10月31日(木) なんでお前が?
これはあれか? あれじゃないのか?
ほら。嵐のように突然転校してきた転校生が、何らかの事件の黒幕だったりで居なくなると、その学校の全生徒然り全教員然りからその転校生に関する記憶が消えるという……マンガとかで良くあるじゃないか。あれだ、あれ。
最終的に希種説まで浮上した六条だ。それくらいはやってのけるかも知れない。
それなら神童のあのテンションにも納得できるしな。
しかし、俺だけ六条の記憶が残っているって言うと、なんか変な物語の主人公になってしまった気分だ。正直胸糞悪い。
俺が主人公的な立ち位置の作品だったら、ろくな作品じゃないんだろうが。
まぁ、そうと判れば改めてここで『あれ、六条は?』とか間抜けな主人公のようにベタな質問は投げ掛けない。
『は? 誰だよそれ? 寝ぼけてんじゃねーよw』
とか言われるのがオチだ。不快指数が上昇するだけに決まっている。
だったら自分から自分のストレスを溜めるような真似はしないさ。
ひとまず問題は解決したのだ。やっとな。
俺は刷毛を放り投げると、壁に背中を預けて座り込む。物凄い達成感だ。
ニュートンも万有引力に気付いた時はこんな気分だったに違いない。
「ふぅ……」
解決に至ったという安堵からかは判らないが、俺は深い溜め息を吐いた。
やはりあいつは、あの時、あの場所で女吸血鬼との死闘によって死んだのか。
こうして思い返してみると、確かに恐ろしい奴ではあったが悪い奴ではなかったな。
「――――くん」
あいつが刀を振り回すという設定が無いコトを前提に、且つ俺に咲羅と言う彼女が居なければ、俺も神童と同じで気になる存在にはなっていたかも知れない。一瞬でゾッコンってのは断じてないが。
「黒霧くん!」
「……んぁ?」
どんなに最近のコトとは言え、一度思い出に浸ってみるととことん思い詰めてしまうもので、俺は佐久間のその言葉に気付くまでに少なからず時間を要していた。俺の返事をその耳で聞き取るや否や佐久間は、
「悪いんだけど、椅子運び組が戻って来ないのよ。見て来てちょうだい」
「何故俺? 自分の仕事が終わって黒板に落書きしてる連中もいるじゃねぇか。そいつらに頼めよ」
こいつは何だ。俺を下僕か何かと間違えちゃいないか?
「馬鹿。彼らは居残り作業を掛けた○×ゲームに全神経を注いでいる真っ直中よ? 男と男の勝負に口出ししないであげて」
まじかよ、と思い黒板を凝視する。
「……」
まじだ。○×ゲームをしてやがる。てか手っ取り早くジャンケンで良くないか? 何故無駄に時間を使う。
「だからお願いね?」
「くっ……」
ニコリと微笑む佐久間。こいつは鬼か。
結局、佐久間の言いなりとなって椅子運び組の捜索に足を動かす俺がいた。
「どこだ、ちくしょう」
図書室、音楽室、視聴覚室。
「……」
どこを見て回っても椅子運び組の姿は見当たらない。さぼってんじゃねぇだろうな。
「……」
俺は四階から順に一階ずつ見て回り、遂に探すべき場所は残り一ヵ所となっていた。
一階の体育館通路。
「あぁ……」
やったよ……会長。
無駄に歩き回りイライラモード全開だった俺の目に、通路の向こうから椅子を手にした数人の影が歩いてくるのが映り込んだ。
逆光故、向こうからくるのが誰かは判らないが、向こうは俺に気付いたのか大きく手を振って見せる。間違いなく、うちのクラスの連中だ。
手間をかけさせやがって。椅子運び組を求めて三千里以上は歩いた気分だ。精神的にも肉体的にも疲労困憊である。
日陰に入り、徐々に皆さんの姿も見えて来る。
おお、さっき手を振っていたのはあまり話したコトはないが俺に消しゴムを貸してくれた絹枝くんじゃないか。未使用だった角を使っても嫌な顔一つしない寛容な男子だ。
その後ろを行くのは校則ギリギリの金髪の山本さんか。頭髪検査の日だけ黒染めしてくるから、いい加減バレてこの間は生活指導の教師に何か言われてたな。
見える。視えるぞ!!
その後ろを行くのはいつも弁当のオカズが冷凍食品の渡辺くん!
