画商のガラクタ

紫乃

17歳

睡蓮編

第1話 枯葉

『いいかい、ドム?物置部屋には入っちゃいけないよ』

『どうして?』

『戻れなくなるからだよ。いいね?入っちゃダメだよ?』


 ドミニクは窓から差し込む朝日で目を覚ました。

 懐かしい夢を見ていたようだった。

 なんだか鼻が詰まって息苦しい。


「ドミニク!起きて!今日はおじいちゃんのお葬式なんだから!」

「母さん、今行くよ」


 ドミニクは飛び起きて急いで服を着替える。

 顔を冷水で洗い、櫛で黒髪を撫で付けた。


「ドム!?」

「はい!!」


 母親の叫び声と共にパンの芳ばしい匂いがドミニクの部屋まで漂ってきた。

 大慌てでリビングへ行くと、母親が家族分の朝食を用意していた。


「ドロテ、あなた香水つけすぎよ」

「だって、彼がくれたんだもの。嬉しくてつい」

「姉さん、おはよう」

「おはよう、ドム」


 ドロテはドミニクの3歳年上の姉だ。

 今年で20歳になり、将来を約束した婚約者フィアンセがいる。

 現在は大学で仏文学を専攻している。

 言われてみればパンの香りに混ざってバラの香りがよくする。

 しかし、今朝は鼻づまりが酷くてドミニクにはあまりわからなかった。


「ほら、あなたはコーヒーを飲みながら新聞を読まないでください!机が真っ黒けになるわ!」

「ああ」


 母親に注意されながらも新聞を読みつつコーヒーを飲むのは父親だ。

 黒い片眼鏡をする理知的な瞳はいかにも役人といった雰囲気を漂わせている。


「ああ、もう遅刻よ、遅刻!!はい、ドミニク。急いで食べてね!」


 皿にはクロワッサンと少し色が変色したカット林檎が乗っていた。

 おそらく他の家族の分を先に切ったため、林檎は変色してしまったのだろう。

 確かにドミニクは寝坊したらしかった。

 家族4人は大慌てで支度をし、嵐のように家を出た。

 皆真っ黒の喪服に身を包んでいる。

 向かう先は墓場。


 そう、今日はドミニクの最愛の祖父の葬式だった。


 ドミニクは悲しいはずなのに、葬儀の最中一度も涙を流さなかった。

 父を亡くした母と、それなりに祖父に懐いていた姉は声をあげて泣いていた。

 父はというと、真一文字に口を結んでじっと葬儀が進行していく様子を見ていた。


(現実味がない。本当にじいちゃんは死んだのか?)


 ドミニクはずっとそんなことを考えていた。

 親戚や友人と別れの言葉を交わし、近くのレストランで食事が済んだ頃、母は「遺品整理をしましょう」と言って家族を引き連れて祖父の家を訪れた。

 ドミニクが最後に訪れたのは1週間前だったが、その時のまま、全く同じ空気をその家は纏っていた。

画商だった祖父の家には骨董品がたくさんある。


「母さん、俺、物置部屋整理してくるよ」

「ドム、あんた、それだけはおじいちゃんに止められてたじゃない」


 ドロテが怪訝そうな顔をしてドミニクを止める。


「でも、もう亡くなったんだし、整理しなくちゃいけないのは事実だろ?」

「そうだけど……」

「じゃあ、姉さんが埃っぽいあの物置部屋を整理するか?」

「わ、私は母さんと居間の整理をするわ」


 ドロテはそう言ってそそくさとその場を去った。

 ドミニクはやれやれとため息を吐きながら、2階の1番奥にある物置部屋へと向かった。


 禁じられると余計に興味は唆られるものだ。


 ドミニクは幼い頃、何度も物置部屋に侵入しようと試みたがその度に祖父に見つかり首根っ子を押さえられて、くどくどと説教をされたものだ。

 普段は温厚な好々爺だが、物置部屋にドミニクが入ることに関してだけはやけに厳しかった。

 一度、ドロテが面白がって入室したことがあったが、彼女はお咎めなしだった。

 彼女曰く何もないガラクタ部屋だったという。


(やっぱこの目で確かめないと。何でじいちゃんが俺だけ立ち入り禁止にしたのか)


 ドミニクは一度深呼吸をしてから予め用意していた鍵で物置部屋の扉を開けた。

 そして、一歩足を踏み入れると途端に埃が舞い踊った。

 ゴホゴホと咳き込みながら辺りを見渡すと、姉の言った通りガラクタが積み上がっていた。

 絵筆、バレエシューズ、何かの布等。


(全然意味わからないな)


 ドミニクの足元で何かを踏み潰す音がした。

ちらりと足元を見ると枯葉がたくさん落ちていた。


「何でこんなところに枯葉が?窓でも開けっ放しにしてた時期があったのかな。まあ、いっか」


 ドミニクは枯葉を何となくポケットに突っ込むと、そのまま遺品整理を始めた。



 整理がようやく半分ほど終わった時、階下から父親の声が聞こえた。

 夕食ができたという。

 すっかり日が暮れたため、今夜は祖父の家に泊まっていくことになった。


 夕食後は祖父との思い出話に花を咲かせていたが、ドロテがうつらうつらと舟を漕ぎ始めたのでお開きとなった。

 両親は祖父が使っていた寝室で寝ることになり、ドロテは客間を使うことになった。

 眠る場所が必然的に居間しかなかったドミニクは苦笑いしながらも受け入れた。


 そうして明かりを消して居間のソファで横になっていると、脱いでハンガーに掛けておいたジャケットのポケットが淡く発光していることに気がついた。

 近づいてポケットの中から中身を取り出すと、光源の正体は昼間拾った枯葉だった。


「なんで光ってるんだ?ブラックライトか何か特殊なインクでも使っているのか?」


 ドミニクが月光に翳そうとした瞬間、それは階段に向かって一直線に飛んで行った。

 彼は大慌てでその後を追う。

 辿り着いた先は例の物置部屋だった。

 どうせ明日も整理すると思い、鍵を掛けなかったため扉の隙間が若干開いている。


 恐る恐るドミニクは近づき、物置部屋の扉をそろりと開けた。

 そして、足を踏み入れた瞬間、足元に落ちていた枯葉がさらに発光して気がつけば気を失っていたのだった。

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