10月28日(月)悪夢再び
「失礼するわ」
許可を待たず、勝手に部屋に入り込むなりバタムとドアを閉める六条。次ぐカチャリと言う鍵をかける音は、オマケにしては充分すぎた。
ううう嘘だよね? 何で六条がうちに?
まじで? どうしてこうなった?
何にしても鍵をかけられた。
これでドアを開けて逃げるにしても、タイムロスが生じる訳だ。その隙に殺るってか?
「改めまして、こんばんは」
礼儀正しくされたって困る。こっちは一体どんな顔をすれば良いと言うのだ。
何より六条の格好が気になって仕方が無い。
ローブの時と言いコスプレマニアだったのか、こいつは?
しかし見れば見る程に奇抜な格好だった。
白い服の腹の部分をガチガチに固める鋲が一杯付いたベルト。
スカートと言っていいのか判らないくらいに短いスカート。そして太股までに伸びる紫色のニーハイ(だっけか?)。
色っぽいことは色っぽいのだが、この格好でいる意図が全く判らない。
さっき考えた通りこいつなりの戦闘衣装なのか、それとも私服なのか。
いや、今はそんなコトはどうでも良かった。
それよりも、六条の手元から突如として発生した目を瞑りたくなる程の光。それから目を庇う方が、俺には先決だったのだから。
光の後、六条の手の内にはあの忌々しい刀が姿を現した。
どういう仕組みで何がどうなれば何も無い所から刀が現れるのかとか、何故ガチ○ピンは色々やるのにム○クは何もしないのかとか、そんな疑問も今はどうでもいい。
「な、何しに来やがった……」
平常心を取り戻す時間を稼ごうにも、口からはつまらない言葉しか出てこない。
「……」
カチャリと、刀を構える六条は答えない。
「何故ここが判った……」
「この家から出ていたから」
「何が」
「あなたの波長が」
またか、また波長か。
「まだ俺の吸血鬼ネタを引きずってんのか……お前は」
「あんた達吸血鬼を滅却するのが私達の任務だから」
やはり漫画の見過ぎだ。
それに私達って言ったか?こいつみたいのが他にも居るってのか? そんなの迷惑な事山の如しだろ。
六条が刀を握る手に力を込めた。
「てゆうか、あなた達って事は俺の他にも吸血鬼がいるってのか?」
まずは会話だ。俺はこの状況下、無い頭を振り絞ってそう言う結論に至った。
少々腑に落ちないが、今はこいつの好きそうな話に付き合って油断させてやろう。
視聴覚室でもそうだったが、こいつは自分の好きな話なら、多少だが会話のキャッチボールをしてくれる。
そうしてまた一瞬の隙が生じた所をゴルフクラブで仕留めるのだ。
俺ならやれる。多分絶対。
「いる」
「どれぐらいよ?」
「たくさん」
六条は相変わらず子リスのように口を小さく動かした。
「たくさん居るんなら俺じゃなくても良いだろうが。他を当たれ、他を! 昼間蹴った事ならマジ謝るから!」
そうだ。俺は後回しにしてもらえないもんかね。
何人か殺っていれば、そのうちボロも出てくるだろうし、六条が警察にパクられる可能性も格段に上がる。時間の問題って奴よ?
俺が通報するよりも信憑性が高いからな。
「ダメ」
「……どうして」
最早呆れる事しかできない。そこまで執着するコトじゃないだろ?
「あなたの波長は、この街のどの吸血鬼の波長と比較しても群を抜いて強いから。だから野放しにするのは危険」
「……故に殺すってか? 今の今まで、俺は野放しにされてたが、至って普通の高校生をやってたんだぜ? 吸血鬼要素なんて皆無だろうが」
六条は答えない。
ホントにつれないヤツだな、コイツは。
「じゃあ、もう一つ質問だ」
言いながら自分の体の変化に気がついた。さっきまで震えていた手や足が、僅かではあるが治まってきたのだ。
今なら作戦通り、奴の隙を見て一気に攻撃に転じられる。あとは六条の隙を待つのみだ。
「お前が今までこの街で殺した人間も、みんな吸血鬼だったってのか……?」
すると、六条は初めてと言ってもいいだろう。表情というモノを表に出した。
顔をしかめた、と言っていいのだろうか。
それはなんとも複雑なモノだった。
俺が六条の表情を、どうモノローグで言い表そうかと考えていると――――
「あなたが初めて」
と、六条は軽やかに口にした。
……は?
「この街で吸血鬼を滅却するのは、あなたが初めて」
「おいおい。それじゃぁ辻褄が合わないじゃないか」
「何が」
「お前は今までこの街で起きていた殺人事件の犯人だろ? 俺が初めてって言ったら――――」
刹那、六条の体が宙を舞った。
待て待て! まだ俺の言葉の途中だろうが!?
「意味が判らない」
「う、うぉわぁああああ!?」
危険を察知した俺は、普段なら恥ずかしくて絶対に出さないような悲鳴を上げながら後退した。
そんな中理解した。もしかすると六条も俺と同じ考えだったのではないか、と。
俺が奴の隙を狙ったのと同じで、こいつも俺の隙を狙っていたのではないか?
会話で六条を油断させるつもりだったのに、体の震えが止まったくらいで安心して、逆に俺が隙を生んでしまうとは。我ながら情けない。
策士、策に溺れるとは正にこの事だ。
飛び退きながら、そのままベッドの上で見事にバランスを崩した。が、それが吉と出た。
ほんのコンマ単位の差で、俺の元居た場所は六条の刀に串刺しにされていたのだ。あまりの紙一重さにびっくりして胃が口から飛び出るかと思った程だ。
六条の瞳がニョロリと動き、俺に照準を合わす。その瞳が次は外さないと俺に警告する。
六条が布団から刀を引き抜いた際に飛び出た綿が高らかに舞った。
1日に2度もこんな生死ギリギリな綱渡りする高校生いねぇだろ??
「て、てめぇ! マジで危なかったぞ!?」
「惜しい」
舌打ちする六条。
こんなに殺意に満ちた人間見たことねぇ。普通じゃねぇよ、こんなの。
残念なコトに今の俺には感傷に浸る暇すらも与えてもらえない。
応戦すべく体勢を整えゴルフクラブを構え直したその時、
「忍ぅ?」
と、ドアの向こうからおばさんの声が耳に届いた。
何てことだと頭を抱えたい気分だ。この事態の中におばさんが来やがった。
だがこっちは現在進行形でヤバい。
おばさんの言葉に耳など貸さず、少しでも牽制しようと六条目掛けてクラブを振り下ろす。
しかしその場に六条はもう居ない。俺の振り下ろしたクラブは虚しく空を切るだけ。
何処に行ったのかと視線を泳がせている間に、六条の姿よりも先に刀の切っ先が俺の視界に飛び込んだ。
キン――――と響く甲高い不協和音。
俺のクラブと六条の刀が見事な十字架を作り、交じり合った。
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