10月28日(月)招かれざる客

 ◇

 時間と言うモノは、本当に少しの休憩もなしに進んで行くモノだった。

 俺が早退して、帰宅してからと言うもの、特にすることもなく、ただ自室のベッドの上でボーッと過ごしていただけで、もうおばさんの帰宅時間になっていた。

 何時間惚けていたのか計算するのも億劫だ。

 あんな恐ろしい体験をしたんだもん。無理もないよね。


 さぁて、そろそろ俺も行動を起こすとしようか。

「おばさん」

「あら、どうしたの? ご飯ならまだだけど……」

 おばさんは居間で一息ついている最中だった。仕事が大変だったのか、さすがのおばさんも今日は疲れが顔に出ている。


「ちょっとね。外の物置の鍵ってどこにある?」

「物置?」

「そ。ちょっとばかし探し物でさ」

「物置に忍の物はしまってないけど……」

 おばさんが小鳥のように首を小さく傾ける。


「いや、学校で神童と同好会を立ち上げる事になってさ。何か道具があるんじゃないかと思って」

 同好会なんて建て前にすぎない。

 対六条用の武器を探すタメに物置の物色が必要なのだ。

 物置になら鎌なり何なり、武器になりそうな物があるはずだと考えての行動だった。



「同好会ねぇ。まぁ、終わったら返してね?」

「サンキュー」

 鍵を受け取り適当にサンダルを履いて外に出る。

 昼まで降っていた雨は止んでいた。が、空は相変わらず雲が多い。こりゃもう一雨来てもおかしくはなさそうだ。

 もう日没も近い。真っ暗になる前にこの作業だけは終わりにしておきたかった。


 ガララ――――


 錆び付いた引き戸が不気味な音を立てる。物置の中は錆びたようなカビたような、鼻につく異臭に満ちていた。

 ちくしょう、クサい。鼻を摘み、顔を歪めながら中へ入る。


 ちょっと踏み入れただけなのに俺の行く手を阻むように舞う埃達。

 くそっ、ちゃんと掃除くらいしようぜ、おばさん、おじさん。物置はゴミ置き場じゃないんだぞ。


 しかし埃っぽい物置内を見た所で、これと言って良さそうな物は無い。

 八つ当たりと言う訳ではないが、適当に目に付いたパイプを力任せに引っ張り出した。


 ドサドサッ。

「―――のあっ!?」

 引っ張り出したソレが引き金になったのか、奇跡的なバランスで積み重なっていた、と言うよりは、ただ無秩序に積まれていただけの品々がけたたましい音を立てて崩れ落ちた。俺の上にな。


