11月3日(日) 六条30分クッキング

 今朝、俺は例の夢を見る事も無く、気持ち良く起きる事が出来た。体中の痛みも、確かに楽になった。

 時刻は午後1時過ぎ。

 こんな時間まで寝てしまったのは昨日の夜更かしのせいなのだろうが、なかなかに良く眠れた。気分爽快である。


 大きく伸びをし、スマホ片手に顔を洗いに一階に降りる。


 居間からは、薫達の笑い声が聞こえてきた。

 何やら盛り上がってる。俺も顔を洗ったら覗いてみるか。


「やったぁあああ! あがりぃ♪」

 薫が両手を上げて喜んでいた。

 一方、真剣な面持ちのユマっぺと六条。

「何やってんだ?」

 俺も薫の横に腰を下ろす。

「ババヌキだよ♪」

 と言う薫は、いつになくハイテンションだ。

 なるほどな。とても楽しそうで何よりだ。


「薫、昨日はサンキューな」

 一応礼を言う事にした。

 実際、薫のヒントがなきゃ、俺は未だに悩んでいただろうし。

「ううん。役に立てたなら良かったよ。ただ、くれぐれも無茶は禁物だよ」

 と、薫は俺に念を押す。

「判ってる。大丈夫だ」


「やったぁあああ! わ、私あがりですー!」

 ユマっぺがバンザイをして飛び上がった。

 ざまぁねぇな、六条の敗北である。


「じゃあれいんさん! 約束の罰ゲームだよ!」

 言いながら、薫はれいんの肩をポンポンと叩いて見せる。

 六条は無言で頷いた。


 罰ゲームだと? なんだよ、俺抜きでそんな楽しそうな事やってやがったのかよ。


 ところで、

「どんな罰ゲームなんだ?」

「んー? 今日の晩御飯を、れいんさんに作ってもらおうと思います♪」

 何とも可愛らしい罰ゲームだった。


 ってか、罰ゲームですらない気もする。

 もっとこう闇のゲームの罰ゲーム的なのかと思ったけど、とんだおままごとじゃないか。


 でも、六条が作る料理ってのも、物凄く興味がある。

 一方の六条は、

「ユマ程のモノは作れないと思うけど……頑張ってみる」

 なんて、意気込みは充分だ。こいつは楽しみだぜ。



 ◇


 キッチンから漂う良いニオイは俺達の食欲を刺激した。

 もう晩飯が楽しみでしょうがない。

 キッチンに立つ六条ってのは何とも珍しく、なかなか絵になっている。

 なんて事を思いながら、エプロン姿の六条に見とれてしまう俺がいた。



 すっかり手持ちぶさたになった俺と薫とユマっぺは、料理が出来るまでの間、神経衰弱をする事にした。

 たまにはこんな日があっても良い。

 その結果は俺の惨敗。一位はまたもや薫だった。薫のヤツ、ババヌキと言いトランプ強すぎだろ。


 遂にトランプにも飽き、談笑モードになったその時、

「あれ……焦げ臭くないですか!?」

 ユマっぺが声を荒立てた。

「な、確かに! 六条大丈夫か!?」

 俺もユマっぺに続く。


 すると、キッチンからは直ぐに、

「大丈夫」

 と、全然慌てた様子もなく、落ち着いた返事が返ってきた。


 まったく、火事とかやめてくれよ?


