第64話 調査結果⑤


「そういえば、新宿御苑で黒神龍が立ち上がって叫んでいた理由ってなんだったんだっけ」


 英彦がおもむろに話題を戻す。そう言えばまだ話していなかったか。


「ああそれは、俺と咲ちゃんが一緒にいたかららしい」


「竜一と咲ちゃんが?」



「たいした話じゃないんだが、ほら、咲ちゃんたち竜宮家は邪竜を封印している場所に住んでいただろ?それで邪竜の匂いみたいなものが染み付いていたんだって。俺の方は声だな。子供のころから祭事に使う歌や祝詞を練習させられていたんだけど、それが実は邪竜を操る術の発声方法だったって話はしたよな。どうやらそれが普段の声にも癖みたいについていて、黒神龍にはわかったらしい」


 邪竜の匂いと俺を悪用しようとする術の声、黒神龍が警戒するには十分だったのだろう。


「でもそれはほんのわずかなものだし、何も起きないからすぐ落ち着いたみたいだ」


「他のドラゴンは気にしてないよね。ほら、有明の時は咲ちゃんはいなかったけど、一條家の人が3人もいたのに有明の親龍は静かだった」


 俺が学校に行かなくなって知恵と海野が有明まで探しにきてくれた時のことだ。


「本当のところはわからないけど、おそらく黒神龍だけがわかる特別なことなんだと思う。日本一のドラゴンだから感覚も普通じゃないんだろう」


 邪竜が復活した時は日本中のドラゴンたちが警戒体制だったらしい。それだけ邪竜というのはドラゴンにとって特別なのだろう。


* * *


「海野くんの調査で特に気になったのは、他にもドラゴンがいなくなった地域はあるということだったよね」


 知恵が続きを話し始める。


「その理由がわかれば、江戸川区にドラゴンがいない理由と関係があるかもしれないと思ったの」


「あーなるほど、頭いいね」


 なぜか二宮が知恵を褒める。


「日本だと茨城でそういう事例があったから、茨城にドラゴンがいなくなった理由を調べたんだよな」


「あれ、さっきは鹿児島とかアメリカとか言ってなかった?」


「今度は生物学的な観点でドラゴンはどうなったのか、どういった習性によって何をしていたのかちゃんと調べなきゃいけないんだ。だから何回も通うことになる。アメリカは当然として、鹿児島だってそんなに何回も行ってられないだろ。茨城なら近いし電車で行けるから交通費も安い」


「ふーん」


 吉田があくびをする。「生物学的」というのが退屈に思われただろうか。


 話が専門的すぎると興味のない人には伝わらない。ここからは大学での研究の成果がメインの話だから、うまいこと噛み砕いて話さないといけない。


「茨城にドラゴンが居なくなったのは30年前。茨城で豪雨があった時だ」


「豪雨?災害なのはわかるけど、雨でドラゴンがいなくなるの?」


「正確には豪雨でぬかるんだ地面が原因で土砂崩れが起きたんだ」


 地震にしても台風にしても恐ろしいのは揺れや雨そのものよりも、それによって起こされる二次災害だ。


「土砂崩れって、茨城の親龍が下敷きになったってことか。それって、死んじゃったってこと?」


 空の疑問に海野がすかさず答える。


「いや、死んではいない。むしろ親龍が死ぬこと自体は珍しくないんだ。ドラゴンは寿命が長いけど生き物だからな。いつかは命が尽きて世代交代する。親龍が死ぬとまた新たな親龍が現れて、街のドラゴンたちも新しく変わる」


 そういえば海野がはじめて話しかけてきた時にそんなことを言っていた気がする。埼玉のドラゴンが新しくなったとかなんとか。


「茨城のドラゴンは怪我をしたんだ。崩れた土砂に混じって落石や鉄筋の建物の倒壊があって、直撃ではないものの大きな傷を負ったらしい」


「いたそー」


 二宮が目をぎゅっと閉じる。独特な感想だ。


「なあ、それって」


 英彦が何かに気がついたように、言いかけた言葉を飲み込む。もう最後の答えがわかっているのだろう。俺たちも気がついた時は驚いた。


「事故の後、茨城の親龍は8年間姿を消したんだ。その地域のドラゴンたちと一緒にね。つまり、親龍が重大な怪我をすると、ドラゴンたちは傷が癒えるまで姿を消すということなんだ」


 そして、その後が最も重要な事実だ。

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