11月1日(金) 終わり良ければ全て良し

「あんた一人じゃ面白みもないって言ってんだ。尤も、あんな低級の吸血鬼に逃げ惑うような、あんたの使い魔一匹が加わった所で、大した暇つぶしにもなりやしないんだが……」

 そこまで言うと、少年は一度口を閉じ、空を見上げた。


 そして一呼吸置くと、刀を構えるれいんへと向き直り、両手を大きく広げて再び口を開く。

 その顔に、自信に満ちた笑顔を浮かべながら、

「ハンター。俺は、この力で腐った世の中を変えるんだ。世界の神になるんだよ。人間が人間を信じるのは悪い事じゃない。本来はそれが当たり前。だけど世の中腐ってる。

 平気で人を裏切り、そいつの道を汚すクズ共が多すぎる。何故純粋な人間が騙される? バカを見る? 嘲笑う人間が現れる? 怨み、憎み、そんなのはもう懲り懲りだろう? 害虫は駆除されるべきだ。

 俺が作る新世界は、きっと人類が望んだ理想の世界になるはずなんだよ」


「大層な事ね。だったら、邪魔な私達を真っ先に消すべきじゃなくて?」

 れいんのソレに対して少年は、変わらず喉で笑いながら言い放つ。

「俺は別に惨殺がしたいワケじゃない。かと言って、ただ世界を変えたいワケでもない。

 その過程の中で、刺激が欲しいだけなんだ。生きているって実感が欲しいだけなんだよ。

 俺は今まで生きてる実感の無い人生を歩んできた。自分の破滅すら望んだ事もある。

 だが、ここぞとばかりに自分を変えれる力を手に入れられた。世界すら変えられる力だぜ? 俺は欲しいんだよ。自分が一人の人間として、今この瞬間を、命を燃やして生きていると実感出来る死闘が! 自分の存在の証明が!」

