10月31日(木) 俺がやるって言ってんだ

「君を助けたコトによって、彼女は命を狙われるハメになったんだ。お返しってワケじゃないけど、どうか彼女のワガママを聞いて……」

「そりゃ、僅かながら罪悪感ってのはあるさ。だけどそれは六条が勝手に行動しての結果だろ? 俺は関係ない」

「キミって奴は……」

 クソ野郎とでも何とでも言ってくれて構わない。


 俺はすっかり空になった湯呑みに、再びお茶を注いだ。

 急須の中から注がれたお茶からは、もう殆ど湯気が出ていない。それだけ時間が経ったのだ。


「ハヅキ。もう良いわ」

「……れいんくん」

 遂には、あの頑固な六条も折れた。

 決まりだな。金輪際、俺に協力しろなんてコトは言わな――――

「じゃあこうしよう」

 まだ諦めてないのか、葉月さんは何かを閃いたように頷いた。


 俺はどんな条件を出してこようが、絶対協力しないがな。

「もし君がれいんくんに協力し、ラスボスとなるこの街の親吸血鬼の滅却に成功した暁には……君の願い事を一つ。叶えてあげるよ」

 聞き捨てならぬ葉月さんの言葉を前に、俺の耳はダンボの様に大きくなる。


「っ……ハヅキ! 正気!?」

 六条は六条で、葉月さんの出した思いもよらない交換条件に取り乱した。

 と言うコトは、六条も神種である葉月さんが私用で魔法を使うコトが禁忌だと知っているのだろう。


「なんでもねぇ? 葉月さんよ。あんた禁忌だから無理だとか言ってなかったっけか?」

 俺は悪人のような下品な笑みを浮かべながら問いただす。

 それに対し葉月さんは、

「言ったね。だけど事態が事態だ。僕はれいんくんとは付き合いも長い。彼女には幾度となく助けてもらったコトもある。だから、今度は僕が彼女の為に動く番だ」


「……本当にどんな願いでもいいんだな?」

 と、改めて確認する俺。

「ボス吸血鬼を倒せばね。そして一つだけ。サービスとかはなしだ」

 と、頷きながら葉月さん。


 なるほどな。葉月さんも俺様の使い方ってのが判ってきたらしい。


 俺は大きく胸で息を吸い込み、

「いいだろう! この黒霧忍! 六条れいんの茶番に協力してやらぁ!!」

「約束したよ?」

「おうとも!!」

 葉月さんとガシッと、お互いの手を握り合う。交渉成立だ。


「そう言うわけだ。れいんくん」

「馬鹿……」

 と、あんなに俺に協力を要請(てゆうか強制)していた六条は、不服そうに毒づいて見せた。


「おいおい冗談じゃねぇぞ? 今更協力しなくていいとか言うなよ!? この俺がやるって言ってんだ。人の厚意は有りがたく受け取るもんだぜ」


「下心見え見えの厚意なんて嬉しくない」


 ああ言えばこう言う。

 今更だが、六条もなかなかにひねくれたキャラだな。まったく、溜め息モノだ。


「まぁいいわ。これからよろしく、シノブ」

 言って、六条が右手を差し出す。


「ちっ。いきなり呼び捨てかよ。あと昼間お前が言ってた通り、ちゃんと俺を守れよ? 絶対守れ?」

 俺の発言に六条は手を引っ込め顎に手を置き、何事かと眉根を潜める。


 が、やがて思い出したのか、

「……ちゃっかり覚えてるのね。判った。防ぎきれず多少の傷を負わせてしまうこともあるかもしれないけど」

 大きく頷き、再び手を差し出した。


「全力で庇ってくれりゃ、擦り傷出来たくらいで文句は言わん。とりあえずよろしくな、六条」

 同様に俺も手を差し出し、ガシッと手を組んだ。


 まさか、一時は俺の命を狙った奴と手を組む事になろうとはな。人生何が起こるか判ったもんじゃない。


「それと」

「んぁ?」

 綺麗にまとまった所で、思い出したように六条が以下のようなコトを付け足した。

「私の事はれいんで良い」


「は?」

「これからは、六条じゃなくてれいんと呼んでくれて良い」

「……いや、いくらなんでもいきなり下で呼ぶのは恥ずかしいんだが」


「さてと」

 六条の呼び方に悩む俺と、ただボーッと立つ六条の傍ら、やる気の無い声を上げたのは葉月さんだ。

「上手くまとまったみたいだし、そろそろ僕は帰るよ」

 白衣の胸ポケットから車のキーを取り出し、ゆっくり立ち上がる。


「あ、待った!」

 俺は急いで六条の脇をすり抜け、今、正に帰ろうとする葉月さんに詰め寄った。

「なんだい? 約束は守るよ」

 ああ、守ってもらうさ。守ってくれなきゃ俺は許さん。

 だがな、

「それとは別の話だ」

「別の?」

「浅葱の話だ」


「……」

 それを聞いた葉月さんは暫くの沈黙を経て、ふぅ……と軽く溜め息を吐き、

「僕に答えられる事ならいいんだけどね」

 見て取れる作り笑いをしながら、再び腰を下ろした。


