7.地元民

 十日ほど経った頃のことだ。

 俺の顔を見るなり陽子が言った。


「随分、焼けたねえ」

「そりゃ毎日泳いでりゃな」


 鼻などはすでに皮がめくれている。ここまで焼けたのは人生初だ。


「よかったねえ。もう地元民に間違えられるんじゃない?」


 それはいいことなのか――とツッコみかけて、ふと気づいた。


「そいや、俺が地元民じゃないって知ってたんだな」


 どこから来たとかは言ったことがない。それでも陽子は以前、いつまでいるの、と当たり前のように訊いてきた。


「わかるよー。色白で岩の上をおっかなびっくり歩くんだもん」


 けらけらと笑いながらの言葉にへこむ。おっかなびっくり……バレてたのか。


「でも最近は、こける心配しなくてよくなったよ。海も山もない都会っ子がそこまでいったら上出来じゃない?」


 本人はフォローのつもりだろうが、追撃にしかなっていない。こける心配をされていたとか、情けなさすぎる。


(都会っ子だってのもバレてるし……)


 出身は変えられないが、せめてもっと運動しておけばよかった。引き締まった身体の陽子には、きっと頼りなく見えているんだろう。


「あと三日で帰るんだっけ?」


 へこんでいると、陽子が突然話題を変えた。


「ああ、うん。三十日はたぶん午前中に出るから、海に来られるのは明後日までかな」

「そっかー」


 寂しがってくれてるのかな、と思ったら、違った。


「欲を言えば一分くらい潜れるようになって欲しかったけど、あと二日じゃ難しいかな」


 ……欲、深すぎだろ。

 寂しさなど感じられない上に、とんでもない内容の言葉にがっくりきた。


「一分潜れる奴なんて、滅多にいないだろ……」

「えーっ!? 普通だよ! わたしなんて二分潜れるよ!」

「自分の物差しで話すのやめろ! 陽子は規格外なんだよ!」


 できるからって二分も水に顔つけるな。俺でもまだ、たまに心配になるんだぞ。

 口には出せない文句と、その他の規格外な部分が頭の中で駆け巡る。

 規格外、という単語には心当たりがあったのか、陽子は「むー」とだけ返してきた。


「ま、いいや。今のままでも海のきれいさはわかると思うし、海斗くんには来年もあるからね」


 さらりと言われ、まぁそうだなと流しそうになった。じいちゃんは元気だし、法事もあるから、と。

 ひっかかったのは、また来年も一緒に、と思ったときだ。


「ん? なんで俺だけ? 陽子は? 地元民だろ?」


 海斗くん。陽子は、そう言った。

 自分には来年はないような言い方だった。

 俺の疑問に陽子が笑う。いつもの賑やかな笑顔とはまったく違う、なにかを誤魔化すような笑顔だった。


「もうすぐ引っ越すの。だから、この海で泳ぐのは今年でおしまい」

「――――え?」


 突然の告白はまったく考えもしなかった内容で、目をしばたたかせることしかできなかった。



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