11月2日(土) 名を名乗れ名を

 いつ吸血鬼の大群に飛びかかって来られるか判らない恐怖が俺を襲う中、俺の耳に吸血鬼の集団の一番後ろから、引きつった笑い声が聞こえてきた。


「今夜も綺麗な月だ。思わず見とれちまうと思わないか、ハンター?」

「……お前」

 その声に続き、背中越しに六条の声が聞こえた。

 声の主は吸血鬼の集団を押し退け、満を持して俺達の前に姿を現した。


 街灯に照らされたソレは、まだ幼さの残る少年だった。

 年の頃は俺より一つか二つ年下くらいだろうか。女の子のように華奢な体をしている。

 少年はクックッと喉で笑い、俺と六条の顔を交互に見比べた。


 六条の反応で察した。今俺達の目の前に居るこいつこそが、昨日六条が敗北した吸血鬼なんじゃないかと。

 見てみれば確かに性格悪そうな顔してやがる。

「ボス直々にお出ましとは、どういう了見かしら」

 六条が問うた。


「そんな怖い顔しないでよ。俺はあんたみたいな存在に出会えて心から幸せに思っているんだから。約束は約束。俺はまだ手出ししないよ? 今日はあんた達にプレゼントをしたくてね」

「プレゼント?」

 ボス吸血鬼のフレンドリーな言い方が何とも癪に障る。

 六条の声にも苛立ちの色が見えていた。


「そう。言ったろ? 俺は死闘がしたいんだって。あんたならそれをくれると思ったんだ。きっと俺に生きてると実感させてくれるんじゃないか、ってさ。

 こんな出会いは、一生の内でたった一度だってあるか判らない。今回を逃せばもうないかもしれない。だから、俺はあんたらとの出会いを大事にしたいんだよ。早く俺と渡り合えるくらい強くなって欲しいからね。だから、プレゼント」


 ボス吸血鬼はケタケタと笑いながら両手を高らかに広げ、

「ここの吸血鬼、ぜぇんぶ狩っていいよ」

 憎たらしい笑顔でそう言った。


「……この人達は?」

 俺と背中を合わせたまま、六条が静かに問う。


 その問いに吸血鬼は喉で笑いながら、

「何? 質問の意味が判らないんだけど。ちゃんと答えるから、具体的に質問してよ」

「この人達を何故吸血鬼にした? 別に信用してたワケじゃない。だけど、これは無差別よね」

 六条の声がどんどん重くなっていく。

 これは六条……怒ってるのか?


 六条の問いかけを受けたボス吸血鬼は、ポリポリと鼻の頭を掻いた。

 そして再び笑顔を浮かべ、

「こいつらは殺されても仕方のないクズ。人の道を汚すゴミだ。だから俺は別に嘘は吐いていないよ。アンタにしてみたって、こう言う実験台は欲していた所だろう? そこそこ戦えるアンタだって、俺には傷一つつけられない。そっちの使い魔に至ってはどうだ?」

 使い魔ってのは俺の事か?


 ボス吸血鬼の視線が俺に向けられた。俺と目が合うと、さっきの憎たらしい笑顔で笑いかけてきた。

 そのまま話を続ける。

「見た限りじゃ、そいつはまだ戦力にもなってないのが現状だ。それなりに戦えるようになるには実際に戦って、経験を積むべきなんだよ。ハンター、あんたの考えはズバリそれだろぅ?」

 不意に問いかけられた六条は答えない。


 ボス吸血鬼は、今度は六条を見つめた。

 そのままゆっくり六条に歩み寄り、六条の目と鼻の先にまで顔を近付け、

「だからこうやって、最高の舞台を用意してやったのさ。大変だったんだよ? 1日でこんだけの吸血鬼つくるのも」

 ボス吸血鬼にかなりの近距離まで近付かれても、六条は依然として微動だにしない。


 ボス吸血鬼はハハハ、と笑うと、ヒョイと六条から離れた。

 そのままズボンの両ポケットに手を突っ込み、踵を返す。

 公園から出るつもりだろう。しかし、2、3歩歩くと、俺達の方へと振り返った。

 そして、例の憎たらしい笑顔を浮かべながら口を開く。


「こいつらは元々、こうなる運命にあったんだよ。ただそれだけの事さ。この俺が気に入った連中のタメにその命を捧げられる事に、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」


