第5話 宝くじとおまじない

「宝くじに効果があるおまじないってないかな?」


 カフェに毎週3回ほど訪れる常連客の男性が、そう美波に話しかけてきた。

 夕方から夜にかけて現れる彼は、須藤聡という20代後半くらいのやせ形の男性で、カフェに訪れる時はいつもスーツ姿のため、どこかの企業に勤めているサラリーマンに思えた。


「宝くじですか? そうですね……。広義の意味でギャンブルに入ると思いますから、その手のまじないはいくつかありますよ」


「ホントに当たる?」


 聡は目を輝かせて身を乗り出してきたため、美波は苦笑しつつ答えた。


「さあ、どうでしょう? 当たるも八卦当たらぬも八卦と言いますしね。気休めかもしれません。なにより……」


「なにより……なに?」


「高いですよ」


 美波は具体的な金額を言わずにニッコリわらって見せた。

 そう言われると聞かずにはいられない。それに高いということは、それなりに効果が期待できると勝手に想像してしまうものだ。


「そうですね。今ある材料で一番高価なものが450ドルもするんですよ……」


「450ドル? って……4万9千円くらい!? それは確かに高い材料だね」


 驚き目を見張る聡に美波はさらに苦笑した。


「全部を使うわけじゃないですけどね。次いで高価な材料にパドヴァの聖アントニオのコインがありますしね」


 パドヴァの聖アントニオとは、キリスト教の聖人の1人で、失せ物、結婚、縁結び、花嫁、不妊症に悩む人々、愛、老人、動物の守護聖人とされており、教会博士の一人だった。


「パドヴァのアントニオって人がいたんだね」


「キリスト教の聖人の中ではかなり有名な方ですね。聖アントニウスという方もいますが、その方は動物の守護聖人ということで、競馬やドッグレースなどのまじないの際は、その方のお力を借りることもあります」


「そういう貴重な素材を使うのか……」


「そううですね……。そんな感じなので、だいたい1万円でしょうか」


「え? そんな材料なのに……それなの?」


 聡の予想金額よりもかなり下回っていた為に拍子抜けしたようだった。

 しかし、そう現実的な値段を聞くと損得勘定が働きはじめる。1回辺り、数万円の宝くじを買っている聡にとって、1万円払って宝くじが当たるなら安い物だった。10万でも当たればそれで元が取れるというものだ。


「じゃあ、お願いしようかな」


「本気ですか?」


「うん。お願いします。当たるようなまじないを考えてください!」


 そう言って聡は拝むように両手を合せて美波に頭を下げた。


 聡が本気だと分かると、美波もそれなりの物を考えなくてはならない。彼女は口元に人さし指を当てて少し考え込んだ。


「そうですね……。では、まずはギャンブラー・ハンドの御守りを作りましょうか」


 そう言って美波はキッチン奥の大量の引き出しがある棚の前に立ち、色々な材料を取り出した。

 美波が持ち出したものは、大きな生姜に似た物と黒っぽくて細長い円筒型のタネ。同じく黒っぽい小石に古びたコイン。そして四つ葉のクローバーだった。


「それは……なに?」


「この生姜みたいな塊が、さっき話した450ドルもする材料でガランガルルートという物です。この黒っぽいタネがトンカ豆で、小石はロードストーンと呼ばれる天然磁石です」


「へえ……」


 どれも聡は見たことも聞いたこともない代物だった。試しにネットでガランガルルート検索するとすべて輸入品で、高い物だと600ドル。安い物だと1ドルとやたらと値段の幅が広い植物の根らしいことが判明した。


「そのガランガルルートって、もっと高い物もあるんだね」


「そうですね。品質と大きさに値段が正比例する素材ですからね。400ドルを超える物は、大きさもそれなりになってきますが、品質的には変わりなく、大きさで価格差が出てくる感じです。あたしが使う量と品質を保てる時間を考えると、これくらいの値段の物でちょうどよくなります」


「なるほど」


 確かに全部を一気に使うのでなければ、一度切るなり削るなりして使うことになる。切ってしまえば、そこから品質の劣化がはじまる。大きすぎる物を買っても仕方ないというのも聡は理解できた。