 少年の長ゼリフにれいんは、はっ……と軽く鼻で笑った。


 そして刀を今一度構え直す。


「残念だけど、吸血鬼に身を委ねた時点で、あんたはもう人間じゃない。それに、あんたの茶番に付き合って、これ以上犠牲者を増やすわけにもいかないの」


「ここでやろうってか? お前はどこまで低脳なんだ。俺は強くなる為の猶予をやるって言ってるんだぜ?」

 少年は怪訝そうな顔をし、ズボンのポケットに手を突っ込みながら、れいんを睨みつけた。

 そして小さく、一歩ずつれいんに向け、歩を進めた。


「かと言って、このチャンスを逃す必要もないでしょっ!?」

 言って、れいんが地面を蹴った。

 一瞬のうちに少年の背後に周り込み、電光石火の如く刀を振り上げる。

 そのまま少年の左腕を目掛けて刀を――――


「なにっ!?」

「だからさぁ。強くなる為の時間、お前らにくれてやるって言ってんじゃん」

 れいんの刀は少年の左腕に見事にヒットした。

 そうヒットしただけなのだ。

 後は力一杯振り抜くだけで、少年の腕を体から切り離す事が出来る。

 それでも、振り抜けないのだ。


「くっ……」

 別に力が入らないわけではない。

 普段通りの怪力を持って、今目の前の敵の四肢を使いモノにならなくしようとしているのだ。

 それでも、少年の肉への、皮膚への到達が出来ない。


 少年はケタケタと笑いながら、れいんの刀を舐めるように見回す。その切っ先を左腕に押し付けられたまま。

「いいね。人の形をしたモノを壊す事に微塵の躊躇いもない。パワーもスピードも申し分ないし、刀だって良い刀だ。今までこいつに何人もやられて来たんだろうな」

「お前……っ」

 れいんが更に刀に力を込める。


「ヒハハ、無駄だって。それじゃ、今度は俺の番だ」

 れいんの刀を思いっきり外へ弾き返すと、少年はれいんの顔面へと手の平を翳した。


 そして次の瞬間には、


 れいんの小さな体は宙を舞い、地面へと叩きつけられた。

「ぐはっ!」

 ザッザッと、少年が気だるそうにれいんの元へと歩いてくる。


「外部からのあらゆる攻撃から身を守る絶対防御。そして、その攻撃に加えられていた力をそのままの威力で跳ね返すリフレクト能力。これが俺の力だ」

 体を起こしながら小さく舌打ちをするれいん。


 少年は飛びっきりの歪んだ笑顔を浮かべると、誇らしげに、

「な? 俺に傷一つ付けられないようじゃ、クソ以下だろ? 時間、いくらでもくれてやるからさぁ? お前の使い魔と2人で、仲良く特訓してきなよ? どうせ俺を今逃がしたって、あんたらハンターなら波長を追えばすぐ見つけられるんだし。

 ま、俺は引き続き、人の道を汚すクズ共を排除させて貰うけど。それが嫌なら早く強くなりなよ? ヒハハハハハ!」


「くっ……」

 好き勝手言われるれいんはぐうの音も出なかった。

 ここまで完膚無きまでに敗北を感じた事などなかったのだから。


「とりあえず、さっきも言った通り俺は無差別に殺人を犯したいだけじゃないんでね。今日は見逃してやるよ」

 そこまで言うと少年は、ほら、と街頭に照らされた公園を指差した。


「向こうも丁度終わったみたいだし、帰りなよ」

 促され、れいんも体を引きずりながら公園が見える場所へ移動する。


 れいんの目には、地面に横たわる忍の姿が映った。

 しかし、そこに吸血鬼の姿はない。忍が勝ったのだ。

 それを確認し、れいんも思わず安堵の溜め息を吐く。

 そして、ハッと我に帰り、辺りを見回すが、そこに少年の姿はなかった。

 夜の匂いと暗闇だけが、街中に充満していた。


 ◇


「なぁ六条さんよ、何で俺が怒っているか判る? 人の気持ちって考えた事ある?」

 最早見慣れた浅葱家の天井を、仰向けになって睨み付けながら、俺はトゲトゲしく問うてやった。

 六条は俺が横たわる布団の横で、ちょこんと正座をして座ってやがる。


 そして、うーむと考え込んだ末、

「……冷凍庫に入っていたシノブの雪見○いふくを勝手に食べたから?」

「は!? 何その唐突なカミングアウト!? あれは俺の雪見だ○ふくだぞ!? 何で人のアイス許可無く勝手に食ってんのお前!? 名前書いてあっただろうが! って、ちっげーよっ!!!!!!」

 ノリツッコミが傷に響く。クソッタレ。


「お前が勝手に居なくなったからだろうがぃ。おかげで俺は全身傷だらけの残酷な天使だ。シンジくんですら、あんな勝手に居なくならないからね? ちゃんと司令に“もうエ○ァには乗らない”って言って居なくなるからね?」

「でも三佐には黙って家出してた」

「うっせーよ、イライラすんなもう!」

 俺はガバッと起き上がった。

 勢い良く起きたせいで体中に痛みの電撃が走った。


「あんまり動かない方が良い。応急処置を施したとは言え、まだ傷口がふさがったくらいだから」

 冷静に言い放つ六条の忠告を無視し、そのまま俺は六条の額に指を突きつけた。


「お前は何してやがった。俺が吹き飛ばされんのを遠くで傍観してやがったのか!? 約束が違うんじゃないのか」

 すると、六条もキッとした視線を俺に向け、負けずに言い返してきた。


「公園の近くのマンションの屋上から強い吸血鬼の波長を感じ取った。だからそこに行って殲滅を試みた」

 いつもより力強い物言いだった。

 俺もイライラしているが、こいつもこいつなりにイライラしているのでは無かろうか?

