第7話「……そうかい」

 そんな。

 うだるように暑いそんな暑い日。 

 帰り道。

 登校日などという忌まわしさしかないこの日に呼び出した彼ら教職員の意図は、一生徒である私の預かり知ることでは全くないけれど、でも彼らだって進んで自ら長期休暇の間まで私たちの顔を見たいわけもあるまい。

 先ほどのクラス担任に至っては、遅れてやってきた私より数十分以上の遅れを持って教壇の上に立ったわけだし、その目はほとんど半分眠っていたままだったし、最後、ほとんどなげやりで出席を取ってそして特別何も言うことなく、ただその教室から去っていくだけだった。(不登校歴一年の大杉くんまでも出席扱いにしていたぐらいには適当極まりない有様だった)

  

 そして帰り。

 彼と私の帰り道は一緒ではあるのだけれど、それでも柔然たる人気者で有名人な彼は色々と忙しい御身であるのだろう。

 私同様、遅れて入ったその時から、しかし私とは異なって、その周りに人は寄ってきて、群がってきて、笑い合って。

 そしてまた、その日の終わりも同様、彼とその一行は固まって、ふざけあって、笑い合う。

 当然、ある意味では人気者で、またある意味では有名人であると言うだけの私としては、その中に混じるなんてん馬鹿なことはもちろんしないし、むしろ彼の足を止めてくれるのであれば、その周りにいる彼らには感謝しかない訳で。

 だから私は、帰り道を歩いている。

 今日は水曜日なことだし。

 家に帰る前、用事もあるし済ませてから帰るとしよう。


 と言うことで、

 私は歩く。

 帰り道を歩く。

 

 はてさて。

 そんなことを振り返りながら、なんとか現実逃避に専念してきた私ではあるのだけれど、

 しかし、私は、ここまでの道のりの間中。

 一体何匹、アスファルトに横たわる虫の死骸を見ただろうか。

 まだ、朝の早い時間だというのにも関わらずこんなにも汗が溢れ出てくるというのだから、昼時にはついに私の運命も、彼ら同様アスファルトで終えてしまうのかもしれない。 

 いやあるいは。

 干からびた蒸発の果て。

 誰からも見つかることなく気体のように蒸発してしまうのかもしれない。

 いやいや、もしくは。

 …………。


 ――なんて。 

 そんなことを考えてしまう程度には頭がおかしくなっている私である。

 高校生になっても。 

 暑さに耐性がつくわけもない。 

 普通に夏に気が滅入っている私だ。


 暑い、暑い、暑い。

 

 心底、暑い。

 

 世間では地球温暖化とか言うものが昨今テレビで話題にあがっているみたいなのだが、これがもし我々人類のせいだと言うのであれば大問題だ。

 クーラーとかいうあんな便利なものが、この世の中に存在していることを知ったのは、三年前に養子として今の家へ入ってからのことだけれど、それでもそのせいで地球がこんなにも暑さに塗れた星になってしまったのであれば、それは如何ともし難い事態だろう。

 テクノロジーの罪、と言うやつか。

 だとしたら人類という奴はとても罪深い生き物なのかもしれない。

 太古から、産業革命以降から、私たち人類は、自らの利益のために、多くのものを犠牲に生きてきたわけだけれど。

 いよいよ、この地球までも犠牲にしようとしているのだろうか。

 まだ、この地球がすぐにどうこうなるということはないのだろうけれど、それでもいつかはここも終わると言いことか。

 じゃあ。

 じゃあ、その時のその責任は誰が背負うのか。


 首相か。大統領か。事務局長か。社長か。店長か。

 

 ……まあ、最悪私でもいいけども。

 それでこの暑さがなくなるのなら。

 よくなるのなら。

 どうにかなるなら。

 どうでもいい私のことなんて。

 是非是非、使い潰してくださいね。人類さん。

 まあ実際、そんなたいそうなもんなんて背負えないんだけど。

 そんな立場じゃないけれど。

 そんなことはできないけれど。

 それでも——地球は私が守る。守ってやるぜ。


「…………」


 一体私が何を言っているのか、いよいよ私が一番わかっていない。

 

 そして、今が青春真っ盛りな二年生であるという現在状況を加味すれば、それはより一層。

 気分は落ち込んでしまう。

 花の十七歳。

 意味のわからん妄想に沈む青春を送るには、如何せん若すぎる。


「いいじゃん別にさ」

 

 隣を歩く玲奈は言う。


「私は結構気に入ってるよ。今の生活」


「…………」


「適当に過ごして、時々勉強して、退屈な授業聞いて、サボって、笑って、駄弁って、帰って、寝て。そんな、なんも生まない生産性のない日々。何もない、なんの心配もない日々」


「…………」


「特に……駄弁れるのが、たまんない。何も考えなくて、頭を止めて、口だけ動かして。背負ってるものも、押し潰れそうな状況も、逃げたい現実も、何一つなくて、ただ時間を浪費している感じ。最高の贅沢」


「…………」

 

「本当、こんな生活が一生続けばいいと思ってるぐらいには、私、今が好きだ」 


「……そうかい」

 

 ほとんど同意。

 そんな意味を込めての言葉だった。

 そして、それを契機に彼女はニヤリと笑ってこちらを向いた。


「ところでところで——」


 と、相変わらずなうざい性格に持った彼女は、自身の歯をにやっと見せつける。


「どうしたんだいカナさんよ。だいぶな不満げな様子じゃないかい? ……ちなみに先に言うと、お前に色鮮やかな青春なんか無理だぜ? お前にキラキラした青春なんか遅れる訳ないぜ?」

 

「…………」


 何やら重大に勘違いされていたらしい。

 別にそのままであれ、特に害はないので、だからそのことには触れず、私は一つ息をつく。話す。


「そんなん知ってる。言わんでいいわ。私にキラキラとか冗談でも笑えないし。……まあでも確かに、ね。大体私も同じだよ。あんたと同じ」


「同じ?」


「うん」

 

 私は頷く。

 そして、彼女を見て言った。


「私だって、今の生活は気に入ってる。普通に家があって、学校に行けて、勉強ができて、風呂に入れて、ベットで寝れる。あんなたちにだって、もう隠すことなんかない。ただ普通の人間らしく思考停止して、会話が楽しめる。そんな生活が——もう、たまんなく嬉しいよ」

 

 暑さのせいだろう。

 暑さのせいにしよう。

 今日はどうして、口が軽い。

 その理由はわかってるはずなのに、私はそれに気づかないフリをして、言う。

 私はこの三年間、友人である彼女たちが得てして避けてくれていた話題に、自ら触れた。

 言うべきことを、言う時にしよう。

 玲奈の顔は……まだ笑顔だった。

 

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