10月31日(木) 久しぶりの登校

 俺は浅葱邸で見るのは初となるあの悪夢のおかげで特に朝食をとる気にもなれず、牛乳をコップ一杯分だけ胃の中におさめることで済ませた。

 そのまま玄関に向かい、鞄を手に取る。

「……よし」

 久しぶりの登校である。


 昨夜、薫の懸命な探索作業の末に発掘された葉月薬が俺の元に届けられたのは、夜中の一時を回った頃だ。そのせいか俺が起きた時、居間に薫の姿はなかった。

 ま、ゆっくり寝かせといてやるさ。

「ああ、寝かせといてやるさ……」

 今が大遅刻の午前11時でもな!!


 俺が浅葱の家に来てから早くも三日目だ。

 今回は記憶が明確にあるため、未だに黒霧に対する未練なるモノはあるが、こっちの生活にもだいぶ慣れてきた。

 元々それなりに高い順応性を持ち揃えている俺なのだ。初対面の人間ともスピーディーに仲良くなれる。

 ただ浅葱の家で俺に刻み込まれた俺には新しい、薫にとっては懐かしい浅葱の昔話は、俺の脳の容量を残り2メガ程にまで埋めてくれた。


 そして俺の思考は次なる問題へと向けられる訳だ。


 学校=六条である。


 あいつはあの日俺を庇い、その体を張って助けた俺に殺されたと言っても良い程の死を遂げた。

 いや、確実にあの吸血鬼のせいなんだが。


 転校生として俺の前に登場し執拗に俺に危害を加え、打ち解けかけた途端の別れ。最終的には希種説までも浮上しやがった。


 忘れていたが、クラスの事は心配ないだろう。

 俺は文化祭の準備期間に入った途端の連休という事になってしまった(実行委員だと言うのに)。

 しかし俺には家庭の事情と言う理由があったのだ。それさえ理解してもらえればきっと大丈夫だろうよ。


 始業から約3時間の遅れを取りつつも、俺は漸く校門を潜ることが出来た。

 校舎に入ると男女、その他教員達が忙しそうに右へ左へ駆け回る姿が視界に飛び込む。その一方では別の嬌声やら奇声やらが廊下に響いている。

 さすが準備期間だ。ほとんど準備の終わったクラスには長い休み時間が与えられた様なモノだな。


 さてさて、うちのクラスは何処まで作業が進んだのかな?


「それ! そんなとこに置いたら人が通れないわ!!」

 相も変わらず、廊下まで響く元気な怒鳴り声を上げるのは我らが生徒会長佐久間めぐみであった。

 怒鳴られた男子生徒は気のない返事を上げながら、通行の邪魔になる段ボールを退かす。

 ドアの陰からその様を見ていた俺に、

「あら。おはよう、黒霧くん」

 担任に変わって教卓の前に立つ佐久間が気がついた。


 そのまま俺の元へと歩み寄ると偉そうに腕組みしたまま、

「ここ一連のお休みについてだけど、今日の所はゴチャゴチャ言わないでおいてあげる」

 全く、随分な態度だな。

「まぁ今回は家庭の事情だったわけで」

「今はどうでもいいわ、そんな事。それより文化祭まで時間がないの。休んだ分も死ぬ気で働いて」

 そう言って、佐久間は有無を言わせず俺の手に刷毛を握らせた。うるさく言われないのは正直有り難い。


 しかしな。俺を段ボールの塗装班に割り当てるつもりらしいが、見ただけでも段ボール塗装班はざっと10人以上いる。

 これ以上人員を増やしてどうする。段ボールの周りは通勤ラッシュの満員電車みたいにギュウギュウ詰め状態だ。現段階で既に効率が悪くなってないか?


「ちょっと、私の手に塗らないでよ!」

「俺のせいじゃない! こいつが押すから!!」

 ほら見ろ。喧嘩が始まった。

 今の有様を俺と一緒に目の当たりにしただろうに佐久間は気にもせず黙認。再び口を開いたと思えば、

「いいから、ちゃんと塗ってちょうだい? 今日で段ボール塗装は終わりにしたいから」

 ポンと俺の背中を押して、刀ではなく刷毛を手にした侍達の群れる戦場への参加を余儀なくした。

 せめて鞄を置くくらいはさせてくれよな。


 やむを得ず鞄を壁際に放り投げると、言われるがまま窮屈な塗装組の輪の中に混じる。

 そして俺個人の当初の目的を果たすべく、作業に取り掛かる前にクラスメイトが散り散りになっている教室内をグルリと見回した。


「……」

 やはり教室内に六条はいない。あの後マンションの周りも見てみたが、あそこにも六条の姿はなかった。

 やはり女吸血鬼みたいに塵になって消えたと考えるのが普通なのか……?


