11月1日(金) 遭遇

 その十数分後、

「……!」

 ずっと木の上で待機していた六条が反応を見せた。

 さぁて、来週のサザ○さんの次回予告後のじゃんけんは何を出そうか、なんてどうでも良いコトを考えていたせいで、危うくソレを見逃す所だった。


 吸血鬼の波長を察知するスキルを持ち合わせていない俺には、六条から何らかの合図を出してもらい、ソイツが吸血鬼かどうか教えて貰うしか手段がないのは当然だ。

 故にソレを見逃せば、臨戦態勢に入る前に不意打ちを食らうコトになる。

 て言うか、今日はもう来ないだろうと勝手に思い込んでいた俺にとっては、ソイツの登場自体不意打ち以外の何でもないのだがな。


 しかし、マジで来やがったか。さすがに腹を括るしかなさそうだ。


「……」

 大きく深呼吸をし、平常心を保つ。

 それから数十秒して、一つの人影が公園の入り口を通過したのを俺も確認した。

 距離にすれば俺から30メートル、六条からは5メートルと言った所か。


 俺の特訓だかなんだか知らないが、このままヤツに近い六条が始末しちまえば良いんじゃないか、とすら思えて来た。

 とりあえず、六条が反応を示してから吸血鬼の登場まで、そんなに時間は経っていない。

 というコトは、あの六条ですら気配を察知するには近距離でなくてはならなかったという訳だ。

 即ち、ソイツの放つ波長が微弱だったのだ。

 それらから推測するに今現れた吸血鬼は、


 弱い。


 俺にも勝機が見えた。


 ソイツは幸いにも六条に気付く事なく、ゆっくり俺との距離を縮めて行く。案の定、あくまで狙いは俺ってコトか。


 作戦会議の後、俺は六条から、がむしゃらでも良いからとにかく自分なりに戦え。

 ガンガン行こうぜ。

 そう言われていた。


 更に、常に頭の隅に俺の力のイメージも置いておけとも言われた。

 後者の意味は良く判らないが、恐らく女吸血鬼との一戦で発動(?)したあの反則まがいなグロい殺人パンチのコトを言っているのだろう。

 それをイメージしながら戦えば、希種としての力が開眼出来るってのか? うぅむ、ワケワカメだ。


 何であろうと、俺が傷を負いそうになったら直ぐに六条が助太刀してくれるのだ。やれるだけやってみるさ。


 あくまで気づかないふりをしながら、ソレの気配を探る。

 

 ジャリ……

 ベンチに座る俺の前で、ソレの動きが止まった。

 チラリと盗み見てみると、ソイツは俺とは違い何とも堂々と俺の顔を見つめていた。まるで品定めをするかのように。


 これだけガン見されといて、こっちもただ盗み見るだけでは気が済まない。俺も顔を上げ、負けじとソイツを睨み返してやった。


「……!」


 さっきまでは遠目で気付かなかったが、ソイツはスーツ姿のサラリーマン風の男だった。

 その男の目はこの暗闇の中で赤く発光している。これじゃあ、吸血鬼の波長を察知する云々以前の問題だ。見た目からして完全に化け物じゃないか。


「コ…………フー……」

 男は俺を見下すように見つめたまま動かない。物音一つしない夜の公園には、男の荒い呼吸の音だけが不気味に響いた。


「……何か?」

 反応があるとは思えないが、一応一般人を装いながら、声を震わせないよう腹に力を入れながら問う。

 男は依然、無言で俺を見つめたままだ。反応を示す気配はさらさらない。

 ああ、恐いさ。できれば帰りたい。足だって震えて――――


 その瞬間。

 ヒュッと、小さな風と共に何かが俺の横を掠めた。

「へ……?」


 そして、


 ベキベキッ……!!

 けたたましい奇音が俺の鼓膜を刺激すると同時に、俺の体はたった一瞬ではあるが空中を浮遊した。

「あ痛ぁああ!」

 思わず尻餅をつく俺。

 何が起きたと向き直る俺の目に、無表情のまま、木のクズと化したベンチから腕を引き抜く男の姿が映った。

 ベンチが粉砕されたのだ。

 ギョロリと動いた赤い瞳が俺の視線と交じり合う。

 とても信じられないが、コイツは拳一つでベンチを粉砕しやがったのだ。


「パ……パンチか!? 今のパンチなのか!? 嘘ぉおお!?」

 当たったら痛い所じゃないぞ! をい!


「コフー……」

 震える足を引きずりながら、這うように男と距離を置き、体勢を整える。

 えぇっと……イメージするんだっけか?

