10月28日(月) ~a long day~

 今朝は特に不自由無く、すっきりと起きる事が出来た。

 昨日は特に何もせず一日ゴロゴロしただけで、夜もそれなりに早く寝たからなのかもしれない。

 何もしない休日と言ってしまえばそれまでだが、それでも日々の疲れを取るには充分だった。


 あのおかっぱ少女があの後どうなったか、忍には判らない。

 だけど、忍自身と似た様な境遇だったからなのか、今の今まで気になっていたのも事実だ。


 黒霧忍はベッドから下りると適当に朝食を済ませ、いつもより時間の余裕を持って学校への道程を歩き出した。

 空模様は良いとは言えない。今にも雨が降り出しそうな、曇天だ。




 教室に着くと、室内にはまだ数人の生徒しか見られなかった。

 まぁ始業までまだ30分もあれば当然なのかもしれない。


 忍は一人、窓側の自分の席へと歩いて行く。




 鞄を机の脇に掛け、静かに腰を下ろした。


「はぁ――――」


 正直、すっきり目覚める事は出来たが、今日は気分が乗っていない。


 文化祭まで残された時間はもうほんの僅かだ。

 準備だって順調に行かなければ間に合うかどうかすらわからない。


 しかしその準備が、今日に限ってやる気が起きないのだ。

 やる気が起きないのはいつもの事だろうとは言わないでやって頂きたい。




 少女のコトが未だ気になっているからなのか。


 正直な所、自分でもわからない。




「おっ、忍もう居るじゃん! 珍しい!」

 教室の後ろの入口から聞こえてくる、聞き慣れた声。神童一だ。


 神童は忍の姿をロックオンすると、半狂乱になりながら忍の元へと走り寄った。


「朝からテンション高過ぎだ、お前は」


 忍は机の上に肘を付きながら、ぶっきらぼうに言い返す。


「ふふんっ。ビッグニュースだぜ、忍?」

「ビッグニュースぅ?」

 自慢気に語る神童。忍はそれに大して興味は示さず、机に顔を俯せた。

 どうせまたロクでもないことを言ってくれるのだろう。


「こないだお前が死にかけた時、転校生の話したろ? それがなんと、うちのクラスに入るらしいんだわ!」

「あぁ、マジか……良かったな」

「あの情報通の会長調べだからな。俺もお前を送った後、会長に聞いたんだよ」


 だから何だと言うのだ。

 神童の言いたいコトは忍には伝わらない。



「そして何より女の子なんだぜ!? 職員室行った時顔は良く見えなかったけど、もし俺のタイプだったら、その時はいただくぜ?」

「なんでいちいち俺に言うんだよ」

 本当に興味無さそうに、忍は耳の穴を掻きながら返す。


「いや、何となくよ。お前にはもう犬神が居るから、どうでもいい話なんだろうが。俺にしてみればこれが最初で最後の出会いになるかもしれんのだよ」

 知るか。とだけ短く言い、忍は本当にべったりと机に俯せた。



 キーンコーンカーンコーン――――


 始業のチャイムが鳴り響く。

 忍はうたた寝状態だったその身を起こすと、窓の外に目を向けた。

 雨が降っている。さっきのあの空模様だったのだ。いつ降り出してもおかしくなかったのだが、こんな直ぐに降り出したのなら、濡れずに済んだし早く来て正解だっと忍は思った。



