着物と絵師∽欠片犯罪/8


「――くん! 好輝こうきくん!」


 自分を呼ぶ声に好輝の意識は浮上する。

「しっかりして! 好輝くん!」

「う……」

 うっすら目を開けると、飛び込んできたのは七星の顔。


「ああ……七星ななせさん……無事だったんすね」


 好輝は力なく笑う。

「ごめんなさい。わたしのせいで……!」

「……謝らないでください。頑丈なのが取り柄っすから、名誉の負傷ってやつっすよ……」

 安心させようとするが、ずきんっ、と好輝の頭に痛みが走った。腕も痛い。二人とも自由がきかないのは、縄で縛られているせいだ。

「それより……ここは……?」

 顔だけを動かし、周囲を見渡す。見慣れない部屋だった。

「わからない。――っ!!」

 言葉を失った七星。好輝も七星と同じほうを見る。絶句した。


 鎖に縛られた亡者どもが炎に焼かれ、苦悶の表情を浮かべ、嘆き悲しんでいる姿。牛の頭と馬の頭をした地獄の獄卒である牛頭馬頭ごずめずが金棒を持ち、助けを乞う人々を追い立てている姿。燃えさかる牛車ぎっしゃ三面六臂さんめんろっぴの鬼が餓鬼がきを掴み、炎の中に放り込んでいる姿。地獄の光景が描かれた一枚の屏風びょうぶがそこにあった。だが、空白の箇所がある。絵はまだ完成されていないようだ。


 たまらず好輝は呟いた。

「なんだ……? この薄気味の悪い絵は……」

「こんな素晴らしい芸術が理解できないとは嘆かわしい」

 声が降ってきた方向に、二人は顔だけを向ける。


「これは、あのしゅう猿良えんりょうが描いた『地獄変』だ」


 うっとりとした眼差しで絵を眺める背広を着た男がそこにいた。ようやく周りに置かれている家具やら、なにやらが目に入ってきた。どうやら、ここは彼の自宅のようだ。

「あなたのこと、知ってます」

 七星が険しい顔で言った。

極洛きょくらく大殿おおとの――大殿だいでんのぞむさん、ですよね?」

 日本画蒐集を趣味としている極烙地区の資産家。水墨画の雪舟せっしゅう、戦国時代の絵師である狩野かのう派。菱川師宣ひしかわもろのぶ東洲斎写楽とうしゅうさいしゃらく喜多川きたがわ歌麿うたまろほか、あまり知られていない江戸時代の浮世絵師たちの作品をも蒐集している。蒐集家コレクターや日本画絵師たちの間では『地獄変』に登場する堀河ほりかわ大殿おおとのにかけ、〝極烙の大殿〟と呼ばれるほどの有名人。

「ご存じだとは光栄です」

「当然です。ここ最近、あなたはわたしをみたいですから」


(そうか、だから……!)


 だから七星は謝ったのだ。だから毎日、同じ時刻に喫茶店に来てたのだ。だから彼方も、あんなに過保護めいていたのだ。好輝は七星がそんな危険に晒されていたとは知らず、浮き足立っていた自分を殴りたい気持ちに駆られたが、それは後回しだ。

「あんた、おれたちをどうする気だ?」

「おまえはおまけだ。だが幸運だったな。この絵が完成するその瞬間を、人生の最後に見られるのだから」

 背中がぞっとした。そんな好輝にかまわず、大殿はにこやかに七星に言った。

「あなたは、この絵の完成には必要不可欠な存在ですからね」

「どういうことですか?」


「ずっとずっと待っていたんです。この絵のために」


 再度、絵を見る好輝と七星。地獄がどんなところかわからないが、この絵からは見たこともない地獄の恐怖が伝わり身震いがする。だが、不思議と高揚感もある。破滅と絶望しかないのに、魅入られ、どんどん抜け出せなくなっていくような悦楽。さながら魔性の女に誑かされている気分だ。


