10月26日(土)異変

「おはようございま――――」


 ガララ……と、ゆっくり生徒会室のドアを開ける。


「……」

 そして視界に飛び込んだ生徒会室内の光景に、俺はピシャリと一度ドアを閉めた。


 錯覚か何かだろうか。今見た光景を再確認するため、もう一度だけ、静かに扉を開け放つ。


「…………」

 一、二……四人。呼び出した張本人である佐久間を含めても、生徒会室の中には四人の生徒しか見当たらない。

 その中には見覚えのある男の姿もあるのだが……

 うん。と言うか、全員クラスメイトだよね、これ? 他のクラスのヤツはどうしたんだよ?


「あ、黒霧くん来たわね。そんな所にボーッと立ってないで、早くこっち来て手伝って?」

 俺に気がつくと挨拶も無しに、作業をしながらトンボメガネの少女が手招きする。

 髪を後ろで二つに縛った彼女こそ、我が校全生徒の頂点、佐久間めぐみなのだ。


「おお来たか、忍! 遅れたぶん仕事しろ、この野郎」

 と、俺と同じく文化祭実行委員を請け負っている神童一も、佐久間に便乗して声を張り上げる。


「……」

 俺はその場から動かず、

「……なぁ、他のクラスの連中は?」


 とりあえず聞いてみた。


 すると腰に手を当て、本当に呆れた様子で佐久間めぐみは答えてくれた。

「……今日はうちのクラスのメンバーだけでの作業なんです。ちゃんと言ったはずなんだけどな?」

「なんだと?」

 言って、佐久間は俺に詰め寄りながら、底意地の悪い笑みを浮かべて見せる。


 クラスの出し物の用意なら俺達だけってのもわかるけれど、今やっているのは校門に飾る看板的なやつだろ?

 俺達だけの問題じゃないのに何で他のクラスの人間は来ないかね。


「それで、なんで遅れたのかしら? 昨日ちゃんと、神童くんに念を押しておくように頼んだんだけど?」


 来た。ここから佐久間の長い尋問がスタートするのだろう。

 と、何か聞き捨てならない言葉が聞こえた気がして、思わず聞き返した。

「……神童に?」

 そう、と頷く佐久間。


「いや……奴から連絡も何も来てないんだが……」

「神童くんはちゃんと連絡入れたって言ってたわよ?」

「あぁん? 来てないモノは来てないん――――」


 ふと視線を感じ、言葉を絶って窓際へと視線を向けた。


 ……神童だ。神童が申し訳なさそうに俺の姿を見つめている。

 そして俺と目が合うと、ウインクまでしながら軽く微笑みかけてきた。


 これは俗に言うアイコンタクトと言うモノなのか。恐らく、神童の今のウインクと笑みは、てへっ☆と言うコトなのだろう。


 奴から俺に連絡が来てないのは事実だ。

 奴は自分に火の粉が降りかからぬよう、佐久間に嘘を吐いている。


「おい会長。どうやら責め立てる相手が違うみたいだぜ?」

 チャンスとばかりに微笑んで、俺は勝ち誇ったように胸を張って言い放った。

 神童め! 天誅!!!


「何言ってるの……とにかく黒霧くんが悪いんだから、遅れた分、ちゃんと働いてよね?」

「何でそうなるの!?」

 起死回生のチャンスも空しく、有無を言わせず佐久間は俺の手を引いて行く。

 どんなジャッジだよ!? 問答無用で俺が悪者かよ!?