 聡が感心している間に、美波はガランガルルートを薄切りに3枚ほど切った。そして赤い小さな小袋――コンジュアバッグにそれを入れ、次いでトンカ豆を7粒、磁力でくっついていた一対(2個)のロードストーン、四つ葉のクローバー、パドヴァの聖アントニオのコインを入れて袋をキュッと締めて黄色のヒモでグルグルと巻いて縛った。


「まずこれでひとつ。次は……」


 次に美波は乳鉢を用意し、シナモンスティック、乾燥パチョリの葉、バニラビーンズを入れてすり潰しはじめた。細かい粉になったところで、白い綿のコンジュアバッグにそれらの粉を入れて紅い紐で縛りあげた。


「では、聡さん。いくら当てたいですか? 幅を持たせて幾らから幾らという感じでこの紙に書いてください」


 そう言って美波は茶色いハトロン紙と黒いインクのペンを差し出した。聡は言われるままにペンを取り、紙に『10万円~3億円』と書き込んだ。

 美波はそのハトロン紙を受け取ると、先ほど作った白いコンジュアバッグをすり込むように何度かこすりつけ、さらに軽く叩いて中の粉を振りまいてゆく。

 粉を振りまいた紙を四つ折りにしてから鉄鍋で燃やし、残った灰を細かくすり潰して粉にした。そして、灰を余さず透明なビニール袋に入れていった。


「まず、このまじないですが、聡さんは1度きりしか使えません。1度使ってしまえば、当たろうが外れようが効果はなくなります。いいですか?」


 そう聞いて、聡は生唾をゴクリと呑み込んだ。


「りょ、了解です」


「では、説明します。こっちの赤い小さな小袋ですが、『ギャンブラーハンドのまじない袋』と言う種類の物のひとつです。これは常に身につけてください。それで、こちらの灰は、宝くじを買う時、自分の靴にまいてから出かけてください」


「灰を……靴の上にまくの?」


「そうです。靴の中にもまんべんなくまいてください」


 それは汚れた靴で出かけることになり、履いていく靴下も汚れるということだった。しかし、その程度で宝くじが当たるなら問題はない。


「わかった。赤い袋は身につけて、灰を靴にまきます」


「そして買ってきた宝くじに、毎日1回、当たりますようにと祈りながら1枚1枚こちらの白い袋をこすりつけてください」


「毎日? 全部に!?」


「そう。すべての宝くじにです」


「わかった。頑張ります」


 聡の返事に美波はにっこりと笑い、彼が差し出した1万円と引き換えに、ふたつの小袋と灰のはいった袋を手渡した。


 そして2週間後――

 土曜日の昼下がり、慌てた様子の聡が店に飛び込んできた。


「当たったよ! 宝くじ、10万円! ホントにおまじないが効いたんだ!」


 聡の言葉に店内にいた客たちはざわめきはじめた。

 聡は言われたとおりに『ギャンブラーハンドのまじない袋』を常に持ち歩き、宝くじを買う際に灰を靴に撒いてから出かけた。そして、買ってきた宝くじに白いコンジュアバッグの小袋をこすりつけて祈り続けた。ただ、買った量が宝くじ百枚と多かった為に、ちゃんと全部にこすりつけられたか定かでは無かった。

 当選発表日の翌日の今日、宝くじ売り場に行って確認してもらうと、10万円が当たっていることが判明したのだという。


「あのおまじないは、もう効かないの? 1回きりなの?」


「そ、そうですね。1度きりしか使えません」


「そ、そんなぁ……。もっと高額が当たってくれたらなぁ……」


 聡は嬉しさ半分、残念さ半分の表情を見せた。そして最低価格でも当たるなら、なぜ3千万とか書かなかったのかと悔しがった。


 まあ当てた聡は終わりだからそれでいい。問題は店内にいた客たちだった。

 もっと詳しくという表情で、聡と美波に熱い視線を注いでいた。


 ――ちょっとマズイことになりそうかな……。


 同じまじないを求める人が殺到する予感に、美波はちょっと背筋に寒気を感じた。

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