長い名前 -昆虫編-

 秋も深まると道沿いの空き地や公園で、草丈くさたけが高くて黄色い小さな花をたくさん付ける植物が、郊外だけでなく都市部でもみられる。

 これが要注意外来生物、セイタカアワダチソウだ。植物に詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。

 この植物、和名をカタカナにすると10文字に達する。長いように思われるかもしれないが、種数の多い植物や昆虫ではこれぐらいはザラである。


 数千種と言われる昆虫や植物をいちいち分類するためには、有名な、短い名前の種を元に、種を特定するための特徴を継ぎ足すようにして名前を決めてゆく必要がある。似たような種が多いと必然的に名前は長くなる。


 また、外来種となると、古くから親しまれてきた在来種と違い、適切な短い名がなく、長い名前を付けざるを得ない、というものもあったりする。前出のセイタカアワダチソウもそのような例の一つであろう。


    ◆


 さて、そのセイタカアワダチソウ。

 時期により、その茎をよくみると、2ミリ前後の真っ赤な小さい虫がびっしり付いていることがある。

 これはセイタカアワダチソウの茎から汁を吸うアブラムシの仲間。

 油虫といってもゴキブリの別名ではなく、よく園芸害虫とされるアリマキのことだ。

 なお、セイタカアワダチソウが外来種のため、それにしか付かないこの虫も外来種。


 その名は『セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ』。

 カタカナでなんと19文字に達する。


 これがこれまで筆者が採集したことのある中で、最も名前の長い昆虫である。

 同時に、一般の人でも見つけやすい、最長の名前を持つ種であろう。


 もうちょっと短くできないものか、と思われるかもしれない。

 とはいえこの種でいえば、アブラムシ科の中にヒゲナガアブラムシ亜科というグループがあって、ヒゲナガは残した方がわかりやすかったりする。

 あと、同じセイタカアワダチソウにつく虫にアワダチソウグンバイという種がいて、ならばこちらもセイタカは略せたんじゃないかという説もあるが、専門外のものがごちゃごちゃ言っても仕方あるまい。


 なおこの虫、体が柔らかくてつぶれやすく、また食草がわからなくなると虫の同定も困難となるため、調査時に標本を必要としない場合は目撃記録としてメモで済ませている。

 とはいえ書くのが面倒なので、紙のメモに書き込む場合はセイタカアブラの7文字に略したりしていた。他に紛らわしいなの種がいないので、これで何とかなったのである。

 近年はメモ代わりにスマホに入力して、メール送信してそのまま取り込むようになった。この種も慣れると予測変換の候補に出てくるので、入力は楽だ。

 さらに最近は、執筆にも利用している音声入力も使うようになったのだが……。


「セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ」

 ―背高泡立草ヒゲナガアブラムシ―

「セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ」

 ―背高泡立草ヒゲナガアブラムシ―


 聞き取りは何とかなっているのに、勝手に漢字変換されておかしなことになっている。

 こちらも研究者のはしくれ、生物の名前がカタカナで書かれていないとすっきりしないので、特にこういう長い名前のものはあまり向いていないかもしれない。と、思ったが……。


「セイタカアワダチソウ……ヒゲナガアブラムシ」

 ―セイタカアワダチソウヒゲナガアブラムシ―


 セイタカアワダチソウのところで一旦区切れば、うまく変換できた。


    ◆


 それでは、本当に最長の和名を持つ種とは何だろうか。

 筆者の仕事用のデータベースから、Excelの数式を使って調べてみた。

 なお、和名については日本昆虫目録や図鑑などから、標準和名として用いられているものを対象とした。

 モーレンカンプオオカブトとか、オーベルチュールクロツヤシカクワガタとか、学名そのまんまな外国産カブトムシ・クワガタムシは含まない。ただ、この中にはセイタカ(以下略)の19文字を超えるものはいなさそうである。


 結果として、リュウキュウジュウサンホシチビオオキノコムシが22文字で最長と判定された。

 漢字で書くと、琉球十三星禿大茸虫である。

 琉球りゅうきゅうは南西諸島(ただし、その範囲には諸説ある)を意味し、これが付くだけで6文字加算される。


 続いて21文字が以下の2種。やはり南西諸島産は名前が長くなる。


リュウキュウジュウニホシチビオオキノコムシ

リュウキュウタケウチヒゲナガコバネカミキリ


 そして20字が以下の6種。

 現時点で和名が20文字を超えるものは9種、いずれも甲虫の仲間であった。


リュウキュウオオイチモンジシマゲンゴロウ

オキフタモンヒメミズギワヨツメハネカクシ

ニセフタモンヒメミズギワヨツメハネカクシ

ダイセツカクムネハネナガヨツメハネカクシ

チュウジョウクビアカモモブトホソカミキリ

オガサワラチビヒョウタンヒゲナガゾウムシ


 地名や人名(上記種の場合、中条ちゅうじょうがそれに該当する)で文字数が増しているものが多い中、ニセフタモンヒメミズギワヨツメハネカクシ(漢字で書くと偽二紋姫水際四目羽隠)は外見や生息地などの特徴だけで種名が構成されている。

 この種の所属するハネカクシ科は、日本産種だけで2200種以上、研究が進めばさらに増えると予想される巨大な分類群であり、これだけ修飾語を盛らないと各種の区別も難しいのかもしれない。


 なお、ネットで検索すると、他に長い名前の昆虫の名前として次のようなものが挙げられている。


カノウモビックリミトキハニドビックリササキリモドキ(25文字)

エンカイザンコゲチャヒロコシイタムクゲキノコムシ(24文字)


 前者は、本種を含むバッタ目の専門家である加納かのう康嗣やすつぐ氏や、本種を新種記載した三時みとき輝久てるひさ氏も驚くような形態をしていたということらしい。

 ただ、この名前はやはりあまり適切ではないということか、現在標準和名はスオウササキリモドキとなっている。周防すおうは山口県の旧国名に由来する。


 後者については、長い名前としてある書籍にも挙げられているが、現在は使われていない和名であるとネットには記されてあった。

 円海山の名があるということは、日本の神奈川県あたりで採集されたと推測される。しかし、日本産のムクゲキノコムシ科のリストを見ても、それらしいものは載っていなかった。現状正体不明である。


    ◆


 なお、逆に短い標準和名の種となると、『ケラ』が挙げられる。

 標準和名が2文字の種はこれだけで、1文字の種はいない。

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