「僕は誰よりも深く彼の作品を愛していた。ですが三年前、秀猿良は姿を消した。大変なショックと憤りを感じました。――、火事で娘を亡くしたことぐらいで姿を消すなんて」


 七星と好輝は不愉快極まりない表情を浮かべた。対し、大殿は屏風を前に「あぁ……っ!」と恍惚とした表情を浮かべながら、さらに語り続ける。


「考えました。必死に考えました。どうしたら、彼に戻ってきてもらえるのかと。三年間、ずっとずっとずっと。そして思いついたんです。そうだ、まだモチーフが足りないんだ。彼の芸術性を刺激するモチーフが。だから揃えたんです。まずは鎖に縛りつけられ、腹部をついばまれた男。次に牛頭馬頭ごずめず。そして、燃えさかる牛車ぎっしゃ!」


 好輝と七星は大きく目を見開いた。好輝が呟く。

「じゃあ、最近騒がれてる着物襲撃事件は……」

「そう」

 大殿は笑った。

「僕がやったんです。――そして」

 コンコン、と扉がノックされる。

「……ああ、来たか。――入れ」

 入ってきたのは、少し頬がこけた猿顔の老人――姿を消した日本画絵師、秀猿良その人であった。

「あ、あんた……!」

 好輝は驚いた。警棒で好輝の頭を殴った老人ではないか。


「彼は帰ってきてくれた」


 秀猿良は好輝を一瞥した後、屏風を見つめる。彼は、その身をぶるぶる震わせていた。

「完成間近で震えがおさまらないか?」


「――ああ。ワシはずっと、この時が来るのを待っておった!」


 秀猿良は懐からナイフを取り出し、大殿に向ける。


「な、なんの真似だ!」


 切っ先を向けられ、大殿の顔が恐怖で青くなる。

「この『地獄変』を完成させるのは、そこにいるお嬢さんではない。――おまえだ!」

「どういう意味だ!」

「復讐じゃよ。ワシの娘は三年前、きさまに殺された!」

 大殿に動揺が走る。

「な、なにを言っている! 三年前のは事故としてはずだろ!?」


(……?)


 大殿の言葉に好輝はひっかかりを覚えた。それは七星もだ。

「だ、だいたい! しょ、証拠はどこにある!」


「証拠はこれじゃ! この『地獄変』よ!」


 大殿の表情が変わった。彼の顔から血の気が引く。

 秀猿良はそれを見逃さなかった。

 皮肉なものだ。生きるために泥棒に落ちぶれてもなお、求めたのは芸術だった。忍び込んだ家に飾られた美術品を見ると、心が和んだ。そして、見つけるのだ。この大殿邸で。あの日、娘とともに焼けたはずの未完の最高傑作『地獄変』を。

「……これを見た瞬間、枯れ果てたはずの涙が溢れた。苦労が報われた瞬間じゃったよ」

「で、でたらめを抜かすな! これが三年前、おまえの家から持ち出されたものだという証拠はない!」

 否定する大殿を秀猿良は嘲笑う。

「おかしなもんじゃの。熱烈なファンであるきさまがワシの作品を否定するとは……。それにきさま、さも自慢げにそこのお嬢さんに語っておったではないか」

 ぐっ、と言葉につまる大殿。

「ワシに描いてほしかったんじゃろ? ワシを呼ぶために、なぁんも罪のない人たちを殺して。あげく、きさまを手伝っておった三人まで殺した。そしていま未完成の作品を完成させ、その作品を独り占めしたいがために、そこのお嬢さんを殺そうとしている」

 秀猿良はナイフを大殿に向けたまま、

「きさまの計画は、ここでしまいじゃ!」

 七星に近づく。


「おい! その人になにをするつもりだ!」


 がなる好輝。彼女を傷つけたら、ただじゃおかないぞ!