「畜生、もうこの際グロいだとか気持ち悪いとか言ってられねぇっつーの!」

 俺の拳よ。あの時みたいに吹っ飛ばすとか貫通とか何でもしやがれ。

 殺られる前に殺ってやる。


 六条、ピンチになったらマジで助けやがれよ、この野郎!

 俺は拳を握って、男に向かって走り出した。


「どぉりゃああああああ!」

 奇声のような叫び声をあげながら、男吸血鬼の腹部目掛けて拳をぶつける。

「!!」

 パンチはヒットするものの、あの時のように体を吹っ飛ばすには至らず。

 まして俺のパンチなどダメージにすらなっていない様子である。

 なんでだよッ!?


 男が反撃に移る前に、すぐさま飛ぶように後ろに下がり距離を置く。

「コ……ふぅ……」

 畜生、怖ぇえええええ……

 いっそのこと、ワザと受け身に失敗して擦り傷の一つでも負って、六条に助けてもらうか!?

 今回は無理だ。相手が悪すぎる。それでも良いか、六条?


「……」

 次は自分の番だ、と言わんばかりに男が構える。

 さっきのお互いの攻撃から、俺のパンチとヤツのパンチでは殺傷力の差は歴然だ。食らったら骨折どころじゃない。

 早速ピンチだチクショー!!


 ヒュッ――――


「……っぁ!?」

 ほんの一瞬であった。

 俺が瞬きをした、ほんの一瞬。瞬間移動をしたかと思える程のスピードで俺との距離を詰めた男の攻撃が、俺の左腕を掠めやがった。

 俺の腕から滴り落ちる血。

「う……ぅわぁあああああああ!! 血っ! 血っ! 六条、血が出た! まじ今回は無理だから! 早く助けてくれぇええええ!!」


 無音。


 俺の叫び声は、虚しくも夜の空に消えて行った。


 何の冗談だよ。何故六条が来ない? さっきまでいただろ!? 何してやがる!!


 うろたえる俺の視界に拳を握る男が映った。

 そして、俺が何かアクションを起こす前に……

「ぐはぁっ」

 思いっきり殴り飛ばしてくれた。

 地面に何バウンドかして動かなくなる俺。

 多分今ので腕と足が折れたかもしれない。このダースベ○ダー野郎、全然強いじゃねぇかよ。誰だよ弱いなんて言ったのは。


 無念のフルボッコである。



 ◇


 空では、大きな雲が月を飲み込んだ。


「こんな近くに居るなんて、随分下部思いじゃない」

 月明かりの無くなった真っ暗なマンションの屋上に、六条れいんはいた。


「……ハンターか」

 れいんの言葉に、暗闇からはクックッと言う笑いが返って来た。

「良いのかこんな所に来てて? お前が助けなきゃアイツ、死ぬぜ?」

 真っ暗故、辺り一面を見渡す事は出来そうにない。

 しかし仄かな街頭の灯った公園の状況は、そこからでも一目で把握出来た。

 れいんにとって、この場所は実に都合が良かった。

 ちょっと横目で見れば、忍の様子が直ぐに確認出来るのだから。


 闇に紛れるように佇んでいた先客は、れいんへと向き直るコトもせず、ジッと公園を見下ろしていた。


「まるで高みの見物ね」

 雲が切れ、再び月が周囲を仄かに照らし出す。

 れいんをハンターと知りながら動じないソレは、まだ幼さの残る少年だった。

 少年は変わらず、クックッと喉で笑いながら、

「いいのかょ、アイツはあんたが助けてくれると思ってんじゃないのか?」

「直ぐに戻る」

 思いっきり吹き飛ばされる忍を見、れいんは刀を構えた。


「俺を消してからってか? その前に、アイツ死んじゃうんじゃね? さっきから何発も喰らってる。良いおもちゃだな」


 転んでは逃げ、攻めては逃げ、殴られては逃げ、れいんの戦いの美学からすると、それは醜い戦いだった。

 れいんも小さく舌打ちをする。


「ハンター。お前も使い魔が大事なら今はアイツを助けた方が良いよ」

 少年は依然として、れいんには目もくれようとしない。

 じっと公園を見つめたまま、

「心配しないでも、俺は逃げも隠れもしない。あんたとアイツが揃った時、相手をしてやるよ」

 れいんは目を細めた。


 そしてぶっきらぼうに、

「随分な自信ね。でも私を甘く見ない方が良――――」

「わかんねぇヤツだな」

 少年が遮った。

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