 いや、なんだったら誰かに『六条は?』と聞いた方が早い。

 そうだよ。何故こんな簡単な答えに行き着かず、深々と悩んでいたんだ。俺は。

 この際誰でもいい。

 適当に俺の隣りで塗装に干た走る男子生徒にでも聞いてみるコトにしよう。


「なぁ――――」

 待て待て待て! 突如脳内に現れた一つの不安要素がストッパーとなって、俺は開きかけた口を閉ざさざるを得なくなった。

 その不安要素とは如何なるものか。以下の通りである。


 六条の我が校への潜伏期間はたったの一日だ。

 そして六条がうちのクラスの一員となってから、僅か一時間足らずで俺は学校を早退した。

 故に奴等クラスメイトの脳ミソは俺と六条が関わりを持ったのは一時間。それも一緒に椅子運びをしただけの関係だと記憶しているに違いない。

 俺がその任務中に六条に命を狙われた事は言っても信じてもらえなかったし。

 夕飯後、六条が黒霧家を訪問してまで俺の命を狙った事。結果的に一緒に化け物退治をした事。

 その事実をクラスの連中は知らないじゃないか。いや、知るはずがない。


 てことはだ――――


 奴等から六条関連の話題をふってくれる分には、こっちも質問を切り出しやすい。

 だが、そんな話の種にもなっていないような女の生死を確認するためだけに、自分からそんな質問を吹っ掛けてみろ。


『何故大した触れ合いを持っていない六条の事を気にかけるのか』

 と、逆に疑問視されてしまうのでは無いか?


 奴等の脳が記憶しているあの一時間の間に、互いの身の危険を案じる程親密な仲になる何かがあったのか。

 既に彼女がありながら新たな女に手をだしたのか。等といらぬ誤解を招き兼ねない。

 一クラスメイトとして、とでも言うか?

 しかし、うちのクラスの連中がそんな正当な意見だけで出し抜ける相手とは思えない。話をもっとややこしくされる恐れもある。


 メールの返事もろくに返していない咲羅の手前、どんなに些細な誤解からであろうと変な噂が流れるのは御免被りたい。

 まずいぞ……こいつは非常に難題だ。どうする俺。どうすんの!?


「――――!!」

 ピキーンと。犯人が誰だか判った時にコ○ンくんの頭の上に発生する、あの稲妻のような電撃が俺の中に疾った。


 俺の頭の中で数日に渡って繰り広げられた六条問題解決のキーとなる重要人物を探すべく、作業を放ったらかして教室内を見回す。

 途中、お化け屋敷の通路作成班の一員となった咲羅と目が合ったが今は無視だ。すまぬ。


「……」

 ヤツは俺とは違うもう一組の塗装班。前黒板の前を根城とした段ボール塗装班の一人となっていた。

 刷毛を機械のように動かし続け、一枚一枚を物凄いスピードで塗りあげる。そして山積みになっていた段ボールの山が無くなると大きく挙手し、

「よっし、会長! こっちの作業は完了だ!」

 佐久間会長に喧しい大声で作業の終了を告げた。

 それは誰か。神童一である。


 さて、ここで神童に注目してみよう。

 神童と言えば六条の転校初日から六条に目をつけ、ろくに会話もしていないだろうに一目惚れしてしまったという、六条の情報を得るためには充分すぎるキャリアの持ち主なのである。


 しかし神童にソレを聞くと言う行為はしない。くどいようだが、俺は神童とは中学以来の付き合いだ。

 アイツの口癖から好きなアイドルまで、神童の情報は俺が一番良く知っていると自負してる。

 それに俺は、奴の単純な言動、行動だけで物事を瞬時に理解できる域にまで到達してしまったのだから。多分だが。


 さぁ、神童を観察だ。

 俺は四つん這い体勢から体を起こすと、神童をガン見する。案の定、神童は気付いていない。

 端から見れば男が男を見つめると言う異質な光景なのかも知れんが、今は世間体なんて気にしない。

 神童の言動、行動を観察するコトだけに集中するんだ。


 …

 ……

 ………

 …………

 ……………

 結論から言わせていただくと――――


「わかるわけないわな」

 神童の動きは普段と何一つ変わりがない。筵、六条が消えたと言うのにあのハイテンション。

 あそこまでゾッコンだった男が惚れた人間の死から一日や二日で立ち直れるだろうか。


「こら、黒霧くん! 手を動かしなさい、手を!」

 うぅむ……

 俺は執拗に段ボール塗装を強要する佐久間に何を反論するでもなく、塗装する姿フリだけはして見せて、やはり深々と考え込んだ。

 そして気付いた。

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