11月2日(土) こんなにいらない

 ◇


「外は寒いわ。餞別よ。ありがたく受け取りなさい」

 昨日に引き続きやけに饒舌な六条は、最早定位置となった俺の部屋の入り口に寄りかかるように立ちながら、布団の上であぐらをかく俺へと何かを放り投げた。


「なるほど、カイロか。ってか餞別って、お前も一緒に来るんだからな? 昨日の事忘れた訳じゃあるまいな? 絶っっ対に居なくなるんじゃねぇぞ!?」

「わかってる。ただ、風邪でも引かれちゃ面倒だから。くれてやるわ」

 なんて、六条は満ち足りた顔をする。


「いやね、何でお前ってヤツはいつもいつも上から目線なのかは、もう聞かないでおいてやる。変わりにこれだけは言わせてくれ。

 このカイロは俺がこないだ学校行く時にコンビニで買ったやつだよな? 人の服勝手に着たり、人が買ったもんをあたかも自分の物のように扱って、あまつさえそれを人に譲るなよ。何なのお前!? 自分の金で買ったもん貰っても毛ほども嬉しくないからね?」


「これぞギブアンドテイク」

 イライラがそろそろ限界な俺に、六条は満足げに上記の様な、意味不明な事を言ってくれる。


「マジ何なのお前? 死ぬの? こっちは後夜祭の約束を蹴ってまで特訓に付き合う事にしたんだ。いい加減にしないとさすがにキレるぞ」

 そうだ。今こうやってこの馬鹿女と家で会話しているのも、咲羅との約束を断ったからである。


 今頃は皆、後夜祭で高校生らしい恋愛の話やら、進路の話やら、バイトの話やらをして盛り上がっているのだろう。


 それが何だよ。何で俺は吸血鬼の話してんだよ? 俺だってもっと高校生らしい事してーよ。


「そうね。約束を破らせてしまった事は申し訳ないと思う。でも、勝手に約束したのはシノブよ。私はシノブがイヌガミさんと約束を取り付ける前から、今日も特訓に誘うつもりだった。だから私に許可なく勝手に約束したシノブも悪い。謝って」

 何ゆえ!? 理不尽にも程があるだろうが!?


 怒りからすっかり不動明王の様な顔になっている俺の事なんて気にも止めず、六条はいつもの様に俺の部屋の中にズカズカと入ってくる。

 そして、これまた定位置と化した俺の脇へと腰を下ろし、

「作戦は昨日と同じ。今日は私も全面的にバックアップする。思う存分やりなさい」


 俺は思わずチッ、と舌打ちした。

 六条の態度が気に食わなかったのもあるが、何より昨日のトラウマがあるからだ。


 絶対にいなくならないとは言ってくれたが、また近くで例のイカレ野郎の気配なんかを感じた日にゃ、そっちに行っちまうんじゃねぇか?

