10月25日(金)猟期殺人の起きる街

 最近、この街では謎の殺人事件が頻繁に起きている。

 発見された死体は、頭部だけが現場に残されていて、本体となる首から下は跡形も無く消え去っている、という猟奇的なモノだ。

 既に街全体を怯えさせる程にまで進展したこの事件は、連日テレビや新聞、ネットでも大々的に取り上げられている。


 残された首に、獣に食いちぎられた様な痕が発見されたコトから、


『謎の殺人事件! 犯人は本当に人間か!?』


 なんていう見出しまで付けられる始末。

 行き過ぎた見出しだとは思うが、それもわからなくは無かった。

 なにせ、ここ2週間足らずで被害件数は11件にも上り、警察も目の色を変えて捜査をしている。その必死の捜査にも関わらず、犯人像等の証拠は依然として掴めないまま。

 更に被害者数は、日に日に上り詰める一方なのだ。


 警察の厚い捜査網を掻い潜りながら人を殺し、尚、現場に首だけを残す。いくら殺人犯に怯え、外に出る人間が少なくなったとは言え、それでも何らかの目的で、この街には常時たくさんの人間が溢れかえっている。

 こんな場所で、誰一人の目にも止まらず、防犯カメラ等にも何の足跡も残すことなく犯行を犯すなんて、本来不可能なのだ。


 仮に体をバラして、隠し持って歩くにしても異臭やら漂うだろうし。それをどこかに置き去りにするとしても、やはり住宅街やらが無駄に多いこの街では不審者の目撃情報が出るとか、不審物として二日と経たず発見されてもおかしくない。

 そんな中、消えた体も見つからなければ、不審者の目撃情報も皆無。

 街中で獣というのは考えにくいが、こうともなれば透明になれるとか、人間を丸呑みにできるとか、変な力を使える宇宙人だとか、化け物の類いしかないと思う。


 しかし、そんな悠長な考えができるのは余所事の場合だけだ。事件が起きているのは紛れも無く自分の街。

 そうなった以上、そんな不謹慎なコトは思うだけで口にも出せない。


 おまけに、曲がりなりにも犬神咲羅の彼氏をやっているのなら、尚更、俺には彼女を無事に家まで送り届ける義務があるのだから。


 機嫌を損ねて座り込む彼女を見下ろして、促すように俺は言った。


「ほら、送ってくからよ……」

「え~? 来てからまだ30分も経って無いんだよ~?」

 なんて頬を膨らませながら、彼女は不満気に立ち上がる。

 俺はそんな彼女を横目に大して宥めるコトもせず、椅子に投げ捨てられていたジャンパーを乱暴に拾い上げた。そのまま袖にスルスルと手を通し、外に出る身支度を済ませる。


「ホントに帰んなきゃダメなのぉ? 外寒いしぃ……私、何のタメに来たかわかんないじゃぁん……」

「わかんないじゃぁん、じゃねぇ。別にプリントを届けに来たワケでもあるまいし」

「それなら、せめてもう少し暖まらしてよぉ……まだ体冷えてるんだからぁ」

「お前、何かに託つけて長居するつもりだろ……来る度来る度やってるから、いい加減バレバレなんだよ。それに、いつおばさんが部屋に来るかもわかんねぇんだから、また日を改めろ。いない日なら、いくらでも話相手になってやるから……な?」


「何それ、酷くない? 寒いのは本当なんだもん……」

 なんて、今度は目を潤ませて、まるで捨て犬の様に見つめて来た。

 この手口も、過去に三回程使われたモノだ。咲羅の数ある長居戦術の手口では、寒さに託つける、ということで冬にしか使うコトができず、なかなかレア度が高い。

 しかし、そう何度も妥協していては、咲羅を調子に乗せるだけだ。


「よし、そんなに寒いんなら貸してやるから」

 と、俺はさっき着たジャンパーを脱ぎ、投げるように咲羅に手渡してやった。

 渡されたジャンパーに一瞬目を落としたかと思えば、またすぐに俺の顔を凝視する。


「……忍のバカぁ」

「はいはい、どうせバカですよ。とにかく着たら行くからな?」


 案の定、予想通りの答えで俺も返答に困る必要はなかった。


 肉まんくらいなら奢ってやるから――――

 一応そう付け足し、文句のありそうな顔をする彼女の背中を押しながら、俺達は部屋を後にした。



 ◇


 私、犬神咲羅が黒霧忍と話すようになったのは、ホントに偶然だったと思う。


 私達の通う学校は、進学校でも何でもない、ただの県立高校だ。

 周りの学校と比べれば偏差値は良くも悪くもなく、進学率も至って普通。

 その割に制服がかわいいだの、男子に比べて女子の割合が多い、だのの不純な同機で志望する人間も少なくはなく、意外にも倍率は高かった。


 そんな重苦しい空気の漂う、この学校の受験当日。

 確か二教科目の終わりだっただろうか。

“今の国語の選択問題さ。一問目から「ア」「ア」「ア」「ア」で間違いない? 四問連続で「ア」とかあり得る? なんで入試でそんな心理戦みたいなことやって来るかね、この学校は。ライアーゲームじゃねーんだよ!”


