10月26日(土)どいつもこいつも

 ◇


 だいぶ落ち着いたのか、駅まで歩くとさっきまでの頭痛や吐き気は嘘みたいにピタッと治まった。


「神童、サンキューな。ここまでで大丈夫だわ」

 神童に体を支えられたまま、俺はぎこちなく笑顔を作ってそう言った。


「マジか?」

「マジだ。ただ、今電車に揺られるのはちょっと辛いと思うから、もう少しそこの公園で休んでくわ……」


「そうか? 会長のお許しも出てるし、なんなら付き合うが」

「構いやしねぇよ。もう大丈夫だから、安心して作業に戻ってくれ」

「いや、いいよ。付き合うぜ? せっかくサボ……こうやって外の空気が吸えたワケだし」

「大丈夫だって。戻れって」


「何でだよぉお! もっとここに居させてくれよぉおおお!」

「てめぇはサボりたいだけだろーが! ちょっと1人になりたいの! 物思いに耽りたいの!」

「そういうお年頃かよ……」


 神童は、ちっ……と舌打ちしてみせたが、もう一度だけ俺の身を案じると、学校へ戻る事を決めた。

 途中で1度足を止め、未練がましくも捨て犬の様な目で俺を見てきたが、俺はそれをスルーした。



 電車の音が、車の騒音が、俺の耳を刺激する。


 一秒でも早く、とにかく静かな所へ行きたくてしょうがない。

 俺も少し離れた公園へ向かって歩く事にした。



 あんな気分になったコトは今までに一度もない。

 確かにあの夢のお陰で血に対するトラウマは出来ていたが、まさかあれ程とは思わなかった。


 公園には誰もいない。さっきまでの喧騒も、今はない。

 いやはや、心地良いぜ。


 俺は片隅のベンチに腰を下ろすと、ゆっくりと空を仰ぎ見た。


 雲一つ無い青空。それを見ていると、目が凄く癒された気分になる。


「はぁ……なんだったんだ、マジで。これなら作業に復帰できたんじゃねぇか?」


 一人青空を見上げたまま、ポツリと呟いた。



「あのぅ……」

「仮病みたいに思われるのだけは御免被るぜ。実際やばかったけど……」


「あの……」

 ん?

