◇8

 神社への道すがら、幾組もの家族連れとすれ違った。

 両親に手を引かれた女の子が、父親の手を強引に振り解いた。着物の袖から華奢きゃしゃな腕が伸び、眠いのか目をしきりにこすり出す。正月の晴着があどけない仕種を強調する。すれ違いざま、口元に目がいった。章乃が笑いかけると、真っ赤に装った未熟なサクランボがひと欠片かけらの甘酸っぱい笑みをこぼした。女の子は章乃に純白な眼差しを残したまま、照れながら再び自ら父親の手を取り、頼りなげだがしっかりと足を前に運ぶ。章乃の胸に仄かなをともして去って行った。

 しばらく行って橋に差しかかった頃、若いカップルと出くわした。二人は少しばかり驚いた顔で章乃を一瞥いちべつし、直ぐに視線を逸らしてそそくさと横を通り抜けた。

 章乃は橋のたもとまで来て一旦立ち止まった。振り返り、遠ざかる恋人たちの後姿を見つめる。すると男性が女性の肩に手を回しそっと抱き寄せた。女性も逆らわず、体を預け寄り添った。その光景は章乃の心を温めもし、凍てつかせた。あの二人の時間は決して途切れたりはしない。連続した一瞬の中に生きているのだ。こんな当たり前の事実が、章乃の胸にやいばを突きつけた。自分と健祐の間には二度と流れない、共有できぬ瞬間なのだ。

 章乃は二人から目を背けた。身を翻し再び歩を進め、橋を渡った。

 次々と章乃を置き去りにして誰もが通り過ぎて行く。皆、街なかの神社を目指しているのだ。章乃の目指す神社は、街なかのそれとは逆方向の街外れの小山の頂にある。章乃の家から十五分とかからない距離だ。

 空を見上げながら静かに足を運ぶ。雲は低く垂れ込め、夜空全体を覆い尽くさんばかりだ。視線を大空に巡らせてみる。雲間から星明りが辛うじて漏れていた。瞬く星々に希望の光を見た気がした。章乃は無心であの懐かしい場所までの道のりを辿った。

 街から遠ざかるにつれ、街灯もまばらになってゆき、神社の階段の下まで来ると、四方は闇が支配している。既に雲は空を完全に塞ぎ、星々の閃きも、月明かりさえも届かない。

 その場に立ち、長い石造りの階段を見上げた。まるで漆黒しっこくの穴蔵が口を開けて自分を飲み込もうとしているかのようだ。見入っていると、永遠に抜け出ることの叶わぬ闇に捕らえられたような錯覚に陥る。

 ここから始まった。己が人生の原点だと章乃は疑わない。ここで健祐に出会い、幸福を与えられた。青春も愛も、全てがこの地点から出発したのだ。

 章乃は右足を一段目に乗せた。己が人生を噛み締めるが如く、一段ずつ闇の中へと吸い込まれるように上って行く。

 何度か途中で休憩を繰り返しながら、ようやく頂に到着した。暗闇の中に小さな社殿の輪郭がぼんやりと浮かぶ。章乃の目はくっきりと全形を捉えることができた。

 章乃はその場に立ち尽くした。


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