11月1日(金) 待ち伏せ

 ◇


 夏はあんなにうるさかった虫達も、さすがに肌寒さを感じるようになったのか、この季節の夜ともなると殆ど行動を起こさなくなった。

 今頃冬眠に備えて、キリギリス以外はありったけの食料でも集めているんだろうよ。

 全くご苦労なこった。


 ……とまぁ、人間ですら寒いと思える夜に、俺は俺でボケーッと、なんとも無防備な格好で公園のベンチに座っていた。

 この時間に制服のままと言う、警察に見つかれば即補導対象になりかねない状態ではあるのだが、今の俺の狙いはズバリ、吸血鬼の待ち伏せだ。


 しかし、俺の隣には当事者である六条れいんの姿はない。

 代わりに隣にあるモノと言えば、冷えた体を暖めるタメ、運動がてら動いた際に買ってきた缶コーヒーの缶だけだった。

 その中身はまだ半分程残っていると言うのに、ずっと外気に晒されていたコーヒーは、今となってはすっかりつめた~いコーヒーになってしまった。


 結論から述べると、俺は約一時間もの時間、闇に包まれた公園で一人待ちぼうけを食っているのだ。あほくせぇ。


 こうなると、この後に控えた吸血鬼との対決に対する緊張も吹っ飛んでしまうと言うもので、夜空を見上げ点々とする星の数を数える余裕さえ生まれちまった。

 さすがに痺れが切れたね。


 ふぅ、と溜め息を吐くと、俺は深々と考え込むように顎に手を当てた。

 そして六条の考えたこの作戦について考える。

 本当にこれで良いのか、と。



「それなりの力を持つ吸血鬼が相手なら、近くに居れば直ぐに気配を察知できるわ。私ならね」

 時刻は20時半。

 夕飯を終え、自室に戻った俺の元にやってきた六条の開口一番が、それだった。


「まぁ待て」

 と、俺は電光石火の如く勢いでソレを制す。そして、

「ヤケに上機嫌な上、いつもより饒舌だとは思うんだがな。お前は何故、あたかも自分の物のように俺の私服を勝手に着用しているんだ? いつもいつも」

 入り口に寄りかかる様に立つ六条の服装を上から下へと、まるで間違え探しの間違えを躍起になって探す子供のような目で見つめながら言ってやった。


 それに対し六条は、

「生憎、着替えを持ち合わせていないだけ」

 とだけ返し、布団の上に座る俺の元へと歩み寄り、静かに腰を下ろした。


「なら薫にでも借りやがれ。おかげでここ最近、俺は学校でワイシャツ、自宅でもワイシャツって生活になっちまってんだ。大体、俺の服じゃサイズ合ってないじゃねぇか」

「確かにブカブカだけど、そんな事は気にしてない。それよりシノブ、吸血鬼はより強い力を得るために殺し合うと言ったのを覚えてる?」

 話を見事に流されたけど、少しは気にしろ!?


 少しばかり癪に触った俺は、あからさまに不機嫌そうな顔をしてやったが、直ぐに話の重大さを理解し、

「ああ」

 首を縦に振った。


「それともう一つ。あまり思い出したくないだろうけど、何故あいつはクロギリの家を襲ったのか。これも以前言ったはずだけど、覚えてる?」

「……あの女吸血鬼か」

 俺の脳裏に女吸血鬼との死闘が鮮明に蘇る。

 家族を失ったコト。

 六条とマンションの屋上で交わした会話。

 訳の判らない、俺の力らしきモノで女吸血鬼を倒したコト。


 暫くの沈黙の後、俺は静かに口を開いた。

 答えなんて質問を受けた瞬間に出ていたが、少し時間が欲しかったのだ。

「俺を狙ってだろ……おじさんやおばさんが殺されたのは、ただそこに居たから……」


「そう。なら何故、アイツの狙いはクロギリシノブだったのか」


「俺から吸血鬼の波長が出ていたから……っておい、人の傷口をほじくり返して一体何になるってんだよ!? 悪趣味だぞ胸糞悪い」

 嫌な事をことごとく掘り返され、思わず憎まれ口を叩く俺。


 しかし、そんなモノなど気にもかけず六条は、

「その通り」

 と、大きく頷き、話を続ける。


「一概には言えないけれど、大抵の吸血鬼は私達ハンターと同じように、相手の吸血鬼の気配を察知する力があるの」

「ほーん……何となくだが判ったかも」

 俺も頷いた。

 アイツは俺から出る波長から俺を吸血鬼だと思い込み、俺をターゲットに選んだワケだな。


「ええ。私は吸血鬼のその性質を利用すれば、今回の殲滅は簡単に執行出来ると思う」

「どういう事だ?」

 六条も疲れたのか、正しく揃えていた足を崩した。


 そして勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべながら、

「他意はない。この街の吸血鬼殲滅は、奴らの性質を利用して行う。これが今回の作戦よ」

 いやいや、作戦の概要は?


