第66話 なぜ江戸川区にはドラゴンがいないのか⑦
「6年前に邪竜が復活した時、葛西水龍も一緒に復活したじゃん」
「そうだな」
空が疑問をなげかける。
「それってさ、葛西水龍はもうずっと前に怪我は治ってたわけだから、復活を邪魔してた邪竜の封印がなくなったことで起きられたってことだよな」
「ああ。それに、100年前に邪竜が現れた時にも葛西水龍は邪竜と戦っていたんだ。その邪竜が復活したとなれば寝ている場合じゃないだろう」
「まあそれもそうか」
空は納得した顔で紅茶をすする。
「なあ、今はどうなんだ?」
今度は英彦が質問をする。これまた鋭い質問だ。
「今ってのは、今の葛西水龍のことだよな」
「そう。葛西水龍は傷が深くて眠っているのか?それとも、傷は癒えたけど邪竜の封印が邪魔して起きられないのか?」
「よく気づくよな、そういうの」
海野が驚く。俺たちは何年も考えてきたからもちろん答えは考えてあるが、今聞いた話でここまで理解できるものだろうか。
「おそらくは、まだ傷が治っていない。6年前に俺たちが見た葛西水龍は邪竜と戦ってボロボロになっていた。他の事例と比べても、まだ時間がかかるはずだ。茨城のドラゴンは8年と言ったろ?それと同じくらいだと思っている」
「なるほど、つまり2年後どうなるか、ってことか」
「その通り」
「どういうこと?」
英彦と進める会話に吉田がストップをかける。
「あと2年で傷が治るってことは、その時になにが起きると思う?」
「え?邪竜が封印されているから、復活できなくてずっと寝てるんじゃないの?」
「その可能性もある。でも、本当にそうだろうか。以前と違って邪竜は江戸川区の中に封印されてるわけじゃない。海の中にいるんだからな。葛西水龍が江戸川区に帰ってくるのに邪魔にはならないかもしれない」
実は俺たちはこう考えている。今の邪竜の封印場所であれば、葛西水龍が復活する妨げにはならない。そう考えると、ひとつの答えが導かれる。
「2年後には葛西水龍と、江戸川区中のドラゴンが復活するかもしれないってことだ」
「え!」
何人かが驚きの声をあげる。
「江戸川区にもドラゴンがいるようになるの!?」
「かもしれない。でもそれは2年後にならないとわからない。昔葛西水龍が住んでいた葛西臨海公園は邪竜の封印されている海には近くて、ドラゴンが住めない円形の中にあるからそれが原因で復活できないかもしれないし、2年って時間も俺たちの予想だから外れるかもしれない」
「なんだ、全然わからないんじゃん」
二宮が呆れたように言う。簡単に言ってくれるが、最新の科学でもドラゴンのことを全て理解することはできない。今日は素人でもわかるように簡単にまとめた内容だけ話しているが、実際は行動学的な研究だけでなく遺伝子学や化学的なアプローチでの研究も参考にしている。もちろん俺たちにできる範囲は限りがあるが、他の研究者に相談したり論文を読んで調べている。真面目に取り組んでいると別の分野の人でも手助けをしてくれる人はいる。教授というのは頭のいい大学を出ているので、各分野に精通しており、他の分野の教授にも顔がきく。俺たちが研究で行き詰った時、田村教授はすぐに遺伝子学や生物化学系の研究者を紹介してくれた。そうやって様々な知恵を集めて調べても、全てを調べつくすことは難しい。全ての学問に言えるかもしれないが、生物学もまた奥が深く、その全容は果てしない。
「ああ、そうだ。でもそれは2年後の楽しみにしておこう。俺たちの調査はこれでひとまず終わりだ」
長かった。本当に長かったけど、楽しかった。知らなかった自分も知ることができた。友人にも恵まれた。
あらためて知恵と海野と目を合わせる。ふたりとも笑っていた。俺も笑っていた。
「ありがとう竜一くん!わたしの思い付きをここまで調べてくれるなんて、さすが私の見込んだ男なだけはあるね」
知恵が大げさに手を挙げて喜びのポーズをとる。
「ああ、さすがは俺たちのリーダーだ」
海野もそれに合わせるかのように俺のことをおだてようとする。
「おい、やめろって。俺だけで調べられたことなんて少しじゃないか。知恵と海野がいたから一緒にここまで調べられたんだ」
「まあ、そうだね」
知恵が一転して腰に手をあて、自慢気な恰好をする。
「なんてね。これは私が気になったことなんだから、私が調べるのは当たり前なんだよ。ここまで6年も付き合ってくれた、竜一くんと海野くんがすごいんだよ」
俺と海野の肩に、知恵がそれぞれ手をそえる。
「まあ確かに、大学まで行って6年も調査しちゃうのはすごいを通り越して変人だな」
せっかく達成感を分かち合っているところに、吉田が水を差す。しかし言っていることは正論だ。しかしそこは訂正しないといけない。
「そう言われるとは思ってたよ。でも誤解なんだって」
「誤解?」
そう、誤解だ。俺は何も知恵のためだけに必死に勉強して大学に行ったわけでも、知恵のためだけに江戸川区のドラゴンについて調査したわけでもない。
「俺は自分でドラゴンの生態に興味を持って、ちゃんと研究したいと思って自分のために大学を選んだんだ。もちろん高校時代に突き止められなかったことを最後までやり遂げたいって気もあったけど、それだけじゃない」
みんなが俺の話を聞いてくれる。
「6年前の騒ぎも俺の先祖や一族の起こしたことでもある。一條家がドラゴンの研究を独自に続けていたのはその責任のためなのか、それとも好奇心が止められなかったのかはわからない。そういう先祖のいざこざとか、俺自身が家族と折り合いがつかなかったこととか、そういうのをひっくるめて、自分のためにドラゴンの研究者をちゃんとやりたいって思ったんだ」
そういう風に思えたきっかけも、知恵が『なぜ江戸川区にドラゴンがいないのか』を調べようと言ってくれたからだ。だから知恵には感謝している。
「竜一くん」
知恵が俺の顔をまっすぐ見る。
「わかってるよ。でも、ありがとう」
俺はいつのまにか、知恵のまっすぐな目を、そらさずに見ることができるようになっていた。
「なんだ、じゃあ変態は海野だけか」
「なんでだよ、俺がドラゴン好きなのは最初からだろ!むしろ竜一と知恵が後からだろ!」
それは正しいが、海野が変人であることは間違いない。
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