11月1日(金) 嘘も方便

 事実(嘘のな)を知った神童は、打って変わったように元気を取り戻した。

「おいこら忍! なんでそんな大事な事を言わなかったんだよ!!」

「言うタイミングを逃したんだよ」

「しかし、お前が最近いつにも増して学校を休んでたのはソレが原因か」


 何がだ。


「れいんちゃんを引き取るに当たっての家族会議やら何やらをしてたんじゃないのか? 休んでた理由は家庭の事情だって、お前が言ってたじゃないか」

「あ、ああ。まぁな」

 別にそう言う訳じゃないが、そう言うコトにしておこう。


 しかし六条。こいつはヤりやがる。

 とんでもない伏兵が居やがったもんだ。


「てことはだ、忍」

 元気になった神童は、普段通りの元気いっぱいな声で、

「いとこってコトは、お前とれいんちゅゎんは一応血の繋がった家族みたいなモノだ。万が一、俺がお前と兄弟に、家族になってしまっても構わんな!?」

「勝手にしろ」

「ぃよっしゃあああああああああ!!」

 まだ言ってやがるのか、こいつは。


 結局、長々しいアドリブを終えてから、六条は一言も口を開くコトは無かった。

 神童は神童で再び自分にチャンスが到来したと、歓喜の涙を流す始末。

 そんなこんなで、俺はとりあえずこの場を切り抜けた訳であった。



 そして今、俺はさっきの六条の嘘を別の問題解決に利用すべく、六条の手を引いて、ある一人の人物を探している最中だ。


 校内を歩いてみると、どのクラスも準備を終えたのか、授業中だと言うのに休み時間のように騒がしい。

 まぁ、うちのクラスもその一つだが。


「どこへ連れて行くつもり?」

「ちょっとな。てか凄かったぜ。さっきの嘘」

「……あれはハヅキにそう言えと言われたの」


「葉月さんに?」

 そう、と六条は小さく頷き、話を続ける。

「私はハヅキに言われたコトをそのまま言ったまで」


 なるほどな。だからあの口下手な六条が、あれほどまでの嘘を口に出来たのか。


「でも、これでアイツがお前に会いたいがタメに黒霧の家に押し掛けとかしたら洒落にならんぞ。今は誰も居ない幽霊屋敷だろ?」


「そうなる前に、実の家族が引き取りに来て、今は実家で暮らしていると言えばいい。ハヅキはそう言ってた」

 アイツが行動を起こす前に、なるべく早いうちに対処しておいた方が良さそうだな。


 てゆうか……

「あの人は嘘つき名人か。なんでもかんでも嘘で塗り固めちまったら、一つ土台が崩れたら全部が崩れるぞ?」

「その時はその時。でも私は、コレは吐いて良い嘘だと思う」

「まじでか」

「吸血鬼による事件をあまり公には出来ないし、下手なコトをして他の人を巻き込みたくない」

「なるへそ」

 まぁ何にせよ、葉月さんのおかげで今回の件は免れた訳だ。感謝しなきゃな。


 そして校内を徘徊する事10数分。遂に俺は探していた人物と遭遇するコトが出来た。

 まったく。うちのクラスがまだ準備に追われていれば、こんなに探し回るコトをしないで済んだろうに。

 まぁ、この段階で終わってなきゃ放課後、遅くまで残業させられるハメになっていただろうがな。


 ソイツは大量のプリント用紙を両手に持って、廊下を歩いていた。

 多分、担任にパシられたのだろう。


 そして俺に気づいたソイツは、

「あ……忍……」

 当たり前のように顔を背けやがった。


「よ、よぅ、咲羅。今まで連絡取れなくて悪かった。すまん。色々立て込んでてよ」

「……」

 と、無言で俺を見つめるのは、彼女である犬神咲羅だ。


 最早、見つめると言うより睨んでいるんじゃないか、そう言った方がこの場合相応しいのかも知れない。


「マジ悪かったって、すまん! 言い訳になっちまうが理由を聞いてくれないか?」

「言い訳なんて聞きたくない……」

 俺の謝罪も虚しく、咲羅はムスッと頬を膨らせ歩き出す。

 自分のせいとは言え、こうなると実に面倒くさいコトこの上ない。

 話を聞いてもらえなきゃ、仲直り出来ないぞ。


「咲羅……」

「今もまた、六条さんと一緒にいるじゃん……」

「は?」

 俺に背を向けて立ち止まったかと思えば、咲羅の言い分はソレだった。


 そして咲羅は、振り返るコトをせず相変わらずふてくされた物言いで、

「知ってる? 今クラスで流れてる噂」

「……噂?」

「担任が佐久間さんに言ってたの。視聴覚室での事。それから、忍と六条さんが付き合ってるんじゃないか。そんな噂が流れ出してるんだよ? 私と忍が付き合ってる事を知ってる人は、捨てられたのか……って皆私に同情の目を向けるの……」

