第9話 Sunrise&Sunset

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こんな世界にも、朝は来る。


朝、空が白くなる方が東で、夕に赤くなるのが西。


僕は、雷撃に打たれた衝撃か、友だちを失くした衝撃か、生きていた頃の僕を思い出した。


それからずっと、僕の脳では日が暮れない。白夜だ。


あの後、僕らはマルコの王宮に泊まった。一人に一つずつ用意された客室は、こんな状況でなければ感動モノだったと思う。天蓋付きのベッドなんて初めて見た。


僕は直ぐに天蓋の中で横になった。ベッドは思ったよりも硬かった。目をつむっても、意識が途切れることは無かった。脳裏に焼き付いた彼女の顔が忘れられないのだ。


加えて、過去の自分が犯した過ち。自殺という究極の自己満足に対する罪悪感。


生き死にの間で高ぶった交感神経が落ち着きを見せると、僕の中の超自我が僕を責めるのだ。


ベッドの上で、獣のように唸りながら、意識的に寝返りを打つ。


やがて、空が白んで、ぼやけた耳に鳥の声を聞いた。彼らは、友だちを誘うようなリズムで啼いている。


タイガ、彼女はこの世で初めての僕の友だちだった。


僕はタイガの、この世で最期の友だちになれたのかな。


そういや、彼女の詩の一編だって僕は知らない。どんな詩を歌ったのだろう。


レコードやCD、ましてデジタル音源なんてない世界で、もう二度とその詩を聴くことは叶わない。


きっと、鳥のような綺麗な歌声だったのだろう。繊細な詩だったのだろう。


それは僕の予想でしか、願望でしか無いのだが。


こうやって頭の中で考えても、彼女が僕の前に現れて、歌ってくれることなど、ありえないのだ。


そんな感傷を破るように、コンコンとドアをノックする音。


「起きてる?……スズ」そう言いながら部屋に入ってきたのはハンナだった。「ああ、やっぱり。起きてたんだ」


「まぁ、あんまり寝られなくてね」


目の下の隈を指してヘラヘラと笑うのだ。


「タイガの事は聞いたよ。飯、食べたらすぐ出発だって」


ハンナは僕の引きつった笑い顔に何の反応も見せない。


「……うん。少し待ってて」


返事をすると、彼女はわかったと頷いて部屋を後にする。


僕は怠い身体を起こして窓を開け、サンカの穏やかな街並みを一望する。


それは絵画に見るような固定された風景ではなく、人の営みが感じられる生きた街の姿だった。


人が死んだって、こうして生きている人だけで世界は動く。


日本だってそうだ。僕が死んだところで、あの世界は何も変わらないだろう。


死んだ人自身は、世界から忘れられてゆく。


だからこそ、人は自分の生きた証として、何かを残そうと思うのだろう。


それは写真だったり、功績だったり、絵画や音楽といった創作物だったり。


タイガの詩を知る者はいるだろうか。彼女は何かを残せただろうか。


滲んだ視界に映る世界は、やはり世界のままで。


瞬間、突風吹き抜けて、頬に張り付く鳥の羽根。


ああ、そうだ、彼女は、僕と違って、天国へ行けただろうか。


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シモンの命でサンカを発って数日が過ぎた。


この旅の目的は、南国を拠点に反帝国闘争を繰り広げる解放軍レジスタンスと合流し、そのまま彼らと共に帝都へと潜入する。


シモンは王位に着いてから、解放軍に対し秘密裏に資金援助を行っていた。それはもちろん、単なる正義感や同情からではない、全ては祖国独立の為である。


南国の武装組織と手を組み、帝国軍の西伐に乗じて東部の広域に包囲網を展開、少しでも帝国と台頭の立場で交渉に入る、というのが彼の作戦であった。


しかし、これには多大な時間がかかっており、既に解放軍の一部などは地方の帝国軍と小競り合いを起こしている。中には、援助をしている側のノヴ家を疑う者も出始めた。


それもそのはず、確かにノヴ家は歴史を持った王家ではあるが、現状は皇帝の慈悲により保護されている敗者に過ぎない。


本当に帝国を打倒する力を持っているのか、実は我々を利用しているだけではないのか、このような疑念を持たれるのは仕方のないことである。


