10月28日(月)季節外れの転入生

「サンキュー。とりあえず俺達は空き教室から椅子を拝借してくる役になった訳だが、別に転校生は無理して一気に何個も持たなくていいからよ。まぁ、一人でも教室まで行き来出来るように、道くらいは早めに頭に入れてくれるか?」


「……」


 六条が頷いたのを確認したから、俺も安心して作業の説明をしてみたのだが――――


 いやはや、おかしい。



 この間公園で会ったこけし女子もそうだったが、最近の子は人の言葉に反応しない傾向にあるらしい。

 理解はしているのだろうが、説明している側からしてみれば何らかの返答くらいはして欲しいのが事実だ。


 これから一緒に作業するにあたって、ずっとこんな雰囲気ではこっちの気が滅入ってしまう。


 適当に話題を見繕って、少しでもこの空気を打破する方が良さそうだ。


「そいや転校生、どっから来たんだ?」


 空き教室の多い東棟へと続く渡り廊下。そう考えた俺は、適当に頭に浮かんだ当たり障りのなさそうな質問を投げ掛けた。


「………」


 案の定返事はない。


「随分半端な時期の転校だよなぁ」


「……」


 やはり、返事はない。


 まさか付いて来ていないのではないか?


 そう思って振り返る。

 いる。六条はピッタリと、くっつくように俺の後ろを歩いている。

 一体なんなのだこの娘は。さすがの俺も思わず顔をしかめてしまう。

 こんなのと一緒で本当に大丈夫なのだろうか。


 何ならもう仕事内容だけをキチンと理解させ、ここで別行動にでもする。

 椅子運びは六条に任せ、俺は屋上にでも行って、ゆっくりとサボる。

 むしろこの方が俺らしいのではないか?


「六条、何ならここで別行――――」


「こっちは、あまり人が居ないのね?」


 突然の六条の発言に言葉を遮られた。が、俺は会話が進む事に対する喜びの感情で満たされていた。

 あまりに応答がなさ過ぎて、俺本当は自分が存在していないんじゃないかと不安になっていたから、凄く嬉しい。


「ん? あぁ、別にこっちの棟は何があるって訳でもねぇし。こっちの棟を使うのなんて、美術部くらいしかないんじゃねぇかな?」


 うちの学校は西棟と東棟の二つの棟に別れている。

 各階に渡り廊下があり、西棟東棟を行き来出来る仕様だ。


 一階から三階まで、普段生徒達が通常授業で使う教室があるのが西棟。美術室や音楽室と言った特別教室があるのが東棟だ。


 俺はその東棟の中の一つ。“視聴覚室”に目を付けたのだ。


 この学校に映画研究会なんて部活は存在しない。

 うろ覚えではあったが実行委員の活動中、各クラス毎の出し物を集計したところ、上映系の出し物は存在しなかった記憶がある。


 故に、あの教室を当日使うクラスも出ないだろうし、常に余りのパイプ椅子もあるくらいだ。お化け屋敷の壁に使う程度なら、十分事足りる。



「……そう」

 しばしの沈黙後の返答。自分から質問しておきながらの、六条さんのこの態度。


 最早、人見知りとか寡黙とか悠長なコトを言っている場合ではない。

 六条れいん。彼女の様な話の弾まないタイプは、俺の最も、一番苦手とするタイプだ。


 もう知らない。協力してやらない。話しかけない。そう心の中で堅く誓ってやった。

 六条をいただく。そう言った神童に少しばかり同情だ。

 俺と似たタイプの神童がこの娘とまともに付き合える確率など、石原○純の天気予報が当たるのと同じくらいの確率だ。


 そもそも六条がOKを出すとも限らない。


 この娘の場合、告白されたところでまたもや無言で終わる可能性だって十分有り得る。




 いつの間にか横を歩いていた六条の顔をチラッと盗み見るも、顔だって別に悪くない。


 俺だって普通に可愛いと思える程の顔立ちだ。

 後は会話さえちゃんと成立すれば何の問題も無いと思う。


 そんな事を考えているうちに目的である視聴覚室に着いた。俺が足を止めると、六条も足を止める。


「ここだよ~」とか「頑張ろうな」とか、もうそんなコトは言ってやらない。


 言ったところで、俺が独り言を言っているみたいな物なのだ。だからもう声などかけない。


 俺はちょっと乱暴に視聴覚室のドアを開け放った。



 ビンゴ。予想通り椅子は普段のまま、綺麗に陳列されている。


「よし、ここから拝借するか」

 俺も馬鹿なモノで、つい数分前心に決めた誓いを破っていた。


 が。まぁ、やはり返事はない。


 ――――と、思いきや。


 室内を見渡していた六条が静かに口を開いた。

「……やっと、二人きりになれた」と。


 what's?


