11月2日(土) 俺は意外と気にするタイプ

「………………!」


 至って普通のパンチが、吸血鬼の腹に綺麗に入った。


「なんでやねんんんんん!」

 今の出来るパターンじゃねぇのか!? ページ跨いどいて出来なかったとか、恥ずかしすぎるっ! 穴があったら入りてぇええええ!!


「こっちは終わったわ。最後の一匹よ。最後はシノブがやりなさい」

 そんな事を言いながら、六条が俺の元にやって来た。

 それを聞いた俺は、公園内を見渡す。

 さっきまで居た吸血鬼の群れは、跡形も無く消えていた。


 残るは俺の目の前にいる一匹のみ。

 見てみれば、六条はピンピンしている。あれだけの数の吸血鬼と戦って無傷とは、つくづく凄いヤツだ。


「ろ、六条。俺、力を頭ん中でイメージしてやってもダメなんだけど、お前どうやってんの?」

 六条は小首を傾げた。

「さっき出来たって喜んでたじゃない」

 いや、さっきのはイメージもクソも無く、頭ん中真っ白だったんだが……


「私は、自分の手の中に炎が生まれるイメージをして――――」

「そんなの俺もしてるんだよ! なのに何故出来ない!」

「想像力の問題じゃない?」

 と言うと、六条は見せびらかすかの様に、手の内に炎を発生させた。


「ちくしょう。したり顔が憎たらしいぜ」

「シノブ。しゃがんで」

「……え!?」

 その直後、六条は俺目掛けて炎を放つ。


「う、うわぁあああああ」

 間一髪で避けられたものの、何て事しやがる。

 六条が無言で指指す。その方向を、俺も目で追ってみた。


「コ……フ――――」

 俺が避けたその炎に、吸血鬼は包まれていた。


 すっかり談笑モードになっていた俺を、コイツは襲おうとしていたのだ。油断も隙もありやしねぇ。

 今回は六条のおかげで助かったが、一歩間違えれば俺が火達磨だったぞ。


「油断大敵」

 六条は小さな声で言うとスタスタと歩き出し、帰るわよ、と付け足した。



 ◇


 昨日に続き全身に傷を負った俺は、途中までは自力で歩いていたが、すぐさま断念。

 結局、家まで六条におぶってもらう事になった。


 そんなこんなで、今は自室である。

 俺の体は、六条によって布団の上に乱雑に横にされた。

 かけられた布団は、俺の顔まで覆ってる。


「苦しい」

 と俺が言うと、六条は布団を完全に剥いだ。

「剥がれたら寒いよ」

 と言うと、また俺の顔まで布団をかぶせる。

 足先が出てるから、足が冷える。

 この女は程々って言葉を知らないのか?


「今夜は、さすがに大変だったわね」

 と、六条が話を切り出した。


「あんなん無理ゲーだよ」

「でも、シノブも一匹は倒せてた」

「まぁ……たかが一匹だがな」

「とは言え、シノブも頑張ってた。力もだいぶ使えるようになったみたいだし、充分よ」

 六条が僅かに口元を緩めた。


「その力だけど、使おうと思って出来るもんなのか? お前のはそれで出来てるかもしれんが、俺の力の発動はランダムな気がする」

 横たわったまま、俺は右手を天井に向けて掲げた。

 確かに発動はする。でも、それは発動して欲しい時に出来てこそなんじゃなかろうか。


 ちょっと何かを考えた六条は少し間を置いて、

「普通はそうだと思う」

 と言い、

「普通、炎を使う場合、その炎を脳内でイメージする。電気を発生させる場合もそう。私の剣も、奇術も、そのイメージから具現化される」

 そう続けた。


「でも、その方法で使えないとなると、どうすりゃ良いんだ」

 俺は率直な疑問を六条にぶつける。

「そうじゃないとなると私にも判らない」

 六条が上記の様な反応をするだろうって事はわかってた。

 今の状態でも、全く力を使えないワケじゃない。

 それでも使いたい時に使えなきゃ、クソ程の意味もない。どうしろってんだ。



「とりあえず」

 六条が再び話を切り出した。

「んぁ?」

 と、俺も横になったまま、六条の言葉に反応する。

「その傷を治さなきゃ特訓どころじゃない」

「例の応急処置か。昼間も思ったんだが、あれだけの傷どうやって治したんだ? これも奇術みたいなもんか?」

「そんな所ね」

 言いながら、六条が俺の上半身を起こす。

 その時、俺の脳裏をある不安が過ぎった。


「い、痛くないよね?」

 それを聞いた六条は一瞬目をパチクリさせた。

 が、直ぐに、

「痛くない。すぐ終わる」

 と、頷いた。

 痛くないなら良いや。ホッとした。


 その時、

 突然、俺の目の前が真っ暗になった。


 意識を失ったとか、そう言うワケじゃない。

 それが、六条の顔が俺の目の前に近付いてきたせいだと理解したのは、その直ぐ後だった。


「ちょっ!」

 慌てる俺。吐息がかかる程の近距離だ。

「大丈夫」

 六条が相変わらずの小さな声で言う。

 あまりの近距離ゆえ、照れやら何やらが俺を襲う。

 そのまま――――


「……っ」

 何が起きたか判らなかった。

 数秒後、少しずつ冷静さえを取り戻した俺の頭は、現状を理解する。


 六条の唇が俺の唇に触れたのだ。

 六条は唇を離す素振りを微塵も見せず、俺の口内に六条自身の唾液を送り込む。

 そして唇を離すや否や、

「飲んで」

 そう言った。


「――――」

 ワケの判らない状況に、当然俺はテンパる。

 飲んでだ!? 唾液をか!?

