10月28日(月)徹底抗戦

 何とか鍔迫り合いに応戦してはいるものの、足場の悪いベッドの上で抵抗する俺に分が悪いのは一目瞭然だ。


「忍ぅ、鍵なんて締めて何してるの? お茶持って来たわよ?」

「う、うるせぇぇえええええ!! 茶なんていらねぇから警察呼べ、警察ぅううう!!」

 力負けしないように刀を押し返しながら、部屋の外へと大声を飛ばす。


「えっ……? えっ?」

 だぁああもう、ドアの前でお盆を持ったままオロオロしているおばさんの姿が目に浮かぶ。


「息子の死活問題なんだよぉおおおお!! いいから警察を――――」

 チン、という軽やかな音と共に弾かれ、俺の体勢は再び崩された。

 意識を余所に向けていたからとかそう言う次元じゃない。ただ純粋に、六条の力が凄いのだ。

 一体こいつの小さな体の何処に、そんな腕力が秘められているのだろうか。

 六条は黙ったまま間髪入れず、追い討ちと言わんばかりの横蹴りを俺の腹に見舞う。


「ぐへっ……」

 これまた見事に蹴りをくらい吹き飛ばされる俺。壁に打ち付けられると同時にカエルが車に轢かれた時の効果音じみた嗚咽を、俺の口が発した。

 うぅむ、デジャヴ……こいつは蹴りも凄まじかったのだ。

 昼間視聴覚室で体感したばかりではないか。


「チェックメイト」

 不敵な笑みを浮かべながら、床にうなだれる俺へと歩み寄り、刀を突き付ける六条れいん。

 六条は息一つ乱していなかった。


「ふ……ざけるな……」

 俺も必死の抵抗を試みるも、まともに食らった蹴りのせいか体が思うように動かない。


「全ては平和のタメ。悪く思わないで」

 悪く思うに決まってるだろうが。

 平和のタメだ? こいつの存在、行動の方がよっぽど危険極まりねぇ。六条が黙って街を去るのが一番の平和のタメだろうよ。


 カチャリ。

 この音を今日だけで何回聞かされただろうか。いい加減耳にタコだ出来そうだ。

 六条は俺を見下ろし、静かに俺の『滅却』とやらを執行しようとしている。


 手は尽くした。それでも六条には手も足も出なかったのだ。

 唯一勝てたのは威勢の良さだけ。それ以外の全てで俺は劣っていた。

 ならこのまま黙って殺されるか? 自分が今正に殺されると知りながら。


 やはり痛いのだろうか。それとも痛みは感じず一発で逝けるのだろうか。


 嫌だ――――


 それは正直な気持ちだった。

 痛い云々とかの問題じゃない。俺はまだこの世界で生きていたい。やりたいコトも沢山あるのだ。


 そうだ、俺は――――


 歯を食いしばりながら六条を見上げた。


「死にたく……ない……」

「……」

 六条は答えない。

 俺もクラブを握る右手にギュッと力を込める。

 四肢がバラバラになったワケではない。まだ体は動く。意地は通す。絶対に死ぬもんか。


「俺はっ……!」

「さようなら」

 六条が刀を振り上げた。


 生き延びてみせる。


 それはがむしゃらと言っても過言ではなかった。例え体が起き上がれない状態にあろうとも、とにかく死に物狂いで腕だけを動かした。

 六条に当たらなくとも、少しでも逃げる時間を稼げれば、それで良かったのだから。

 みっともないが、ただの悪あがきさ。


 ブンブンと腕を振るう。部屋の中の空気を揺るがす。


「っ!!」

 突如六条の動きが止まった。

「!?」

 同時に、ゴルフクラブを通して俺の手にも確かな衝撃が伝わって来る。


 今の俺の脳は事態を瞬時に悟る事が出来なかった。

 だが足を抱えながら床にうずくまる六条の姿を目にし、漸く理解した。


 当たったのだ。


 あの、がむしゃらに振ったクラブが六条の足に。スネに! まさにミラクル。圧倒的ミラクル!


