10月31日(木) 不馴れな会話

「当時は高校一のバカップルと笑われた俺達だが、学校でこんなコトをする勇気はなかった。それどころか二人でホテルに――――」

 おぉい、始まっちまったよ!

「興味ねぇって言ってんだろうが!」

 俺は怒鳴りつけ、望みもしない担任の思い出話を遮った。やめろ、想像しただけでおぞましい!


「……」

 チラリと。俺の脇に座り込む六条を盗み見てみたが、さすがのコイツも呆れてモノも言えない状態なのだろう。

 顔は相変わらずの無表情であるが、俺には腐ったモノを見るような目で担任を見ている気がする。もしかしたら気のせいかも知れんが。


 元々少ししかなかった生徒からの信用が今、現在進行形でナイアガラの滝の如く角度で直滑降しているにも関わらず、担任は話を続ける。

 そう言う話は同窓会の時にしやがれ。俺達にするんじゃねぇ。


「今、日本は少子高齢化社会になっている。それはお前達も知っているだろう? おまけに結婚しても子供を作らない不届き者もいる始末だ」

「をい」

 いい加減にしとけよ、変態教師。


「今の日本にはお前達のような……そう。度胸、積極性、行動力を兼ね揃えた若者が必要だと思わないか? このままでは本当に高齢化社会になってしまう。2人に1人が高齢者になってしまうと言っても過言ではない」

 一つ言っておくが、担任の担当する教科は数学である。

 確かに、俺達が普段受けている数学の授業以上に力の入った話をしているとは思う。

 だがコイツが保健の教師でないことだけは、この場を借りて言わせていただきたい。

 こういう奴なのだ理解していただきたいからな。


「どう思うよ、黒霧。お前の答えによっては数学の成績を5が最高の所7にしてやるよ」

「どうも思わん。そんなコトで限界突破出来るような成績なら上がらん方がマシだ。それより、あんまり変な事ばっか言ってると、学校で、しかも生徒の目の前で堂々とタバコ吸いながら変な話したって教育委員会に訴えるぞ」

 と俺。

 本気でコイツは教師になるべき人間じゃなかったと思うね。全国の真面目な教師に謝りやがれ。


 すると担任は一本取られた、とでも言うように鼻の頭を掻きながら、

「……ちっ。相変わらず口が達者だな。お前が教育委員会に訴え出るのなら、俺も校長にお前達の行動を……いや、まぁいい。若いうちに色々経験しておくのもアレだ。うん、邪魔者は消えるとするさ」

 何やら一人でボソボソ呟いた結果、自己完結した担任はどこからか取り出した携帯灰皿にタバコを押しつけて視聴覚室を後にする。


 俺は横たわったまま去り行く担任の背中を見つめ、

「あいつ……いつか本当に解雇されるぞ?」

「いつかと言わず直ぐにでも」

 久しぶりに口を開いた六条の言葉には、六条自身の切実な願いのようなモノも入っている気がした。


 ◇


 さて、担任の教師にあるまじき且つ迷惑極まりない爆弾発言により気まずい雰囲気となった俺と六条は、僅かながら距離を置いて教室へ戻る廊下を歩いている。

 俺達が視聴覚室を出たと同時に、チャイムは午前中の授業の終了を告げた。

 故に今は昼休み。校内は待ちに待ったその時間を満喫する生徒達の嬌声で溢れている。


 話は大きく逸れてしまったが、まさか新たに変な種族(?)が出てくるとは驚きである。


『奇術師』か……

 葉月さんは奇術師について何か知っているのだろうか。例えどんなに些細な事でも良い。一応聞いてみる価値はある。今日の夜にでも聞いてみよう。


「……」

 視聴覚室を出てからというもの、六条れいんは再びいつもの黙りモードに入っている。今は協力要請の話すら振ってこない。

 最早この黙った状態が素なのか俺と会話している時が素なのかは判らないが、少し触れ合いを持った今、やはり俺としては六条は何もせず、こうしている方が実に見栄えが良いと思うのだ。


