酉 ―トリ― (2)
さて、干支の酉の話の続きとして、今回は筆者が参加した鳥類調査の話をしたいと思う。
とはいえ、ご存知の通り筆者の専門は昆虫類である。
鳥に関する知識があるかと言われると、まったくないわけではないが、現地調査では使えないレベルである。
昆虫類調査と鳥類調査は似て非なるものだ。
一応、鳥は昆虫よりも種数は少ないが、昆虫のように捕まえてじっくり観察することは出来ない。
図鑑を持ち歩くのも大変だし、すべて自分で覚えないといけない。止まっている個体ならともかく、飛んでいる個体なら種を確定するために必要な情報を、一瞬で見極める必要がある。
姿は同じ種でも、雌雄とか成長段階で異なることがあるし、個体による変異もある。
姿だけではなく鳴き声でも種の特定は可能ではあるが、種によっていくつもの鳴き声を持っているものもいる。
下手をすれば、覚えないといけないことは昆虫よりも多いかもしれない。
というわけで、筆者には専門の鳥の調査員は無理である。
◆
では何をしたかというと、猛禽調査の補助員だ。
猛禽調査は視界の開けた場所を調査地点にすることが多いのだが、専門の調査員とはいえ360度全周を監視することは難しい。特に複数体の猛禽が出た時などは。
というわけで、以前は調査員一人に加え、補助員を付けた二人で調査を行うことが多かった。以前は。
メインの調査員が他の猛禽を見ている間に別の猛禽が出たりすると、それを知らせるのも補助員の役目の一つなのだが……。
「南南西、猛禽類出ました」
「……トビです」
「東の方向、猛禽類です」
「……トビです」
というわけで、少なくとも筆者はあまり役には立たなかった。
正規の調査員が大型の望遠鏡を持っているのに対し、補助員は機材に余裕がないので双眼鏡を使う。当然精度は数段落ちる。
トビは猛禽類の中では比較的見分けやすい特徴を備えているのだが、それでも遠くにいる個体を双眼鏡で見てもわからないことも多い。
だから猛禽類を見つけたと思っても、個体数の多いトビの可能性が高いのである。まあ、それは仕方ないのだが。トビの可能性を恐れて動きが鈍っては、それはそれで本末転倒ではある。
他に、忙しい調査員にかわり各種データの記録も行ったりもするので、決して何の役にも立たないわけではない。
◆
しかしその後、財政難などが理由で、環境調査の予算が削減され、補助員が付かない現場が多くなった。
確かに、慣れた調査員ならば一人で調査も可能ではあるが。
ただもう一つ、専門の異なる筆者には関係のない話であったが、補助員制度には経験の少ない新人調査員に対し、メインの調査員が指導を行うという意味もあった。
だから補助員の使える現場が減って、新人教育が難しくなったという話も鳥類担当から聞いたことがある。
前回の繰り返しになるが、この辺りは筆者が会社員をしていた十数年前までの話で、現在はどうなっているか不明である。
◆
さて、筆者の本業である昆虫類調査の最中でも、もちろん鳥は見かける。
ただ、結局重要種かどうかの区別すら難しいことが多いので、データを記録したり写真を撮ったりすることは少ない。
歩きやすさ、網の振りやすさを重視しているので、鳥類調査員が持っているような大型の一眼レフに長いレンズを付けたようなものは持っていない。
調査場所も、定点から動かなかったり、道などの比較的歩きやすいルートを移動する鳥類調査と違い、昆虫調査はけもの道を歩いたり藪を突っ切ったり川に突っ込んだりと、大型機材(捕虫網は除く)を持ち歩くのには向いていない。
常用しているカメラはポケットに入るようなコンパクトデジカメだ。それも昆虫撮影に適した、接写性能が高いもの。
これで上空を飛んでいる猛禽など撮ったところで、画質が悪すぎて報告書などには到底使えない。それでも、種名さえわかればなんとかなるのではないかとも思うが、見通しの良い上空を飛んでいる鳥を昆虫調査の片手間で見つけたところで、本業の鳥の人が全てまるっと発見済みだろう。
というわけで、普段は鳥を見かけても記録することはほぼない。
ただ、半分個人の趣味で、色のきれいな鳥を撮影して調査結果として送ることがある。飛んでいる鳥はなかなか撮れないので、キジのオスが多いが。
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