ベイトトラップ
昆虫調査は捕虫網を使って昆虫を捕まえたり、目撃した種を記録するだけではない。
例えば、夜行性の虫。夜間調査を実施することもあるが、昼夜通して長時間の調査は難しいし、危険も伴う。
そこで実施されるのが、トラップ(
一般的な環境調査でよく行われるのは、光に集まる昆虫を採集するライトトラップ調査と、餌でおびき寄せて捕まえるベイトトラップ調査だ。
今回はこのベイトトラップの話をしようと思う。
ちょっと汚い話もあるので、苦手な方やお食事中の方はご注意下さい。
◆
ベイトトラップにはいくつかの種類があるが、昆虫類全般が対象の調査でよく行われる、つまり我々昆虫調査員が通常やっているのが、紙またはプラスチックのコップを用いるものだ。
コップを土や砂の中に、入り口が地表面と同じ高さになるように上向きに埋め、中に餌となるものを入れる。そのまま通常は一晩かもしくはそれ以上放置して、その後餌に誘引されてコップに落ちた昆虫などを回収する。
アリの他に、地表を歩いていて飛ぶのが苦手な種、ゴミムシやオサムシなどの甲虫や一部のカメムシ類の他、秋にはコオロギの仲間もよく捕れる。また、地表を徘徊するタイプのクモも捕れる。
甲虫のハンミョウは飛ぶのが得意なように見えるが、水平飛行はできても垂直上昇は苦手らしく、コップから脱出できなくなっていることがよくある。
餌はアルコールや発酵しているものがいいらしく、ビールや安物の焼酎と乳酸飲料、酢などを混ぜたものを使う。この辺りは人によって材料が違ったりする。
これでアリやゴミムシなどが捕れる。コオロギやクモも捕れるが、餌と関係がないので、たぶん通りすがりに運悪く落ちただけと思われる。
それとは別に、動物死体に来る種を集める場合には、餌としてツナ缶や安いミンチ、もしくは魚の切り身(塩分のない、もしくは少ないもの)を用いる。
死肉を食べる虫を捕まえるので、少し腐らせて匂いがする方がよいのだが、やりすぎるとトラップを回収する人間と捕れた虫を調べる人間が地獄を見る。
さらにもう一つ。
これは環境調査の仕事では実施されることはなく、ある種の昆虫を専門とするひとが研究用に行っているだけで、筆者もやったことはないのであるが……。
動物の糞を餌とする
ここで察しがついた方もおられるかもしれないが、野生動物の糞をトラップ用に用いるのは探す手間が掛かりすぎる。
だから、糞虫を専門に研究している人は、ペットの犬の糞あるいは自分の糞を用いているそうだ。
◆
他にも、
筆者が仕事でやったものは、以前も少し書いたが、少し前に問題になったヒアリ調査で実施された方法。
ヒアリが最初に確認されたのは港湾の海外から持ち込まれたコンテナ周辺なので、調査を行う場所も多くは地面がコンクリートかアスファルトである。もちろん穴を掘ってコップを埋めることは不可能。
最初の内は、ゴキブリ捕獲器のような、粘着式のトラップを設置していた。捕獲器は薬局などで売っているものではなく、その半分くらいのサイズの害虫駆除用のものを用いる。
餌はスナック菓子。アドバイザーの先生からは、なぜか商品名を指定されていた。ここでは具体名は挙げないが。
色々菓子を買いそろえて試したのだろうか、と思わなくもないが、さすがにそれを聞く度胸はなかった。
前出のコップ式と違い、一時間か二時間ほどで見回って回収する。それでも十分にアリは捕れていた。
年度が進むと、調査方法が進歩したというか、簡略化が進みこれでも大丈夫ということが分かったのか、親指より一回り太い程度のプラスチックチューブに菓子を入れただけで放置するようになった。
さらには、スナック菓子を置くだけという現場もあった。
もちろん、一、二時間後にそれはちゃんと回収した。
◆
ただし、餌におびき寄せられるのは昆虫ばかりではない。
調査対象外のダンゴムシや、海辺で調査をするとカニが大量に入っていて仕分けが大変なこともある。
さらには、哺乳類や鳥類の一部も来る。タヌキやイタチ、カラスなどにコップごと抜かれてしまうこともある。コップはその辺りに放り出されていることが多いが、歯やくちばしで穴だらけにされて再利用ができなくなっていることも多い。
それで虫が捕れていなければ、もう一晩かけ直しである。
対策として、一味唐辛子を入れるのだが、それで保存用のアルコールを入れると辛み成分であるカプサイシンが溶け出してしまう。
カプサイシンには揮発性はないらしいが、別の成分がアルコールと一緒に飛んでいるのか、標本を処理していると顔が熱くなったり目がチカチカしたりして大変である。
このようにカプサイシンは哺乳類には有効だが、カラスなど鳥類はこれに対する感受性が低く、鳥よけとしては効果が薄いらしい。
昔のある獣医学部を舞台としたマンガで、カラスを唐辛子で追い払うという話があったが、なぜそうなったかは不明であるがあれは誤りらしい。
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