11月3日(日) 覚醒せよ俺

 しばらく歩くと、俺と六条の視線の先に、自販機の眩しい明かりが飛び込んできた。

 しかし、そこの自販機は、俺にそこでドリンクを買うのを躊躇わせた。


 自販機の前にヤンキーらしき男が二人、タバコをふかして屯していたからだ。


「六条、他ん所で買わない?」

 俺の耳には、質問の答えとは別の言葉が返ってきた。


「構えなさい」

「え?」

「吸血鬼よ」

 あのヤンキーが? それとも他にいるのか。


「自販機の前の二人。さっきから向こうもこっちの動向を窺ってる」

 六条は本日2度目の戦闘になるかもしれないと言うのに、落ち着いている。全然疲れた様子もない。

「まじかよ! んな唐突な!」

 言いながら俺も臨戦態勢に入る。

 右手に力を込め、さぁイメージだ。


 どんな姿をした吸血鬼か知らないが、俺の中に来い。

 俺はどこにも行かない。

 来いッ! 来いよ! ここにぃッ!

 俺に力を貸しやがれぇええええ!!


「どうだっ!」

 別に力が湧いてくる気もしなければ、俺の頭の中で何かの種がはじける気配もない。


「六条。イメージしてみたんだけど、俺何か変わったか?」


 六条は無言で俺を頭から足元まで見ると、

「目が泳ぎだした?」

「いや、それビビってるだけだ。俺が聞いてるのは、こう……力的な何かは感じるかって事で。俺の放つ吸血鬼の波長が前にも増して強くなったとかさ。ない?」

「……特には」

 六条の返答に、さすがに慌てる俺。


 嘘だろ? あんだけ勢い良く出てきたのに!?

 あんなにもう力使えますよ的な雰囲気醸し出してたのに!?


 それもあんな、来いよ! とか念じといて!?

 なのに何もなしとか……超恥ずかしいんだが。


「シノブ、来るわよ」

 六条が手の内に炎を出現させる。

「け、剣は使わないのか?」

 俺は何とか落ち着こうと、会話を試みる。


「今は奇術を使いこなせるように練習中。だいぶ判ってきた」

「た、頼もしいなぁ……」

 会話は終了。

 自販機前で談笑するヤンキー達の方を見ると、タバコを地面に投げ捨て、それを靴で踏み潰した。

 そのまま自販機の前から、ヤンキー達はこっちに向かって歩き出す。それと同時に、奴らの目が赤く発光している事に気がついた。

 さっきまでそれに気付かなかったのは、自販機の明かりがあったせいだろう。

 暗闇の中では、それがハッキリと判る。本当に吸血鬼だった。


 俺もやむを得ず、もう一度イメージする。


 頼むから来い。俺の体を好きなように使え。力を貸してくれ! と。


 やはり何の反応もない。

 万策尽き果てた。これでダメとなると、もう何をイメージすれば良いのか皆目見当つかねえや。


「ぎ、ギギギギギ……」

 さっきまでタバコを吸っていた、金髪の方の吸血鬼が歩くスピードを速めた。


 そして、跳躍する。

「こいつは私がやる。シノブは向こうの吸血鬼をやりなさい」

「わ、わかった!」

 れいんが跳躍したヤンキー吸血鬼に向かって炎を浴びせる。


 俺はその下を潜って、未だ呑気に歩いている吸血鬼との距離を縮めた。

 ……のは良いんだが、俺どうすれば!?


「フォー……」

 距離を詰めていた黒髪のヤンキー吸血鬼も、遂に俺をロックオンしたみたいだ。

 やべぇ。結局同化とやらも出来ていないみたいだし、またやられるよ。


「くそっ……」

 こうなりゃやられる前に一発だけでも食らわせてやる。先手必勝だ。

 俺なりの全力疾走で、吸血鬼の後ろに回り込む。

「フォーーーー……」

 そのまま、吸血鬼が俺の方に向き直る前に、殴る!


 ズシャア――――


 俺に思いっきり後頭部を殴られた吸血鬼は、勢い良く地面に叩きつけられ、数メートル転がって行った。


「っしゃああああ! ざまぁみやが――――あれ?」

 俺のパンチってこんなだっけ。いくら全力のパンチとは言え、こんな威力だっけ?


 もしや……

「力……使えてるんじゃね?」

 自分の握り拳を見る。が、至って普通の俺の拳である。


 これは同化してるのか? それとも、ただ俺がどうかしてるのか?