「おまえさんらを逃がすんじゃよ。……巻き込んですまんかったな」

 好輝は目を見張った。

 秀猿良は七星を縛っている縄を切り始めるが、頑丈に縛られている縄はなかなか切れない。


「やめろぉぉっ!」


 大殿が絶叫し、秀猿良に掴みかかったその時だった。

 部屋の扉が盛大に開かれ――いや、蹴破られた。

「ハル!」

ようさん!」

 蹴破ったのは、遥。彼女の後ろにはカイと有能ありよしもいた。


「な、なんだ! きさまら!」


 突然、押しかけてきた見知らぬ来訪者たちに、大殿は激しく動揺する。

 扉を蹴破った遥は眼鏡を取り、投げ捨てる。気のせいか、大殿を睨みつける彼女の双眸そうぼうは鋭い黄金の光を放っていた。


(か、かかと落としの比じゃない……!)


 その気迫に怯む好輝。しかし怯んだのは、好輝だけではない。

 大殿はますます血の気を失い、秀猿良も縄を切ることを忘れている。七星も遥の凄まじい怒りを感じ取っていた。一歩退いたところで深いため息をつき、頭を抱える有能。カイは肩をすくめただけだった。

 手をかざす遥。次の瞬間、大殿の体が宙に浮き、勢いよく壁に叩きつけられた。


「ぐっ!」


 壁に叩きつけられた大殿はもちろん、好輝と秀猿良もなにが起きたのかわからない。なぜ、を発する暇を怒れる遥は与えない。言葉を発したい大殿だが、目に見えない圧力によって体が壁にめり込み、口を動かすことができない。遥の気迫も相まって、かすかな反抗すらも許されない。助けてくれ、と大殿は目で遥に懇願するが、いまの彼女は彼に対して慈悲の心など持ち合わせていなかった。


「――着物襲撃事件の黒幕は、おまえだな」


 尋ねる遥。彼女たちは着物襲撃事件の真相に辿り着き、ここにいる。

 さらなる考察のさなか、探偵事務所に匿名の電話がかかってきたのだ。

 その内容は「着物を着た女性と青年が黒い車で連れ去られた」というものだった。続いて、遥にも電話がかかってきた。相手は彼方で、七星が戻らないことと誠次から好輝が戻ってきていないと連絡があったので、シンデレラで探索してもらおうと思って電話をかけたのだという。あまりのタイミングに、不信感を抱いた面々はシンデレラでカイの考察とそれらを〈情報片カケラ〉として〈コード〉を解いた。結果は大殿だいでんのぞむ、〈完全合致オールクリア〉。さらに〈紐〉を解いた結果、秀猿良が最近、大殿家の運転手として雇われたことが判明したのだ。すぐさま大殿邸を特定。全速力でやってきたわけである。


