◇2

 あなたが、もし、この手紙を読むことになったとき、私は既に旅立ったあとでしょう。

 私の全てがもうじき終わろうとしています。だけど、死という言葉は使いたくありません。

 私の思いが生き続ける限り、私は死を超えて存在するのですから。

 だから、決して悲しまないでください。私のために涙は流さないで。私はそれが一番悲しいのです。


 健ちゃんに謝らなければならないことが二つあります。

 ひとつは、健ちゃんに私の所在を知らせなかったこと。

 どうにかして健ちゃんに私の死を隠したかった。だから、母に頼んでそう仕組んでもらった。それを知ってしまったあとの健ちゃんの行動が気掛かりでなりませんでした。

 もうひとつは、私が逝ってしまうこと。

 本当にごめんなさい。

 だけど、誰しも、いつかはこの世とお別れするもの。誰の元にも平等に訪れるものなのです。


 命って不思議なものだとつくづく思うのよ。

 如何なる大病を患おうとも、大怪我を負おうとも死なない人もいる。

 逆に、些細な病や傷でも命を落とし得る。

 それがその人の寿命ということなのでしょうね。

 ただ皆は、私の死を早過ぎると言うかもしれません。でも私は決してそうは思わない。

 だって、私は幸せだったから。私には懸命に生きた証がある。それだけで十分です。



 人は、時々、生きることに何かしら意味を見出そうとします。

 何のために生きるのか?

 でも、私はこう考えるの。

 人って存在するだけで、誰かを幸福にできるものだと信じてる。その人の生きる糧にもなり得るのだと。

 だから、生きることに理由は要らない。ただ生きればいい。生きること自体、存在自体に意味がある、と。与えられた人生を懸命に生き抜くことが、美しくもあり、一番の幸福じゃないかしら。寿命の長短なんて問題じゃない。安っぽい哀れみなんて悲し過ぎる。

 ただ、人生を自ら決断するのは恥知らずの行為でしょう。健ちゃんには、愚かな恥知らずには絶対になってほしくありません。

 そんな健ちゃんは大嫌い。

 私をひとりで死なせない、なんて言葉、とても腹立たしかった。あのとき、とても悲しかった。

 そんな健ちゃんなら、私の心は憎しみでいっぱいになります。私にそんな感情を抱かせないでほしい。いつでも優しい心を持った健ちゃんでいてほしいの。

 これは少々私の自惚うぬぼれかもしれないけど

 私は、健ちゃんにとても愛されているって実感してるわ。だから、今度は、私が健ちゃんに希望と幸福をもたらす番だと思うのよ。それが最後にできる私なりの罪滅ぼしかもしれない。

 私、決心してる。この肉体が滅んだあとも、しばらくの間、健ちゃんの胸の中にだけ生き続けようと。その間に、健ちゃんなら、きっと最善の答えを見つけられるはず。信じているわ。

 だから、健ちゃんには黙って行くつもり。

 これだけは言っておきたいと思ってペンを執りました。


 とても体調が良かったけど、いつまた悪くなるか分からない。また熱も出てきたみたい。手も少し震えてる。疲れた。

 これもいつ書けなくなるかも分からない。

 まだ言い残しておきたいことがあるから、最後の力を振り絞ってみます。


 あなたへの想いも少しばかり綴らせてください。

 私からの最後のラブレターだと思って、少しだけ我慢してほしい。

 死に行く者から、こんな手紙をもらっても迷惑だけでしょうが

 私が確かに生きた証を遺しておきたいから

 健ちゃんのおかげで、どんなに幸福な人生を送ったか知ってほしいから。


 健ちゃん、覚えているかしら?