 んなもん、ビックリしてされた瞬間に飲み込んじまったよ!!

 ってか……


「ぎ……ぎゃああああああああああああすッ! 俺のファーストキスがぁああああ!!」


 突然の俺の大声に、六条はビックリして俺の上半身を支えていた手を放す。

 それと同時に支えを失った俺の体は布団の上に叩きつけられた。が、んな事は今はどうでも良い。


「おおおお前何してくれてんの!? 咲羅とすらまだした事なかったのにぃいいいい!!」

 そうだ。彼女とすらチュウした事ないのに、何で六条なんかとしなきゃならないんだよ!

 しかもフレンチキスどころか大人のキスだ!


「もうお婿に行けない。高校卒業するまでは健全なお付き合いをすると心に誓っていたのに……それも彼女以外の女とだよ! 俺のファーストキスを返せぇええええ!!」

 暴徒と化した俺に、六条はいつもの感じで、

「落ち着いて」

 と言ってくれる。


「これが落ち着いてられるかッ! お前何してくれてんの!? ってか自分が何したか判ってる!? もっと自分を大事にしろよ! 仮にも女の子なんだから!」


「落ち着いて。今のが治療だから」

 六条はいつの間にか、定位置となった部屋の角に背中を預けていた。

「今のが治療だ!? どう言う事だ!」

「私に流れる体液は、人の治癒を促進させる効果がある」

 と、特に照れた様子もなく説明しだす六条。


「……あん?」

「私が傷を負っても直ぐ治るのはシノブも知ってるはず」

 確かに、あの夜マンションの屋上から落ちた時も、その数日後には傷一つなくピンピンしていた。それは認めるが……


「だからって……ち、チュウはさぁ……」


 そんな未だモジモジしてる俺を見た六条は、

「他には……私の血液を飲むって選択もある。血液も同じ作用があるし」

 それはちょっとなぁ……マジで吸血鬼みたいだしイヤだ。


「口付けに抵抗があるなら、私の唾液をペットボトルか何かに入れておくから、それを保管しておけばいい」

 それこそ変態じゃねぇか! 気が退けらぁ!


「ってか昨日の夜も応急処置したって言ってたけど……って事は……」

「だから今日のはファーストキスじゃないわね」

 聞かなきゃ良かった。

 俺の純潔は気を失ってるうちに花と散っていたのか。目眩すらしやがる。


 いや待てよ? 遥か前に…


 あれは確か中学一年の時の夏。

 神童と川で遊んでいた時、俺は川の流れに足を奪われ溺れたのだ。

 その時、俺が意識を失った後、神童が河川敷にお住まいのおっさんを呼んできて、そのおっさんが俺に人口呼吸をしたんだ。

 と、後日神童に自慢気に言われた記憶がある。

 確かその時も俺はファーストキスがどうのと騒いだような。


 って事は何か? 意識がなかった分何とも言えないが、俺は中学生の時に、既にファーストキスはしていたって事になる。

 命の恩人とは言え、名前も顔も知らぬホームレスのおっさん相手にだ。醜悪すぎる。


 それに比べれば、今回の相手は六条だ。

 一応こんなんでも女の子。それも結構可愛い部類には入る。

 別に、もう良いんじゃないか?

 と、自分で自分に問いかける。


 高校卒業まで健全なお付きあいとか、そんな堅苦しい事言わなくてもさ。

 咲羅には悪いが。俺だって年頃の男の子。

 もっと柔軟に生きて良いんじゃないか?


「シノブ、大丈夫?」

「ん……? ああ」

 六条の声に、俺は現実に帰ってきた。


「なんかどうでも良くなってきた。踏ん切りがついたよ」

 それは良かった、と六条が立ち上がる。

 時間も時間だ、部屋にでも戻るのだろう。

「なぁ、六条」

 柔軟に生きると決めた俺は六条を呼び止めた。

「……?」

 と、六条は首を傾げて見せる。

 俺は、ちょっとおいで、と手を招く。

 俺の元に来た六条に、

「何か傷が治る気配がないからもっかいチュウしようぜ」

 耳打ちした。


「バカ」

 特にひっぱたかれる事もなく、それだけ言い捨てられた。


 六条はおやすみも何も言わず、俺の部屋を出て行く。

「むぅ……」

 もうちょっと何か殴られたりするかと思ったのだが、この反応は逆にショックだ。

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