 それからしばらくの間、六条は無言で料理を続けた。

 薫とユマっぺは、今は縁側で楽しそうに何かを話してる。

 俺は俺で暇だったから、特に六条を手伝う事もせず、居間でゴロゴロしながら咲羅とのメールを満喫していた。


 何でも、後夜祭の時に神童が下級生の女の子に告白されたらしい。

 結局付き合わなかったみたいだが、せっかくのチャンスを自ら手放すとはバカなヤツである。

 どんな子だったのか、とかは火曜日学校に行った時に聞いてみる事にする。



「シノブ」

 と、突然キッチンから俺を呼ぶ声がした。


 なんだ、と思った時には、六条がキッチンからこっちに向かって来ていた。

「おい、火は大丈夫なのか」

「問題ない」

 言って、六条は少し乱れたエプロンを正す。

 そして、

「今夜、もう一度吸血鬼と戦いましょう」

 真っ直ぐな瞳でそう言った。


「ああ、良いだろう」

 俺も即答する。

 やっと力が自分の意志で使えるようになったのだ。この感覚を忘れないうちに、もう一戦くらいはやっておきたかった。


「そしたら……いよいよか」

 俺の脳裏を、純志麻の憎たらしい笑顔と笑い声が駆け巡る。


「そうね。今日明日で終わらせましょう」

 と、六条は力強く頷いた。

 それだけ言うと、六条は踵を返しキッチンへと戻って行く。


 またあいつと対峙するのか。と俺は思った。

 前回、まったく声が出なかったのは、吸血鬼の群れに囲まれた恐怖のせいってのもある。

 それ以上に、純志麻から尋常じゃない悪意を感じたからってのも、原因の一つだ。あいつはきっと、今この世界に居るどの犯罪者より悪意に満ちている。そんな気がするのだ。


 そのただならぬ悪意を前に、俺は自分を保っていられるだろうか。一本線がブチ切れたようなヤツを相手に。


 たしかに俺も、自分の意志で力を使えるようにはなった。六条も以前より奇術を使いこなせているようだ。

 それでも、俺の中のこの不安だけは、拭う事が出来なかった。



 六条が出来た、と言ったのは、外もすっかり暗くなった頃だった。

 俺と薫とユマっぺは、皆ちゃぶ台の前に座り、六条の料理が並べられるのを待っている。

「今日のご飯は何かな♪」

 と、薫が言った。すっかり待ちきれない様子だ。


 やがて、六条によって、様々な料理がちゃぶ台の上を彩り始めた。

 俺達の前に、次々とカレーが置かれる。

「おお、今夜はカレーか!」

 俺のテンションも上がる。

 薫とユマっぺはおかずに目が行っていた。


 おかずはハンバーグ……だろうか。形は歪だが、良い香りを漂わせる。

 これはカレーに入れて一緒に食うも良し。なかなかな組み合わせだ。


「こんな所ね」

 六条がエプロンを外し、俺の隣りに腰を下ろす。待ちくたびれたぜ。


「それじゃあ、いただきますだ!」

「いただきまぁす♪」

 皆、各々にいただきますを言うと、スプーンでカレーを口へと運んで行く。

 パクリとな。


「………………」

 う……ん? なんだこのカレーは。

 一見普通のカレーだが、甘い? ハチミツの入れすぎ? 分量を間違えたのか?


 ガシャアン!

 突如、けたたましい音を立ててユマっぺがちゃぶ台の上に倒れた。

「な、ユマっぺ! ユマッぺぇええええ!?」

 白目を向いて、ヤバい状況のユマッぺ。

 ユマッぺは僅かな力を振り絞り、

「このハンバーグ……まるで玉手箱やぁ……」

 ワケの判らない事を言った。


「な、何!? どうした!?」


「ゲホ、ゴホ! ウゲェア!」

 今度は何だ! と、咳き込む薫の方を向く。

「か、薫……」

 薫は口から、たった今口に含んだカレーを吐き出し、目をひん剥いて居た。


 そして、小さく口を動かし、

「れ、れいんさん……盛り……やがった……な?」

 盛りやがった? 何を? 毒をか!?