 六条の言う事なんて信じられるか。


 俺の傍ら、さっき俺に放り投げたカイロを六条が無言で開封する。つくづく脳内が判らない女である。

 そのまま六条はカイロを戦闘衣装の腹のベルト部分にねじ込んだ。

 腹を温めようってハラなんだろうが、そのカイロ俺にくれたんじゃねぇの? ってかそもそも俺のだ。

 確かに受け取った後すぐ脇に置いたのは自分だが、別にいらないから置いたわけじゃない。

 いい加減付き合いきれねぇよ。未だかつてない傍若無人さで俺一人じゃ対処し切れん。


「それじゃ行くわよ。とにかく、1日でも早く吸血鬼を殲滅しなきゃ」

 言って、六条は立ち上がった。

「ったく、随分なやる気だな」

「私はこの街の人を守らなきゃいけない。当然よ」

 と、六条は真面目な面持ちで言い放つ。

 そのまま一呼吸置き、小さな声で再び口を開いた。


「あんな突然の転入にも関わらず私に良くしてくれた学校の人の、そしてまだ会った事もない人達の、笑顔を、日常を守る事が私の使命だと思ってる」

 そんな自意識過剰なセリフを吐く六条の、こいつにしては何とも珍しい柔らかい表情に、不覚にも俺は見とれてしまった。



 六条は俺がノロノロとコートを羽織ったり、準備をしている間、入り口の壁に背中を合わせて俺の準備が整うのを待っていた。


「休み時間の度に質問責めにされるシチュエーションとか、ちょっと憧れていたしね」

 勝手に会話を進める六条。

「転校生なんて滅多に来るもんじゃないから、物珍しいんだよ。でも、お喋り好きなクラスの連中と言えど、ぶっきらぼうなお前相手じゃ会話にならなかったろ?」

「そうね。皆すぐに席に戻って行ったわ」

 ……だろうな。


「どこから来たの?」と聞いたのに「あっち」何て答えられたとあっちゃ、それ以上質問する気も削がれちまう事だろう。

 あまりクラス内での六条の動向に興味はなかったが、俺が居ない間、クラスの連中とどんな会話をしてるのか興味が出て来た。

 ま、会話の内容なんかじゃなく、一体連中はどんな風にあしらわれているのか。

 興味があるのはそっちなんだが。


「さて」

 と、準備が出来た俺も腰を上げる。

 完全に陽は落ちた。街が寝静まるにはまだ早い時間だが、ヤツらはそろそろ動き出す。出陣だ。


 俺達の向かった先は、昨夜と同じ公園だった。

 その公園はと言うと、昨日の俺と吸血鬼との戦いのせいでベンチが壊れていたり、木がへし折れていたり。

 それらの理由からか公園自体が閉鎖されてしまっていた。

 って言うか、明らかそれが原因だろう。

 入り口は見事なまでにロープが張られ、立ち入り禁止となっている。


 元々利用者が少なかったとは言え、整備の行き届いていた公園を荒らしたと思うと心が痛んだ。

 物が壊れたのは吸血鬼の野郎が暴れたからであるのだが、俺のせいじゃないと言えば嘘になるかも知れない。



 辺りは静寂。滲む街灯だけが、公園の一部を寂しく照らしていた。

 六条は昨日と同じく枯れ木の上に身を隠し、俺はと言うと、やはり一人ベンチに座ってる。

 公園の奥にある無事だったベンチにだ。


 とりあえず、今日は六条がいなくても、どいつが吸血鬼かは俺でも判る気がする。

 閉鎖された公園に、こんな時間に一人で入って来るヤツは常識的に考えて居ないからな。

 まぁ、俺だけでは戦力面に何かと不安が残るから、六条には居てもらわなきゃならない。

 ってかマジ居てくれ。信用ならんから、俺はじっと六条を凝視する。


「……!!」

 今日は昨日と違い、時間にすると待ち伏せしてから20分くらいだろうか。

 木の上の六条が反応を示した。即座に俺に気付くよう、枯れ枝を俺が座る方へと放り投げる。

 吸血鬼のお出ましである。



 閉鎖された公園のロープを跨ぎ、園内に足を踏み入れる変質者。

 俺もベンチから立ち上がり、昨日のように不意打ちを食らわぬよう臨戦態勢に入る。


「ぇ……」

 そこで、俺は予期せぬ事態が自分に降りかかった事に気がついた。


 六条の居る木の下の入り口を通過する先程の吸血鬼。

 そして、その吸血鬼に引き続き立ち入り禁止を意味するロープをくぐり抜けるもう一つの影。


 2つの影が俺の方に向かって歩いてくる。

 一つはデカい影。なかなかにガタイが良い感じだ。そしてもう一つは小柄な感じ。

 二人とも、昨日の吸血鬼同様、目玉が綺麗に赤く発光していた。


 冷たい夜風が吹きさらす。

 俺は空を仰ぎ見た。

 今夜は雲の流れが速く、月は隠れたり出たり大忙しだ。

 もう11月だ。もうすぐ本格的に寒くなる。

 今年は雪なんか降ったりするんだろうか?

 積もったら咲羅や神童達と雪合戦でもやりたいな。

 冷えた体はユマっぺ手製のお汁粉を飲んで温めたりしてさ。


 ……なんてのん気にモノローグで現実逃避してる場合じゃねぇ!! 2匹だとぉおおおおおおおおっ!?


「無理無理無理無理ッ! 1匹だって倒せるか危ういのに2匹は無理だって! 六条、マジ助けてっ! ヘルプ!! ヘルプミィィイイイ!!」

 動揺を隠せず、無様にも慌てふためく俺。

 そんなのお構いなしに、凸凹コンビの吸血鬼は無言で俺へと歩み寄る。


「シノブ!」

 さすがに今の俺では二匹相手は無理と判断したのか、六条が俺の元へと跳んで来て、シュタッと見事な着地を決めてくれた。


「来てくれた! 六条が来てくれた! ありがとな!? マジありがとう! 俺は一人じゃ何も出来ないダメ人間だって事が良くわかった! やっぱ人間誰かに支えられて生きてるんだと――――」

「シノブ、落ち着いて。キャラが崩壊してる」

 俺を諭しながら、強き者が弱き者を守るかのように、俺の前に立ち身構える六条。

 その画ときたら、まるで映画版ジャ◯アンに守られるの◯太のようだ。


「む、むぅ……テンパりすぎてどうにかしてたぜ……」

 六条と言う無敵艦隊並みの助け舟が出たおかげで安心し、何とか落ち着きを取り戻す事が出来た。

 そこで俺も六条に習い、六条と同じポーズで身構える。


 そんな俺達の前まで来ると、二匹の凸凹コンビ吸血鬼は立ち止まった。

「コフー……」

 吸血鬼達の荒い息だけが、静寂に満ちた公園に轟く。

 ちくしょう、やっぱり怖ぇ。


 俺の前にはあの六条が居ると言うのに、恐怖心ってヤツはなかなか拭えないらしく、構えた手が、足が、ガクガクと震える。

 今にも膝から崩れ落ちそうな程だ。


「ろ、六条。2匹もどうする。俺どっちと戦えば……どっちが弱いかな?」

 手足の震えを押し殺そうとしながら、六条に問いかけた。


 が、六条は六条で顔色一つ変えず、いつもの声のトーンで、

「残念だけど、2匹じゃないようね」

 言ってくれた。


 六条の言葉を混乱した俺の脳が理解しようとする間に、凸凹吸血鬼の後ろから、2匹、3匹と立ち入り禁止のロープを跨いで新たな吸血鬼が姿を現した。


「――――うっそぉ!?」

 気付けば、俺と六条は吸血鬼の集団に取り囲まれていた。その数ざっと10匹以上。

 俺と六条は言葉を交わす事はせず、無意識のうちにお互いに背中を合わせて身構えるフォーメーションに移行していた。

 一応これでどの方向から攻撃されても対応は出来るが……一体この状況はどうなってやがる!?

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