 んなワケあるか。


 声には出せなかったが、俺は心の中で確かに毒づいた。

 同時に、俺の中の何かがコイツを野放しにしていてはダメだと警告する。

 今この場でコイツを倒せない自分の弱さ。それに心底腹が立った。


 今俺達を囲む吸血鬼の中に、顔馴染みは居ない。正直それにホッとしてる自分も居る。

 しかし、こいつらにも家族や友達、恋人……と様々な人間関係が、未来があった筈だ。

 今この瞬間、こいつらが居なくなった事で悲しんでる人だっている。

 俺だって、神童や咲羅を失ったりしたら絶望的な気持ちになるに違いない。こいつらだって例外じゃないんだ。

 こいつらの今を、未来を奪う権利など誰にもない。


 この一瞬だけで一気に色んな感情が溢れすぎて、もう上手く思考が回ってくれない。

 だけど、コイツだけは絶対に倒さなきゃいけない。素直にそう思うのだ。


 ボス吸血鬼は思い出したように、そうそうと言葉を付け加えた。

「使い魔。お前は良い目をしてる。きっとハンターの片腕として役に立てるよ。だから頑張ってとっとと強くなって、早く俺と敵対してくれ。俺を楽しませてくれ! 俺に存在の証をくれ! その手で刻み込んでくれ!! ひはははははははははははは!!」