そして、それは北国内の王家派騎士団員の間にも……


常に火種は燻っている状況だった。


故にシモンは焦っていた。北国のみの戦力では、帝国に到底及ばない。


特に帝国軍の精鋭は、王宮を強襲したヴィテを軽く上回るほどの殺意を持った魔法を放ち、マタイと同等の膂力で敵をなぎ倒すという。


だからこそ、圧倒的な身体能力を有する多数の獣亜人で構成された解放軍を味方につけたのだ。


更にはマルコとルカに旅をさせ、帝国の力を削ぐ為の下準備をしてもらった(この作戦に関しては解放軍にも伝えていない)。だが、一度彼らの信用を失えば、北国の立場は今以上に悪化する。


実を言えば、北国には過去、南国に対する借りがあった。


北国から南国へ直接入るには、大陸中央にそびえる山脈の間、渓谷を進まなければならない。


元々、この渓谷周辺は小人種の生息域で、彼らの集落が点在しており、


彼らに「通行料」を徴収される・商隊が襲われるといった事故が多く報告されていた。


しかしそれらは、「大戦争」後に帝国が行った街道の整備によって、そのような被害は激減した。

この「整備」に加担させられたのが、北国の兵士達である。


大元が帝国だとしても、実際に動いたのは北国である。住処を追われた小人が、敵意の矛先を目の前にいる兵士に向けたのは当然だ。


故に、解放軍にはシモンを信用していない小人が多い。


そんな状況下で、マルコが帰ってきた。この詰まった状況を全て、破壊してくれるような「起爆剤」を手土産に。


シモンは新しく手に入れた兵器を用いて、帝国を直接打倒すると意見を変えた。


それは、必ずしも「帝国を上回るかもしれない力」を持ったという傲慢によるものではなく、北国、及び解放軍の「嫌な奴に一泡吹かせてやりたい。一矢報いてやりたい」といった復讐心を満たし、再度、強大な敵に対して結ばれる連帯感を引き締めてくれるだろうと言う期待によるものが大きかった。


スズ達は、解放軍の幹部に会い、今回の作戦変更を伝えると共に、作戦決行の最終調整に向けて、渓谷を駆け抜けている。


渓谷を抜け、山脈の向こうに広がっているのは大草原プレーリー


この大草原は帝国南西部から東国にかけての東西に長い範囲に広がっており、スズが初めてこの世界に降り立ったのはこの草原の東端にあたる。


しかし、横に長いこの草原も、北から南に抜けるのは大したことではなく、一日ほど休み無く走り続ければ、南国の都ウルクに辿り着けるという。


かつてこの平原にも、多種多様な生物が存在していたが、いまや、そういった生物の影は殆ど無い。帝国の行った街道整備は、人に対して向けられる危険を徹底的に排除したのだ。


故にこの大草原を縫うように走る道も、実に平和に進むことができる。


いまや見渡す限りに遮蔽物のない絶景、しかしそれに見惚れている暇はなく、スズ達はひたすらに南下していた──


「南国には昔から統一王国があった訳じゃなくて、獣亜人。獣人や竜人のことをそう言うんだけど、その諸部族の首長、リーダが集まって治めていた地域なんだ」


マルコが指を立てながら説明すると、「オレの国と似てるな」とマタイが笑う。


「そっちはもっと血生臭いじゃない。ずっと内乱してたんでしょ?」


「しかたねぇよ。天下が一つしか無ぇのが悪かった」


ルカは「馬鹿じゃないの」とマタイを切り捨て、「ま、南国の実情だってよく知らないけどね」とハンナの方を向く。


「ん~。いや、アタシだって昔のことなんて知らないよ~……昔話くらいじゃないかな」


彼女は指先で下唇に触れながら答える。


そういえば、今更だけど、皆は何の為にこの旅に参加しているんだろう。


マルコは、きっとシモンと同じ理由。


ルカは王に対して殺意を持っていたし、何かしらの因縁があるんだろうか。


僕は、自分勝手な復讐の捌け口として。


マタイとハンナは未だ分からない。どっちも帝国に不満がありそうなのは確かだけど、何を背負っているんだろうか。


どっちも普段はお気楽顔で、本心が見えない。


そんなことを考えていると、ハンナがいきなり大声を上げる。


「っあ!そろそろ都でしょ!匂いで分かる!」


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