 断じて、ダジャレとかではなく。


「ふ、フォオオオ!!」

 体を起こした吸血鬼は首をコキコキと鳴らしながら、俺に飛びかかって来る。

 が、それをヒョイと避ける。


 コイツの動きは遅い。俺でさえそう思えた。

「フォアアアアアアッ!」

 吸血鬼が間髪入れず、俺に殴りかかる。その伸ばされた腕を掴む。

 すげぇ、俺じゃないみたいだ。


 これで確信した。俺は今、吸血鬼と同化しているんだって。

 まさかこんな簡単な事だったなんて。

 吸血鬼の腕を掴んだまま、再び顔面に一発パンチを入れる。

 すると、吸血鬼の顔面は奇音を発して弾けとんだ。


「う、うわぁ……」

 首からブシャアアアアと、大量の血液を撒き散らしながら、フラフラと覚束ない足取りで歩く吸血鬼。

 その後、数歩歩くと地面に崩れ落ちた。

 やがて吸血鬼はサラサラと砂の様になると、夜の風に乗って跡形もなく消えた。撒き散らされた血液も、一滴残らず消えている。


「シノブ」

 戦い終わった六条が俺の元にやってくる。

 俺の隣りに立つと、六条はやったわね、と微笑んだ。

「ぐ……」

「?」

「グロすぎる……」

 その場で崩れ落ちる俺。正にorzの形である。

「確かに、あれはあんまりね」


「もっとこう……俺もさ、手から炎出すとかさ、吸血鬼っぽく空飛んだりさ、華々しい戦い方出来ないもんかね。

 力使えるようになってこれはワガママかも知れないけど、相手の体を手が貫通したり、頭弾き飛ばしたり……何か鬱になるんだが」

「致し方ない。今は力を使えるようになった事を素直に喜びましょう」

 なんて、六条は言ってのける。いや喜べねぇよ。


 俺は体を起こした。そして、いつまでもこんな力が発動してちゃイヤだから、効くかどうかは判らないが


 力を貸してくれてありがとう。また貸してください。

 と、一応頭の中で俺に同化したのであろう吸血鬼に言っておいた。


「マウンテン……」

「ん?」

 六条が小さな声で何か言った。

「私、マウンテンビューがいい」

 一瞬何か、と思ったが直ぐに理解した。

「ん? ああ、ジュースか。ってか、お前良くあんなの見た直後に何か飲んだり出来るな」

「それとこれとは別」

「俺は割り切れねぇわ」

 言いながら、財布を取り出す俺。


 正直、服に付着した吸血鬼の返り血も倒した時に綺麗に消えてくれたのは有り難いが、今の俺は何か飲む気も食う気も起きない。むしろ、あんなのトラウマもんである。夢に出るんじゃないか?


 自販機に小銭を入れる。

「マウンテンビューマウンテンビューっと……」

 ボタンを押し、出て来た缶を六条に放り投げる。

 持ったのはほんの数秒だが、今のでかなり手が冷えた。よくもまぁコイツはコールドドリンクなんて飲む気になる。

「ありがと」

 六条は缶を受け取ると、俯きながら言った。


 そのまま、俺と六条は帰路につく。

 ふと思ったのだが、無傷で勝利とか、ぶっちゃけ初めてじゃないか? しかも、今回はかなりスピーディーに終わった。

 正に大勝ってやつだろうよ。


 しかし、吸血鬼と戦ってる時は全くもって感じなかったが、こうやって普通に戻ると、やはりさっき負った傷が痛んでるのが判る。

 こりゃ安静にしてないとまずいだろうな。明日が日曜日で本当に良かったと思う。

 ま、今こうやって自力で歩けてるのも、六条の応急処置があったからなんだが――――



 思い出してしまった俺は、思わず六条の方を見る。

 六条はジュースの缶を開けず、大事そうに抱えたまま歩いていた。

「の、飲まないのか?」

 会話がないのに居心地の悪さを感じ、とりあえず言葉を投げかける。

「……」

 返事がない。それから数秒して、

「……開けて」

 六条が缶を押し付けてきた。


「何。開けらんないの、お前?」

「……」

 六条は答えない。ただ、無言で頷いた。

 あんなにバカみたいな怪力の持ち主だと言うのに、ジュースの缶すら開けられないとは。


「ったく。ほらよ」

 プシュっと言う缶の開く音を聞くと、六条の顔はパァッと明るくなった。

 缶を受け取ると、小さな口でごくごくと飲む。

 そう、小さな口で……

「――――っ」

 一気に顔が赤くなったのが自分でも判る。


 あ、あかん。直視できねぇ!

 俺はこの夜、家までの道のり、六条の方を向く事はなかった。


 ◇


 俺をここまで追い詰めたこの世の中は、心底腐っていると思う。

 神様ってヤツがいるのなら、ブチ殺してやりたいくらいだ。



 世の中に対するこの気持ちは憎しみ? 怒り? 哀れみ?