 なんとなく嫌な予感はしていたがソレか。


 しかしだな、それはホントに単なる噂であって、そこに真実は微塵もないぜ。俺と六条の間に変な関係は全くないんだからな。

 てか担任の野郎、また余計な事を。


「…………」

 咲羅は口を閉ざした。

 そろそろ俺も諦めたくなってきたが、こんな時のタメの秘策だ。

 他力本願だろうが何だろうが知ったこっちゃないもんね。


 俺は咲羅の登場シーンから今の今までずっと黙ったままだった六条に、

「俺の手にはおえん。神童の時と同じようにお前から事情を説明してやってくれ。記憶喪失の俺が何を言っても説得力なんてないからな」

「任された」

 小さく頷く六条。


「…………?」

 そんな俺達のやり取りに、何か、と咲羅が僅かに振り返った。


 六条は面倒くさそうに溜め息を吐くと、さっき神童に言ったのと全く同じ文脈で、

「私と彼はいとこ」

「…………え?」

 咲羅の顔が不信感に満たされる。

 まぁ当然の反応だとは思う。なんの脈絡もないコトだし。


「私は家庭の事情でこっちに来たの。そしていとこである彼の家に住まわせてもらう事になった」

「えっ? えっ?? でも……忍は六条さんが転校してきた時、何も言ってくれなかった」

 これまた神童と全く同じ反応である。


 そんな好都合な反応をしてくれた咲羅に六条は、

「それは彼が記憶喪失だったから」

 と、もはや決められたシナリオに沿って演技をする役者の様に淡々と説明した。


「私が彼と最後に会ったのは彼が事故に会う何年も前。久しぶりの再会を果たしたシノブは私の事をこれっぽっちも覚えていなかった。ましてや学校で彼と話をしようとしても、彼を昔から知っているかのように話かける私を変人扱いするばかり」

「……そう……だったんだ」


 六条の巧みな嘘(原案:葉月前)のおかげで話は簡単にまとまりつつある。


 しかし、何なんだこいつらは。こんなアッサリ騙されちまうのか?

