10月28日(月)吸血鬼

 そいつは床から、本来であればおじさんの腕だったのであろうモノを摘み上げると、大きく裂けた口を開き鵜飼いの鵜のようにソレを丸呑みした。


「……」

 事態が一転してからやけに大人しくなった六条は、俺よりもやや遅れて居間の入口へとやって来た。

 そして、言葉を失いただ立ち尽くすだけの俺の瞳が映すモノと同じ光景を、その瞳に映す。


 最早声なんて出せる状況ではない。実の親では無いとは言え、親同然の人間の死を目の当たりにしたのだ。

 それもただの殺人では無い。こんな現実離れした殺され方だ。

 もう色々なことが一気に起きすぎて何がなんだかわかんねぇよ。


「ミツケタ……」

 と、酒焼けなのか風邪なのか、椿○奴の様ながらがら声で女殺人犯。


 見つけた? 何をだ?

 女は俺へと向き直ると、血に塗れた口を拭い、俺の体を上から下へと見定めてくる。

 気持ち悪いし怖いし、もうやめてくれないかな。


 そして女殺人犯が一歩歩みを進めたその刹那――――


「ファッ!?」

 俺の腕は突然何かに引かれ、視界が横に流れていく。


 そして俺の目は、一瞬にして距離を詰めていた女の、弾丸の如くスピードで伸ばされた手が、たった今俺のいた場所を掴んでいたのをしっかりと映した。

 本日三度目の危機一発である。


 そのまま俺の体は女の動きを遥かに上回るスピードで、女との距離を開いていく。


 女を居間に残したまま玄関、そのまま外へ。


 これが六条の仕業だと理解したのは、俺が態勢を整え、手を引く六条の姿を確認してからだった。


「お前――――」

 六条は俺の手を引いたまま脇目もふれず、夜の街を疾走する。

 凄いスピードである。俺も六条のテンポに合わせて、タン。タン。と何とか地に足着いてはいるが、もういつもつれて盛大に転んでもおかしくない。風になったみたいだ。


「飛ぶわよ!」

 六条が口を開いたのは十字路に差し掛かった時だった。

「え?」

 俺が頭の上に疑問譜を浮かべた瞬間の跳躍。


 何かと思考を巡らせた途端の着地。


 気付けば一瞬にして六条と俺は2階建て家屋の屋根の上にいた。

 一体今俺の目の前で何が起きているのか。理解に欠ける。


「おい――――」

「……」

 六条は答えない。変わらず疾走を続けるだけ。


 だが待て。俺が負わせた足の怪我はどうした?  あんなにうずくまってたのに。

 あれも芝居なのか、答えてくれ六条。


「もう一度跳ぶ!」

「はぁ!?」

 風を切る音の方が凄まじく、まともに聞き取る事すらままならない。

 ぐっ、と六条は人様の家の屋根を踏み付け、俺の手を握る小さな手にギュッと力を込めると、スプリングのように高々と跳躍した。


 これは夢だと思いたかった。

 だってそうだろう? さっきまで自分を殺そうとしていた女の奇怪な行動。

 そして変な化け物に殺されたおばさんとおじさん。

 唐突にやってきた別れだ。本気で信じる事が出来ない。


 更にはなんで六条とこんな現実離れしたスカイウォークを体験せねばならんのだ。


「ぐぼはっ」

 考えている間にどこかへ着地。俺は見事に着地に失敗し、顔面から地面に叩き付けられた。


「起きなさい吸血鬼。今なら少し時間に余裕もあるし、話を聞いてあげる」

 間髪入れず、倒れた俺の腹部に蹴りをかます六条。

「何で今蹴る必要があるの!? 仕返しなのか? こんな時に!? それに俺は吸血鬼じゃねぇっての!!」

「まだ言っているの」

「たりめぇだ! さっきの女の方が俺より余程吸血鬼っぽいってか、化け物じゃねぇか!」

 俺は体を起こしいきり立った。


「そうね。あれも吸血鬼よ」

 六条は俺の目を見つめたまま、淡々と言い放つ。

「“も”って言うな! だから俺は――――」

「言ったはず。あなたの波長は群を抜いて強いって」

 確かに言ってたけどさ。


 六条は有無を言わせず話を続けた。

「近くに吸血鬼がいれば私は気付く。なのに今回は気付けなかった。それは何故か。あの密室となった部屋にはあなたの波長だけが満たされていたから」


 判らん。

 要点だけをまとめろ。


「……つまり、あなたは極端に波長の強い吸血鬼。そして今までに例のないタイプ。あなたは近くにいる自分より弱い吸血鬼の波長を書き消してしまう。だから近付いていたアイツに、私も気付けなかった」