 と、私に何の前振りも無く一人の男子が声をかけて来た。

 長ったらしい言葉だったけれど、今でもその日のことは鮮明に覚えている。


 それが、私と黒霧忍との最初の出会いだった。


 その時の彼は初対面なのに馴々しく、ホントに受かる気があるのか疑わしくらい、試験以外の話をしてきた。

 なんでも、彼が言うには“一人でも心を開いて喋れる人間がいる方が気楽にいける”との事らしい。

 当時の私は、周りの人間と同様に切羽詰まっていて“別に私じゃなくてもいいじゃないか……”

 なんて心の中で毒づきながら、嫌々話していた気がする。


 それから彼は休み時間毎に、当たり前の様に私の前に現れては“よし、頑張ろうな”と、一言だけ残して笑顔で去って行く。


 正直、彼の心理は全く分からなかった。むしろ分かりたくもない。


 そう思っていたのに、受験が終わっても私の頭の中から、彼の名前が消える事はなかった。



 余程印象が強かったのか、合格発表の日も自分の合格よりも彼の合格の方が気になった程だ。

 所詮、彼の受験番号を知らなかった私には、彼の合格を祈るしか無かったのだが……



 そんな感じで入学したら。


 たまたま、入学式に、彼と昇降口ではち会い―――――


 たまたま、クラスが同じになって―――――


 たまたま、席が隣りになって―――――



 そんな偶然が幾度と無く度重なった結果、気付けば私は彼の数少ない女友達の一人になっていた、という訳だ。

 しかし改めて話してみれば、彼は口が悪く捻くれていて、考えはいつもクラスと相対的。行事もサボる、何ちゃってヤンキーの様な一面も持っている少年だと知った。


 時間が経てば経つ程、そんな彼を良く思わないクラスメイトの声も増えていく。

 そんな現状の中でも、彼はちゃんと自分の意見というモノを持っていた。

 嫌なモノは嫌と断り、受ける時は、きちんと受ける。


 あやふやなまま、大して自分の意志も尊重せず、流れに身を任せて生きてきた様な私。

 そんな私に比べれば、彼は全然しっかりしているのに……と、心の中では常にそう思っていたりもする。


 私としても、ここまで気兼ねなく話せた男子は彼が初めてで、少し特別な思い入れがあったのかもしれないし、今思えばあんな偶然なんて無くても―――


 私、犬神咲羅は初めて会ったあの時から、自分に無い何かを持った『黒霧忍』という一人の人間に惹かれていたのかもしれない。



「おーい、人の話聞いてるかぁ?」

「あ……え?」

 突如耳に飛び込んだ彼の声に、私は慌てふためいた。


「お前、人には自分の話聞けって言うくせに自分は何だよ……自分のコトは棚に上げるってか? 人に言うからには自分もちゃんとしないとな」

 やっぱり一言多い……


 心底呆れた、とでも言う様に黒霧忍は肩を落とした。


「え、えっと……」

「おばさん達にちょっとコンビニ行ってくるって言って来るから、先に靴履いて待ってろって言ったんだよ」

「ああ、はいはい……ごめん」

 私の反応を見るやクルッと踵を返し、忍は一足先に階段を降りて行く。


 本当はまだ帰りたくなんて無い。


 しかしそれも、私の事を思って言ってくれているのだから仕方がない――――


 そう自分で自分に言い聞かせ、私も彼の後を追って階段を降りるコトにした。



 私が階段を降りて靴を履き終えると、それとほぼ同時に彼は玄関にやってきた。


「お待たせ。忘れ物は無いか?」

「うん。大丈夫だよ」

「そっか――――」

 と、どこかぎこちない会話を交わし、忍の後に続いて私も外に出る。


 さっきまで降っていた雨は嘘みたいにピタリと止んでいて、濡れた路面は街灯の頼りない明かりを照り返していた。


 私と忍は、そんな綺麗ながら心細い道を歩いて行く。

 ポケットに手を突っ込んだまま私の先を歩く忍。私はソレに遅れをとらないようにペースを上げた。

 忍の隣りに並んで歩く。会話が無いのも嫌だから、適当に今日の学校での出来事を話す事にした。


「そうそう、今日文化祭の出し物決まったんだよ?」

「そういや……もう文化祭なんだよなぁ。結局お化け屋敷で決まったのか?」


「そう! 忍が休んでる間にねぇ。かなりの大差で決まったんだからぁ」

 人差し指を立てて、意気揚々と語る私とは対照的に、忍は溜め息混じりに肩をせばめた。


「かったりぃなぁ……当日サボろうかな」

「ダメだよ、そんなの。あ、もしかして自分達でやるお化け屋敷すら怖いとかぁ?」

 私の少し皮肉の入り交じった言葉に、忍はふむ……と、静かに顔色を曇らせる。


 そして私の方へと振り向くと、生真面目にも、まじまじと返して来た。


「いや、お化け屋敷云々の前にさ、俺はイベント事自体好きじゃ無いんだよ。無駄に周りの連中のテンションが上がる、って言うのも苦手な理由の一つだけど、そもそも人混みが好きじゃないからさ。別にこの高校に入ってから始まったって訳でも無くて、中学の頃からそうだった。まぁ何を言われようと、中学の前はどうだったかはわからないけどな」

 言って、彼は微かに微笑んだ。


「イベント事が嫌いって……暗い学園生活だねぇ?」

「ちぇっ、言ってくれるぜ―――――」

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