10月29日(火) プロローグ2

 ガサガサと言う物音に、俺は目を覚ました。

「―――――」

 ゆっくり首を動かし、未だぼやける目で何ごとかと回りを見渡す。

 やがて理解した。

 視界一杯に広がる日本家屋。鼻をつく畳の匂い。

 俺は俺の妹と名乗る浅葱薫の家で、あの後そのままお寝んねしてしまったと言うことを。それも居間のど真ん中で。


「あ、起こしちゃいました?」

 と、ミノムシのように蠢いた俺に気付いたのか、何者かが俺の前に立ちはだかった。言うまでも無く、浅葱薫である。


「……いや、気にするな」

 適当に返答し、ゆっくりと身を起こす。

 こんな体勢とは言え、少しばかり寝たためか気分もだいぶ落ち着いた。昨日のコトは未だに信じがたい出来事だが。


「あのさ……ここに住むって話だけど」

「はい?」

 なんて薫は呑気な声を上げて、二人分の湯飲み茶碗を手に卓袱台を隔てた俺の前に腰を下ろす。そしてそれにお茶を注ぎながら、

「別に今すぐに答えを出す必要はないですよ。ゆっくり時間をかけて考えていただいて結構です」

「……なぁ……もう少し詳しく話を聞かせてくれないか?」

「何をです?」

 小鳥の様に小首を傾げながらお茶を勧める薫から湯飲み茶碗を受け取り、

「この家の……浅葱の事をさ」

「浅葱の事……ですか……?」

 くいと一口、茶碗を口に運んで薫はか細い喉を動かした。



 全ての話が飛躍しすぎている気がしてならないのだ。

「どうやって話しましょう……」

 と、薫は眉根をひそめ、深々と考え込む。


「そもそも、お前学校は? 平日の真っ昼間だぞ?」

「あ、学校ですか?」

 悩みに悩む薫の口から何かが飛び出すには時間がかかると踏んだ俺は、適当に質問をすることにした。

 すると薫はまたもやうぅむ、と考え込むと、どこかバツが悪そうな顔をし、

「辞めました」

 そう言った。


「辞めた?」

「はい。葉月さんの勧めです。約半日、毎日のように学校に行っていたら、いつ発作が起こるか判ったものじゃありません。犠牲者を出さないためにも、これが一番の方法なのです」

「発作って……」

「代々浅葱に伝わる奇病です。前にも……公園でお会いした時も申しましたが、覚えてませんよね?」

 あの時はまさか自分に関係がある事とは思いもしなかったからな。

 ってか、薫も公園で会った事はしっかり覚えていやがったか。

 あの時は人の話を一切聞かない変な子だったが、いざ話してみればちゃんと会話も成立してるし、少し安心した。


「浅葱の家系は代々から伝わる吸血鬼の一族なのです」

 またそれか。

「はい。しかし私達一族は、人間の生き血を吸う吸血鬼とは違います」

 どういうことだ。


「私達と同じような特殊な力を持ったモノ。それを希少種、“希種”と呼んでいます」

「き……しゅ……?」

「はい。私達はそう呼んでいます」

 そこまで言うと、薫は満足げに大きく頷いた。


「……その力ってのは何なんだ?」

「様々です。浅葱の場合は、鬼と同化する力」

「同化……?」

「鬼と同化する事により、一時的に鬼の力を得る事が出来るのです。私達が同化するその鬼こそが“吸血鬼”な訳ですけど。私達の発作はその力の代償と言っていいでしょう。あ、あまり力を酷使しすぎると体を丸ごと、鬼に乗っとられる可能性もありますから要注意です。

 どう説明しましょう……私達はその力で希種を退治して来ました、かな? あ、どうぞ」

 いつの間にか飲み干していた俺の湯飲みに、薫はお茶を継ぎ足した。しかもあやふやな回答を残して。


「他の希種を退治? 別にそんな事しなくても――――」

「浅葱の家は元々、魔を滅ぼす殲滅師の家系でした。裏世界では結構有名だったんですよ。しかしいつしか魔は滅んだ。

 言い伝えでは死神の一族によって……と言われていますが。70年程前、その一族も内乱により滅んだと聞いています。

 それからはパッタリと、嘘のように魔族は消えた。そうして狩る相手のいなくなった浅葱の標的は――――」


 希種に移ったと言う訳か。


「そうです。しかし私達は全ての希種を滅する訳じゃない」

「……」

「邪心に心を奪われし者。私利私欲に力を行使する者。秩序を乱す者。狩る対象とする希種はそれだけです」


 何やら良くわからんが、そんな悪者だらけなのか、この世は?


「希種は普通の人間には無い力を持っているのです。あ、普通の人間を私達は“亜種”と呼んでいますけど♪ 何で普通の人間を亜種と呼ぶかと言うと、本来人間と呼ばれるオリジナルはアダムとイブだけで、あくまで今の私達はそこから派生したモノだから……と言われています。

 話は逸れましたけど、希種も最初は亜種にはないその能力に優越感を覚えるでしょう。いつしかその優越感が歪み邪心に変わり、心を奪われてしまっても仕方ありません。

 希種の能力なんて、人間にとってみればオーバースペック以外の何ものでもないですから」


「ふぅん」

 長話に疲れ、俺は体勢を崩した。


「人間なら誰でもそうです。しかし私達殲滅師は絶対にそのような過ちは犯さない」

「まぁ待て。それじゃぁ俺が吸血鬼ってのも事実で、それだけじゃ飽きたらず、おまけに変な力も備わっちまってるってことだ?」

「そうですね。まぁあなた自身が吸血鬼と呼ぶのは語弊があります。戦いの時に吸血鬼の力を借りるだけなので、吸血鬼の力を持った人間と言うべきですね。

 力についてですが、今のあなたの力がどの様な力なのか、それは私には判りませんが」


 はぃ?