 さっきから聞こえていた小さな声が、俺に向けられていたモノなのだと漸く気がついた。



「はい?」

 見上げていた顔を起こす。


「あの、隣り……いいですか? ちょっと疲れちゃって……」

「は……?」

 目の前に立っていたのは、さっきまでの俺の様に真っ青な顔をした少女だった。


 いや、それだけじゃない。なんて言うか、物凄く時代錯誤な格好をしているのだ。

 こけしの様な、真っ黒なおかっぱ髪。夏祭りか何かを連想させる浴衣。

 いや、この間のローブ姿の件もある。近所で仮装大会でも開催されているのだろうか。


 ううむ、と考え込んでいると、少女は俺の答えなど待たず、ズイと俺の隣りに座り込んだ。


 それに伴い、俺は他のベンチを見回す。


 別にここのベンチで無くても空いていた。

 否、むしろ公園内に俺達以外の人すら居ない。


「いやいや、向こうのベンチ……空いてますけど?」


 とりあえず、如何にも怪訝そうに言ってやる。


「あ……私、昔から体弱くて、ちょっと動いただけですぐ疲れちゃうんですよ……」


「いや、だから他のベン――――」


「心配しないでください。直ぐに治まりますから」


 あれ? おかしいな。

 何がおかしいって、会話がまるで噛み合っていない。俺がセリフを発しても遮られる。


「いやいやいや、だからあっちのベンチも、そっちのベンチも空いて――――」


「いい天気ですよね……ちょっと調子に乗って散歩し過ぎちゃったのかな……」

「あっれれぇえええ!? おっかしーなぁああい!? 俺の話を聞いてますか!? 俺の声届いてますか? ベイビーガール私はここにいるよ!?」

 さっきまでの気分の悪さも何処へ行ってしまったのか。

 俺は勢い良くベンチから飛び上がると、人差し指を少女に突き付け言い放った。



「あれ、どうしたんですか?」

 少女は顔色を青白くしたまま、首を傾げて見せる。


「いや、お前がどうしたぁあああああ!? んな青白い顔しやがって!! 会話もろくに成立しないじゃねぇか! ご両親も心配しているだろうよ。とっととお家へお帰り!?」



 刹那、

「――――」

 突然少女は黙り込んだ。



 一体彼女は何を表現したいのか、今の俺には理解しようが無い。

 てゆうか、出来れば関わりたくないわい。



 と、再び俯いた顔を上げる少女。

「私に両親は居ません。家族も、皆死んじゃいました」


「え……ちょ、やめてくれない? そう言う話やめてくれない? お兄さん困っちゃうよ。悪かったから、やめよう、ね?」

 突然の暗い話に、さすがに困惑しちまった。


 ただ、俺の見間違いだったのだろうか。

 そう言った少女の口角が、不気味にも釣り上がった様に見えたのだ。


「ちょ……」

 止める事もままならず、少女は勝手に語り出す。

 マジもうやめてくれないかな。頼むから一人にしてくれや。


「事故だったんですよ。もともと生まれもって病弱だった私は、何処へも連れて行って貰えなかった。ある日、いつもと同じ様に家族は私だけを家に残し出掛けて行きました。

 その時ですよ、家族が事故に遭って死んだのは……父も母も、兄も、皆そこで死にました」


 しかし何か気味が悪い。

 気のせいではなかったのだ。目の前で語る少女は、そんな暗い話だと言うのに笑顔で語っていやがる始末。

 目を見開き、血走らせ、口元を歪め―――


 その顔の青白さが更に不気味さを際立たせているのかもしれない。



「きっと、神様の天罰だったんですよ。私だけを除け者にした家族への……ね? だけど一つ、私にとっても不幸なコトがありました」


 いや、不幸なコトって、家族が死んだコト自体が不幸なのではないのか。



 俺だって同じ境遇だ。

 だけどそれを笑いながら語るなんて真似はとてもじゃないが出来ん。


「なんだよ……」

 と、せめてもの礼儀で聞いてやる。聞きたくないけど。


「私には兄が二人居たんです。私にキツく当たり、いつも私を化け物と罵った兄が……

 その兄が死んだのは私にとっても幸運でした。だけど、その兄からいつも私を守ってくれていたもう一人の兄まで、その事故の直後、失踪したんです。今もその兄が生きているコトは私も知っています。とても優しい兄で、私にしてみればいつも明るい、太陽の様な存在で――――」


 そこまで言ってブルッ……と、大きく身震いすると、少女は言葉を絶った。



「お、おい……」

「私の家系はね、代々から引き継がれた吸血鬼の家系なんですよ……これは単なる体調不良なんかじゃない!!!」


 突然の豹変。

 その様は、さっきまでの物静かそうな彼女のモノではなかった。

 目は全体に血が走り、髪はボサボサに乱れてる。



「血が……血が欲しくなるんですよ……人の! 人の血が!! 私が化け物!? なら家族の……私と兄妹のあいつも皆化け物じゃないか!!」


「吸血鬼って……またまたぁ……とりあえず落ち着こう。な? トマトジュースくらいなら奢ってやるから」

 さすがに取り乱した少女を放っておく訳にはいかない。


 俺は少女を宥めようと手を差し延べ―――



「触るなぁあああああっ!!!」

「っ―――」

 ビクリと、俺の体は硬直した。


 え? 手振り払われたの?

 親切にしようとしたらこの仕打ち。鬱になってきた。



 一方、少女も息を乱したまま黙り込む。


「あなたの血まで、欲しくなっちゃうから……やめて。やめてよ……優しいお兄ちゃん……」

 さっき俺に声をかけた時の普通の優しげな声で、少女は目を潤ませながらそう言った。



 ダメだ。今の俺にはこの少女が言っている意味が判らない。てゆうか、そもそも会話が成立してない。

 吸血鬼? そんなのこの世に居やしない。きっとこの子の気のせいだ。


 同時に、少女を宥める術も、今の俺には持ち合わせて居ない。

 俺には何も出来ないのだ。


 今すぐにこの場を去りたい。関わりたくない。今のこの感覚を消し去って欲しいくらいだ。


 俺と少女の間に出来た沈黙を遮る様に、キキィッ……と、公園内に車の激しいブレーキ音が轟いた。


 バタンと勢い良くドアを閉め、一人の男性がこっちに向かって走って来る。


かおるくん、こんな所に!」


「は、葉月はづきさん……」

 少女に駆け寄った男性は身長180センチ程で、黒髪に黒縁メガネを掛けていた。

 白衣を来ている所を見ると医者か何かだろうか。



 葉月と呼ばれた男は傍に立つ俺とは目も合わせようとせず、勝手に話を進めていく。

「寝ていないとダメだって言っただろ!? 何を考えているんだ、君は」


「……」

 少女は答えず、プイッとそっぽを向いた。


 最早俺が入り込む隙間など存在しなかった。



 少女は葉月と言う男に手を引かれ、この場を離れて行った。

 車に乗り込むまでの間、彼女は一度たりとも俺の方を振り返る事はなかった。


 一人残され立ち尽くすだけの俺の体に、ただ冷たい風だけが吹き付けた。

 どいつもこいつも、なんだってんだよ。まったく。

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