「ち、ちが……」


 否定する大殿だったが、体がますます壁にめり込んだ。


「質問を変えよう。――三年前、秀猿良の作品を盗もうと彼の自宅に忍び込んだな?」


 大殿の脳裏を記憶が巡る。そうだ、あの夜が始まりだった。どうしても欲しくて忍び込んだ家、『地獄変』、そして恐怖した女の顔。

「そ、そう……」

 大殿は肯定した。遥は壁に押しつけることをやめ、目に見えない力で大殿を壁から引き抜く。

「盗みの現場を目撃され、秀猿良の娘を殺した。――そうだな?」

「――ああ」

 見られた。口止めしなくては。頭をよぎった。完成してない。そうだ、この女をモチーフに。

「そうだ。僕があの女を燃やした」

 大殿の告白を聞いた父親は怒りと殺意に震えている。

「では、もう一度訊く。着物襲撃事件の黒幕はおまえだな」


「……そうだよ。ハル」


 答えたのは大殿ではなく七星。

 秀猿良の代わりに、カイが彼女の縄を解いたのだ。好輝の縄も有能によって解かれる。


「この人は猿良さんが姿を消した理由を、で片づけた」


 七星は遥の隣に立ち、大殿に言い放つ。

「あなたにこの言葉を送るわ。――、芸術品ごときで人の人生を台無しにした最低野郎だってね!」

「……なんだと」

 大殿がゆらりと立ち上がり、七星に掴みかかる。


「もう一度言ってみろ!」


「何度でも言うわ! そのくだらない我儘わがままのせいで、国宝とされるべき絵師の人生をめちゃくちゃにした史上最低の自己満足野郎ってね!」

 大殿は怒りにただ任せ、七星の体を激しく揺さぶる。


「くだらなくなんかない! 僕は秀猿良の作品を一番に理解し、愛しているんだ! 見ろ! この『地獄変』を! 僕は秀猿良をこの世に蘇らせた! その手伝いを! !」


(こいつ……!)


 勝手極まりない言い分に誰もが怒りを覚えたその時、大殿は吹っ飛び、再び壁に激突した。

 遥が掌底で吹っ飛ばしたのだ。彼女はすかさず秀猿良が持っているナイフを奪い取り、大殿めがけて突き出した。彼の頬をかすめる。わざと外したのだ。


「どこまでも自己満足。さらに自意識過剰とは……救いようがないな」


 腹の底から声を発する遥。さらに釘をさす。


「もう、その口を開くな。――


 最後の言葉は脅しではない凄みを持っていた。もし、この場に彼方がいれば、同じことを言っただろう(ただ彼の場合、ってしまいそうだが)。


 その時、大殿に異変が起きる。


「うっ!」


 大殿の背中からゆらゆらと影が現れる。

 異変を察知した遥は一歩下がり、大殿の影を見やる。影の首筋から、大きな実が成っていた。

「う、ううあ……ぐ……ぅぅ……」

 呻くたび、体中のありとあらゆる血管が浮き出て、もがき苦しむ大殿。

 呼応するように、ゆらゆらと影の実は揺らめく。


「……こりゃまた、ずいぶんと育ってるな」


 呟く有能。影が揺らめくほど、実は大きくなっている。対して、大殿の顔はまるで老人のように皺だらけとなり、生気を失っていく。

「う、ぐぅ……、ああ……!」

 大殿の声はかすれていた。やがて、影の実が盛大に弾ける。大殿はこと切れたかのように倒れた。影が平面から立体に、黒から色彩豊かに色づいていく。

 それを見た有能が舌打ちする。


「なんてこった。欲片ビットが最終段階まで成長しやがった」


 欲片には成長段階が存在する。最初は種子しゅし――バイト、次に発芽はつが――メガ。ここまでは法的な犯罪には発展しない。だが、その先の開花かいか――ギガになると危険信号である。欲望が抑えられなくなり、罪を犯す。やがて花が散り始め、実をつけてしまうと、最終段階の結実けつじつ――テラとなる。こうなると、もはや手遅れだ。メモリの容量のごとく、小さいうちは欲望を叶えるため宿主やどぬしに必要最低限のことしか行わせないが、容量が大きくなるにつれ、宿主自身の歯止めが利かなくなっていく。結実になると寄生した本体の生気を吸い、実を成熟させ、やがて魔物を顕現けんげんさせてしまうのだ。


 大殿の影から現れたのは、裾に焦げ跡がある着物をまとい、ちりちりに焼け焦げた長い黒髪。そして、顔にひどい火傷を負った女だった。その女の顔を見た瞬間、秀猿良は顔を青くする。


「ね、寧音ねね!」


 そこにいたのは三年前、大殿に殺害された秀猿良の娘だった。おそらく顕現されたのは、大殿が最後に見た寧音の姿だろう。

 欲片は成長過程の条件設定すなわち〝環境〟を整える。さらには隠された欲望の具現化へと向かう。それが最終段階である結実テラ――魔物テラである。魔物の姿は人によって様々だが、アニメや特撮に出てくるような非現実的な化け物が一般的だ。ところが時々、その人物が忘れられない出来事や心の奥底に眠る過去や隠しておきたい秘密がその成長過程――魔物の条件設定になってしまうことがある。

 大殿の場合「秀猿良に〝魅力〟が詰まった絵を自分のために描いてもらいたい」という欲望を叶えている過程で、欲片は大殿が秀猿良の娘を放火に見せかけて葬っていることを知った。なおかつ、『地獄変』という題材がいけなかった。それが皮肉にも、まで組み込むことになってしまったのだ。


(なんだよ、これ……!)