「同じ血統であっても一人一人、備わる力は違います。浅葱の唯一の共通点はさっき言った通り、吸血鬼と同化する。それだけです。

 それ以外の固有の力については、それぞれ違いますので」


「じゃあ、お前の力は……?」


「え? 私ですか? ふふふ」

 薫はカタカタと乾いた笑い声をあげ、俺の顔のすぐ目の前まで身を乗り出し、顔を近付けた。


 そして、

「なんだと思います?」

 聞かなければ良かったと後悔した。

 何故ならば、薫の表情があの日、あの公園でみた不気味な表情をしていたのだから。

 背筋に電流のような悪寒が走る。息が出来ない。


「あはははははははははははははははははははははは」

 雪のように白い肌を震わせ、薫は壊れた機械の様に思いきり笑いだす。


「な、なんだよ……」

「――――秘密です♪」

「……」

 パッと、一瞬で表情をさっきまでのモノに戻し、薫は淡々と言って退けた。

 そして、元の位置に座り直すと、

「唯一判っている事は、私は浅葱の中でも一番血が濃い……」


 一番……血が濃い?


「はい。私の場合は元々体も病弱です。希種を倒す程の体力も持ち合わせていません。力だって今まで一度も使った事がない。

 だけど、私の発作は異常なんですよ。下手をすれば毎日のように発作に悩まされる……」


 さっきから発作という単語が飛び交っているが、俺には判らない。それはどんなモノなのか。


「あなたは、発作になった事はありませんか?」

 俺の思考を呼んだかのように、タイミングの良い質問だった。


「多分……ない……」

「吐き気や目眩、動悸、人の血が欲しくなる。目の前が真っ赤になる。ありませんか?」


 吐き気。目眩。目の前が真っ赤――――?


 人の血が欲しくなった事はないが、その症状って……

「……生徒会室」

「……?」

「この間……お前に公園で会った日。あの日、俺は文化祭の用事で学校に行ったんだ。人の血が欲しくなるってのはなかったが、目眩とかは……」

「……あったんですね」

 頷くしかなかった。


「あれが……その発作だってのか? 俺はその時、まだお前にも会っていなかった。六条にも。もしかしたら自分は吸血鬼かも、なんて思い込まされる要素はまだ何も……」

「六条……?」

 薫が顔をしかめて問うた。


「ああ、転校生の名前だ……だけど……」

「その人も吸血鬼がどうの……と?」

「俺が吸血鬼だから殺すと……」

 薫の表情が曇って行く。そして本当に小さな声で、

「希種……」

 呟いた。


 希種? あの六条が?

 しかしそれを否定出来る材料がない。むしろ肯定する方が簡単だ。


 あの人並み外れた腕力。跳躍力。どこから出たのか判らない謎の刀。


 一般人からすれば有り得ないソレらから考えれば、あいつが希種だったと言われても十分頷ける。


「……その人は?」

 沈黙を破ったのは薫だった。

「六条は昨日の吸血鬼との戦いで死んだ……でも、あいつはお前の言う悪い希種ではなかった……と思う」

「……」

「最初こそ命を狙ってはきやがったが、最終的には吸血鬼から俺を助けてくれたんだぜ? 多分マンションの屋上に逃げたのも、他の被害者を出さないようにするタメだったのかも知れないし……」


 自分で言って驚いた。何故俺が六条を庇っている?

 敵だった奴だぞ? ほんの数分の間は味方だったが。


「……」

 薫は答えない。深く唸り、何かを考えるように。

「薫……?」

 俺が言葉を発するのと同時に、薫は席を立った。


 そして俺の方を振り向くと、

「少し調子に乗って話過ぎたみたいです。気分が優れないので少し休みますね。 話の続きはまた」

「あ、ああ……」

「これだけは言わせて下さい。黒霧の家が襲われたのは偶然ではありません。必然です。

 吸血鬼はより強い力を得るため、自分より強い吸血鬼を狙ってやってくる。そのためには他人をも殺す、手段を選ばない種族です。あなたはここへ戻ってくる運命にあった」

「……」

「ここに住むかどうか、ゆっくりお考え下さい。ここなら不自由なく暮らせます。あなたの居心地の良い場所になるよう、私も最善の努力を尽くします。

 聞きたい事があればいつでも私の所に来て下さいね? 今は食べ物もありませんが、夕方には友真が来てくれると思いますから」


「ユ……マ……?」

 途切れ途切れの言葉で問うと薫はニッコリと微笑み、

「私のお友達です♪」

 そう言って居間を去って行った。


 希種だ? そんなモノがこの世に存在するなんて今まで知りもしなかった。

 当たり障りのない人生を歩んで来たのだから当たり前か。

 その希種が自分でもある?

 全く判らない。俺の中には普通の人間には無い力が宿っている……未だに信じられない。

 完全に話の途中で終わってしまったが、まだまだ薫には聞くべき事が沢山ありそうだ。

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