 十三歳のときだったわね。私を叱ったこと。

 私が、人はいつか死ぬものなんだ、と言ったとき、あの神社の境内だった。私が一番好きな場所。

 私の両手を力いっぱい握り締め、とても怖い顔で私を見つめた。

 私、随分幼い頃から死を意識して育ったから、つい口走ってしまったのね。

 あのときの手の痛さと温もり、今でも忘れない。

 なぜなら、私はあの日、愛を知ったの。

 どう説明すべきか分からないけど、子供の「好き」っていう感情から、大人の「愛」への転換とでも言えばいいのかしら。

 私は、あの日以来、あなたに恋焦がれてしまったのです。

 あなたの澄んだ瞳

 一瞬でも見つめられると、いつも息苦しかった。でも、それが心地いいものでもありました。

 遠くにあなたを見つけると嬉しかった。

 あなたはいつも私をかばってくれた。いつも傍にいて助けてくれた。

 だから私も、あなたの希望でいたかった。


 幼い頃から、あの神社の石段の上に座って景色を眺めながらよく語り合ったわね。今でも夢に見ます。

 最近、子供の頃のことをよく思い出します。人って、年月が経つと、昨日より一昨日が鮮明になってゆくものなのね。

 あれは小学校の卒業を間近に控えた日だった。

 あなたの卒業アルバムに寄せ書きを頼まれたとき、どうしても書きたくなかった。だって、書いてしまったら、永遠の別れのような気がして。二度と会えなくなるような気がして。拒み続けて、ごめんなさいね。


 それから、昌子おばさんが亡くなって、あなたがこの街を離れる日

 あなたとの別れ

 ホームで泣いた。いつまでも泣いた。

 別れるなんて、別れなくてはならないなんて、考えもしなかったもの。

 とても、とても辛かった。


 会いたくて、会いたくて、会いたくて


 今年の夏休み、こらえきれなくなって会いに行ったとき、ホームまで出迎えてくれた。

 本当に嬉しくて、胸が詰まって、もう何も言えなくなった。涙が出そうだった。でも、泣いてしまったら、もう止められないと思って、必死に我慢したの。せっかくの再会が台無しになってしまうもの。

 そして、また別れが

 別れ際、誰もいないホームで、私にそっと

 キスしてくれた。

 初めての、あなたとの

 あのとき、こらえていたものが一気に溢れてしまった。

 もう、声も出せなくなってしまった。

 でも、あなたの、あの言葉

 とても悲しくなってしまった。

 だから、列車に乗ってからも、人目もはばからず叫んでしまったのね。

 もう絶対にあんなこと言ってはダメ。

 私、あれ以来とても怖くなったから。


 今、だんだん疲れてきた。もう、ペンを握る力もなくなりそう。だけど頑張ってみるわね。


 私の夢

 健ちゃんの妻になること、だった。

 私も夢に向かって頑張ったけど

 夢とは叶わないもの。

 だから、夢なんだわ。

 だけど、そんな叶わない夢でも

 それを与えてくれた健ちゃんに感謝してます。


 心から

 心から

 ありがとう。


 健ちゃんがいたから、私は生きられた。私はとても幸せだった。

 私は、あと少しだけど

 命ある限り

 あなたを愛し続けます。


 命とは

 終わりを知ったあとの輝き

 なのかもしれません。

 だから、今の私は、眩しいくらい輝いていると思うの。

 私は、それがとても誇らしいの。


 健ちゃんの未来の姿を見てみたかったけど

 それだけが残念ね。


 私は

 健ちゃんからもらった

 愛と、生きる喜びと、希望と、幸福

 それに

 初めてのキス

 を胸に旅立って行こうと思います。


 立花健祐

 健ちゃん

 私の

 私の青春。


「人は青春と決別して、初めて本当の生を知る。本当の愛を知る」

 誰かが言っていました。

 この言葉を、健ちゃんに託したいと思います。


 何かを手に入れたければ、今握っているものを手放さなければならない。

 健ちゃん、幸せになって。

 私には見える。健ちゃんが、自分の家族と笑顔で暮らしている姿が。


 絶望なんてこの世には存在しない。ただひたすら前だけを見て歩いていれば。

 だから、決して振り返ってはダメ。


 忘れないで

 私の思いが生き続ける限り

 私は、死を超えて存在する

 ということを。



十一月二十五日 十七才の晩秋 田代章乃


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