「俺は事故で家族と記憶を失った」

「そうだね。でも君と会うまでは君が記憶喪失になっていたコトは知らなかったけど」

 再び各々が腰を下ろし、卓袱台を囲んだ。

 関係ないというのに、六条はまだ居間に居座っている。

 聞いても面白いコトなんて何もないと言うのに。


「黒霧から、その事故は大惨事だったって聞いた。生きていたのが奇跡って言われるくらいに」

「そうだね」

 葉月さんは頷いた。

「そして、その事故から生還したのは母親と俺、そして俺の妹、つまり薫だとも聞いた」

「なるほど」

 また、葉月さんは頷く。


「でだ、その俺や薫と一緒に生還した母親は、一体どうなったんだ? 姿もないし、気配もない。ここに来てからの数日間、ずっと気にかかってたんだ」

「そう言うコトか……」

 ずっと頷くだけだった葉月さんは、ここに来て口を閉ざした。


 それから暫くの間を置いて葉月さんは静かに、かつ申し訳なさそうに言った。


「君の実の母親は……事故の2ヶ月後、亡くなったよ」

 と。

「……そっか」

 特に驚きは無かった。

 他に男を作って外国に高飛びした、とか言われたら流石に然るべきリアクションはするのだが、大方予想はしていた答えだ。

 心の靄が晴れただけで充分だった。


「もう一つ。俺の父親の名前を教えて欲しい」

「父親の名前?」

「ああ」

浅葱久遠あさぎくおんさんと言ってね。君のお父さんは裏社会では一目置かれる凄腕の殲滅師だったよ」

「やっぱりな」

 少しずつバラバラだったピースがハマっていくからなのかは判らないが、無意識に俺の口元が引きつった。


 俺は夢の中とは言え、実の父親に殺されていたのだ。

 浅葱なんて名字はそうそうあるモノじゃない。薫に自己紹介された時、変な違和感を覚えたのだが、それだったか。


「やっぱりって?」

 記憶を失っている俺からその言葉が出てきたコトに驚いたのか、葉月さんが不思議そうに問う。

「いや、夢の中でアサギクオンなるオヤジに殺されてさ」

「久遠さんに?」


「ああ、何でかは判らないけどな。それとあんた神様で且つ医者だろ? ただの医者には判らないだろうし、一つ調べて欲しいコトがあるんだけど、頼まれてくれるかな?」

「……何をだい?」

「俺はその夢をちょくちょく見るんだ。そしてその夢を見た日に限って、頭痛がしたり吐き気がしたりする。学校にも行けない程でさ。あれはもう偶然じゃない。深層心理的なもんなのか判らないけど、頼む」

 言って、深々と頭を下げる。


 すると葉月さんは、

「それはさっきの“願い事”として受け取っていいのかな?」

 底意地の悪い笑顔でそう言った。


「なっ、それとは違う!」

 くそっ、葉月さんも性格悪いぞ!? 足元を見やがって!!


「ははは、冗談だよ。そんなコトがあっちゃ、れいんくんの足を引っ張り兼ねない。調べてみるよ」

 仕返してやった、と言わんばかりに、葉月さんは笑って見せる。

 人に感謝するのに、こんなに嫌な気持ちになったのは初めてだ。



 葉月さんが帰った後、俺は一人でユマっぺが置いて行ってくれた夕飯を食べていた。

 冷めても美味い。正に理想のご飯の完成型である。

 俺が味わいながら口を動かしていると、

「お風呂、空いたわよ」

 濡れた髪をタオルで拭きながら、六条がやって来た。


「そのパジャマ俺のだよな」

 そこで一瞬にして目に止まった不審点を口にする。

 すると六条はあからさまにブカブカのパジャマを見、

「借りるわ」

「着る前に言えし。ところでお前さ、さっきなんで気絶してたんだ?」

「さっき?」

 聞き返しながら、六条が俺の向かいに静かに腰を下ろす。


「ほら、俺がお前にプレス攻撃仕掛けた時さ? 既に意識なかったろ?」

「……ああ。ただの飢えよ。お昼食べ損ねたから」

「昼? そう言えば確かに、お前パン買いに行ったの遅かったもんな。あの時間じゃ売り切れててもしょうがねぇか」

「パンは残ってた」

 なら買えし。倒れるくらいなら尚更だ。


「20円足りなかったから」

「まけてもらえば良かったんだ。購買のババアなんてちょっとおだてればタダでくれる時もあるぜ?」

「いい事を聞いた。明日おだててみる」

 言って、六条は少しだけ口元を緩めた。


 完全無表情な鉄仮面野郎なのかと思っていたが、こう見ると大きく表情に出さないだけで、ある程度感情表現は豊かなヤツなのかもしれない。

 しかし、こうやって六条と普通の会話するのに感じるただならぬ違和感は、暫くの間、俺の後をついて回るのだろう。

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