10月30日(水) 嘘

「はい、はい。判りました」

 ガチャリ。

 通話時間およそ20秒。それっぽっちじゃ用件もろくに伝えれないだろうに。電話の相手は余程お急ぎなのか。はたまた間違い電話だったのか、どっちかだな。


「あの、葉月さんからだったんですけど」

 ユマっぺが襖を開けるや申し訳なさそうに口を開く。

「仕事が入ってしまったため今日は来られないそうです」

「まじかよ。薬を貰う約束だったのに」

 そうだ。自分でも今の今まで忘れていたが、俺は葉月さんから薬を貰うと言う条件の元で学校に行ってもいいと言う許可を得たのだ。

 その薬が貰えない? てことはなんだ、明日もお休みって事か!?


「それなら大丈夫」

 俺の悩みを察知したのか、ゆっくりと立ち上がったのは薫だった。その小さい体とは対称的に態度はデカく、薫の瞳からは底知れぬ自信を感じ取ることができる。何か手があるのか。


「発作の薬でしょ? それならまだ何個か残ってたハズだから、私のをあげるよ。ちょっと見て来るね」

 それだけ言うと薫は二階へと戻って行った。話した覚えはないが……葉月さんにでも聞いたのか?

 しかし良かった。これでもし余りがあれば、明日は学校に行けそうだ。ずっとここに居てもゴロゴロしてるだけだからな。


 そんな俺と薫のやり取りを見ていたユマっぺは、

「お薬……ですか?」

 何やら興味ありげな面持ちで聞いて来た。

「……ああ、発作を抑えるための薬らしいんだがな。それを常に持ち歩くって約束で、学校に行く許可を貰ったから」

 思わず止まっていた手を動かし、残り数口分のグラタンを口の中に放り込む。パクリとな。

 唸る程の美味さに浸っているとユマっぺは心配そうに、

「忍さんも……やっぱり発作が……?」

「発作的なのは今までで1度だけな。実際問題俺は浅葱の奇病がどんなモノなのか判らんし、よくわからんのよ」

 俺の記憶では、薫は例の発作が奇病の症状だと言っていた気がするが…… 本当にそれだけなのだろうか。浅葱の一族は血を吸わない吸血鬼。薫はそうも言っていた。


 俺の知ってる吸血鬼ってのは人の血を吸い、自分の配下を作る……そんな一般的なモノだ。

 その真意を確かめるためには、俺に奇病の症状が出れば一番なのだろうが……そればっかりは困る。これでもし、取り返しのつかないような症状だったらお終いだ。

 やっぱり薫か葉月さんに聞くしかないのか?


「私も初めて薫から病気の事を聞いた時はビックリしました」

「……?」

 ユマっぺが何やら語り出した。

 そういえばユマっぺは当たり前のようにここへ来て手料理を振る舞ってくれているが、俺達の事情についてはどこまで知っているんだろうか?


「私は興奮すると発熱すると聞きました」

 ん?

「また人混みの中にいると呼吸困難を引き起こしたり」

 ん??

「……私が聞いたのはそれだけです。薫はそれでは皆の足を引っ張るから、と学校を辞めてしまいましたが」

 待て待て。


「でも、今の今までこうして接して来ていますが……薫の発作は段々良くなってきているように思うんです」

 ちょっと待った。

「確かに薫は出会った当初から病弱で、学校も休みがちでした。ですが最近の薫は少しずつその症状も良くなって来ているように思うんです」

 おかしい。何がおかしいって、葉月さんのように俺の言葉に聞く耳を持たず話続けるユマっぺもおかしいのだが。

 それ以前にユマっぺの語る薫の症状が、二の次で良い様なモノばかりだと言うことの方を重用視していただきたい。

 肝心なのが出て来ていないじゃないか。


「……本当にそれしか聞いてないのか? もっとこう……なんか人としておかしい症状が出るとかは?」

 吸血鬼のように人の血が欲しくなるとか言うソレは聞いていないのか。

「……それだけですよ?」

 ユマっぺは他に何かあるので? と言う目で俺を見つめる。

 これは一体どういう事だ。

 薫はユマっぺに本当の症状を話していないのか? それとも俺に嘘を?

 いや、嘘にしては出来過ぎている。何より俺に嘘を吐くメリットがないじゃないか。

 ならばユマっぺに嘘を? 待て、ユマっぺが嘘を吐いているのか?