 俺的に楽ではあるがホントにこれでいいのか。

 思わずうぅむ、と唸ってしまうぞ。


「でも……返事くらいくれても良かったのに……」

 すっかり安心しきった俺に矛先を向けたのは、他でもなく咲羅だ。

「いや……だからそれは……その……」

 まさかこの話題が振られるとは思わなんだ。

 理由なんて何も考えていやしない。他力本願が裏目にでたか。


 ――――と、

「彼は彼で色々大変だったから、その辺は責めないであげて」

 慌てふためく俺の傍ら、全く感情のない声で新たなアドリブを発言する救世主・六条れいん。

 一体今度は何を言うつもりなのか。

 こいつのアドリブは、俺の心の片隅でだが淡い期待さえ抱かせてくれる。


「色々……?」

 咲羅が俺から六条へと視線を移す。

「彼は私の部屋を作るために、今まで使っていなかった埃だらけの部屋を綺麗にしてくれたり、街を案内してくれたりした。もう返事も出来ないくらいクタクタになるほどに」

「……でも」

「私のせいであなたに迷惑をかけてしまった。ごめんなさい」

 これまた神童の時同様、六条は深々と頭を下げる。


「そんな、いいよいいよ! 私が大人げなかっただけだから……だから頭を上げて!?」

 咲羅はプリントを床に捨てるように置き、六条へと駆け寄ると慌てながら頭を上げるよう促した。


 六条は静かに顔を上げ俺へと向き直ると、

「こんなに想って貰えるなんて幸せ者ね、シノブ」

「……うっせっ」

 何を言うかと思えば……気恥ずかしい事この上ない。


「忍っ!」

 次から次へと今度はなんだ。

 咲羅はさっきまでと打って変わって瞳を輝かせ、純真無垢な子供のように言い放つ。

「今回は許すよ? でも、これからは遅くなってもいいから、ちゃんと連絡すること! ホントに私心配症なんだからね!」

「ああ……悪かったよ、ホントに」

 よろしい、といつも通りの笑顔を作ると、頼まれていた用事を済ませるとかで、咲羅は早足で俺の前から去って行った。



「何?」

 俺の視線に気づいた六条が静かに問うた。

「いや、問題が解決したんでな。ついつい顔の筋肉が緩んじまったんだ。お前には感謝してる」

「そう」

 教室に戻るまでの廊下。

 ひとまず今すべき全てのコトを成し遂げた俺は、安心感の真っ只中に居た。


 今後面倒になりそうだった神童への言い訳も済み、咲羅との仲直りも済み。

 積み重なった悩み事が解消されると言うのは、実に気持ちがいいものだと心底思うね。

 うぅん、ハレルヤ。


 しかし、そんな幸せいっぱい胸いっぱいの状態がそう長く続かないのが、黒霧忍と言う将来有望な17歳の男の子の悲しき運命であって、宿命であった。


 何故なら――――

「今回の分は行動で返してくれれば良い」

「…………はぃ?」

「今日の夜から、吸血鬼殲滅に力を入れてもらう」

 なんて、いつも通りの無機質な目を向けながら、六条がそんなコトを言いやがるからで。


「ちょ……ちょっと待てよ! 今日の夜からだ!? 明日は文化祭の当日だぜ!? ただでさえ俺は朝弱いし……文化祭の実行委員がこれ以上、ってか当日に遅刻or休むわけにはいかねぇっての! 何より心の準備が」

「あなたの為」

「は……?」

 真剣な面持ちで言い放つ六条と俺との間には重々しい空気が漂った。

 廊下に僅かに反響する生徒達の談笑の声が、やけに大きく、騒音のように聞こえる。


「ハヅキも言っていたでしょ? あんたは亜種とは違う。奴らに襲われる確率は高い」

 まぁ、嫌ってくらいそう言う事情を聞かされたからな。その辺は判ってるさ。

 ただ心の準備ができてないと言うか、要するに俺はチキンなんだ。

 ああ怖いさ。悪いか。


 六条は暫くの間、黙って俺を見つめた。

 やがてゆっくりと歩き出したかと思うと、日の当たらない箇所で足を止め、壁に背中を預けながら、

「悪くない。それが普通」

 静かに、諭すように言った。

 しかし視線だけを俺へと向け、

「でもハンターの片腕として働くからには、普通で居てはダメ」


 臆すなってか?


「怖がらないようにしなさい」

 予想通り、何とも無茶苦茶な要望である。


 生活の為にお化け屋敷で人を脅かすお化け係をしてるお兄さんとかならまだしも、相手は生活の為に人の命を奪う本物の怪物なのだ。

 それを怖がるなだと?

 俺から感情をなくす気か、こいつは。


 六条みたいに楽しい時に笑えない、怖い時に怖がれない鉄仮面にはなりたくないんだが。


「とにもかくにも、あなたのタメにも早めの特訓が必要だと言うコトは判って欲しい」

 六条は俺の目をジッと見つめながら、

「私達の最終的なターゲットはこの街に根付いた親吸血鬼」

 それは存じている、と深々と頷いてやる。


 それを倒せば、葉月さんに俺の願い事を叶えていただける訳だしな。


「その親吸血鬼と戦うにしても、まだ希種としての力を自分のモノに出来ていないあなたじゃ、命を捨てに行くのと同じ」

「でも、お前が俺を守ってくれるんだろ? そういう取り決めもあって、俺はやってもいいかって気になったんだ」


 ええ、と六条は小さく頷いた。

「だけど、もし私がやられたら、当然残るのはあなただけになる。その時のためにも、あなたには希種としての力を自分のモノにしておいてもらいたい」


 なるほどな。だがマンションの屋上から落ちて死なない奴が、そう簡単にやられるとは思わないが。


 まぁいい、

「そうだな。今の俺じゃ、布の服と素手と言う最弱の初期装備で大冒険に赴くようなもんだ。お前と別行動の時に襲われたとしても、まったくの丸腰じゃあヤバすぎる。どんな特訓方法だかは知らんが、翌日の学校に支障がない程度になら付き合ってやるぜ」


 それを聞いた六条は、僅かに口元に笑みを浮かべつつ、

「それじゃ、今日の夜から。作戦は家で考えましょう」

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