10月30日(水) ただいま

 力の使える限度以前に自由奔放にも限度があると思うのだがね。あまりに阿呆クサすぎてツッコミを入れる気にもならんな。


 しかし葉月さんは、

「全く、困ったもんだよね」

 と、ケタケタ笑いながら俺に賛同を求める言葉を言う。このノリの軽さよ。

 俺が愛想笑いにもならないような笑いを返してやると、

「前にさ、君が僕に訳の判らない願い事を言った時、言ったよね? これは禁忌だって」

 別の話題に変えて来た。



 ――――『全部私利私欲な願いじゃないか。そういうのは禁忌だからなぁ……』


 ああ、覚えているとも。あんたは確かにそう言って、善良なる一市民の願望をことごとくねじ伏せたのだ。

 ってか、訳の判らないって言うなよ!


「そう言った感じでね、僕の魔力には制限がかけられているんだよ」

 残念そうに言う葉月さん。

 だのにその顔は笑みを浮かべたままで、残念がっているのか楽しんでいるのか俺にはもう判別出来ん。

 ただただこのまま聞き役と言うのも疲れるから、俺にはどうでもいい、しかし的外れではない質問を投げ掛けることにする。


「その禁忌ってのを無視して力を使うとどうなるんだ?」

「神としての力が剥奪されるだけさ」

 即答だった。

 何か重い話だと言うのに、葉月さんは相変わらず笑いながら言葉を継ぐ。


「簡単に言えばこの世界の道路交通法みたいなモノでね。駐車違反で減点され、スピード違反で減点され……

 そんな感じで段々と使える魔力の上限が減って行く。最終的には力そのモノがなくなり、神でも新種でもなくなる訳さ」

 どんな原理で誰に魔力を剥奪されるのかは知らないし興味も無いが、

「やっぱり神様は人間界でなく天界に居るべきだったんだな。魔力の制限までかけられるんじゃ、人間界にいたって堅苦しいこと山の如しじゃないか」

 判ったように俺が言うと、それは違うよと葉月さんは首を振った。


「天界に居ようと禁忌は禁忌だからね。絶対に犯してはならないんだ。だったら退屈な天界に居るより、何が起こるか判らないこっちに居た方が面白いってもんさ」

 へぇ~、天界なる場所は退屈なのか。



 窓ガラス越しに目に映る景色が、次第に見覚えのある風景へと変わって来た。このまま走れば5分とせず浅葱の家に着くだろう。

 しかしだ、俺はそれまでの約5分間を葉月さんの夢話の聞き役に徹するのはごめんだ。こちとら明日からの現実の話をしたいのでな。


「とりあえず確認になるけど」

 ん? と、葉月さんが開きかけた口を閉ざし、首をかしげる。


「俺はあんたの出した薬を持ち歩けば、普通に学校に通っていいんだよな?」

「そうだよ。でも外に出る時は常に注意が必要だけど」

 何ゆえ。発作と疑われる症状が出たのは、この間の生徒会室での一度くらいのもんだ。

 そんなに注意が必要なのか?


「問題はそっちじゃないよ。君が鬼種としての力をまだ自分のモノに出来ていない、中途半端な状態だと言う事の方が重要なんだ」


 ……また希種の話か。

 俺はそんな現実離れした回答を求めているのではなく、一般的な回答をだな――――

「君の命に関わる話なんだけどなぁ」

 言って、葉月さんは深い溜め息を吐いた。


 そして失った酸素を再び体内に取り込むと、

「いいかい? 何も知らない亜種からすれば鬼だの神だの、そんな話は空想上の話にすぎない。だけど、この世界の秩序を乱すソレは実在する。変わった力を持つ人間もね? 現に君は鬼種であり、鬼とも出会ったことがある」

 ……あの女吸血鬼のことか。


「そんな君が、あれは空想上の話だったと言えるかい?」

 葉月さんの底意地悪いスマイルは、そのメガネを三段階に折り曲げてやりたくなるほど癪に障る。

 あれが空想上の話だと? そう解釈する奴がいるのなら、俺はそいつを馬鹿じゃないのかと罵倒する。

 いや、それ以上の何かをしてやるだろう。

 あの化物に俺は襲われ、あまつさえ家族をも――――


「だから君にはちゃんとそれを踏まえた上で学校に復帰して欲しいんだ」

 ……なるほどな。まぁ葉月さんの言いたい事は何となく判ったよ。

 それで、何を踏まえろと言うのだ。


「その体に吸血鬼を宿している以上、君の体からは嫌でも吸血鬼の波長が出てしまう。何も知らないハンターからすれば君もその対象になり得ない。同時に、吸血鬼からも狙われるハメになるだろう。だから外に出る時は、くれぐれも注意して欲しい」

 随分と簡単に言ってくれる葉月さん。


 吸血鬼の波長だと?

 どこかで聞いた覚えがあるぞ。

 吸血鬼に狙われる?

 時既に遅しじゃねぇか!!

 それに、そのハンターってのは一体何者だ。


「対魔用殲滅師養成機関と言ってね」


 ……大麻……なんだって? 麻薬取締の何かか?