 人と接すれば無駄に無愛想。

 言葉を発したと思えば脅迫。

 行動を起こせば暴力。

 夜は奇抜な格好をしながら刃物を持って街を徘徊。

 おまけに戦闘好き。

 ずばり黙っている方が吉である。黙って神童か何かと付き合ってくれれば、少しは女らしくもなるだろうしな。


「なぁ」

「なに」

 我らが教室の前へと続く階段を上りながら、俺は六条との会話を試みる事にした。

 こいつの好きそうな話題にすれば六条は絶対に返答する。今までの経験からして確信となったコトだ。


「この街に吸血鬼の野郎はどれくらいいるんだよ?」

「沢山」

 予想通り返事はいただけたものの、以上をもって対魔用なんたらから派遣された奇術師六条れいんとの会話は終了した。


 なんて言うか、もう少し詳しい数を返してもらえるとか、言葉のキャッチボールが続くとか思ったのだが。実にアバウト過ぎる。


 果たして、コミュニケーションスキルの極めて低い六条との会話は試みるべきだったのか。

 テストの残り時間で見直しに徹する優等生のように俺が今の会話ログから反省点を掘り出していると、

「……今の段階では正式な数は判らない」

 六条が自ら次なる言葉を発した。


「な、どういうことだ」

「あなたも知っている通り、吸血鬼は日々人間の生き血を吸い自分の配下となる吸血鬼を作る生き物」

 ああ、そんな設定は映画等の吸血鬼話では王道パターンだからな。よく存じている。


「この街で現在確認できる吸血鬼は、街を拠点に巣くう親となる吸血鬼が一匹。親の吸血鬼に血を吸われた子となる吸血鬼が数匹。その子の子となる吸血鬼は数知れず」

 あたかもポケットを叩く度にポケットの中のビスケットが増えるんだ、といった軽い感じで六条は淡々と語ってくれる。


 だが、もし今の話が本当ならこの街は……


「やがて吸血鬼に侵略される」

「……」

 まじかよ。悪いが将来吸血鬼だらけの満員電車に揺られるのは勘弁だぞ。

 いや、社会に出て吸血鬼の上司相手に怒られ頭を下げる方がもっと……


「な、なら……その吸血鬼を殲滅するお前の仲間のハンターは、この街に何人いるんだ!?」

 そう。数によるはずなのだ。

 六条のようなモンスター級のハンターが五人くらいいれば、吸血鬼の大群(百匹くらいなら)だって何とかなるだろう。

 近未来楠木市吸血鬼街化計画を阻止できるかも知れない。


「一人」

「ん……?」

 六条の回答に季節外れの冷汗がコメカミに浮かび上がり―――、

「一人」

「お前の他にって事だよな?」

「私だけ」

「…………」

 ―――ゆっくりと滴り落ちた。



「だから、あなたに協力して欲しいの」

 いつの間にか俺の正面に立っていた六条は例の真っ黒な瞳を俺に向け、六条らしかぬ淡い表情を浮かべながら必死に訴えかけた。

 しかし俺の答えは変わらない。


「悪いが……俺は手伝えな――――」

「後、気になっていた事がある」

 と、話題を切り換えたのはまたも俺でなく六条だった。

「気になってた事?」

「あの日、あなたはどうやってアイツを滅したの?」

 アイツとは……女吸血鬼の事だと解釈していいのだろう。

「あぁ、素手だ」

「……素手?」

「素手だ」

 この答えだってあながち嘘じゃない。

 俺は全くの丸腰で戦ったのだ。結果としては、ゲームで反則紛いの裏技を使ったような訳の判らない勝利をおさめるコトとなったが。


「はっ……まさか」

 だが当たり前と言えば当たり前か、吸血鬼専門のハンター六条は俺の武勇伝を軽く鼻で笑い飛すだけで全く信じようとしない。

「マジだぞ」

「嘘」

「嘘じゃねぇ! 現実を受け止めやがれ!!」

 こうも信じて貰えないとは実に腹立たしい。

 実力でテストで70点とったにも関わらず、皆からは『ドラ○もんの道具だな!』と言われるの○太君になった気分だ。


「素手でどうやって……有り得ない」

 今まで当たり前のように例の大刀一つで吸血鬼を滅して来たであろう六条は、『吸血鬼を素手で』と言う俺によって『吸血鬼は刀で』という自分の中の常識を覆されたのだろう。

 激しい混乱の渦に飲み込まれている。


 と――――、

「ちょっ……何しやがる」

「……」

 六条は手早く俺の手を取ると、『視える、視えますぞぉ!!!』とか言いながら手相占いをするババアのように俺の手をガン見しだした。


 公衆の面前でそんなコトをする六条に気恥ずかしくなった俺は、六条の手を乱暴に振り解き、

「てめっ、気安く俺の手を触るな!! 馬鹿っ!」

「何も感じない……それがあなたの力だと言うの……?」

 不思議そうに問う六条。


「力だ? そんなの知らん」

「普通の人間ではアイツらに傷一つ付けられない。特別な訓練を受けた者ならまだしも、ソレを素手でなんて」

 こいつがこんなに言葉と言うモノを発するヤツだったとは。

 話している内容はとても普通の女の子らしいモノとは言えないが、驚きだ。


「……欲しい」

 ん?

