◇6

 十一時になった。宝箱に母宛の手紙をおさめたあと、去年のクリスマスに健祐から届いた赤のダッフルコートを左手に提げ、自室を出た。一旦、廊下で室内をくまなく見回してから消灯し、静かにドアを閉め、一階へ下りた。

 和室に入り、炬燵で相変わらず雑誌を捲る母の正面に立つ。

 母は徐に視線を雑誌から章乃に向けた。こちらを見上げたまま目を丸くする。

「どうしたの? 出かける格好して……」

「初詣に行って来る」

「大丈夫? 外は寒いのよ。やめときなさい」

 母の口調はいつになく厳しい。

「お母さん、心配しないで。私、決めてたのよ。だから、なにも言わず行かせて」

 章乃は真剣な眼差しで母に訴えかけた。

 母は不安げな面持ちでこちらをうかがっていたが、立ち上がると、傍に来て顔を覗き込んだ。お互いしばらく見つめ合う。

「分かったわ。暖かくして行くのよ。ちょっと待ってなさい」

 母はそう言うと、部屋を出て、自分のマフラーを手に戻って来た。母のお気に入りのカシミヤのマフラーだ。鮮やかな赤紫色である。それを丁寧に首に巻いてくれた。

「いいよ、こんな高価な物。私にはもったいないわ」

「章乃にあげようと思ってたの。よく似合うじゃない」

 母は少し遠ざかってまじまじとこちらを見つめる。「フフフ……紅白ね、お正月にぴったりのいでたちね」

「気持ちいい肌触り……ありがとう、お母さん。じゃあ、行って来ます」

「気をつけてね。無理は絶対にダメよ」

 章乃は頷いて部屋を出ると、玄関へ向かった。母もあとからついて来る。

 玄関で下ろしたての白いスニーカーを履いて鏡を覗いた。

「お母さん、私、天女みたいだわ」

 章乃がおどけながらクルリとその場で回って、天女の舞を披露すると、母は声を上げて笑ってくれた。

「本当ね、綺麗よ」

 笑いながら優しく章乃の手からコートをさらうと、肩に羽織らせてくれる。

「まあ、なにからなにまでありがとう、お母様」

 母の好意に甘え、袖を通しながら気取ってみる。「じゃあ、行って参ります。おとなしくお待ちあそばせ」

「はいはい、気をつけるのよ」

「分かってるわ」

 章乃はドアを開け、外に一歩を踏み出そうとした。が、ドアを閉め、引き返した。母に顔を向けると、笑い出す。

「どうしたの?」

 母も笑いながら目を瞬いた。

「なんでもないんだけど……」

 章乃はいきなり母に抱きついた。「お母さん、大好きよ」

 母は章乃の肩に腕を回して抱き寄せる。

「おかしな娘さんだこと……フフフ……」

 章乃はしがみついていた手を解くと、後ずさりしてドアノブに手をかけた。後ろ手にノブを回し、ドアを押し開け、後ろ向きに表へ出た。母に手を振りながら静かにドアを閉める。ドアは音もなく閉まった。

 しばらくドアの向こうの母を見つめる。それから一旦路地へ回り、住み慣れた我が家の佇まいを確認すると、神社へと歩を進めた。


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