 ボス吸血鬼の汚い笑い声が夜の闇に響き渡った。


「異常者め……」

 それに次いで、六条がボソッと呟いた。


 ボス吸血鬼はそれを聞き逃さなかったのか、

「前にも言ったろ、ハンター? 俺は神になるんだ。誰も俺に逆らえない。絶対的な力を持つ俺が、この世界をきっと良い方に変えていく」

「何度聞いてもバカバカしい」

 毒づく六条。

 俺もまったくもって同感だ。コイツはマジで頭がイカレてる。神様だ? 世界を変えるだ? 寝言は寝て言えってんだ。

 しかし、相変わらず恐怖から言葉に出来ないチキンな俺である。情けない。


「使い魔。こんだけの吸血鬼を用意してやったんだ。ちゃんと倒してよ? 間違っても、やられちゃイヤだよ」


 そうだ。いくらなんでもこの量はヤバい。六条とて瞬殺は無理だろう。

 俺も自分の身は自分で守るしかないじゃないか。


 ボス吸血鬼はトンと地面を蹴ると、俺達の頭上、街灯の上へと飛び移った。

 呆気にとられた俺達を見下すと、

「さすがに疲れたから、俺はそろそろおいとまするよ。プレゼントも渡せたし、まだちゃんと顔を合わせていなかった使い魔にも会えたしね」

「……っく」

 返す言葉が出て来ない。いつもの減らず口も化け物相手じゃ毛ほども役に立たない。

 六条は黙ってガンを飛ばしてる。


「一応、俺の気配がこの公園から消えたらあんたらを襲うよう、こいつらには言ってある」

「まだ」

 と、黙って睨み付けていただけの六条が吸血鬼の言葉を遮った。


「は? 何?」

「まだ、アンタの名前を聞いてない」

 六条の言葉に吸血鬼は一瞬キョトンとした顔を浮かべ、

「あぁ、一方的に話しちゃってすまなかったね。申し遅れたが俺は純志麻千尋すみしまちひろ。ハンター、使い魔、今後ともよろしく。健闘を祈るよ」

「スミシマ……チヒロ……お前は絶対に滅却する」

 名乗ったボス吸血鬼、純志麻千尋とやらは六条の意思をしかと受け取ったのか、バランスが取りづらいであろう街灯の上で、丁寧に会釈した。

 そして次の瞬間には、俺の視界から純志麻は消えていた。



「ぐへぇっ!」

 その刹那、俺は純志麻が言った通り、純志麻が居なくなった事によりリミッターが解除された吸血鬼の、見事なまでの不意打ちを食らった。


 耳をつんざくかの様な風を切る轟音が俺の鼓膜を襲う。

 次の瞬間には、俺の体は公園のフェンスまで吹き飛ばされており、ガシャンと大きな音を立ててフェンスにめり込む。


「シノブっ!!」

 距離にすれば60メートルくらいか。普通ならそんなに遠くないハズなのに、叫ぶ六条が遥か遠くにいる様な感覚に陥った。

 その六条も、これだけの敵が相手じゃ俺を助けに来る余裕がないようで、次々に襲い来る敵を大剣を振りかざし応戦しているだけ。防戦一方だ。

 俺も何とか体を起こす。

 体中が痛い。まだ傷だって治りかけだってのに、これじゃどうにもならねぇぞ。


「シノブ! 今助けに――――」

 六条が俺の元に来ようとするが、行く手を吸血鬼の群れに阻まれた。

「くっ……退きなさい!」

 六条が大きく振りかぶり、一気に大剣を振り抜く。

 その一撃で吸血鬼が吹き飛び、大木にぶち当たった。

「コフーーッ!!」

 その後すぐ、僅かな隙も与えず次の吸血鬼が六条目掛けて飛びかかる。一息吐く暇さえありやしない。正直切りがない。


 俺ももう四の五の言ってる場合じゃない。

 とにかく一匹でも多く倒さねば、こっちがやられかねない。

 六条も頑張ってる。俺だってやってやる。

 今の一撃でダメージを負った左腕を押さえ、痛みを押し殺しながら立ち上がった。

 俺の方へとやって来る無数の吸血鬼。やられる前にやる。

 俺は一度だけ舌打ちし、握った拳に力を込め、勢い良く地面を蹴った。



「はぁっ!」

 音速で大剣を振り抜く六条。それをモロに食らった吸血鬼は見事なまでに吹き飛んだ。

 その一方、

「ぐへぇっ!」

 殴られ、光の速さ程の勢いで吹き飛ばされる俺。


「ていっ!」

 先程の、六条の強烈な一撃を食らった吸血鬼に容赦なく大剣を突き刺す六条。

 地面でもがくだけの相手に、一切の情けも無い。さすがである。

 一方の俺は、

「あべっ!」

 再びぶん殴られ、肋骨が粉砕された。

 痛みで朦朧とする意識の中、何とか立ち上がる。



「はぁああああ!」

 続いて六条は、右手に渦巻く炎の様なモノを発生させ、それを吸血鬼に向けて放つ。

 吸血鬼は一瞬にして火達磨になった。

 これが例の奇術ってやつか? 初めて目の当たりにした奇術に、目を奪われた。


「よ、よっしゃ! 俺だってやってやるぜ! うぉおおおお!」

 調子づく六条に負けてられないと、俺も一気に吸血鬼に走り寄る。


 そのまま、俺も俺なりに殴りかかった。

 しかし、俺の拳は吸血鬼の体を破裂させるでも貫通するでもなく、相も変わらず普通のパンチで、大してダメージになっちゃいない様子だ。畜生。


「はぁああっ!」

 高らかに舞い、吸血鬼達を次々に火達磨にする六条。

「きゃあああ!」

 切り裂かれる俺。

「てやぁあ!」

 火達磨になった吸血鬼に次々と剣を振るう六条。

「いやぁん……!」

 デコピンされる俺。


 気付けば、公園内の吸血鬼は半数にまで減っていた。

 紛れもなく、全て六条のおかげである。

 余裕が出来た六条は、俺の元へと飛んできた。


「大丈夫?」

 言って、地面でうずくまる俺に手を差し伸べる。

 そんな六条の優しさに触れた俺は、

「もうダメだ。俺には荷が重すぎる……最初から無理だったんだって、こんなの」

 六条の手に捕まって起き上がりながら、弱音を吐いた。

 まったくもって太刀打ち出来ない不甲斐なさ。お恥ずかしい。


 そんな俺の弱音を聞いた六条は、

「数が数だから。それでも、シノブはシノブで頑張ってた。もう一踏ん張りよ」

 俺を慰めた。


「いや、ちょ、やめて? 今優しい言葉かけないで。涙出て来るから」

 そんな俺の様子を見た六条は、フッと鼻で笑うと、再び吸血鬼の群れの中に飛んで行く。

 次々に敵を切り裂く六条。


「くそっ……」

 俺、足手まといなんじゃないか?

 そもそも俺は昨日どうやって力を使って倒した?

 特に何も考えてなかった気がする。もう痛みやら何やらで頭ん中が真っ白だったのだ。

 気付いたら例の力が使えていて、吸血鬼が消滅していて……


「ガァアアアアア――――!」

 試行錯誤する俺に、吸血鬼が走り寄る。

 くそったれ! まだ色々考えてる最中だっての!


 今にも殴りかからんとする吸血鬼に、俺も反射的に右手を突きだした。

 しかし、これはまた避けきれずモロに食らうパターンだと瞬時に判断し、歯を食いしばり目を瞑った。

 またやられた!!


