それと友真はバスケ部じゃなくて吹奏楽部だよ」

 そう言った。

 ああ、バスケ部の試合に、吹奏楽部総出で応援に行くって事か。

「ううん、選手として出るの」

 と、薫。

 どんな吹奏楽部員だよッ!?


「なんかね、一人怪我して出れなくなっちゃったみたいで、代わりに出てくれって頼まれたみたい」

 薫のその一言でやっと理解した。

 なるほど。最初からそう言ってくれれば良かったのに。


「しかし、バスケ部に代わりに出てくれって言われるとは、ユマっぺは結構バスケ上手いんだろうな」

 もしくは、補欠の選手すらいない人手が足りない部活なのか。


 それを聞いた薫は、まるで自分が褒められたかの様に目を輝かせ、

「友真はバスケだけじゃないよ。野球もサッカーも上手いし、何でも出来ちゃうの♪」

 そりゃすげぇな。弱点とか無いんじゃないか?


 薫は一人でう~ん、と唸り出す。そして、思い出した様に、

「友真の苦手なモノは美術かな♪ 今日も美術の授業があるんだけど、公欠で休めてラッキーって言ってたし」


 美術か。俺も絵を描いたりと言うのは苦手だ。

 何より、それに絵の具で色を塗るのが大の苦手だった。

 5段階の評価で、常に2を貰うくらいに。

 それでも、国語や理科より良い成績を貰っているのは、甚だ疑問である。


 何でもソツなくこなしてしまうユマっぺが唯一苦手な美術。

 そんなユマっぺの描く絵なんてのも、ちょっと見てみたい気がした。


 って言うか、誰か俺に国語と理科の勉強の仕方を教えてくれ! このまま1を取り続けたら進級すら危ういんだ。


 あ、ラスボス吸血鬼を倒したら葉月さんに俺の頭を良くしてもらうか?

 いやいや、そんな勿体ない事はしたくない。もっとこう、俺が満足出来る願い事にしたいね。


 六条が俺達の前に姿を現したのは、それから数時間も後だった。

「顔色悪いわよ」

 と、居間でゴロゴロしていた俺の顔を見るなり、六条が言う。

「お前はお前で髪ボサボサだし凄い顔だぞ。とっとと顔洗って来いや」

 俺は俺で、六条の身だしなみにダメ出しした。

 どんな寝方をすればこれ程までの寝癖がつくのか。そう思わされるくらい、六条の髪はボサボサだったのだ。


 小さな声で、ん、とだけ返事をすると、六条は洗面所へと向かう。


 ってかマジか。

 俺的には薬が効いたのか、かなり体調は良くなったと思ってたんだが……まだ顔色悪いのか。


 顔を洗い、髪形を整えた六条は戻って来るなり、未だ床に寝転がる俺の横に腰を下ろした。

 そして、その小さな膝を抱えた。

「……あの後、寝なかったのか」

 俺はスマホでメールを打ちながら六条に問う。

 何か俺が話を始めなきゃ、六条はずっと黙ったままだろうと思ったからだ。

 すると六条は、

「寝付けなかったから」

 とだけ言い、また口を閉ざした。

 会話終了である。


 あれ? 昨日の饒舌な六条はどこへ行った。昨日はあんなに会話弾んだじゃん。


「……お前なりに緊張してたりするの?」

 と、俺はもう一度会話を試みる。

 一方の六条はちょっと間を置くと、

「それなりに」

 と答えてくれた。

 また、会話終了だ。


 まぁ、判らないでもない。

 今日は純志麻との再戦なのだ。俺とて何だかんだ平静を装っちゃいるが、実はかなり緊張してる。

 六条も一度負けた相手となると、そりゃ緊張の一つもするのだろう。


「そう言えばカオルは?」

 と、突然六条が話を振ってきた。

「薫なら庭で洗濯物取り込んでるよ」

 俺は庭を指さして答える。

 そして思い出したように、

「ユマっぺが昼飯作ってってくれたみたいなんだけど……食う?」

 一応聞いてみる事にした。

 六条もさすがに腹が減ってるだろうしな。

 俺の問い掛けに六条は、小さな声でいただくと言って頷いた。

「あいよ」

 六条の返事を聞いた俺はだらしなく起き上がり、台所へと向かう。


 いつもより口数が少なくなるのも仕方がない。

 仕方がないのだが、それでも、こんな時こそバカみたいな話をしていたかった。


 六条、頼むから昨日の夜みたいに俺と色々な話をしてくれ。

 もう一人でスマホでメールしたり、ネット開いたりソシャゲやるのは息が詰まるんだ。

 ぶっちゃけ生身の人間と会話してないと狂っちまいそうなんだ!


 レンジで温めたご飯を六条に差し出すと、六条は黙々と食べ始めた。

 やはり、これと言って会話はない。


 仕方なく俺が、

「美味いか?」

 と聞くと六条は、

「美味い」

 と。

「冷めたのをレンジで温めたって言っても、仮にもユマっぺが作った料理だからな。時間が経っても美味い料理ってのはやっぱりすげぇよ」

 と俺が言うと、六条は、

「そうね」

 と答える。


「だろ? お前もそう思うだろ?」

 ……お、重いぃぃいいいいい!!

 誰かこの空気をぶち壊してくれぇえええ! 気が、気が狂いそうだぁああ!!

 身がよじれんばかりにその場でもがく。


 まるで今の六条は初めて俺と会った時のようだ。

 あれから六条はかなり変わり、結構口数も増えていた。普通の女の子っぽくなっていたのだ。


 それなのに、このタイミングでまた無口になられると、もうどうしたら良いか。


 こんな空気の中でジッとしていたら、勢い余ってこの部屋の障子に頭から突っ込んでしまいそうだ。



「あ、れいんさん。起きたんだね。おはよう」

 そんな今にも頭がイカレちまいそうな俺の元に、大量の洗濯物を両手に抱えた救世主が現れた。薫である。

 薫が取り込んだ洗濯物を乱雑に畳の上に置く。

 そして、救世主は俺の心を読んだかのように、六条とのコミュニケーションを取り始めた。


「へへへ。それでね――――」

 薫が何を話ても六条からはまともな返事も無く、会話は成立していないと言っても過言ではない。

 なのに薫は全く動じず、何とも楽しそうに話を続ける。

 その決して折れない鋼の心を俺にくれッ!


 薫と六条の会話(薫の一方的な話)を背中で聞きながら、俺は少しでもこの気を紛らわせようと、散乱した洗濯物を綺麗に畳んだ。

 その後も、俺の耳に聞こえた笑い声は、薫のものだけだった。

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