 もしこの世に勝利の女神というモノが本当に存在するのなら、俺に味方してくれたのだろうよ。

 今の俺なら幸運を呼ぶ壺とか、効果には個人差があるような胡散臭い通販にも、喜んで申し込んでしまいそうな勢いだ。


 俺は未だ痛む脇腹を押さえながら立ち上がると、今自分の出せる限りのスピードでドアまで走り寄った。

 そして奴によって閉ざされたドアの錠を開け、六条へと振り返る。


「形勢逆転だな人殺しめ! 俺を標的に選んだ事を心から後悔しな! この場でじゃねぇ、牢獄の中でな!! わっはっはっ――――」

 うぐ……調子に乗った高笑いのせいで脇腹が痛んだ。


「小癪なマネを……」

 と、六条が負け惜しみを口にする。だがスネを抱えた間抜けな姿でそんな台詞を言われても、今の俺にはただの強がりにしか聞こえないもんね。


「くらいやがれ!」

 ブン―――と、脇腹の痛みを我慢しながら六条目掛けてゴルフクラブを投げ付ける。


「っ――――」

 ゴッ。と、六条の肩にヒットしたそいつは鈍い音を響かせた。六条はうずくまったまま苦悶の声を上げている。

 直接目視した訳ではなかったが、あの痛がり様から察するに、さっきがむしゃらに振ったクラブはクリティカルヒットしたのだろう。

 六条にとっても、思いがけぬそのダメージは相当なモノだったようだ。


「げははっ! ざまぁねぇな!」

「……」

 うずくまりながら必死に睨み付ける六条の目にも、さっきまでの気迫が失われている。俺もさすがに勝利を確信したね。


 あと残された問題は警察が来るまでの時間をどうやり過ごすかだ。

 六条が動けるようになる前に紐などで動きを拘束すれば一丁上がり。逃がさないようにすればゲームセットなのだ。

 危害を加えられた証拠のベッドもあるし、今度こそ警察もちゃんと取り合ってくれるだろう。


 俺は善は急げとばかりに踵を返し、使えそうな紐を手に入れるため一目散に階段を駆け降りた。

 もうすぐ全てが終わる。一時はデンジャーになるかと思われた俺の学園生活。その心配ももう必要ない―――――


「……えっ?」

 階段を降りきった途端、ドクンと、鼓動が大きく跳ね上がった。

 視界に飛び込んだ光景に息が詰まり、吐き気が押し寄せた。同時に目眩も。


 視界が赤一色に染まる。あの生徒会室の時と同じように。それらに堪えきれず思わず床に跪く俺。


 視線を階段の上に移せば、険しい顔をした六条が一段ずつ、ゆっくり階段を降りて来る。


 そして廊下に視線を移せば壁に飛び散った大量の血飛沫と――――


 今度ばかりはとてもじゃないが理解出来る状況じゃなかった。

 今となっては、少しずつ俺の元に近付く六条のことなど全くもって気にならない。

 それよりも気にかかるモノが俺の視界、判断力を支配していたのだから。


 血に塗れた廊下。


 ゴロゴロとボウリング玉のように俺の元に転がって来る丸いモノがある。それこそが俺の視線を独占する物体。


 さっき部屋のドア越しに言葉を交わしたおばさんの、見るも無惨な頭部だった。


 堪えきれない吐き気に俺は床に胃の中のモノをぶちまけた。

 遂に階段を降りきった六条は俺の脇で立ち止まると、無言で俺とおばさんの頭部を交互に見つめている。

 一体何が起きたというのだ。


 何が起きた?  その疑問の答えは少なからずまとまっている。

 この頭部だけの死体。最近街を脅かす謎の怪奇殺人事件そのものじゃないか。


 犯人だと思われた六条の否定。その否定こそ定かではないが、だとしたら考えられることは一つだ。


 犯人は別にいる。


 考えれば直ぐに判ることだった。


「……」

 六条は依然として黙っている。険しい顔をしたまま、視線を廊下の奥、居間の方へと向けた。


 俺は六条には目もくれず、おばさんの見開かれた瞳だけを凝視する。

 これが例の殺人犯の仕業だと言うのか? だと言うのなら運が悪いにも程がある。


 何故うちなのだ。何故おばさんがこんな目に遭わなければならないのだ、おばさんが――――


 ふと頭を過ぎった考えに俺は本能だけで立ち上がり、歩き出す。

 向かう先は六条の視線の先。居間だった。

 居間には酔いつぶれたおじさんが居るハズなのだ。


「っ……」

 だが俺の目には全く別の人物が映るハメになった。


 真っ黒な漆黒の長髪を施した、骨と皮だけのような華奢な女。居間にいるのはそいつ

 居間は廊下同様に血で真っ赤に染まっていた。

 床に落ちたおじさんの頭部、バラバラになった体も、同様に。


 俺に気付いたソイツは今にも死にそうな瞳で俺を凝視した。

「……」

 俺の足は地面に根付いたようにその場から動かない。

 情けない話、立ちすくんだのだ。


 本物の化け物がそこには居た。

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