 好輝はただただ茫然ぼうぜんとしていた。こんなことが神曲町このまちで起きているというのか。

 魔物――寧音は呻き声を上げながら、大殿のもとへと向かっていく。生気を吸い取られているので、体が思うように動かないのだろう。大殿はそれでも顔を懸命に呻き声のするほうへ向ける。死んだ魚のような目をした彼の目が大きく見開かれた。声を発したくても、それは叶わない。生気を奪われ、声帯を震わせる力がないからだ。


 一方、よろよろと秀猿良が遥たちのほうへと歩き出す。


「いけない!」


 カイが咄嗟とっさに彼の腕を掴み、引き止めた。

「は、離してくれ! 寧音が、寧音がそこに……!」


「――失礼」


 断るなり、カイは老人の首に手刀を入れた。気絶する秀猿良。

 有能はとした。気絶した老人から思わぬ副産物が出てきたからだ。


欲片ビット!?」


 秀猿良の首から花が開いた赤い欠片が飛び出し、落ちる。美しい赤い花を咲かせているが、それは禍々まがまがしい怨嗟えんさに満ちている。娘を失ってから三年間、丹誠込めて育てていたのだから。


「……どうやら、ヒデさんの読みは遠からずとも当たってたみたいですね」


 有能はなんとも言えない表情を浮かべた。正直、いまの彼の心境は複雑極まりない。

 一方、遥は寧音をどうしたらいいものかを考えあぐねている。

 ふと、屏風の『地獄変』が目に入った。

「……完成させるか。堀河ほりかわ大殿おおとの――いや、極烙きょくらく大殿おおとののために」

 遥の意図を七星は察したようで、彼女はためらいもなく着物の袖からワイヤーを放ち、寧音を拘束する。もがき、身じろぐ寧音。しかし焼けた肌にワイヤーが食い込み、痛みを与えるだけだった。


「アアアアアア――――!」


 痛みのあまり、悲鳴を上げる寧音。

 人とも思えぬ悲鳴に好輝はたまらず耳を塞ぐ。有能も顔をしかめていた。

「ごめんなさい。でも、あなたはここにいてはいけない」

 さらに力強くワイヤーを握り込む七星。彼女は大殿を見た。彼はなにか訴えている様子だったが、無視する。

「あなたが崇拝し、熱狂していた絵師はもういません」

 ぱくぱく、口を動かす大殿だが声になっていない。

「三年前、あなたが寧音さんとともに殺したから」

 ぱくぱく、陸に上げられた魚のように大殿は口を動かす。


「猿良さんの代わりに、この『地獄変』を捧げましょう」


 七星は指から手品のように炎を放った。放たれた炎は導火線のようにワイヤーを伝い、寧音の体を焼いていく。それを確認した七星はワイヤーを離した。

 もがき苦しむ寧音の悲鳴とその影が壁に映る。彼女は悲鳴を上げながら、屏風――『地獄変』に近づいた。炎は勢いよく屏風を飲み込み、寧音ごと燃えさかる。

 その光景を見る大殿の表情は恍惚としており、なんとも不気味であった。


 恐怖のあまり、笑うしかないのか。

 それとも、秀猿良が生み出した〝魔力〟にとり憑かれたか。


 気を失っている秀猿良の頬に涙が伝った。娘の最後の苦しみに呼応したのだろう。

 七星は燃えていく寧音と『地獄変』を見て、呟く。

「どうか、その炎があなたに真の安らぎを与えんことを……」



 こうして、着物襲撃事件は静かに幕を閉じた。

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