 ツンツンと、背中を何かがつついた。振り返らなくても判る。犬神咲羅だ。


「おはよう、忍♪」


「ん……おはよ……」


「もうチャイム鳴ったのに、担任遅くない?」

 咲羅は時計に目をやると、首を傾げて問い掛ける。


 今日から文化祭準備期間に入り、授業は全てホームルームに変わるのだ。

 その間に文化祭の準備をするコトになっているのだが。

「あぁ、何か転校生が来るみたいだから、それでじゃねぇの?」

「転校生?」

「そ、会長調べらしいからガセではないだろ。ほら、机だってちゃっかりお前の後ろにセットされてるし」


 あ、ホントだ! と咲羅は驚いて見せた。気付かなかったんかい。


 教室内も一度皆席に着いたものの、担任が来ないモノだから、今が休み時間のように騒々しくなっている。




 ガララ――――


 乱暴に教室のドアが開けられる。やっと、担任がやって来た。

 もう転校生ネタは広まったらしく「来たな」とか「どんな子かな」等の声がチラホラ伺える。


「まぁなんだ、遅くなった。えぇっと、今日はこのクラスに転入生が一人――――」

 待ってました、とクラス内は拍手やら歓声やらで満たされた。


「何だ、お前達もう知ってたのか?」

 さすがの担任も、これには驚いたようだった。

「まぁいいや、それじゃあ六条。入って自己紹介してくれや」

 担任がドアの向こうに声を投げ掛ける。


 さっきまで興味を示さなかった忍も、さすがに気になった。

 どんな奴なのか、くらいは気にもなる。



 ドアが開くと、教室には一瞬の静寂。

 そして一歩、転校生の少女が教室に足を踏み入れると室内は再び歓声で満たされた。



 身長は低めで小柄。黒髪のショートヘア、スタイルは良し。あれはモロに神童のタイプだろう。

 そう思い、忍は神童の方に視線を飛ばした。



「※×♪!△〇」

 神童は最早言葉にならない声を上げていた。

 が、狂喜乱舞しているコトだけは確かだった。雄たけびのような声まで上げている。舞い上がりすぎだろ。


「おらぁ、お前ら静粛に、静粛に。六条が満を持して自己紹介すっから、刮目しろ。一回しか言わないから聞き逃すなよ」

 担任も呆れ半分でクラスを宥めている。


 静寂に包まれた一瞬の隙をついて、転校生の少女は口を開いた。



六条ろくじょうれいんです。よろしくお願いします」


 特に捻りの無い、実に淡白な自己紹介。


 別にそんなのをクラスの連中が気にするコトもなく、名前は挙げないが約一名の熱烈な拍手が引き金となり、室内では拍手の荒らしが巻き起こった。


「可愛い子だね」

 と、咲羅が後ろから身を乗り出して耳打ちしてきた。

「まぁ神童にとっちゃ、ありゃ白馬の王女様だわな」

 とりあえず忍も苦笑混じりでそう返し、転校生の立つ教卓の方へと向き直る。


「それじゃあ、皆仲良くしろよぉ? 六条、席は窓側の一番後ろな」

「はい」

 転校生こと六条れいんは優雅に担任に一礼すると、咲羅の後ろの席へと歩き出す。



「おい、担任! 何でそっちなんだよ!! 六条さんは俺の隣りに!!」

 いきなりの神童の狂気に満ちた心からの叫びがクラスの喧騒を突き破った。


「馬鹿野郎。そりゃぁお前、神童の隣りにか弱き乙女を座らせて見ろ。それだけで乙女の純潔は花と散っちまうぞ。周りを良く見ろ。お前の周りには乙女が居ないだろ?」

 確かに、神童の周りは男子ばっかり。と言うか男子オンリーでむさくるしい空間だった。


「何言ってんだ!? これはクジで決まった席順じゃないか!」

「いいか、神童。お前相手にイカサマなんて朝飯前なんだよ」

 なんて言う、教師らしく無い担任の言葉。


「き、きたねぇぞ! それが教師のする事か!?」

「ありがとう神童、最高の誉め言葉だ」

「っく……」

 それがとどめとなったのか、神童一は真っ白な灰になった。

 そんな神童の担任とのやり取りは誰にも相手にされず、依然として皆の視線は六条れいんの元へと注がれている。


「――――」


 ふと、忍と六条の目が合った。


 よろしく、なんて挨拶はそこにはない。


 六条はそのままスタスタと忍の脇を通り、咲羅の後ろの席へと腰を下ろした。




 ◇

「それじゃあ皆の衆、注目して!! ただでさえ、うちのクラスは纏まりがない! それは皆の個性が強いからかも知れないけど、今日からの数日はそうは行かない。

 他のクラスに遅れた準備の差を挽回するチャンス! それが今日と明日しかないの!! これはあなた達が今まで怠けた分のツケが回っただけ! 言わば自業自得!! 皆やる気さえ出せば出来る人達だってコトは私も判ってる!! そのやる気を魅せて!! 存分に発揮して!!! 文化祭に間に合わせて!!!」


「ぅおおおおおおおっ!!」


 生徒会長、佐久間めぐみの一言に、クラスの連中が声を揃えて雄叫びを上げた。


「いやぁ、佐久間お前やっぱ生徒会長のカガミだわ。俺より良い事言うようになりやがって。皆の士気も上がるし、嬉しいぞ」

 舞い上がってるだけだろ? 


 やる気無くイスに座った担任の言葉には耳も貸さず、佐久間は各作業の担当を割り当てる。



「――――後、神童くんと犬神さんが段ボール塗装! 黒霧くんと六条さんはありったけのイスを掻き集めて来て!! OK!?」

「了解っ!!」

「よし! 皆の者!! 散れぇえええええッ!!!」

「サーッ!! イエッサーッ!!!」


 おいおい、どっかの軍隊ですか? このクラスは……


 呆然として立ち尽くす俺の脇を、血相を変えたクラスメイトが駆けて行く。

 何をする。それ以前に奴等の今のノリの理解に苦しむぞ。


 もう一人。獣の中に放たれた小うさぎの様に立ち尽くす人間がいた。


 六条れいんだ。あいつも俺と同じく、この周りのハイテンションに付いて行けない一人なのだろう。


 ただでさえキャラが濃いのが多いこのクラス。転入初日だし馴染めないのも仕方ない。

 とりあえず、俺達は俺達なりのテンションでもいい。ひとまず作業に入るしかないのだ。


 俺は散り散りになったクラスメイトの間を通って、六条の元まで行ってやるコトにした。


「おい、転校生」

「?」

「俺達は俺達で割り当てられた作業に移ろうぜ?」

「……」

 人見知りが激しいのか、六条は答えない。


 とにかく作業しないと会長がうるさい。

 何より文化祭に間に合わなかった時、そのとばっちりを受けるのは文化祭実行委員の俺なのだ。


 神童だけならまだしも、この俺までとばっちりを受けるって言うのはいただけない。

 俺はオドオドしている六条の手を引くと、騒々しい教室を後にした。



「まぁ、なんだ。転校初日からこんなのでびっくりだと思うんだが、俺達も必死なんだ。手伝ってくれるか?」

 教室より遥かに静かな廊下。問い掛けると六条はコクリと、敢えて口は開かず小さく頷いた。

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