「大麻じゃなくて対魔だよ。人間界に巣くう魔を殲滅するための人材を養成し、派遣する機関があるんだ。そこから派遣される者の事を裏ではハンターと呼んでいる」

 最早マンガの世界みたいな話になってきたな……


 再び訪れた耳を塞ぎたくなる程訳の判らない話を前に、俺は肩を落とし、葉月さんにも聞こえる様、露骨に落胆の溜息を漏らして見えた。


「彼らにはそれぞれ管轄があるんだ。対吸血鬼、対悪魔……そんな感じで色々ね?」

 まったく、数学の方程式を解いている方が幾分も楽そうな話だな。

 一度話出した葉月さんがブレーキの壊れた暴走機関車と化する事は、もう嫌と言う程学んだ。

 俺は自分の浅はかな質問に対する回答に切りをつけるべく、

「まぁ、わかった。簡単に言えば俺の敵となる奴等が、俺を襲って来るかもしれないって事だろ?」

 結論を出す事にした。


「簡単に言えばね」

 うん、と微笑みながら葉月さんは頷く。なら最初から簡単に言えってんだ。


「とりあえず僕からも君への被害は及ばないように注意するよ」

 魔法でも使うのか?

「いや。この街に派遣されたハンターの中にね、少しだけど昔行動を共にした人が居るんみたいなんだ。その人に君の事を話してみるよ。上手く理解してくれればハンター側から狙われる事は無くなるだろうしね」


 なるほど、ありがたい。是非そうして欲しいな。

 いや待て、ハンターと行動を共に? もしや葉月さんもハンターだったなんてオチじゃなかろうな?

 そんな考えが俺の中で産声を上げたが、今回は口にしないでおく。この人との会話が無駄に疲れるからと理由を述べるまでもないだろう。

 何より、浅葱の家もすぐそこだ。着くまでに話が終焉を迎えるとも思えんからな。


 門の前には薫がちょこんと立っていた。

 未だ完全停止前の車の周りをうろつき、中を覗いて見ては喜々とした表情を浮かべている。何か良い事でもあったのか?

 車が完全に停止し、俺も降りようとシートベルとを外すと、

「もし上手く説得出来なかった場合。君にも鬼種としての力を自分の物にしてもらう事になるかも知れないけど……」

 葉月さんは今日始めての深刻そうな面持ちでそう言った。

 自分で戦えって事か?

「最悪の場合はね……でも善処はする。彼女ならきっと理解してくれるだろう」

 そいつは女なのか。


「まぁ後は僕に任せてくれていい。何より今は、君も早くこっちの生活に馴染めるように努力してね。薫くんも君の帰りを待ち望んでいたんだから。何かあったら、いつでも連絡してくれて構わないよ」


 無駄に多弁な葉月さんに一応お礼を言うと、俺は車を降りて後ろのトランクから荷物を回収する。

「上がってお茶でも」

「悪いけど、すぐ仕事に向かわなくちゃいけないからね。夜、仕事が終わったらまた来るよ」

 なんて言う会話が俺の耳に届いた。


 こうして見ると、葉月さんも薫も本当にどこにでも居る普通の人間にしか見えない。

 希種だの新種だの、訳の判らない人間だとは思えないくらい普通なのだ。

 自分が希種だなんて思えないのも、二人がそんな風に見えてしまうからだろう。

 俺から見て薫や葉月さんが普通に見えるように、普通の人間から見ても俺が、普通に見えるんじゃないかと思ってしまうから。


「私が持つ♪」

 葉月さんの車が去ると薫は不意に俺の脇に姿を現し、ひったくりの如く素早さで俺から荷物をひったくった。

 しかし予想だにしなかったのか、荷物の意外な程の重さにバランスを崩す。


「気持ちだけで十分だ。こんなもん自分で持てる」

 今度は俺が薫から荷物を奪取する。

「私が持つの!」

 また薫が(略)

 こいつは……何故そんなに持ちたがる。筋トレか?


「嬉しいから……」

「は?」

「帰ってきてくれて嬉しいから、持ちたいの!」

 と、薫は瞳を潤ませながらそんな事を言う。意味が判らない。

 が、葉月さんの別れ際の言葉が俺の脳内に蘇った。


 薫は俺の帰りを待ち望んでいた。


 葉月さんはそう言ったのだ。

 どんな気持ちで……?

 そんなのは判らない。だけど、寂しい思いをしていたことは確かだろう。

 なら俺はこいつに真っ先に言ってやるべき言葉があるんじゃないのか?

 荷物を奪い返そうと伸ばした腕を、薫の視線にまで上げる。

 何をする気か、と薫は目を瞑るが俺は別にひっぱたいたりしない。



 ただ頭を撫でてやりながら、

「ただいま、薫」


 思いもよらぬ俺の言葉に、薫は暫く黙ったまま俺を見上げていたが、やがて大粒の涙をその目から零し、

「……お帰りなさい……」

 震える声でそう言った。

 これがもし悲し涙なら謝るが嬉し涙なら気が済むまで泣かせてやる。

 葉月さんとの会話で薫には聞くべき項目が増えてしまったが、もう少し落ち着いてからの方が良さそうだ。

 俺は泣きじゃくる薫から荷物を取り返し、薫の背中を押しながら家の中へと戻って行った。

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