「……っ!」

 もう吹き飛ばされてもいい頃なのだが、俺の体が空中を浮遊している気配も痛みもない。

 何事か、と恐る恐る目を開ける。


 吸血鬼のパンチは、俺には届いていなかったのだ。

 いや、届いてはいる。しかし、そのパンチを俺の右手がガッチリと抑え込み、受け止めていた。


「み、右手ぇえええッ!」


 お前が受け止めたのは、食らえば骨折を免れないあのパンチだぞ!? 大丈夫なのか、右手ぇええ!?

 痛みがない所からすると、無事なのだろうが。

「グ……グォオオオッ……」

 吸血鬼が俺から手を引き離そうとする。

 が、それを掴んだ俺の右手はヤツの手を放さない。

 チャンスなんじゃないか、これは?


「うおぉおおお!」

 俺は吸血鬼の手を掴んだまま、吸血鬼に背を向ける。

 別に逃げるワケじゃない。一本背負いをしてやるのだ。

「ぐぬぬぬぬぬ!」

 重い。重いが何のこれしき。

 確かに六条程の怪力は俺にはないが、俺とて男の子である。人一人担げるくらいの腕力は持ち合わせてる。

「うおりゃあああああ!」

 とにかく無我夢中で地面に投げつけた。


「グォオオオ……」

 まんまと一撃を食らわせてやる事に成功した。

 だがこの程度でこいつを倒せない事を俺は知っている。

 即座に横たわる吸血鬼に馬乗りになり、ひたすらパンチをお見舞いしてやる。

 とにかく数を浴びせれば、力が発動するのではないか。そう思ったからだ。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。そう言うだろ?


「この! この! よくも!」

 馬乗りになりとにかく殴るその様は、まるでこの間の視聴覚室で俺が六条にひたすらビンタされた時のようだ。

 十数発パンチをぶち込んだその時、ズブ……と俺の手が一瞬にして吸血鬼の体を貫通した。

「……!! 出来た! 六条! 何か出来たッ! おえっ……!!」

 喜びも束の間。俺は相手の体から飛び出した内臓やらを見てしまったせいで、吐き気を催した。


「ぐ……グゥウウウ……」

 俺の下敷きになっている吸血鬼はまだ息がある。だが虫の息だ。


「コフーーーッ!」

 そんな俺の元に、新たな吸血鬼が襲い来る。

「ちょちょ……! 待っ――――」

 大きく飛躍する吸血鬼。慌てて逃げる俺。

 次から次へとやめてくれや。


 飛んだ吸血鬼は、ほんのついさっきまで俺が居た場所。

 内臓をぶちまけて横たわる吸血鬼の上に着地した。

「ぐ……おぉぉぉ……」

 その衝撃で、虫の息だった吸血鬼が消滅する。同士討ちとはラッキーだ。


 吐き気と体中の痛みを我慢しつつ、俺は拳を固めて吸血鬼目掛けて飛び込む。

 が、吸血鬼の攻撃が先に繰り出された。

「ぬあっ!」

 俺の腹に強烈な一撃がお見舞いされる。

 もう体が悲鳴を上げてるのが判る。多分これ以上はまずい。立ってるのだって不思議なくらいだ。

 それでも、俺の体は吹き飛ばされまいと、地面に踏みとどまった。


 さっきと同様に、今度は吸血鬼の肩をガッチリと捕まえて動きを奪う。

 そのまま、

「くそったれがぁあああ!」

 俺がたった今食らった箇所。それと全く同じ土手っ腹に、強烈なパンチをお見舞いした。

 一発、二発。何発でも入れてやる。逃がさねえ。

「コ……フ……」

 吸血鬼が怯んだところで、俺の脳内である疑問が浮かんで来た。

 あれ、普通にダメージ与えられてるんじゃね……? と。


 さっきまで、普通のパンチやらの肉弾戦じゃこれっぽっちもダメージになってなかった筈だ。

 それが、普通のパンチでもダメージを与えられている。

 ふと、吸血鬼を散々殴った俺の手を見てみるが、別に特に異変はない。


 でも、さっきまでとは違う。

 これだけは確かなのだ。今なら力とやらを使えるんじゃないか。そんな気さえする。


 昨日六条に言われた通り、頭の中で力をイメージしてみる。

 俺の手は、今目の前に居る敵の体を貫通するのだ、と。

 その状態で、俺は再び拳を固め、吸血鬼にパンチを入れてみた。

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