 しかし、例え崩れ落ちてきたビニールや正体不明の物体にこの身を下敷きにされようと、俺の手はソレを放さない。

 確かな手触りだったからだ。


「……」

 ざらついた感触。触っただけでも錆び付いているのが判った。

 俺は体を起こして埃を払い、握ったソレに視線を移す。


 パラソルに結合させるパイプだった。表面は感じた通りの錆び様で、もう何年も使っていないのだろう。

 と言うか、俺自身も黒霧家に来て4年経つが、これがパラソルの形を成している所など一度も目にした事がない。残念だが、役不足だと悟った。

 こんなモノで六条に太刀打ちできる程、アイツの持つ刀の切れ味が悪いとは思えなかったからな。


「くそっ、他に何かないのか他に……」

 パイプを手放す。

 と、何かが俺の鼓膜を刺激した。

 確かに聞こえたのだ。金属と金属がぶつかり合う、あの独特な不協和音のような音が。


 視線を足下に落とす。


「――――」

 思わず生唾を飲み込んだね。

 さっき俺の上に崩れ落ちたモノの中に、それはあったのだ。

 俺に一番肉体的ダメージを与えた謎の巨大なレザー製の袋だ。いや、袋と言うよりは鞄だろう。

 その鞄からはみ出したソレが、怪しい光を放っていた。

 あたかも俺に使えとでも言うかのように。



 俺はそいつを埃まみれの鞄から引っ張り出した。

 僅かな振動で鞄からは埃が舞うが、今は気にもならない。

 取り出したソレの全貌はスラッと長く、細く、それでいて重量は充分で武器として申し分無い代物だった。

 怪しい光沢を放つソレ。それは鉄の装備を施した一本のゴルフクラブだった。



 ゴルフクラブは外装の鞄とは裏腹に、長い年月この物置に放置されていたのだろうが、埃は愚か錆び一つついていない。


 ドクンと心臓の鼓動が跳ね上がる。

 俺は大股で表に出るとゴルフクラブを両手で構えた。そして天に届けとでも言うように大きく振り上げる。

「うおらぁッ……!」


 雄叫びと共に、今までの有りとあらゆるストレスをクラブのヘッドに蓄積し、渾身の力で振り下ろす。


 ゴッ……と空気を震わせる程の鈍い低音と同時に、地面の土が抉られた。

 無意識に笑みがこぼれ落ちる。これなら武器としても文句はないと改めて確信した反面、俺の中には後悔が生まれていた。


 手が尋常じゃなく痺れるのだ。

 そりゃぁ雨の後で多少ぬかるんでいるとは言え、ただでさえ堅い地面に全力で叩き付けたのなら、それなりの反動が返ってくる事くらい予想できただろうよ。

 だけど今の俺の頭はそこまで回らなかった。今の俺の頭は、だ。

 普段ならきっとそれくらい考えられる。



 はずだ。



 いやはやしかし良い武器が手に入った。こいつにかかれば常人なんてイチコロだろう。

 六条が例えどんなに人間離れした運動神経を持ち揃えていようと、ヒットすれば絶対に骨くらいは逝く。

 頭に当たった暁には頭蓋骨諸共粉々になるだろう。そうなればさすがの六条であろうとタダでは済まないハズだ。

 後で正当防衛の限度なんかを怪しまれない程度におじさんに聞いてみよう。


 俺は子供が宝物を抱えるようにゴルフクラブを抱えると、惨めながら散らかした物置の片付けに取り掛かった。

 明日学校に行った時、このゴルフクラブの事を教員連中にどう説明するか。その理由も考えながら。



 さっきまでの疲れきったおばさんの何処にそんな力が残っていたのか。思わず疑問視してしまうほど、これまた豪華な夕食が用意されていた。

 今日って誰かの誕生日だったっけ? と思ってしまうほどだ。


「ところで忍、同好会ってゴルフ同好会なの?」

「ん? あぁ……まぁね」

 箸と口を動かしながら適当に返答する。

 だってそうだろう? 俺は同好会なんて何の事か知らないもんね。どこでそんな嘘話を聞いたんだか。

 おばさんは何を勘違いしているんだろうね~。


「あ、そうだ、おじさん。正当防衛って、どこからが過剰防衛になっちゃうのかな?殺したらアウト?」

「……いきなりどうした?」

 おじさんは豪快に喉を鳴らしながらビールを一気に飲み干し、何とも驚いた顔でそう言った。


「い、いや。今俺、小説書いてるんだよ! で、正当防衛ってのはどこまでが正当防衛なのかなぁって思って」

「忍っ! あなた国語の成績なんて全然ダメだったじゃないの! 作文なんてそりゃあ読めた物じゃなかったし、そんな忍が小説を書くなんて読み手の気持ちも考えなさいな!? まだ象形文字の方が読みやすそうじゃない」

 象形文字の方が断然読みづらいだろうよ!? って言うかそもそも解読出来ねぇよ!?


「ほら、ご覧なさい。この人だって警察官じゃないのよ? そんな突飛な質問されたって困っちゃうじゃない」

 困ってるって言うか、ただ酔いつぶれてるだけじゃねぇか。


「はぁ……」

 この人達を当てにしたのが間違いだったと反省した。後でグー〇ル先生に聞いてみよう。その方が確実だろ。


「ごちそうさま」

 箸を置いて席を立った。

「あら、もういいの?」

「ん」

 凄い素っ気ないとは思うが、これが本来の俺なのだ。


「忍?」

「ん~?」

「ゴルフ同好会、がんばりなさいよ? 忍が何かに打ち込むのなんて初めてだから、おばさんも応援してるからね!」

 と、嘘同好会の事を本気にして、本気のまなざしで本気で応援してくれるおばさん。

 やめてくれないかな、素直過ぎて俺の僅かな良心が痛む。


「うん、がんばるよ」

 とりあえず微笑み返して、ズキズキと痛む胸を庇いながら居間を後にした。

 どうするか。マジで同好会を開くか?