その後ろを行くのは――――
「……エッ?」
変なモノを見た俺は直ぐさまそいつの元に駆け寄った。そして四方八方、360℃からその姿形を確認する。
漆黒のショートヘアー。整った顔。高校生とは思えぬ小さい背丈。
俺にジロジロとガン見されるソイツは、頭の上に?マークを浮かべたまま不動である。
不覚だが俺はコイツに良く似た人間を知っている。とりあえず名前だけ呼んでみようか。
似てるけどきっと違う人だろ。だってアイツは……
どうか人違いであるコトを願いながら、
「……六……条さん?」
弱々しい俺の問いにソイツは答えない。そりゃそうだろう。あいつは俺の目の前で死んだのだから。
しかし良く似た人間だと思い、俺はもう一度ソイツをしげしげと見つめる。世界には似た人間が三人いると言うが本当なんだな。
「なに」
ソイツは無駄に長い間を置いて、俺にそう言った。
「えっ……ちょっ……エッ? えっ? チョッ……ちょっとちょっと」
待て待て。落ち着け俺。隠し切れない動揺が思わず態度に出る。
「なに」
ソイツは俺の気も知らず、俺の良く知る無愛想な言い方で更なる追い討ちをかけてくる。漆黒の目も、俺が良く知るモノそのものだ。
「ちょ……」
「なに」
「ちょ、ちょっと良いか……?」
誰の目から見ても明らかに動揺しきった態度のまま、俺は椅子を大事そうに抱える六条から椅子を取り上げる。
そのままソレを渡辺くんに持たせると、六条の手を引いて、神懸かり的な速さで一目散にその場を去った。
校内をドーピングしたスプリンターよりも速く駆け抜ける。
その場に取り残される結果となった椅子運び組がどんな反応をしていたのかは判らないが、今は奴等が変な噂を流さないでいてくれるコトだけを切実に祈ろう。
とにかく今は六条に聞くべきコトがたくさんあるのだ。何故生きているのか等、山程だ。
「はぁ……はぁ……」
俺は視聴覚室の片隅で息を切らしながら座り込んでいた。俺に手を引かれながら無理矢理ここへ連行された六条も、今は俺に習ってチョコンと隣りに座っている。
落ち着いて話が出来る場所と言うことを前提に、咄嗟の判断でここに駆け込んだ訳だが、嫌な記憶だけが蘇る。
何故ここを選んでしまったのか。生まれるのは後悔の念ばかりだ。
室内はあの時、六条に襲われた時のまま。暗幕も俺の手によって剥がされたままの状態だ。
パッと見で判るコトと言えばもう一つ。ついこの前まであんなにあった椅子が、壊れかけた椅子だけを残してほとんど無くなっていること。
恐らく消えた椅子の半分はうちのクラスに行ったんだろうが。
前回のトラウマがある分、僅かな恐怖心に駆られるのは致し方ない。
だがあの夜、確か六条は『もう俺を殺す事はしない』と言っていたような気がしないでもない。
一度は協力した仲だしな。信用させていただく。これで殺されるような事があれば、俺が甘かったと反省するさ。
それに教室に戻ったところで六条と二人で現実離れした会話をするコトは愚か、佐久間がいる限り俺には私語さえも許されないだろう。
「全く、こんな人気のない所に連れ込んで何する気?」
連れて来ておきながらの俺の沈黙に耐え兼ねたのか、六条が言った。今の言葉に、相変わらず感情の色がない事は取り立てて言うまでもないだろう。
「何もしねぇ。ただ、聞きたい事がある」
たっぷりとな。
六条は何事か、と小さく首を傾げて見せる。
が、答える気になったのか、
「私に答えられることなら」
「よし、まず一つ目だ。何故生きてる? お前はマンションの屋上から落っこちたんだぞ」
何から問うか、そうなればこの疑問が一番の優先事項である。
あのマンションは12階建てだった。下に巨大トランポリンでもあったのならまだしも、何もないコンクリの地面。普通の人間なら間違いなくグチャグチャになって死ぬ。
「あれくらいじゃ死なない」
と、さも当然のように六条。
「何故」
と、俺。
「私は普通じゃないから」
そんなの言われなくとも知っている。
六条がコスプレマニアで、小さいくせに剛力で、気性が荒く、無愛想で――――
とまぁ、このように普通じゃない点を上げれば切りがない。
なら、俺の中にひっかかり続けた次なる疑問を解決する時が来たのではないか?
「他に聞きたいことは?」
六条が溜め息混じりにソレを言う。
傍らの俺は待ってました、と言わんばかりに六条に詰め寄り、
「それは、お前が希種だからか?」
「……」
俺の問いに、六条は答えない。ポーカーフェイス故、考えは見て取れないが、言いたくなくて口を閉ざしているのではなさそうだ。
そう、俺には六条がどう言ったモノか、と悩んでいるように見えたから。
「おい」
「まさか、あんたの口からその単語が出るとはね。私は希種じゃない」
六条は俺を見つめたまま小さく口を動かし、俺の(薫の)考えを否定した。
デジャヴ……俺はこの流れを知っている。
まさかとは思うが、自分は希種でなく新種とか言うんだろ?
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