第13話 La pensée sauvage


「帝国を変えるのはワタシ達……」


居るはずのない男がそこには居た。


 マタイと同じ東国の騎士、ミシェル・フォオリィ。目元には濃いブルーのアイシャドウ、睫毛をばっちりカールさせ、唇には真っ赤な紅をたっぷりと塗っている。


 そんなメイクと鍛え上げられた身体は見事なまでにアンバランスだったが、この場にいる全員が、そのギャップに驚くより先に「異物」の侵入に対して臨戦態勢を取った。


「お前ッ!」剣を掴むマタイ「死んだんじゃなかったのか!?」鬼気迫るマタイの声に、自分が敵と見做されていると気づいたミシェルは右手で額を掴んで考えた。


「あ~、あ~、待って、待って。待ちなさいな。別に今は未だ、戦う気なんてないわ」


「信じられないな」と妖精スクルドが魔法を撃つ構えでとる。マタイを一瞥し、口を開く。「そこの騎士と同じ鎧、ということは、貴様は東国の騎士か。どうやってここまで来た?」


「どうやって?」知らない男の、くぐもった声が地下室に響く。


 カツンカツンと階段を降りる音。


 やがて、ミシェルの後ろからもう一人の男が現れる。金髪で眼鏡をかけた背の低い小太りな男だ。ミシェルとは違い黒いコートを羽織っている。マルコやマタイは、その出で立ちから、彼は騎士では無く、貴族であると予想した。スクルドの質問に答えるように口を開いた。


「違うな。手段は問題ではないはずだ。今、君等にとって最も重要なのは、『どうして』私達がここに居るのか?だろう?」ねちっこく、ゆっくりと、常に半笑いの表情を崩さす、自分に向けられた言葉を男は添削する。「しかし、あえて、あえて君の質問に答えるとしたら、『正面から入って来た』……かな。心配しないでくれ、上に居た亜人に危害は加えていない」


「……誰だ、お前」


「おっと、初めてお会いするね。元副団長、騎士団長殺しのマタイ君。君の武功は予々伺っている。東国騎士団長になったレヴィという。よろしく頼むよ」


 彼が発した「団長」という言葉にマルコは衝撃を受ける。早すぎる。騎士団長ほどの位の者が行方不明になり、未だ見つかっていないのだ。通例であれば一定期間の捜索の後、それでも見つからない場合にその者の死亡が確認される。


 先程の言葉から、前団長の死が既に知られているとしても、そこから団長となる人物を確定させるには、また時間がかかる。特に組織のトップに立つ役職など、そう短時間で決められるものではない。


 レヴィという男はマタイへ軽い挨拶を済ませると、マルコの方に身体を向け深々と頭を下げた。「お初にお目にかかります。帝国領ノヴ王国サンカ管区公爵マルコ・ルフス王弟殿下。この度、東国騎士団団長に着任致しましたレヴィ・クラウディアと申します」


 突然の出来事の連続でマルコは生返事で返すことは出来なかった。しかし、彼が今発した名前には、聞き覚えがあった。彼の脳内では、眼の前に居る小男が誰なのか、鞄をひっくり返すように記憶を漁っていた。


 小男は、上目遣いでマルコを見ながら顎を擦る。「ふむ……やはり、北国ノヴの王家方はご存じないと見える。何百年も血で血を洗ってきた東国のつわものを。首を刎ねられても、身体が動く限り戦い続ける武士もののふを。……私達東国の組織は、首から上などいくらでも替えがきくように出来ているのだ」


 人の心を見透かしたかのようにニヤつくレヴィにしびれを切らしたのか、獣人ジブが強く机を叩く。「御託はいい。何しに来た」


「ああ、そうだ。その質問が聞きたかったんだ」自分の望む質問をされて気持ちが良かったのだろうか、声の調子が高くなる。「実は私はまだ正式には『騎士団長』ではなくてね。皇帝陛下に叙勲してもらわねばならんのだ。だから、今は謁見に向かう途中なんだ。そんな折、丁度、北国の王子が南国へ向かっているなんて情報を手に入れたら、気になるじゃあないか。『何故?西伐コンキスタが始まるというこんな時に?』って。だから、話し合いに来たんだよ」


 めちゃくちゃだ。マルコは手で額を覆う。どこからの情報だ?どうしてここだと?そんないいタイミングがあるのか?……彼が脳をフル回転させながら見つけ出したのは、かつて親に連れて行かれた帝都での晩餐会の光景だった。


「話し合い?残念だが、こちらから話すことは一つもない」スクルドが吐き捨てるように言うが、彼は余裕たっぷりの表情を崩さずに言葉を返す。


「そちらから話すことなど無くとも、こちらにはあるのだ……どうかね?マルコ殿?」


 応答を求められたマルコは、額に汗をかきながら、それでも不敵な笑みを浮かべて小男を見据えた。「……ま、せっかくここまでいらっしゃったのですから、卓に着いたらどうでしょう。帝国軍大隊長・筆頭隊長レヴィ・クラウディア殿」


 マルコの言葉にレヴィは大きく口を開く。「いやはや!こんなしがない下級将校のことを覚えて下さっているなど、大変に光栄ですなぁ。ああまぁ、数年前より東国司令部の顧問として座っているのだが、それは些末なことでしょうな……ええ、お言葉に甘えさせて頂こうじゃないか」


 そう言ってレヴィは部屋の左側、マルコの向かいの席に着き、その後ろにミシェルが立った。一時は臨戦態勢を取っていた解放軍の幹部達も、敵意がないことを知ると各々腰を下ろした。


 レヴィが席につくと同時に口を開いたのは竜人イグァだった。


「聞きたいことがあると言いましたね。レヴィ殿」


「ああ、言ったねぇ」レヴィは竜人に見向きもせずに相槌を打つ。


「なら、まずはこちらから聞かせて頂けませんか?3つほど。礼儀でしょう?」


「ほぅ。亜人が人間の礼儀を語るか……いいだろう。言って見たまえ。竜亜」


 彼女はゆっくりと、レヴィの顔を見つめながら質問を行う。「貴方がたは知っているのですか?私達が何であるか」


「勿論。亜人を主たる構成とする反帝国解放軍、及びそのパトロンのルフス家だ」質問を向けられた彼は、マルコを見つめながら、秒も開けずに答える。


「ええ。結構です。それではその目的も?」


「当然。帝国の打倒だろう?かたや南方大密林、及び亜人奴隷の解放の為。かたや北国の独立の為。」


 その言葉に、解放軍とスズ達には緊張が走る。


「おや、皆様方。『何故知っている?』といった顔をしておりますが……あまり帝国をナメない方が良い。あちらの頭は貴方がたが思うより賢くて、ずっと性格が悪い」


 レヴィの眼鏡が松明の明かりを受けて反射する。彼のねちっこい笑い声だけが、部屋に響いている。

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