 恐る恐る聞いてみる事にした。


「……それはラスボス吸血鬼か?」


「違う。あれは親吸血鬼から直々に力を分け与えられた子吸血鬼にあたる。シノブが対峙したようなザコとは格が違う」

「あん? 何だその言い方。で、お前の方は倒したのかよ?」

 そう尋ねる俺の中で、僅かながらだが答えはわかってた。

 多分六条は……


「傷一つ付けられなかった」

 やはりだ。

 六条は奥歯を強く噛み締めた。

 そのまま俺が次の言葉を発する前に、六条は長々と、その吸血鬼についての話を俺に聞かせた。

 かくかくしかじかって奴だ。



「リフレクト能力ねぇ……」

 六条の話を聞き終えた俺は、再び布団に横たわった。

 六条は六条で、俺の傍らで姿勢を崩し、壁に背中を預けてる。

 余裕で倒せるハンターを見逃したり、

 神になるとか言ったり、

 一人高見の見物を決め込んでたり、

 聞いた限りじゃタダのイキリ野郎にしか思えない。


 だが、強いのは確かだろう。

 六条の強さは大刀自体の切れ味も勿論だが、それを軽々と振り回し相手を一発で切り裂く剛力、一瞬で相手の視界から外れる素早さがあってこそなのだ。

 それが全く通用しないだ?


 ましてやソイツを倒すタメに放った力が、そのまま反射されると来た。

 反撃を恐れて余計な力をかけずに斬りかかった所で、戦闘に何の進展も生まれない。

 全力で斬りかかってもダメージを与えられず、その分の力が放出される……

 どっちにしろ膠着状態が続くんじゃないか?


「どうすりゃ良いんだ……」

 溜め息混じりに呟いた。

 そして閃いた。

「六条よ! お前は刀以外に戦う方法はないのか? 何かこう……魔法的なさ!」


「ある。だけど私は剣で戦うのが主なスタイル。機関に居る時からずっとそうだったから。相手に大ダメージを与えられる程の奇術は使えない」

 答える六条は、どことなく気だるそうだ。それだけショックだったって訳か。


 しかしだ、

「結果はどうであれ、俺達が無事に生きて戻って来れた事に変わりはない。せっかくもらったチャンスだ。俺は力の開眼とやらを。

 六条は、またいつこう言う相手と当たっても言いように、奇術を鍛えれば良いんじゃねぇか? このままラスボス吸血鬼をも呆気なく倒せるくらいまで、強くなってやろうぜ」

 久しぶりに良いこと言った気がするね。


 ふと、横目に時計を見て思い出した。

 色んな事がありすぎてすっかり忘れていたが、明日は文化祭当日だ。

 さすがに寝なきゃ明日に響く時間だった。


 どうせ、こんな体じゃ明日は校内を見て回るのもしんどいだろうが、行かなきゃうるさい奴も居る。行くだけ行って、どっか静かな所で養生するのが得策だろう。


 六条もおひらきの雰囲気を察したのか、ゆっくりと腰を上げた。

 相変わらず元気では無さそうだが、俺にはかけてやれる言葉はない。

「シノブ……」

 と、六条は襖の前で足を止めると、俺へと向き直った。


 何だ。

「まだ確信を得たワケじゃないけど、

 私はとんでもない事にシノブを巻き込んでしまったのかもしれない」


 六条の意味深発言に、思わず呆気に取られた顔をする俺。

「……は? ちょ、何怖い事言ってんの? 何怖い顔してんの!」

 さすがにテンパる。


「今日のは失敗だったわ。これからはちゃんと二人で協力して行きましょう」

 最後に、小さな声でおやすみなさいとだけ言うと、六条は俺の部屋を後にした。



 確かに、俺はとんでもない事に巻き込まれてるんだろうよ。

 それは学校で六条に襲われた時に既に思った事だ。

 だが何だ? 今の六条の言葉は言いようの無い何かがあった。

 今以上にヤバい何かがあるってのか?

 考えたって判らない。

 とにかく、今必要なのは強くなるって事だけだ。それだけを考えていくしかない。


 まだ力を使いこなせてない以上俺は足手まといになっちまう。

 今日、あの吸血鬼を倒せたのだって、たまたま俺の力とやらが発動(?)したからであり、まだその力が、どんな状況で発動するかも判らないままってのが問題なのだ。

 まずは自分の意志でそれを使いこなせるようにならなきゃならない。


 横たわったまま、窓の外の月に向けて自分の手を翳した。

 俺の力ってのが未だ何かは良く判らないが、全てはこの手が鍵なんだろう。


 六条が戦った子吸血鬼や、これから待つ何かを考えるのは、その後だ。

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