「え?」


「Novem、レイン。ターゲットを捕獲。直ちに殲滅します」


 小さな、それでいて重圧のある声。


 メモリにして32メガ程度の低スペックな脳を持つ俺には、今の六条の言葉の意味が、全くもって判らない。


「何言ってん――――」

 言うが早いか、一瞬にして俺の体は宙に浮き、事の事実を理解しきる前に正面の黒板へと叩き付けられた。


「んがっ――――」


 背中に物凄い衝撃が走る。


 目の前には六条れいん。


 今の不可思議な事態は彼女が引き起こしたモノなのか?


 床に尻餅をつきながらも、一生懸命今の状況を把握しようとするものの、彼女の追撃は止まらない。


 スカートが捲れ上がろうがお構い無しに繰り出されるミドルキック。白だッ!

 それは俺の左腕に見事にヒットし、俺は漫画の様に窓際の壁へと吹き飛ばされた。

 黒板への激突による背中の衝撃の方が強すぎてすっかり掻き消されていたけれど、腹にも激痛を感じてるんだが、この感じだとさっきのも蹴りか?

 人間一人吹き飛ばす程の蹴りって、どんな脚力だよ?


「っつ――――!」


 床にうなだれる俺に無言で歩み寄る転校生。


 待って待って待って待って?


 Why!? 俺は何故転校初日の女の子にいきなり無視され、あまつさえ黒板に叩き付けられ、あまつさえ見事な蹴りまでかまされ、あまつさえ刀の様なモノで斬り付けられそうになっているの?


 そうだ、我が目を疑った。


 いつの間にか六条れいんの手に握られていた巨大な刀。

 どこから現れたのかとかおもちゃか否かとか、そんな事は今はどうでもいい事だ。


 今一番大切なのは、あれで何をする気なのか、というコトなのだから。



 俺を何の迷いも無く痛めつけたのだから、あれは俺を斬る為のモノなのだろうが、その理由が判らない。


 そもそも俺が何をした?


 眉根を寄せ深々と考える。


 さっきの適当な質問に不備があったのか、それとも本当は何かもっと話しかけて欲しかったのか。


 わかるかぁああああああ!


 乙女心など知るよしもない。


 そうこう考えている間に、六条との距離は1メートルも無くなっていた。


「てめぇ、俺が何をしたよ!! そんな危ない物ポイしろポイ!」

 もう遠慮なんかいらないだろう。

 俺は六条に指を突き付けて問いただす。


 すると六条は口を大して開かずに、

「言ったはずよ? また会うかも知れないって」

 言ってくれた。


 はっきり断言しよう。俺はこの娘とは正真正銘の初対面だ。以前どこかで会って、こんな逢引の約束を交わした覚えも無い。


「忘れた? ほら、この間前もって言っておいてあげたでしょう?」


 何がだ。

 と言おうとした俺の脳内に、この間の記憶が蘇った。


 咲羅を送って行った時に会った、あの謎の変質者だ。

 あいつも今と同じように、また会うかも知れないと言ったのだ。


 それじゃあ何か? あのローブ姿の変質者は六条れいんだったと言うのか?


 しかし雰囲気が全く違う。


 いや、ローブ姿時と制服時の雰囲気が全く違うのは当たり前なのだが、そもそもこの間の殺気とは違う感じがする。


「意味が判らねぇよ」

「判る必要なんてない」

 俺がそう言うと判っていたかのような即答。


「俺が何をした?」

「何も。だから何かをされる前に消す」


 またもや即答。


 しかし今の言葉は聞き捨てならない。

 何かをされる前に?


 冗談じゃない。俺は何もする気はないのだ。例え六条と二人きりになろうと変な気を起こすつもりもないし、失礼だがこんな奴相手にそんな気は起こさないし、別に椅子を一人で運ばせようとも……思ったけど。


「さようなら」


 答えにはなっていないが、簡潔で、今の俺には十分すぎる言葉。

 六条は刀を高々と振り上げると、その刀を俺の首目掛けて振り下ろした。


「…………」

 言葉が出ない。

 季節外れの汗が、俺の頬を伝って行く。

 間一髪とでも言うべきだろうか、六条の振り下ろした刀は俺の僅か数センチ横を走っていた。


 咄嗟に避けた為、もし振り下ろされた刀と同じ方向に身を転がしていたら今頃俺はこの世にいなかっただろう。


 想像しただけでも寒気がする。


 しかしお陰で謎が二つ解けた。


 まずは、この刀がおもちゃか否か。

 答えは本物だ。今、一瞬ではあるが実際にデッドオアアライブを彷徨った俺が言うのだから間違い無い。


 そして刀で何をするつもりか。

 これも簡単だ。今六条がした行動が、その答えを物語っている。


 しかし、一番重要な疑問が残ってしまったままなのが惜しい。


 何故俺を殺そうとするのか。


 それだけは一番知っておきたいコトだし、全身全霊をかけて拒絶したい事柄なのだ。

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