11月2日(土) さらば青春

 文化祭当日。

 開始直後から今の今まで、ずっと保健室で横たわっているだけの俺からは、これと言って語る事は何もない。

 駄菓子菓子だがしかし、とりあえず何も語らないってのもあれだから、少しだけ。


 今も沢山の一般人が当校の文化祭に来ている。

 今、この学校は軽くどっかのテーマパークみたいな賑わいを見せていた。

 ほら、廊下は嬌声で溢れてら。楽しそうで何よりだよ。実にね。

 語るとすりゃ、こんな所か。


 まぁね、確かに俺も気になるイベントは沢山あったんだ。

 どこぞの演劇部の舞台だとか、有志のバンドだとか。気になった出し物とかは本当の本当に沢山あったんだ。

 でも、まだ体中から痛みが抜けないってのが今の俺の現状であり。

 だから一人、俺は寂しくも保健室で休ませていただいている次第なのである。

 決して、断じて文化祭の情景をモノローグで事細かく説明するのが面倒くさかったからとか、そんなんじゃない。本当だぜ?


「ふぁ~あ」

 と、大きな欠伸をしながら、昨夜の吸血鬼との戦闘で一番の傷を負った右脇腹に手を置いた。

 実際問題、傷が残っていないってのはありがたい。

 あの体中に負った一生残るような深い傷。

 俺が大人になった頃の事を想像しただけで鳥肌が立つ。

 あんな身なりじゃお婿に行けない所だったのだ。


 応急処置を施したとか六条が言ってたが、一体何をどうすればあれ程までの傷を一晩で治せるのか。甚だ疑問である。


 あまりにも暇を持て余した俺は、ラスボス吸血鬼を倒した際の報酬について考えてみる事にした。

 俺が六条を手伝う気になったのも、葉月さんの提示したソレがあったからだ。忘れてもらっちゃ困る。


 まず候補としてはアレだ。

 巨万の富を得るとかどうよ? ちょっと捻りは無いが、金が物を言う世の中だ。それさえあればこの先の人生困る事はないだろう。

 その金で豪邸でも建てて、メイドでも雇って、毎日美味いもん食って、日々を満足するしかねぇ。


 または……やっぱり黒霧の叔父さんと叔母さんを生き返してもらうか。

 俺からすれば掛け替えの無い存在だったのも事実。散々迷惑をかけて、最終的には俺達浅葱の何たるかに巻き込む形になっちまったんだ。

 あんな結果を招いておきながらのうのうと生きていける程、俺は恩知らずな人間ではない。

 罪滅ぼし的な意味も込め、今は後者が一番だろうか。


 何だかんだ言って、夢は膨らむ一方だ。

 なに。捕らぬ狸の皮算用だって?

 ラスボス吸血鬼をぶっ倒せば良いだけの話なのだよ、ワトソンくん。

 ふん、一応俺も力は自分の意志で使えるよう努力はするぜ。

 じゃなきゃどっかの誰かがうるさいし、敵に襲われた時に瞬殺されかねない。


 しかし昨日、まんまと六条も強くなるよう仕向ける事が出来た。

 俺がやる気を出したと思わせれば、あいつも乗ってくると判断したためだ。

 案の定、六条はやる気マンマン。まったく、単純な女よ。


 これであいつが今より数段強くなってくれれば、俺はヤツの援護だけをする。

 そのまま六条がラスボス吸血鬼を倒してくれさえすれば、こっちのもんだ。

 別に葉月さんとの約束じゃ、俺がこの手で直接ラスボス吸血鬼を倒さなければいけないワケじゃない。

 あくまで六条に協力し、ラスボス吸血鬼を倒せば良いだけなのだ。

 要は俺と六条、どっちが倒したかじゃない。協力したか、しなかったかが重要なのだ。


 ガララ――――


 と、そんな俺のモノローグを遮って保健室のドアが開いた。


「忍、具合はどう?」

 犬神咲羅である。その両手には焼きそばとたこ焼きがあった。

 俺への見舞いの品らしく、咲羅はそれを手渡した。


「もうすぐ文化祭も終わり。お化け屋敷大繁盛だったよ」

 俺が横たわるベッドに腰掛けながら、咲羅が笑顔で言う。

「そうか。これで俺も、晴れて実行委員の呪縛から解き放たれるわけだ」

 俺はたこ焼きを頬張りながら、二度とあんな面倒な役員にはなるまいと心に誓った。


「忍は後夜祭どうする? 体調的にキツいかな?」

「後夜祭か……」

 後夜祭とは、文化祭の後に開かれる打ち上げみたいなもんだ。

 そこでは大したイベントとかは無いんだが、何だかんだでそこで誕生するカップルも多かった。


 俺と咲羅が一気に仲良くなったのも、一年生の時の後夜祭がきっかけだったと言っても過言ではない。

 今年は神童辺りが六条でも誘うんじゃなかろうか(笑)