 そして皆の元まで俺を連行すると、彼女ははい、と刷毛を手渡してきた。


「お前、生徒会長なら善良な一生徒の意見は大事にしろよ!」

「私はちゃんとそうしてます。まぁ、黒霧くんだけは問題児だから特別対応だけどね」


 ほら作業作業……と、取ってつけたように言って、笑顔で促す生徒会長。


 突然、『さわらぬ神に祟り無し』なんて言葉が浮かんで来た。

 いやはや、昔の人は良いコトを言うモノだ。


 一人で感心して頷いていると、会長様からの痛い程の視線を感じ、やむを得ず、俺は言われた通り刷毛で色塗りをするコトにした。



 一時間くらい経っただろうか。

 佐久間の休憩の一言をもって作業は一時中断。俺達は短い休憩をとるコトとなった。

 否、俺達では無く俺以外の連中の間違いなのだが……


 当然の如く、それは真面目に朝から来ていた連中だけに与えられるモノだった。

 後から遅れて来た俺には全く関係の無いモノであり、この中の誰かがソレを認めるはずもなかった。

 こういうのを『孤立無援』とでも言うのだろうな。


 まぁソレも判りきっていたオチよ。

 あえて文句を言う事もなく、今も変わらず、一人作業を続行している俺がいる訳である。クソッタレめ。



「ところで忍さ、犬神とは最近どうなんだよ? 昨日もお見舞い行こうかとか悩んでたけど、結局行ったのか?」


 やっとこさ気合いを入れ直した俺に、横から早速ちゃちゃを入れてくれる神童少年。

 休憩時間、他に話相手のいないコイツが俺に話しかけてくる事は必然と言えば必然で、判らないことでもないのだが。

 一人黙々と作業している身になれば、正直今の奴は邪魔なだけなのである。



「うるせぇな……どうでもいいだろ、この暇人が!」

「な……暇人って、俺は休憩中なんですぅ! サボり魔のお前にだけは言われたくねぇよ!」

 と、神童も間髪入れずに言い返す。


「だぁもう!」


 いきり立った俺はガバッと立ち上がり天井に向かって挙手。そして救いの手を求めて思いきり言い放った。

「会長ぉっ! 神童くんがうるさくて、作業に集中できませぇん!」

「何、小学生みたいな事言ってるのよ! 口動かしても構わないから、手も動かしなさい!」


 スコン―――


 言いながら佐久間が放ったチョークは、見事に俺の眉間にヒットした。



「い、いてぇな! 何しやがる!?」

「だから何度も言わせないで、ちゃんと作業してよ!?」

「てめぇ、そのメガネは飾りかよ? ちゃんと仕事してるじゃねぇか! 横から邪魔してきてるのは神童だろ! 良く見やがれ!!」


 ガルル……と深く唸ったまま、俺と佐久間は睨み合う。

 この世には天敵と言うモノがいるらしいが、俺の場合は絶対にこいつだと思う。


 確信した所で、この何とも言い難い状況を打破するコトは、今の俺には出来そうもなかった。



 救世主とはかけ離れたイメージではあるが、唯一の救いの神童は笑って傍観しているだけだし、他の女子にいたっては気にもしていない様子。

 皆して俺を助ける気なんて無いのだろう。


 こんな状況を救える奴なんて、ここにはいない――――



 ガララ……と生徒会室のドアが開く。


「めぐみ。ペンキ持ってきたけど、どこに置いておけばいい?」


 ……いや、いた。


「ああ、雪子。とりあえず神童くんに渡してくれる?」

 雪子こと羽柴雪子はしばゆきこ

 俺と同じクラスの言うなればモブキャラ女子で、ぶっちゃけた話、彼女とは一度も話した事はない。


 佐久間が何やら、羽柴に指示して見せる。



 佐久間の注意が完全に俺から逸れ、やっとこさの終結。

 俺は一際大きな溜め息を漏らすと、再び作業に取り掛かった。


 邪魔者だった神童もペンキを渡され、木の板に色塗りを始めている。


 羽柴が戻って来たコトによって休憩も終了したようで、全員が自分の作業に戻っていった。



 ◇


「しっかし、たったの四人で本当に終わるのかね?」


 休憩を終え作業を始めるや否や、再び神童は口を開いた。

 こいつには『黙る』と言う機能が備わっていないのだろうか……


 こうやってグチグチ言ってもお咎めもないし、実に恨めしい。


 忍は少しだけ眉を潜めると、黙って神童の顔を睨み付ける。



「別に今日中にって訳じゃないし、焦らないでゆっくりでいいわよ?

 あ、でも今黒霧くんがやってる所は今日中に終わらせないとだから、頑張ってね」


「ファーーーー!?」

 忍の耳は佐久間の言葉を聞き逃さない。


「でもよぉ、文化祭まで後一週間と少しだろ? この量じゃさすがに――――」


「でぇぇい! さっきから聞いてりゃ、お前達の方がうるせぇじゃねぇかぁあああっ! しかも俺の所が今日までだ!? だったら手伝おうよ!? その方が絶対早く終わるって!」

 いい加減耐え兼ね、黒霧忍は思いきり声を荒立てながら立ち上がる。


 キョトンとして忍を見上げる二人。


 それらに刷毛を突き付けると、忍は更に言葉を続けた。

「人に命令するなら、まずは自分の態度を改めやがれ! 説得力ないっつうの!

