10月30日(水) さようなら2

 目頭が熱くなっているのを感じながら、俺は葉月さんの元へと足を動かした。

「僕も君とはゆっくり話がしたかったんだ」

 と、車に乗り込んだ俺がシートベルトを付けたのを確認すると、葉月さんはセルを回しながら言う。それは俺もだ。


「さっきの話を聞くと、薫くんが学校を辞めた事は聞いたんだね」

「……まぁ」

「彼女はね……普通じゃなかったんだよ」

 葉月さんはゆっくり車を発進させた。


「特異体質とでも言うべきかな? 彼女の体内を流れる血は、異常なまでに濃いんだ」

 それは薫も言っていた気がする。あまり詳しくは聞いていないが。

「彼女の場合は生まれながらに病弱だ。多少の運動で呼吸困難になりかねない」

「そこまでだったのか……」

「彼女の発作は今まで僕の処方した薬でなんとか抑えて来られたけど、今じゃそれでも抑えられない所まで来てる。

 彼女の中の鬼は、もうすぐ彼女の体を浸食する。後は時間との戦いなんだ。

 僕が彼女に退学を進めたのは発作が理由じゃない。その鬼との完全なる同化。それを恐れての事なんだ」

 薫が……鬼に浸食される?


「そう。これはまだ薫くんには言っていない事なんだ。だから内密にして欲しい」

 そこまで言うと、そうそう……と思い出したように、

「さっきの件だけど、君は学校を辞める必要はないと思う」

「え?」

「彼女の退学の理由は今の通りだ。君も症状が発作だけなら、僕の出す薬を常備していてくれていれば問題ないだろう」

「じゃあ……辞めなくても……」

「大丈夫だ」

 その言葉を聞き、俺の中にのしかかっていた一つの大きな何かがスゥーと消えたような気がした。少し気持ちが軽くなった感じだ。


「ただし、もし別の症状が表れるようになったら、辞めざるを得なくなる」

「別の……症状?」

「希種である浅葱の力は鬼の力を自分のモノとする力。あ、希種ってのは専門用語なんだけど、人間は三種類に分類されるって事は聞いたかな?」

 それは薫から聞いた。普通の人間は亜種と呼ばれ、何らかの力を持つ者が希種と……

「あれ……?」

「ん?」

「俺が聞いたのは二種類だけだ……亜種と希種、それ以外にもあるのか?」

 葉月さんはクスッと笑うと、

「あるよ。確かに君達には直接関係の無い種類だから、薫くんも言わなかったんだろうね」

 それに、薫くんらしいや、なんて笑いながら付け加えた。


「それで、そのもう一つってのは……?」

「“新種”と言ってね」

 ……新……種。読んで字の如く直訳すれば人類の新しい種類ということになるのだろうが。

 希種だって変な力があるのだ。新種と同じなのではないか?


「確かに、亜種には無い力があるって点は新種も希種もほぼ同じだ。“ほぼ”ね。希種との大きな違いと言えば、その生息率の低さ。

 そうだな、割合で言えば亜種が8、希種が1.5、新種が0.5って所かな、判るかい?」

 まるで少人数制の塾の講師が出来の悪い一人の生徒に再度確認を取る時のように、優しく問うて来る。


 俺は今の葉月さんの日本語を理解出来ない程頭は悪くないつもりだ。それに聞いているのはこっちだというに、実に不愉快だ。


「希種はね、母胎の中にいる状態で既に力を持っているんだよ。そして新種は生まれた瞬間。人工的に力を分け与えられる。分け与えられると言うよりは、先代の力を引き継ぐと言うのが正解なんだけど……具体的な違いと言えばそれくらいさ。僕は新種より、既に力を持って生まれる希種の方がよっぽど新種だと思うんだけどね」

 まるで『ちょっとコンビニに行ってアイス買ってくる』並の軽いノリで言ってくれる葉月さん。


 しかしだ――――


 俺には……生まれる前から力があっただ?そんな事が現実にあるわけ―――――

「潜在能力って奴と同じだよ。希種だって最初から自分に力があるなんて事は知らないんだ。小さなきっかけで、すぐ目覚めてしまう。その力に目覚めるか目覚めないかは人それぞれだけどね。そうそう、希種と新種には更に別の呼び方があってね」

「更に?」

「そう。希種は別名“鬼種”と呼ばれ、新種は“神種”と呼ばれている。どちらも読み方は同じ。当て字みたいなモノだね」

 いやいや、当て字にする意味が判らんが。


「これは昔からある呼び方だから仕方ないよ。人々は自分に害を及ぼす破壊的な力を持つ希種を恐れ、鬼の字を用い、鬼種と呼び非難した。そして自分に利益をもたらしてくれる新種を神のように崇め――――」