 いいや、どれも違う。これは俺なりのだ。


 純志麻千尋は、自宅のリビングのソファーでくつろいでいた。


「なぁ、父さん。あんたが心配する程、僕はダメな息子じゃないだろぅ? 一人でだってちゃんと暮らせてる」

 隣りの部屋のベッドに横たわり、顔を覗かせる足に向かって言い放つ。


 室内には、死が充満していた。

 ベッドの上のソレは、喉に包丁が突き刺さり、今はただの肉塊になっている。


「父さんにはちゃんと見てて欲しいんだ。僕の成長した姿をさ」

 言いながら、千尋はスプーンを片手に肉塊の横たわる部屋に入った。

「目玉見開いて見ててよ。息子が世界を変える瞬間を」

 千尋が肉塊の本来、顔と呼ばれた部分を前に立ち止まる。

 そして、手に持ったスプーンを、ソレの右瞼に突き立てた。そのままスプーンをグルリと回し、中の眼球を抉り出す。


「ほら、これで良く見えるだろう? ははっ、楽しいなぁ。楽しいなぁ。」

 続けて、左の眼球も抉り出す。


「僕、気になる人が出来たんだよ。あの引っ込み思案な僕が、その人達と話も出来たんだ。大きな進歩だよね。一期一会。大事にしようと思ってさぁ」

 何をしても動かないそれに、話かけ続ける。

「そうだ。ご飯にしようよ、父さん。母さんもお腹空かせてる頃だよ」

 千尋は立ち上がると、ソレの喉元に刺さっていた包丁を引っこ抜いた。


 その包丁を持って、今度は別の部屋に行く。

「今日は母さんの大好きなイケメンさんだよ。喜んでくれるかなぁ」

 千尋が次に入ったその部屋も、死が充満していた。

 そこにあるのも、人の死体だった。


 千尋は横たわる死体の一つを選ぶと、包丁で腹の一部分を切り取った。最早、それからは血液などは滴らない。体中の血液が、一滴たりとも残らず吸い取られていたのだから。


 千尋は軽くスキップをしながら、さっきのリビングへ。母親の元へと持って行く。


 そう、ここも。この家の全てが死で満ちていた。動くモノは千尋だけ。


「ほら、母さん。ご飯だよ」

 千尋はさっき切り取った肉片を、母さんと呼ばれたソレの口に詰め込んだ。

 しかし、元から色々なモノが詰め込まれていた口からは、今の肉片が入りきらず落ちてしまった。

「ああ、ダメだよ。好き嫌いは。大人なんだから。ちゃんと食べないと、浮気してた事、父さんに言っちゃうよ? 僕知ってたんだからね?」

 ソレの口に肉片を詰め込みながら、千尋が言う。


 どんなに頑張っても入りきらないと判断すると、千尋は、

「そうだ、良いこと思い付いたよ」

 指をパチン、と鳴らし、肉片を切り取った死体の居る部屋へとかけ戻った。


 手にした包丁を、丁寧に死体の顔に突き入れる。

 そしてまた、丁寧に、丁寧に、それから顔の皮を剥いでいく。

「出来た」

 千尋は大喜びで、今度は父親の眠る部屋に移動する。

「これでどうだろ?」

 たった今剥いだ顔の皮を、父親の顔の上に被せた。

「これで父さんも母さん好みのイケメンになった。もう浮気される心配もないね」

 言って、千尋は歪んだ笑顔を浮かべる。



 直に、千尋を退屈が襲った。

「ああ、つまらないな」

 ソファーの上で、膝を抱えて呟いた。


「まだかなまだかなまだかなまだかな…あいつら、いつ会いに来てくれるんだろう」


 殺したかったヤツは殺し尽くしてしまった。

 俺をいじめたヤツも、母さんの浮気相手も、母さんも、父さんも、俺を嗅ぎ回る警察も。この家の中にあるものは全て、俺の手で。


 後の連中は、皆吸血鬼にしてやった。


 そんな俺は、彼らの特別な存在なのではないか。つくづくそう思う。

 自分を産んでくれた親。それが一番最初に出来る特別な存在ってヤツだ。じゃあ、自分を殺した相手ってのも、特別な存在になるんじゃないだろうか。

 自分の人生の幕開けとなる親が特別なら、自分の人生の幕を閉じさせる相手も、必然的に特別な存在になるはずだ。

 ましてや、更に吸血鬼として、新たな人生をも与えてやる。人間すら超越した存在にしてくれてやったのだ。


 そんな俺は神同然の存在なのではないか、と。


 あの夜、千尋の元にも神は現れた。

 そいつのおかげで、千尋はこの力を手に入れた。

 だから、千尋はそいつの為には何だってしてやると誓った。


 後は、自分の存在の証明だけが欲しかった。

 吸血鬼になっても、自分は支配されている。そんな自分の存在意義とは何なのか。

 だから、千尋はずっと待っていた。


 自分が生きているのだと。証明してくれる存在が現れるのを。ずっと、ずっと。

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