 自分なりに簡潔にしたのだろうが、俺にはよく判らない。


「つまり、俺は強い吸血鬼ってことか?」

「まぁ、そういう事にしておきましょう」

「ただ強いだけじゃなくて?」

「あなたは吸血鬼。それだけは覆らない」


 馬鹿かよ。俺は別に人の血になんか興味ないぞ。


 すると六条は突拍子もない事を口にした。


「契約しなさい」

「は?」

「私はもうあなたを殺すことはしない」


 急に何を言ってやがるんだ、こいつは。


「殺しはしない。だからあなたには、これから私の手伝いをして欲しいの」

「な……――――」

 六条から発せられた言葉を前に、俺は完全に言葉を失った。

 手伝い?  何を言ってやがる。


「どうするの」

 と、急かす六条。

「おいおい、何なんだその心変わりは。さっきまで俺とお前は死闘を繰り広げてたじゃねぇか? それが何で急に停戦どころか共闘になるんだよ」

 女の気持ちってのは山の天気並に変わりやすいと言うが、謎だ。


「あの場で私に止どめをさす事は容易だったハズ。なのにあなたは殺さなかった。だから私はあなたを良い吸血鬼だと認識した。あくまで、他の吸血鬼よりは、だけどね? それに、女の気持ちって言うのは山の天気並に変わりやすいのよ」

 まじか、イイヤツ扱いとかそれこそ気恥ずかしくて体中が痒くなる。

 しかしそれは勘違いだ。俺には最初から六条を殺す気はなかった。

 ただ正当防衛と言っても良く判らないまま殺し、俺まで殺人罪を着せられるのが嫌だったってだけの話だぞ?


「さぁ、答えを」

 なんて六条は容赦なく返答を急かす。

 黙りこくった俺に痺れを切らしたのか、六条は言葉を継いだ。

「見たでしょう」

「何を」

「さっきの女を」

「……あぁ、見た」

「あれがこの街で連続殺人を犯していた吸血鬼」

 六条は舌軽やかに語る。


「確かに、あの殺し方はニュースで聞いた通りだけどよ。何でおじさんやおばさんまで……」

「残念だけど、巻き込まれてしまったのね。

 吸血鬼はより強い力を得るため、吸血鬼同士で食らい合うの」

「巻き込まれた?」


「あいつの狙いは最初からあなた。あなたの親はたまたまその場に居たから殺された。私は今みたいな吸血鬼同士の戦いによる被害者を防ぐため、吸血鬼を滅却する」

「俺が……狙いだと?」

「……」

 六条は遥か彼方を見つめたまま答えない。


 まじかよ。本当に俺は吸血鬼なのか?  だが何故。いつから吸血鬼という設定付きになった?


「あなたの返事は後回しみたいね」

「え?」

 六条が呟いた。俺も六条に続き、その視線の先を追う。

 何よりも驚いたのが今自分の居る場所だ。

 高さにして100mを軽く超すであろうマンションの屋上。六条はあの家屋の屋上から、たった一度の跳躍でここまで飛び上がったと言うのか。どんな運動能力だ。

 何かのミスでここに辿り着けず途中で落ちてたらひとたまりもないぞ?


 何て考えていると、さっきの俺達と同様に、下から黒い物体が飛び上がって来た。

「なかなか早かったじゃない。ここで終わりにするわよ」

「うぅ……きっと来る……きっと来るぞ、これ!?」

 六条が一瞬で刀を手の内に登場させる。

 これは毎度毎度どう言った仕掛けなのだろうか。


「あんたにとっても因縁の相手でしょう?」

 全くだ。おじさんやおばさんを殺した憎き相手。親の敵以外の何者でもない。


 シュタッ、と長髪を靡かせながら俺達の前に着地するさっきの女。


「こいつは吸血鬼だって言うんだよな?」

 それを指差しながら六条に問う。

「そう」

 案の定、六条は頷いた。


「こいつを殺しても罪には問われないんだよな?」

「もち」

「こいつを倒せばおじさんやおばさんが生き返るって事はないのか? 漫画みたいに」

「ない」

 六条は簡潔に。


「今俺の置かれたこの状況は、夢じゃないんだよな?」

「現実」

 やはり簡潔に。

「未だに信じられないんだけど」

「あなたの両親はちゃんと神に供養するよう言っておく。世間にこの事を公にしないようも」

 今度は長々と。

 しかも神だ? 一体何者なのだ、六条は。


「アナタをイタダク。そしてワタシが最強の吸血鬼にナル」

 話をフってもいないのに、女吸血鬼は勝手に語り出した。


 六条は俺を強い吸血鬼だと言った。

 そして俺は悲しくも吸血鬼同士の殺し合いに巻き込まれてしまったって訳だ。

 面白い。腑に落ちないが今だけは吸血鬼って事でもいい。

 おじさん、おばさん。今俺がこのクソ野郎をぶっ殺してやるからな。


「おいおい、雑魚野郎。今の俺は虫の居所が悪いんだ。無駄にセリフ吐いて文字数使うんじゃねぇよ」

 俺は人さし指を突き付けて言ってやった。

 そんな俺の声は、夜の闇に吸い込まれるように消えていった。

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