 神種と呼ぶようになった訳か。 


「そうなるね」

 葉月さんは頷いた。ニコニコスマイルのままで。


「しかし、そんな人々に利益をもたらしてくれる都合の良い神種様には何故か規制がかかっていてね。鬼種にはその規制がないんだけど」

 なんだか頭が痛くなる話だ。おまけに眠くなって来た。

 心の中で思うだけでは、言葉を発し続ける機関銃と化した葉月さんには伝わらない。

 あらかじめ録音されていたモノを再生しているかのように、葉月さんは更に言葉を発した。


「元々神種に備わった魔力には、使って良いのはここまで! って限度があるんだ。神種は次の代に引き継ぐタメ、ある程度の魔力は残しておかねばならない。そのための規制なんだけど」

 ったく、この人は一体何者なのだ。

 学校の方の問題が解決した今の俺に生まれる疑問と言えば、人はどこから生まれどこへ行くのかって事と、そんな疑問くらいなもんだ。


 だって普通の医者がこんなに裏の設定に詳しいはずがないじゃないか。

 と言う事は、もしかしてもしかすると……


「結局、あんたも希種だったってオチか?」

 皆が苦悶する中、一人だけその問いの答えが判ってしまった小学生のように、俺は勝ち誇った様に言う。

 しかし葉月さんは、

「ははっ、僕が? 僕は鬼種なんかじゃないよ」

 俺のソレを大笑いしながら一蹴した。



 と思いきや、車が信号で止まった時、

「僕は鬼種でなく神種の方だ」

 俺の方を向き、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。


「……え?」

「聞こえなかったかい? 僕は神種だよ」

 葉月さんが新種? 希種じゃなくて?

 あまりに予想外の返答に、思わずポッカリと大口を開けてしまう。

「はぁ、何度も言ったじゃないか。僕は神様だって」

 まじか。あれはてっきり嘘なんだとばっかり。

 て言うか、いきなり現われて自分は神様だなんて言われた日にゃ、普通誰だってその頭を疑うぞ。


「葉月の一族は正式な神の一族だよ。昔からね」

 いや、神の一族って……大袈裟すぎる気がするが。


「人間てのは現金なモノだよ。普段は神の存在なんて信じもしないくせに、自分に都合の悪い時ばかり神頼みだ。現に君も信じてなんかいないだろう?」

 葉月さんは溜め息混じりにやれやれ、と肩を竦めた。

 まぁ葉月さんが新種だと言うのは信じよう。

 だけど神様って言い方はやっぱりおかしく思う。これだけは一万歩譲っても認められない。


「何がどうおかしいんだい?」

「だって、普通神様ってのは天に居るもんなんじゃないのか? 人間の前には決して姿を現さない、居るのか居ないのかも判らないような存在なんじゃないのか?」


 ガクン――――


 突如信号が青に変わり、車が動き出した。

 乗り出し気味の体勢だった俺は、その微弱な振動でさえ体勢を崩して前のめりになってしまう。


「うん、まぁ……普通はそのイメージだよね。それは間違えじゃない。天界と言うモノは存在する。同時に冥界も」

 まじかよ。天国だ地獄だ言っても、想像上のもんだとばかり思ってたぞ? これこそ嘘じゃないだろうな。


「何て言えば良いのかな? 葉月の一族は今や神様であり神様じゃない」

「は?」

 気付け、葉月さん。なんか言ってる事が支離滅裂だぞ。

「普通神様は天界に居る。それは人間の想像通りだ。そして普通神様には四神と呼ばれる配下がつくんだよ。青龍、白虎、朱雀、玄武。忍君も名前くらいは聞いた事がありだろう?」

 ああ、名前だけなら確かに聞いた事がある。

 確かそれぞれ東西南北の方角を受け持つ守り神的な。


「しかし先代がとんでもない馬鹿でね。ま、僕の祖父に当たるんだけど。自分が神だと知った途端、四神の目を欺いて大喜びで下界に降りたそうだ。それが神の禁忌だとも知らずにね」

 思い出話を語る様に葉月さんは遠い目をしながら言う。もはや夢物語になって来たな。


「そして下界に降りた祖父は魔力を使いたい放題に使う破天荒ぶり。挙句の果てには死神に狩られてこの世を去った。

 唯一の救いと言えば、祖父が下界でちゃんと後継者を作ってくれたと言う事くらいかな? おかげで今の僕が居るわけだしね」

 おいおい、今度は死神だ? なんか話が飛躍しすぎちゃいないか?


「僕もこの目で見た訳じゃないけど実話だからね、仕方ないさ。それからと言うもの、祖父に天界への帰り方さえ聞けず終いに終わった父は、天界に戻る事も出来ず、神様と言う身分を隠しながら人間界で生活せざるを得なくなった訳さ。

 そう言う意味では天界に帰れない神の一族なんて、神様と言うのもおこがましいのかも知れないね」

 確かに、履歴書の持っている資格の所に神様3級とか書いても馬鹿丸出しだもんな。

 天界への戻り方を爺さんに聞けば良かったんだ、葉月さんの親父は。


 しかし葉月さんはケロリと微笑み、

「はっはっはっ、祖父がとんでもない放浪癖があったみたいでね。最後に会ったのは父が5つくらいの時だって聞いた。それを聞く前に祖父は亡くなったらしいしね」

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