 かったるいのは御免だが、あんな風に言われるとどうもな。

 しかし教員連中にもゴルフ同好会の申請書を提出すれば、ゴルフクラブを持っていても怪しまれるコトはないかも知れない。

 だがマジでやるのか? ずっと帰宅部のエースを務めてきたこの俺が、部を立ち上げてやっていけるのか?


 なんならフリー同好会とかふざけた同好会でも良いかも知れない。

 個人個人が好きな活動をして良い訳よ? ゴルフ然り、トランプ然り、囲碁で神の一手を極めるも然り――――

 高校生らしくないからそれも却下だな。

 なんて考えながら、俺は舞い戻った自室のベッドへと倒れ込んだ。


 ベッドの脇には、さっき倉庫から拝借して来たゴルフクラブが立て掛けられている。

 出来ればゴルフクラブなど使わずに何事もなく過ごせれば、それが一番なのだが。


 ピンポーン――――


 突然家内にインターホンの音が鳴り響いた。時刻は20時を回ったところだ。

 おい誰だ、こんな時間に我が家を訪れる不届き者は?

 新聞の勧誘か? N○Kの集金か? 宅配便か?


 考える。おばさんは新聞の勧誘などには滅法弱い人間なのだ。

 街角で出会ったインチキ宗教の話を最後まで聞いてしまうくらいにな。

 断る、と言う事に罪悪感を持っているのかは知らないが、もし来たのが新聞の勧誘とかなら俺が出るしかなさそうだ。おじさんはもうべロンベロンだったし。


 階下では微かに話し声が聞こえる。

 俺はベッドから降り、階下の声がもっと聞き取り易くなるよう、床に耳を押しつけた。

 こう言う時ってどうも聞き耳を立ててしまうモノなんだよな。

 しかしゴニョゴニョと、声はノイズにしか聞こえない。


 チラッと机上の時計に視線を向ける。訪問者が来てから2分14秒が経過した。

 再び床に耳を押しつける。階下の会話は未だ終わっていないようだった。

 笑い声すら聞こえる。こりゃ、長話に付き合わされてる感じか。普通に宅配便ならサインして荷物を受け取って終わりだろ?


 再び時計へ。3分00秒が経過。


 俺は3分間待ってやった。

 ここまで世間話やらで時間稼ぎし、長居するってことは、恐らく新聞の勧誘か集金人だろう。

 わざわざ出向いてきてもらって申し訳ないが、そろそろ帰ってもらうとしますかね。


 俺は満を持して一階に行くべく自室のドアを開け放つ。


 ガチャッとな。


「―――――」

 んー、えっと、前もって言っておく。


 俺の部屋のドアってのは、開けたところで普段見慣れた廊下やら壁やらが視界に飛び込むだけの、そりゃもう、ごく普通の家屋のドアだ。

 だからドアを開けただけで何処か別の場所にワープしてしまうと言う、猫型ロボットがポケットから取り出すような近未来アイテム的なドアでは無い。


 なのに何だ、これは。

 目の前に人形のように立つソイツは、全身に謎の白い衣装を纏っていやがるのだ。

 しかもその姿は、まるでアニメの戦闘衣装のようなモノを彷彿とさせてくれる。

 いつからこのドアはコスプレイベント会場にリンクするようになったんだろうか。


 現実逃避も虚しく、俺とソイツの視線が交じり合う。


「忍ぅ? 後でお茶持って行くからねぇ?」

 なんて、階下でおばさんが声を張り上げる。


「こんばんは」

「……」

 礼儀正しくも挨拶してくれるコスプレ野郎。俺には返礼する余裕なんてない。

 

だって―――――


「昼間はどうも」

「ぅ……うわぁあああああああああああ゛あ阿ああああああ亜!!」

 条件反射だけを頼りにベッドへと跳び戻り、ゴルフクラブを拾い上げる。

 そして震える手を力で誤魔化しながら、ソイツと向かい合う。


 だって、

 あの無機質な目をした六条れいんが、そこに居たのだから。

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