「じゃあ今までの会話を踏まえた上で質問するわ。それがシノブの中の疑問の答えに繋がるから」

 まじでか。


 だが、

「ちょっと待ってくれ」

 思わず遮ってしまった。六条は視線だけで何か、と問うて来るが、一応これだけ確認させていただきたい。

 以前から当たり前のように波長やら気配やら、そんな単語が飛び交っているが、それは一体何なのだ?

 黒霧の家に強襲して来た時にもそんな台詞をちらつかせてた気がするし。

 俺も何気なく雰囲気で使ってしまっていたが、ちょっと疑問に思えて来た。

 だからこの場を借りて質問させていただくぜ。


「簡単に言えば相手が発するオーラみたいなモノ。強い吸血鬼程強い波長を放ち、弱い吸血鬼程その波長は微弱」

 話を遮られたと言うのに六条は表情を変えるコトもなく、分かり易く応えてくれた。

「なるほど。そう言うコトだったのか」

「そう」

 段々とだが事情が判ってきたぞ。

「じゃあ話を戻すわ」

 おう。


「仮にシノブがこの街に蔓延る一匹の吸血鬼だと仮定する。ハンターがいつ襲ってくるか判らない中、生き抜くタメ、シノブには自力でハンターと渡り合える力が必要。そんな時、身近に吸血鬼の波長を察知した」


 ふむ……


「もしその相手が、強い波長を放っておきながら自分の力では戦うコトも出来ないような吸血鬼だった場合……シノブならどうする?」


 力を欲しがる吸血鬼からすればソイツは絶好のカモだと思う。

 だが、もし強い波長を放っている=戦力面でも強いと言う式が本当に正しいのなら、その例えはおかしいのではないだろうか?


「……?」

「いやなに、単純な話さ。強い波長を放っているヤツが弱い訳ないと思ってな」

「まぁ普通はそう思うわね」

 六条はフッと鼻で笑い、

「でもね、どんなに強く力のある吸血鬼であろうと、いつかは絶対に衰える。この世に存在する限り、それはどんな生き物であっても絶対」

 盛者必衰ってやつか。

「ええ。それと力が衰えたからと言って、その吸血鬼が放つ波長が弱くなるワケでもないの」


 ということは……


「そう言う吸血鬼は実在する」

 六条が吸血鬼ネタで嘘を吐くとは思えない。

 今の話が本当なら、今さっき俺が考えたように、そういう吸血鬼は現役からすればカモだ。


 六条は頷くコトもせず、ジッと俺の目を見つめてきた。

 そして大きく息を吸うと力強く――――

「その状況を作り出す。それが私の考えた作戦よ」


 六条が言わんとしているコトは、頭の悪い俺でも十分理解できた。

「でもよ、その状況を作るにしても、強い波長を持ちながら戦力面で弱い吸血鬼の役が必要になるよな? 捕獲でもして囮に使うんか?」


「それなら大丈夫。前から言っていたけど、あなたの波長は極めて強い」

「……ん??」

「それに、今のあなたはまだ希種としての力も開眼出来ていない」

「まさかとは思うが、赤子同然の俺に囮になれってのか?」


「ええ」


 あっさり頷いて見せる六条。思った通りだクソッタレ。


 でも確かに、それなら相手の方から俺に近づいてくれるだろう。

 この街に吸血鬼の野郎がどれだけ潜伏してるか判らないとあっては、俺達の方から出向くのはなかなかに効率が悪い。


 だがな、

「ざざざざけんなぁあああっ! 協力すると決めていきなり生命の危機じゃねぇかよ!! また俺にデッドオアアライブを彷徨えってのか!?」

 冗談じゃない。

 俺は一瞬にして手に取った枕を、六条の顔面に向かって投げつけた。

 ブン、と。


 しかし彼女は、体を少し右に傾ける事で見事にソレを避け、小さな溜め息を吐きながら、

「落ち着きなさい。常に私がシノブの近くから奴らを見張る。もしピンチになるようなら即援護するから。シノブにはかすり傷一つ付けさせない」


 ムム……


 ――――見事に言いくるめられ、今に至る。

 しかし待ち伏せてから早くも一時間が経過している。今日はもう吸血鬼の野郎も来ないんじゃないか?

 さすがに飽きてきた俺は、静かに公園の入り口の木の上に身を潜めている六条に視線を向けた。


 果たして、葉っぱ一枚と無い枯れ木の枝の上では、隠れていると言えるのかどうかすら怪しい。

 まぁ、おかげでアイコンタクトが取りやすいのだが。

 俺の視線に気付いた六条は、無言でコクリと小さく頷いた。まだ待てというコトらしい。


 しかたない、もうしばらく待ってみるかね。

 俺は欠伸を噛み殺しながら、小さく頷き返した。

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