「あなたの力が欲しい。もう一度言うわ。協力して」

「……」

 墓穴を掘るとはこのコトだろう。余計な事を言わなければ良かったと今さら後悔してる。


「お願い」

 と、小鳥のように小さく口を動かす六条。


「断固、お断りする」

「……」

 俺の素直な意見を前に六条は再び黙り込む。またビンタか?


「……じゃあ、私は意地でもあなたを守る。だから力を貸して」

「だぁから、嫌だって言ってんだろ? ってか、早く昼飯を食わにゃ昼休みが終わっちまう」

 一歩も譲らない六条に対し、俺も一歩も譲らない。

 賭けるモノは命だ。死んだら生き返る術は無い。

 何度も言うようだが、そんな危険なコトに自分から首を突っ込むなんて馬鹿はしない。

 これだけは心から拒否させてもらうさ。


「あばよ。神童も待ってるだろうから俺は行くぜ」

 俺の前に立ち尽くす六条の脇を抜け階段を一段上った時――――

 ぐぃ、と何かが俺の服を掴んだ。

 誰だと考えるまでもなく六条である。


「……何なんだてめぇは」

「パン」

「……はぁ?」

 またも別の話題へと舵を切った六条。短時間でここまで話せるようになったその進化は認めるが、一体パンがどうした。


「まだパンを買っていない」

 そんなもん買ってくればいい。

「一緒に来て」

「……ざぁけぇん~なっ!」

 こればかりは六条の耳元で大声で拒絶してやった。

 こいつは何を言いだすかと思えば、とんだアホ野郎だぜ。



 ◇


「俺は最近お前を信用できないんだ、忍」

 昼休み、神童は弁当のおかずを口に頬張りながらそんなコトを言い出した。

「信用? なんで?」

「ここでお前と六条さんが二人きりでサボっていたのかと思うと腹の内が熱くて熱くて…腹綿が煮えくり返りそうだぜ」


 あぁ……まぁ神童がそんなコトを言い出すのも無理はない。

 誰が広めやがったのかは知らないが、俺達が今昼食を摂っているこの部屋こそが、さっき六条から大量のビンタを食らった俺にとっては忌々しき、神童にとってら妬ましき視聴覚室なのだ。


 別に神童への当てつけで視聴覚室で昼食を摂っている訳ではない。

 六条が転校してくる遥か前から、ここが俺達の溜り場になっていたのだから致し方ない。


 うちの学校は、学園ドラマではお馴染みとなる屋上が開放されていなかったのだ。

 それ故に『教室はうるさいから嫌だ』だの『人の少ない所がいい』だのと子供のような我儘を言う神童の希望に則ったキーワードを元に見つけ出したのが、ここ、視聴覚室だった訳である。


 それからというもの、ここが俺達の食事の場となったのだ。

 実際人は来ないしテレビは置いてあるしでなかなかに居心地が良く、授業をサボる際にもよく利用させていただいている。


「ところでお前さ、犬神へのアフターケアはちゃんとしてやってるんか?」

 藪から棒だな。

「最近連絡取れないって嘆いてたぞ。後でちゃんと謝ってやれや」

 等と、人のプライベートに首を突っ込んでくる神童。だが、その言い分は一理ある。


 吸血鬼騒動があった夜から今に至るまで、咲羅にはメールの返事を返していなければ電話もかけ直せていない。

 メールを返すとかそれなりの時間は充分にあったのだが、短期間で様々な問題が一気に押し寄せてくれたため、精神的に余裕がなくなっていた。というのが嘘偽りのない事実であり理由である。


 実際思い返してみても、ここまでの無視を決め込んでしまったのは今回が初めてかも知れない。


 そのくせ、久しぶりに学校に来たと言うのに謝罪の一つも無ければ、自分は捨てられたものだと勘違いしても仕方ない……


 巷でクイーン・オブ・ネガティブの異名を持つ程の咲羅だ。

 普通の人より物事をよりマイナスに考えてしまうだろう。六条の件でいらぬ誤解もしているかも知れん。


「……そうだな。後で一言詫びを入れとくさ」

「そうしろ。あ、そうだ。お前が来ない間、放課後の集まりは俺が出てたから今日はお前出ろよな?」

 空になった自分の弁当箱を鞄にしまいながら、思い出したように神童が言う。


 集まり? なんのだ。

「バカ。実行委員のだ。って言っても現状報告だけだから直ぐ終わる」

「うへぇ……めんどい」

「俺もめんどかったんだ。昨日は本当にさっさと帰りたかったのによぉ」

「……ちっ」

 いかにも嫌そうに舌打ちし、俺は残り少なくなった弁当を口の中に放り込んだ。

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