 んなまさか、と俺もカレーとご飯を一緒に口に運ぶ。

「――――っ!」

 口の中で起きるカタストロフィー。

 一瞬口の中がスースーしたかと思うと、強烈な甘味が口の中で津波を起こす。


「ま、不味っ! 何これ! 言っちゃ悪いが不味っ!」

 口を押さえてもがく俺。

 一方の六条は、普通にスプーンを口に運んでる。

 楽しい夕飯の時間のはずが、居間はすっかり地獄絵図だ。


 何をしやがったのかと、俺は一目散にキッチンに向かう。

 そこで俺の目には、信じられないモノが飛び込んできた。


 フ○スクの空き容器と、チョコレートの空き箱が、まな板の脇に放置されていたのだ。

「入れたの? 入れたの!? 嘘だろ!?」

 その場でたじろぐ俺。


 ぐしゃ……と、そんな俺の足が何かを踏んだ。

 何かの空き袋のようだった。恐る恐る、そいつを拾い上げる。


 それは……


「い……イチゴマシュマロの袋だと!?」

 どう言う事だ。俺はまだマシュマロには出会ってない。

 これは入れてないのか?

「いや!」

 ピシャッ!と、謎が解けた時にコ○ンくんの頭の上に発生する稲妻の様なモノが、俺の頭を突き抜けた。

 俺はダッシュで居間に戻り、スプーンで歪な形のハンバーグを真っ二つにする。

「やっぱりだ……」

 2つに割れたハンバーグからは、トロリと何かが垂れてくる。

 イチゴマシュマロである。


 これで謎が解けた。

 スースーするご飯にはフリ○クが。甘すぎるカレーにはチョコレートが。ふんだんに使用されていたのだ。

 そこで俺は、何事もないかの様に黙々と食事を続ける六条に、

「女の子が二人、お前の料理を食ってぶっ倒れたってのに何普通に食ってんだ!」

 ツッコミを入れた。


 そのまままくし立てる様に、

「ってか、このスースーするご飯は何なんだよ!?」

 俺の問いに六条はハンバーグを口に頬張りながら、

「炊き込みご飯」

 言ってのける。


「このチョコレートカレーは!?」

「カレーにしようと思ったら、ルーが足りなかった」

 と、お茶を啜りながら六条。

「なるほどな! こんなスパイシーなチョコレート初めて食ったわ! ってかこれ、チョコレートが八割くらいだろ!? 殆どカレーですらねぇよ! チョコレートとご飯一緒に食ってるようなもんじゃねぇか!

 それとこのハンバーグに入ったマシュマロは何なんだよ!?」

 もう何が何だか判らない俺は、どんどん六条に詰め寄る。


「チーズ的な役割」

 六条の返答はそれだった。

「マシュマロにチーズの役割任せるなよ!」

 怒りも限界な俺。

 自分でもツッコミがどんどんおかしな方向に行ってる事は判っていた。

 六条は呑気なもんで、

「なかなかイケる」

 こいつの味覚はどうなってやがるんだ?