 ぬぁあああああああああああ! もう何を信じて良いのか判らなくなって来た。


「とにかく、忍さんの病気も絶対に良くなります♪」

 人の気も知らずにそんな事を言うと、ユマっぺは空いた皿をお盆に乗せ台所へと消えて行く。

 こりゃぁ事を聞くべき人間は一人しかいない。

 もし俺に嘘を吐くようであれば俺は怒る。まじでな。


「じゃぁ、また明日」

 全ての後片付けを一人で終えたユマっぺが玄関で靴を履く。ひとまず俺もユマっぺに続いて靴を履き、外に出る。

 冷たい夜風が薄着の俺に刺すように吹き付けた。

 こりゃ今年は冬の到来が早いかもしれんな。

 しかしだ。あんなにも美味なる料理を作っていただいたにも関わらず薫は見送りにも来やしない。

 薄情だとは思うのだが、後片付けを手伝わなかった俺も同じようなものだから人の事は言えんが。

 だから、せめてものお見送りよ。


「ユマっぺ」

「はぃ?」

「ごちそうさまな。気をつけて帰れよ」

「はぃ、ありがとうございます♪ お休みなさぁい」

 礼儀として、準備を微塵も手伝わなかった謝罪として、玄関前までだがユマっぺを見送る。

 そして小さく手を振るユマっぺの姿が視界から消えたのを確認すると、

「よぉし、乗り込むかぁあああああ!」

 俺は獣の雄叫びの如く叫び声をあげながら一瞬にして家内へと戻り、階段を駆け上った。

 そして薫の部屋の襖をノックする事なく開いてやる。


「あ、お兄ちゃん? 確かこの辺に入れといたはずなんだけど……」

 薫は律義にもまだ薬の発掘作業に熱を入れていた。薫が探索に向かってから20分が経過している。無いなら無いでもういいよ、明日も休む。


 だが今は薬よりも大事な話があるんでな。そっちを優先する。

 俺は薫の小柄な両肩を押さえ付け、

「薫よ。お前、嘘を吐いてないよな?」

「え? 誰に?」

「俺とユマっぺだ。俺が聞いた奇病の症状と、ユマっぺがお前に聞いた奇病の症状は中身が全然違う。どっちが本当だ」

「……」

 いきなり迫り寄った俺を前に薫は答えない。しかし俺は更なる追い討ちをかけるように問い詰める。

「ユマっぺが嘘を吐けるような子じゃないのは、まだ会って日の浅い俺でも判る。こんな事は言いたくないが、もし嘘を吐くならお前しかいないんだ!」

 酷い事を言っているのは自分でも判った。今のが薫を傷つけるかも知れないということも。


 だが浅葱の記憶の無い俺の唯一の頼りは薫だけなのだ。その薫にまで嘘を吐かれたとなると俺は何を信じていけばいいのか判らなくなってしまう。


「……友真だよ……」

 しばしの沈黙の後。それが薫の答えだった。

「なんで……」

「友真は亜種だもん……本当の事を言っても信じてくれる訳がない……」

「……」

「お兄ちゃんだってまだ信じてないでしょ? 自分の中に吸血鬼を飼ってるなんて……」

 確かに、まだ半信半疑だ。だけど実際に俺は吸血鬼と出会い、その存在はしかと認識した。


「友達だろ……あの子だったらきっと信じてくれる」

「友達だから言いたくないの」

 言って、薫は俺の目をキッと見据えた。

 なんでそうなる。


「私の友達は友真しかいない……学校で発作が起きた時いつもそばに着いていてくれたのも、学校に行かなくなっても友達として付き合ってくれているのも……友真しかいないんだもん!」

 だったら尚更だ。お前がユマっぺを一番の友達だと思っている事は、俺もこの目で見て良く判ったさ。

 あんなに仲良さげにしていて、あれが芝居なハズないからな。


「無理だよ。友真だって本当の事を聞いたら絶対に離れてく……」

 薫は本日二度目となる涙を瞳に浮かべながら、必死に言葉を発しようとした。


 俺はそれを遮り、

「友達なら大丈夫だ」

「無理だよ……」

「普通ここまでしてくれる友達なんていない。ユマっぺならきっとお前から離れて行かないから」

「……」

 再び訪れた沈黙。俺は悪い事を言ってるつもりはないが、こうも黙られると罪悪感が芽生えて来る。


「時間をかけてでも良い。お前の口からちゃんと言ってやれ。な?」

「……」

 やれやれ、このままじゃ埒が明かんが一つ謎は解けたんだ。まだまだ有耶無耶な事は沢山あるが、俺は一時退散としますかね。


「……まぁ、それだけだ。いきなり悪かったな」

 俺なりの謝罪の意を込めた言葉を投げ掛け、泣き崩れた薫を背にした時、

「――――でだから」

「んぁ?」

「ついでだから……聞きたい事があれば聞いて。お兄ちゃんに嘘を吐くような事は絶対にしないから……」

 薫は涙で掠れた声でそう言った。


「いや、今は遠慮しておく」

 断る事にする。こんな泣き顔の少女に更なる尋問を続けられる程、俺にはサディスティック成分は配合されていないのでな。

 また気が向いた時に聞く事にするさ。

 俺が黒霧の家で僅かながらに聞いた浅葱の話との不一致な点等、聞くべき事はまだまだ沢山あるのだから。

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