 てゆうか、神童! お前換気しろよ! ペンキの臭いがキツくて――――」


 神童に視線を移した瞬間、それは忍の中で突然起こった。



 訳の判らない衝動。


 今まで経験したことのない、

 胃ごと飛び出しそうな程の猛烈な吐き気。

 


 今にも倒れそうな程の目眩。



 頭をコンクリの壁に叩き付けられる様な頭痛。



 神童の手に握られる板が、朱色を帯びている。


 それに伴い忍の視界は一瞬の暗転の後、見るモノ全てが“赤”に変わっていた。


「っ――――」


 あまりの吐き気に耐え兼ね、忍は口元を押さえたまま生徒会室を飛び出した。


「あ、おい……忍!」

「ちょっと、逃がさないわよ!?」


 背中にかけられる声。言葉を返す余裕も、立ち止まる余裕も全く無い。

 今はもう、それどころではないのだから。




「おえっ……かは――――」

 トイレの洗面器の中に、胃の中のモノをぶちまけた。


 遅刻のせいで朝ご飯もろくに食べていないのに、忍の胃は中身が胃液だけになろうとも、それすらも吐き出させる。



「――――」

 口元を押さえ、壁に背中を預けてその場に座り込んだ。



 気がつけば、目の前の景色も元の姿を取り戻していた。

 今の衝動がなんだったのか、忍には判らない。

 あの夢のせいでトラウマになっていた血を、あの赤いペンキが連想させてくれたからなのか、それともあの臭いにやられたのか――――



 理解し難かった。



「忍、大丈夫かよ!?」

「あかん……もうあかん。死ぬ」

 いつの間に来たのか、覗き込む神童の顔にも焦りの色が見られた。


「死んだら……異世界転生して無双するんだ……」

作者アイツに異世界転生物なんて書ける訳ねぇだろ!?

 そんなこともわからなくなっちまったのかよ! お前大丈夫かよ!?」

「俺だって……なんかコイツすげぇ、神かよ!ってチヤホヤされたいんだ……」


「会長、ダメだ。顔色真っ青だし、こいつはもう長く保たねぇよ……」

 と、神童はトイレの外に居るであろう佐久間めぐみに声を投げ掛ける。

 ツッコミ所満載な神童の言葉にも、忍は何も反応を示さない。


「入っても大丈夫?」

 扉の向こうからの返答。

 神童は短く肯定の言葉だけを返してやった。



「ちょっと黒霧くん、大丈夫?」

 佐久間の血相を変えた顔が、忍の視界に飛び込んだ。

「俺に構わず先に行け……」

「どこに!?」

 平静を装った俺のボケは、見事に拾って貰えた。生きてて良かった。


「ほら。変な汗かいてるし、もう死んじまうって、コイツ」

「神童くん、馬鹿なコト言ってないで先生呼んで来てよ!?」

 佐久間の真剣な面持ちに威圧され、神童は慌ててトイレから出て行った。



 佐久間の肩を借りて再び生徒会室へと戻ってくると、忍はそのまま生徒会室の隅で体を横にした。

 今日は土曜日の為、保健室も開いていない。


 だから日直の教師に保健室の鍵を貰って、保健室を開けるしか手がないのだ。



「ダメだ。教員の野郎、何か転入生の手続きとかで手ぇ空いてねぇみたいだ」

 戻ってきた神童が、室内に入るやそう言った。

「どうするのよ全く……」

 神童の言葉を聞いて、佐久間も他のメンバーも肩を落とした。

 隅で寝ている忍に視線を移すと、とても大丈夫な感じでないコトくらいは佐久間にも感じとれた。


「黒霧くん……?」

 忍の元まで歩み寄り、静かに答えを待つ。


「んぁ……?」

「今、先生手が放せないみたいなの。保健室も使えないから、さすがに帰った方がいいと思うんだけど……」


「……」

 忍は答えない。しかし、こんなに優しい佐久間を見たのは初めてでもあった。


「神童くん、悪いけど黒霧くんの家まで送ってってあげてくれない? このままじゃ作業できそうにないし、ずっとここで横になられてても邪魔だわ」


 ん?今辛辣な言葉が聞こえた。


「俺がぁ? だってこのままじゃ期限に間に合わな――――」

「たばこのコト、先生に言ってもいいんだよぉ?」

「んな……何故そのコトを!?」

 拒否しようとする神童を遮り、見据える佐久間の目は本気だった。


 どこでそんな情報を手に入れたのか。

 神童は反射的にタバコを隠し持った左胸ポケットに手を当て、体を石の様にしたまま動かない。

 ※未成年者の喫煙は法律により禁止されています。


 佐久間も神童を見つめたまま、動かない。


「わかったよ、わかりました。送ってけばいいんでしょ!?」

「脅すみたいでごめん……神童くん。お願いね? 黒霧くん、そう言うコトだから、ゆっくり休んで」

 忍の身を案じての口論が終わった。



「なんて言うか……マジですまん……」

 弱々しく、目を瞑ったまま忍は小さく呟いた。

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