 今夜の浅葱家の晩御飯。名付けるなら、ジェノサイド晩御飯とでも言おうか。

 薫が罰ゲームを設けようなんて言ってなければ、こんな事にはならなかっただろう。


 六条のジェノサイド手料理は、まだ世の中の酸いも甘いも知らない幼き少女達に、世間の辛さを知らしめるかの様な。

 六条の魔可不思議な脳内を体現したかの様な、そんな味だった。


 俺の食欲はすっかり衰退した。

 六条が自分の分を見事に完食した頃、ガララ、と玄関の戸を開け、新たな犠牲者はやってきた。


「こんばんは」

 葉月前である。

「あれ、忍くんも薫くんも友真くんも顔色悪いけど、どうしたんだい?」

「いや……六条が晩御飯を作ったんだけどさ」

 俺が真っ青な顔で居間に入ってくる葉月さんに言う。

 それを聞いた葉月さんは、

「わお、れいんくんが?」

 目を輝かせた。

 わお? 何キャラだ。


 葉月さんは六条と薫の脇に腰を下ろすと、

「ちょうどお腹が空いてたんだ。いただいて良いかな?」

 俺達の返事も待たず、勝手に食べ始めた。

 腹壊しても知らないぞ。

 ガツガツと食べる葉月さん。

 おいおい、と俺が見つめていると、

「……実に面白い!」

 葉月さんは特に気分が悪くなった様子もなく、むしろ感動した面持ちで言い放った。


「面白い!?」

 ワケが判らない俺を余所に、葉月さんは六条の手をとって、ブンブンと振り回す様に握手する。


 そのまま、更にハンバーグを口に頬張り、

「彼女の料理は機関に居た時から有名でね」

 ……明らか悪い意味で何だろうな。


「こんな組み合わせ、誰も思いつきやしないだろう! ハンバーグの中に入ってるのは……マシュマロかな? 甘さとしょっぱさが見事なまでに口の中で喧嘩する! それにミント味のご飯とチョコレートのルー! これに関しては、差し詰めチョコミント!

 デザートでなく、ご飯としてチョコミントを味わえるなんて、正に空前絶後! 感動すら覚えるよ!」

「おだてても何も出ないわよ」

 葉月さんは本当に楽しそうに語りながら食べ進める。信じられない光景だ。


「す、すげぇ」

 葉月さんはちゃぶ台に並べられた六条のジェノサイド創作料理を、殆ど一人で平らげた。

 別に俺はあれ以上食べられる気がしなかったし、それは良いのだが。


「今日はどうしたんですか?」

 葉月さんが何も用がないのに、ここに来るハズがない。

 そう思った俺は、満足そうな葉月さんに問いかける。

「ああ、今日は薬を持ってきたんだよ。そろそろ無くなる頃だと思ってね」

 なるほど、と思った。


「そしたら、今晩はまさかまさかのれいんくんの手料理ときたもんだ。僕はつくづくラッキーだよ」

「いや、あんたマジで凄いよ」

 言いながら、六条の方をチラッと見てみるが、六条は六条で実に満足そうである。

「忍くん。料理に大事なのは何だと思う?」

 と、葉月さんが突然俺に問いだした。


「そりゃ……味とか見た目じゃないのかな」

 俺の返事を聞いた葉月さんは笑いながら、レストランとかならね、と言い、

「ここはそう言う場所じゃない。一般家庭だ。一般家庭において、味も見た目も関係ない」

 いや、あるだろぉおおおお!


「料理を作った人が、何を考え、誰を想い、作ったかが重要なんだ」

 いい事言ってるみたいだけど、六条は明らかに何も考えてないよね。ただの悪ふざけだよね。


 葉月さんは目を瞑ると、何やら語り出した。

「そんな事はない。僕は一口食べた瞬間に、れいんくんが何を考えていたのか、誰を想っていたのかが判った。僕達が笑顔で食べてくれる事、それが――――」


 上記の様に、葉月さんは持論を語ったのだが、実に内容の無い話だったため、割愛する。



「それじゃ、これが薬だ。一応忍くんと薫くんの二人分だから、後で分けてね」

 と、葉月さんが玄関で薬を俺に手渡して言った。

「わかりました。ちなみに、吐き気止めの薬とか……ないすか?」

 俺は居間で未だに突っ伏している薫とユマッぺの身を案じ、一応聞いてみた。


「それなら薫くんの部屋の救急箱に入ってるんじゃないかな?」

 と、葉月さん。

 しばらく俺を見つめたかと思うと、

「今日も行くのかい?」

 そう聞いてきた。

「まぁ……六条もやる気ですし」

「そうか。気をつけて行ってくるんだよ」


 いつもの笑顔でそれだけ言うと、葉月さんは浅葱家を後にした。もっとゆっくりして行けば良いのに、忙しい人である。


 その後、俺は薫を自室まで送り届けた。

 ユマッぺにも少し横になって行けと言ったが、時間も時間だからと自力で帰って行った。


 六条は本当に悪気がなかったようで、お褒めの言葉まで頂き恐縮だ。またいつか作りたい、と前向きなコメントを残した。

 次はちゃんと食える料理をお願いしたいものだが、そもそも、六条に料理当番が回って来る事は、二度と無いだろう。

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