「そうだな……まだ何とも言えんけど。それまでに体調が良くなったら参加するよ。そしたら一緒に語り明かそうぜ」

 今まで連絡が取れなかった分、良い機会かもしれないしな。

 俺の返事を聞いた咲羅は満足げに大きく頷き、係りの仕事に戻るとだけ言って保健室を後にした。



「忍。れいんちゅわんを知らぬか? どこにも居ないんじゃ!」

 けたたましい程の声を上げながらやって来た次なる訪問者は、神童だった。


「六条など知らぬ。判ったらとっとと去ね」


 面倒だから適当にあしらう事にした。

 恐らく、六条を後夜祭にでも誘おうとしていたんだろう。

 この分だと逃げられたか。無様だな、神童。


 俺が六条の行方を知らないと知ると、神童はショボンとしながら保健室を後にした。

 六条め、モテモテじゃないか。

 こんなに想ってもらえる事なんて、人生のうちでもそうそう無いだろう。

 神童とくっついちまえば良いんだ。


 と、その時――――

「どうにも彼は苦手ね。実に煙たい」

「なっ、え!?」


 どこからともなく聞こえた六条の声に、俺は保健室内を物凄い速さで見回した。

 そして、未だに六条の姿を確認出来ていない俺の視界の下の方から、ヌゥ……と、あの馬鹿女が姿を現した。


 俺が居るベッドの下に潜んで居やがったのだ。なんて神出鬼没な女だ。


「どこから出て来てんだテメェは! ってか、いつから居やがった!?」

「シノブが保健室に行ったすぐ後」

 俺の問いに、六条は制服に付いた埃を払いながら言ってのける。


「俺が保健室に来てから今この瞬間までって……判りづらいかもだけど、あれから5時間くらい経ってる設定だからね!? これ。その間ずっとベッドの下に潜んでたってのか? 絵的に怖ぇえからっ!! ホラーじゃねぇか!」


「あまりにもしつこく一緒に見て回ろうってつけ回すものだから。私としても不本意よ」

 つけ回すって神童か? まぁアイツくらいしかいないか。

 しかし、相当神童の事が嫌いなんだな。


「ところでシノブ、傷はどう?」

 と、唐突に六条。

「まぁ……おかげさまでだいぶ楽にはなったが」

 俺の返事に六条は、そう……と大きく頷き、ブラック企業の社長さんのように、

「それじゃあ今日の夜。また特訓よ」


「え? いやいや、今日は無理だぜ。回復しつつあるからには咲羅と後夜祭に出たいし。今日はお休みで頼むぜ」

 俺の返答を聞いた六条は、やれやれと言った感じで言った。

「昼間なら、シノブがどこに行ったって、誰と一緒に居たって構わない。でも、吸血鬼が行動を起こす夜は私と一緒に居てもらう。

 あんたを狙った吸血鬼が、この学校に来たらどうする気? 関係の無い人がまた襲われる事になるかも知れないの。イヌガミさんやアイツも例外じゃないのよ」


 あれ? 今アイツって言った?

 ってか、アイツって神童の事だよな?

 せめて神童と書いて神童アイツって読んでやれよ。既に遠藤とすら呼んでもらえなくなってるじゃねーか。いくらなんでも不憫すぎらぁ!


「彼女達を巻き込みたくないのなら、夜はハンターの私と一緒に居るのが一番安全」

 六条の目は相変わらずの無機質だが、至って真面目な物言いだ。


「それは単刀直入に、俺に後夜祭には出るなって言ってるんだよな?」


 そう、と六条は頷いた。

 クソッタレ。六条同伴の上での後夜祭参加なら大丈夫かとも思ったが、夜に俺が人混みに居るってのがそもそもダメな訳かよ。

 何で俺の体から吸血鬼なんかの波長が出ていやがるんだ。思わず自分の血を呪っちまう。

 せっかく今までの埋め合わせが出来ると思ったのに、これじゃまた距離が開いちまうんじゃないか。


「シノブ、これだけは忘れないで。私達は一度負けているの」

 と、六条は窓の外を見、遠い目をして言った。

 いや、俺は負けてねぇけど。そもそもそいつに会った事すらないんだけど。


「ナメられてると言っても良いくらいよ。私達がモタモタしていたら、あいつによる犠牲者が増えていく。それを阻止する為にも、早い段階で殲滅する必要がある」


 そ、それはそうかも知れんが……


「文化祭なら来年もある。今年中に殲滅を終わらせて、来年の文化祭は私達も楽しみましょう。そうね、バンドなんて面白そう。やってみたいわ」

 六条が口元だけで笑顔を作る。

 何でよりによってバンド? 俺には音楽の才能なんて無ぇぞ。絶対やらないからな?


 とにかく、と六条が俺に詰め寄る。

「今日は特訓が優先。シノブにとっても昨日の感覚を忘れないうちの方が良い。帰ったら今日の作戦を伝えるから、またシノブの部屋に集合しましょう」


 どうにも、俺に選択の自由って奴は無いらしい。

 ついでに、憩いの一時って奴もだ。


 あそこまでそれっぽい事言っておきながらドタキャンとか、咲羅に会わせる顔がねぇよ。

 仕方がないから、やはり体調が優れないとでも言うしかなさそうだ……

 トホホ。さらば俺の青春。

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